僕が精神科医になった訳

24/ⅩⅠ.(火)2015 あたたかい
僕の生まれた頃は、子供は親の家業を継ぐのが、まだ「普通」だった。
医者の子供は医者になるように育てられ、歯医者は歯医者、八百屋は八百屋、パン屋はパン屋だった。
クラスの同級生は、皆、そうだった。
ギリギリ、そんな世代だった。
僕の家は眼科の開業医で、僕は二人兄弟だったから、将来は、父と兄と3人で医院を大きくすることが刷り込まれていた。
周囲の誰もがそう思っていたし、それをやっかむ人もなく、暖かく見守られていた。
そういう時代だった。
それは仕方がなかった。
こればかりは個人の力ではどうしようもなく、僕は物心付いた時から、医者になることになっていた。
勿論、その後の人生で、思春期や反抗期で、それを修正する機会は平等に与えられた。
だけど、僕は医者になった。
それは医者になる、のではなく、精神科医になろうという強い意志があったのだ。
医者になるには医学部に入り、全教科を勉強して、全教科の国家試験をパスしないといけない。
だから、逆に言えば、医師免許があれば、何科にでもなれた。
僕にとっての将来の約束は、医者になることだった。
親の都合は、家の眼科を手伝うことだった。
しかし、拡大解釈をすれば、医者になれば何をやっても良いとも言えた。
僕の親族には医者が多かったから、僕は専門的に色んな科があることを知っていた。
ここまでが前置き、ね。
僕の生まれは湘南の茅ヶ崎の海側で、そこは別荘地の多い温暖なゆったりとした風土だった。
僕が幼稚園の頃、近所をブツブツと独り言を言いながら、乳母車を引いている貧しい老婆が徘徊していた。
老婆は乳母車に古い赤ん坊の人形を乗せていて、その人形を本当の赤ん坊だと思っているという噂だった。
すずめ、を捕まえて食べてるという噂もあった。
僕は母親やお手伝いさん達に、「タッちゃん、あの人に話しかけてはダメですよ」と教えられていた。
ある日、狭い路地で、乳母車の老婆と鉢合わせになった。
僕は思わず、<すずめ、って食べれるの?>と聞いた。
すると、老婆は「坊や、そんな可哀想なことをしてはいけないよ」とビックリするほど、優しい声で言った。
僕は一瞬で、この人は良い人だ、とピンと来た。
すると、そんな気持ちが以心伝心、彼女にも伝わったらしく、僕らは仲良くなった。
老婆は乳母車から赤ん坊を抱え上げて、「ほら、こうするとお日様が透けて見えて綺麗なんだよ」と僕に教えてくれた。
セルロイドの人形に夕陽が差し込んで、それはキラキラと反射して輝いて虹のように見えた。
しかし、僕はこの事は、親には秘密にしておいた。
同じ頃、似たような事件があった。
僕の実家は診療所の2軒隣りにワンブロックほどの広さを持っている大きな家だった。
だから、時々、「乞食」(←これは不適切な表現なのでしょうが、差別を助長する意図ではないので使用します)が来た。
母親やお手伝いさんは、「タッちゃん、乞食が来たら、食べ物をあげちゃダメですよ。クセになってまた来るから」と言った。
僕は言う通りにしていた。
ところが、ある日、僕しか家にいない時に、勝手口から、女の乞食が、「何か恵んで下さい」と入って来た。
僕は、<お前に、何かあげるとクセになってまた来るから、やらない>とピシャリと言い放った。
すると女の乞食は、「坊ちゃん、もう何日も何も食べてないのです。約束します。今日だけですから」と懇願した。
僕は女乞食の目をジッと観察して、僕にはこの人が嘘をつくようには見えなかった。
そこで、従業員がいつでも、食べれるように台所に置いてある塩むすびを持って来てあげた。
女乞食は何度も何度もお礼を言い、約束は守る、と言って帰って行った。
僕はこの事も、大人達には話さなかった。
代わりに、毎日、<ねぇ、今日、乞食、来なかった?>と聞くのが日課だった。
すると、親やお手伝いさん達は、「変な事を気にするのね。乞食なんか来ませんよ」と笑った。
女乞食は僕との約束をちゃんと守ったのだ。
僕はこれらの事を通じて、大人たちの言う事はなんていい加減なものだろうとあきれた。
そして、こういう「常識」とか「普通」は疑ってかかる必要があると思った。
当時の僕は幼稚園生だったから、実際はそんな風に言語化は出来なかったと思う。
今、振り返って、解説すると、そういうことだと言うことです。
僕はそれ以来、無批判にこの世を支配している「常識」とか「普通」とか「規則」とか「一般」とかを敵視するようになった。
それは、そういう事によって、無力な人が、抵抗する術もなく、不当に扱われてることに義憤を感じると同時に、
「常識」に縛られて、生きている大人たちも決して、自由に見えなかったからだ。
僕は将来、医者になったら、歪んだ「常識」や「普通」で窮屈をしている人達を助ける仕事をしたいと思った。
その頃の知識で、精神科という科があることを僕は知っていた。
僕は医者と言う権威を武器に、差別や誤解を受けてる人や、不自由に生きている大人たちの心を解放するために力を発揮しようと決めた。
そして、それは僕の性質上、とても向いているとも思った。
それが僕が精神科医になった訳で、この初心はブレることなく今に至っている。
初心忘れるべからず、と言うのは、初心に立ち返れ、とか、初志貫徹みたいな意味で使われることが多いと思う。
でも本当は別の意味があるのだと、中学の時の担任が国語の教師だったから、ホームルームの時間に教わったのを
今でも覚えている。
「~べからず」、と言うのは、「~できない」つまり「can not」の意味で、だからこのフレーズの正しい意味は、
初心はいつまで経っても忘れることの出来ない事で、一生、付いて回るものなのだ、という意味になるそうだ。
初心忘れるべからず、が味わい深くなりませんか?
今はカワクリの新しいスタッフを増員しようとしているところですが、よくどんなスタッフを選ぶのかと言う質問を受ける。
本当は、もしカワクリに、テロリスト集団が雪崩れ込んで来た時に、身を挺して、患者さんを守ってくれる人、と答えたい。
しかし、実際そんなことがあったら、まずは我が身を心配するのが「正常」だから、そこまでは求めない。
そんなことを言っていたら、求人、来ないもの。
ですから、どんなスタッフを求めるかと言えば、僕が精神科医になった訳に共感して、一緒に働きたいと思ってくれるような人です。
その為には、こっちも日々努力して、口先ばかりでなく、態度でそれを示す覚悟が必要だ。
そのつもりで、やってはいるんだけどね。
なかなかね…。
BGM. よしだたくろう「ひらひら」


24 Replies to “僕が精神科医になった訳”

  1. 朝起きて、ブログが更新されていると嬉しいです。
    おはようございます。
    先生が精神科医になって(私にとって)良かった!と思いますし、世の中の人々もそうだと思います。
    大変な事がいろいろあるのでしょうし、もしかしたら寿命が縮んでいるかもしれませんけれど…。
    「○○になりたい」「○○になろう!」と思っても、成就しないこともありますよね。
    その面から考えても、先生は精神科医になろうとして、なった人ですね。
    生まれて初めて精神科を探し、(このブログも読んで)川原クリニックに電話をかけて初診の予約をお願いした日のこととか、思い出しました。
    話は変わりますが、先日、あるDVDを見ていたら、もしかして先生かな?という姿がチラッと見えました。
    近いうちにじっくり見て、確かめてみようと思います。

    1. トモトモさん、こんばんは。
      そう言ってくれるから励みになって、なるべく記事を更新しようと頑張りますね!
      さて、なんのDVDだろう。今度、教えて下さい。
      僕は6日は、結局、悩んだ末、さくら学院のコンサート会場の隣でのビューイングに行きました。
      コンサートが終わってから、彼女らが、会場に駆けつけてくれたり、ビューイング特典のクッションをもらったりで良かったです。
      ではまたね。

  2. こんばんは。
    大変に興味深く読ませて戴きました。
    さて。
    ご幼少の頃は茅ヶ崎だったのですね。 海側ですか。 ふむ。 さっぱりと存じ上げませぬ。
    私は隣の藤沢市在住ですので、散歩やジョギングではしばしば越境して茅ヶ崎市方面にも出向きます。 が、主に山沿い(笑)田んぼ沿いなのでして。 海側には頓着がありませぬ。
    先生の記された主題の面には触れることなく終わりますが、その内容に感じて記したことを付け加えておきます。
    では。 来週伺います・・・
     注) 尋問とかインタヴューではなく、いつも通り受診に出向きますという意味です。 蛇足ながらも。

    1. 散文気分さん、こんばんは。
      散文気分さんは、藤沢でしたね。
      僕は子供の頃は、さいか屋に母の買い物によく付き合いましたよ。
      茅ヶ崎にはデパートがなかったからです。
      ちょっと贅沢な物を買う時は、横浜の高島屋か、日本橋の三越に行きました。
      どれも東海道線で行ける所です。
      ではまた~

  3. 先生こんばんは
    先生の努力は、じゅうぶん伝わっていると思います。
    わたしは、いつもそう感じています。逆に申し訳ないくらいですよ。
    先日の、ネイル ヘアーカラー
    素敵でした。
    今回の、お題を教えて頂けたら 聞きたいです

    1. 猫と肉球さん、こんばんは。
      あたたかいコメントありがとうございます。
      さて、今回のネイルのテーマは、「冬の綾波」です。
      AYANAMI BLUE、という水彩絵の具が発売された記念です。
      ではまたね。

  4.    川原先生が、精神科医になった訳・・・。ようやく、知ることができました。不自由に生きている大人たちの心を
     解放するため。。。まさに、大人になってから、ずっと、違和感を感じ続けている私の心の不自由さを解放してくれる
    救世主(?)のようにも感じます。
      でも、川原先生みたいなドクターに出会えたのは、心に不自由さを感じたからからでこそ、なので、病気も悪いことだらけでは、ないんだな~って、思っています。
      何かになりたいという目標もなく、社会人として迷走しつづけている私も、一度の人生、自分の道を見つけられたらいいな。なんか、真面目すぎるコメントですね(笑)

    1. シンシアさん、こんばんは。
      お久しぶりのコメントですね。ありがとう。
      真面目すぎるコメントに照れるのは、誠実に生きてる証拠でしょう。
      ではまたね。

  5. 先生の姿勢はきっとクリニックのスタッフと患者さんに伝わっていますよ。
    だってカワクリはいごごちがいいですもん。
    初心忘れるべからず、が浸透しているのではないですか?
    スタッフさんも一見、テロリストから身を挺して守ってくれそうにも見えますので安心して下さい。
    あと精神科医になると決断したのは何歳の頃ですか?

    1. sinさん、こんばんは。
      カワクリスタッフにお褒めの言葉を送って下さり、ありがとうございます。
      きっと皆の励みになるでしょう。
      僕が精神科医になろうと思ったのは幼稚園生の頃だから、3つか4つです。
      三つ子の魂、百までも、って感じですね。
      ちなみに、おそ松さんは、六つ子ですね。
      ではまた~

  6. 先生、こんばんは。
    さくら学院5周年コンサート、私は5日に渋谷の映画館でLV見ました。今までYouTubeでしか見ていなかったのですが、LVとはいえ、凄い迫力でした。
    卒業生は2013年度卒の4人が録画メッセージで登場でした。開演前の本会場のBGM1曲目が「デイドリーム・ビリーバー」だったのは、その予告だったようです。
    好きな対象がまた増えましたよ。
    同じ建物でのLVは「なま殺し感」たっぷりですが、結局森先生も本人達も終演後に登場したんですよね。6日は卒業生も本会場に出演したそうで、羨ましいです。(情報はSNSで得ました。)
    志らくは、長短、金明竹、芝浜でした。芝浜の初めの部分、変えてやっていたと思います。一年前によみうりホールで聴いたのに、ハッキリ思い出せなくて自信ありませんが。
    Tシャツ買って、終演後にサインしてもらいました。大船駅に着いたのが6時頃だったので、やっぱりLVには間に合いませんでした。サインしてもらいながら、「いつも救われてます。ありがとうございます。同い年です。長生きしてください!」と私が一方的に喋るとニヤっと笑ってくれたので、嬉しかったです。

    1. トモトモさん、こんばんは。
      5日のライブビューイング、行ったのですか。
      2013年度卒というと、スーちゃんの1個下ですね。
      6日は、ゲストで新聞部スクーパーズが来ましたよ。
      「ブランニューデー」を生(?)で聴けました。僕が好きな歌なので感激しました。
      彼女らは、売れっ子みたいで、その日の番宣もしてましたよ。
      劇場隣のライブビューイングは確かに「なま殺し(笑)」でしたが、クッションをくれたり、公演後にメンバーが来てくれて間近で見えて、むしろお得でした。
      面白かったのは、タイムキーパーみたいな人がきっちり、秒単位で指示を出していたことで、彼女らは8時以降は仕事しちゃいけないんですね。
      8時ジャストに舞台袖に去って行きました。
      志らくとのやりとり、良い感じですね。志らくのTシャツなんてあるんですね?
      そう言えば、今日、「さくら便り」が届いて、来年の1月17日(日)の公開授業は、「落語の授業」で講師は立川志ら乃だって。
      「さくら便り」によると、志ら乃は立川志らくの弟子で立川談志の孫弟子として初めて真打へ昇進する、と紹介されてました。
      こうして、さくら学院の父兄が、落語や志らくを知って行くのは喜ばしいことです。
      さくら学院と立川流という好きな物同士が接点を持ってくれると、まるで僕らの人生の行路が肯定されてるようで嬉しいですね!

  7. 先生、こんばんは!
    精神科医になった理由、
    読ませていただきました。
    先生が精神科医になっていなかったら
    私はいい先生に出会えなかったかもと
    感じました。
    本当に感謝しています

    1. yukariさん、こんばんは。
      コメントありがとうございます。
      期待を裏切らないように、精進して行きますが、人間は不完全なものだから、何かおかしなことに気付いたら遠慮なく教えて下さいね。
      ではまた~

  8. 先生、こんばんは。
    2013年度は制服が今のに変わり、すぅさんとゆいもあの間の学年で、堀内まり菜が生徒会長の年ですね。
    先生は「LoGirl 」ご覧になってますか?
    ネットで生配信されている番組で、月曜19時が「さくら学院の放課後!〜学んde マンデー〜」です。森先生と、生徒4人が出演します。たいていどなたかが、ネット上のどこかにアップしてくれるので、19時を逃しても見る事が出来ますよ。
    8時が期限なのですね。5日のLVでも、本公演終了後に劇場隣のスタジオからの配信で、あと何分か気にして進めてました。森先生は「いざとなったら、僕が捕まる覚悟です」とも言ってましたけど。
    志らくのTシャツは、10月のザゼンボーイズとのコラボ企画の時のものです。だからザゼンボーイズのメンバーもプリントされてます。
    残り3枚だったので、川クリカラーのを買いました。
    落語の授業、接点は嬉しいのですが…講師がちょっと若いかなと。
    志ら乃は1回だけ聴いていて、彼の落語自体は良いと思いますが、さくら学院の生徒の魅力にメロメロになったらどうしよう、とか、いらない心配しちゃいます(笑)

    1. トモトモさん、こんばんは。
      そう言えば、秋葉原に女子校生が握る寿司屋が出来るというニュースを見たことがあります。
      頑固そうな寿司職人が女子にダメ出しをするかと思いきや、デレデレな顔しちゃって、「皆、筋が良い」って骨抜きにされてましたよ。
      そんな感じでしょうか?志ら乃への心配(笑)
      志らくのTシャツは、なるほど、ザゼンボーイズとのコラボなのですね。納得しました。
      さくら学院のネット配信は知りませんでした。
      僕はネットにどうしても苦手意識があるものでして。
      でも、良い事を教えてもらったので、これからはチェックします。
      2013年度は、ベビーメタルの間の学年になるのですね。
      色々な情報、ありがとう。
      早速、色々と観てみます。
      ではまた~

  9. ストロング金剛デス。
    常識等というものは、時代や場所で変わるものですが、どんな状況でも必ず外れてしまう人がいます。
    自分が外れている事を楽しめるか、苦しむかの差なんでしょうか?
    サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公のようですね。
    精神科でそのような考えを持っているのは、主流派なのですか?それとも異端の考え方?
    因みに自分は、反主流派で国際血盟軍でしたが、ほとんど話題にならず、いつの間にかフェードアウトしてしまいました。

    1. ストロング金剛さん、こんばんは。
      国際血盟軍をフェードアウトさせたのは、カルガリーハリケーンズですね。
      あれはあれで、今思うと、面白い時代でしたね。
      さて、精神科の一般というのはよく判りませんが、医者の中では精神科は亜流ですね。
      他の科からは、下に見られていると思います。
      そのことを悔しがらない人が多いのも、精神科医の特徴で、達観してるんですかね?
      それはともかく、自分もどこか外れてるという自己認識を持っている人が、精神科医になってることは確かだと思います。
      「ライ麦」と言えば、ジョンを射殺したチャップマンの愛読書でもあったそうですね。
      ジョンの命日は昨日でしたね。カワクリのBGMではジョン・レノンの楽曲が多くかかっていましたよ。
      では股。

  10. 川原先生、こんばんは。
    今回のブログのテーマは、私が先生に聞いてみたかったこと
    トップ5に入るテーマでした。以前に診察中にチラッと聞いてみたのですが
    その時は「小学生の時には精神科医になることは決めていた」とだけ答えてくれました。
    その詳細が解明できました。
    「初心忘れるべからず」の別の意味を知り、私は今の自分を照らし合わせています。
    言葉の持つ力というものは素晴らしいものですね。
    それを教えてくれる先生はもっと偉大です。

    1. やられメカさん、こんばんは。
      新年が明けましたね。
      今回のブログのテーマが、「聞いてみたかったことトップ5」ですか?
      まさか、のですね。
      てっきり~やられメカさんに限らず皆さんの最大公約数的に~聞きたいことNo.1かと思ってましたよ!
      まさか、のです。
      あと4つあるのかぁ。
      あえて、「トップ5に入る」と書いてあるには、ベスト3は別にある、ってことですね。
      これは今年も気が抜けないや。
      今年もよろしく~

  11. 先生、こんにちは。
    「赤めだか」、今夜9時です。ここをご覧になるのが年明けなのかもしれませんが、「放映が近くなったらお伝えする」約束でしたので。
    ホームページを見ると、さだまさしや喬太郎が他人の役で出ていたり、志の輔役が香川照之だったり、本人役で小朝や昇太が出ているのそうです。普段テレビを見ない私にはついて行けない気がしますが、チャレンジしてみます。
    昨夜、初ベルハー体験したら、ZAZEN BOYSのTシャツ着てる人がいてびっくりしました。そういうの、アリなんですね。
    それなら私も、志らくとコラボしたTシャツ着て行けば良かった…とちょっと思いました。
    数人若い女の子がガンガン踊って叫んでる横で、私なりに楽しんで来ました。
    男性は年齢層幅広いですね。

    1. トモトモさん、こんばんは。
      新年が明けましたね。
      「赤めだか」の約束、覚えていてくれてありがとうございます。
      結構、番・宣してましたね。おかげで録画出来ています。
      まだ見てないですが。
      27日のベルハー、行ったのですね。
      僕も直前まで行こうか迷っていたのですが、ガソリン切れで、起きれませんでした。
      ちなみに、年末年始は酒びたりで、1/2のベルハー・ワンマンも行けませんでした。
      色々と手を広げすぎたのかもしれませんね。
      でも、懲りずに、さくら学院の先行予約は申し込みました。
      とれないと思うけど、貴賓席を第1希望にしてみました。
      今年もよろしく~

  12. 先生に初めてお会いしました時に、とても物腰優しい口調でお話しされますが、時々鋭い目が印象的でした。その時私はこの先生は信用できると思いました。
     今まで色々な精神科医や心療内科医に遭いましたが、外科、内科、整形外科、産婦人科などで失敗か何かあって挫折して一番リスクが少ない、診断して薬を出せばいいだけの心療内科医、精神科医になる医者をたくさん見てきました。後は医療器具がいらない、とか投資額が少ないとか、医者本人から聞いたわけではないですが、話をしていて明らかに精神分析なんてしてないな、みたいな人が多かったです。でもそれも医療現場の現実なのだともいます。

    医者も保身に走って生活があってビジネスライクな人がたくさんいるのだと色々な側面で知ることができました。先生のように家庭環境もさることながら志の高いお考えで医師になられる、それも精神科医、まさに天職だと思います。そのような方に出会えて本当に良かったです。

    後は先生のご趣味などで普段生活で非常に近しい人だったりすることもあり、なぜ先生はそこに興味を持たれるのかもとても興味深かったりすることもあります。私はあまり興味がなくてそれらは単なる人としての関わりだったりするので、そして大切な人間関係でもあり、その辺りでは自分が肯定されているような気持ちになる事が多いです。

    今後ともよろしくお願いいたします。

    1. akiさん、こんにちは。

      コメントありがとうございます。
      思い出したのですが、僕が昔いた病院に「目安箱」があって患者さんからの意見を投書出来て、その病院はちゃんとしてて、すべての投書(苦情)を貼り出し、該当する医師や看護師が「謝罪」のコメントを病院の一番目立つところに貼り出していました。
      ある日、僕は病院長から呼び出され、「先生にこんなお褒めの投書が来ています。病院の誇りです。頑張って下さい」と激励されました。
      投書は、苦情やクレームがほとんどで、感謝や誉められる内容など通常はなかったそうです。

      その病院は子供の患者が多かったから、患者は大はしゃぎして、「川原先生、最高!」「川原先生、やさしい!」「川原先生、大好き!」と子供だから調子に乗って、大量の組織票。
      パンデミック!
      そうしたら、僕は翌週、病院長に呼び出され、「君は患者にこんなことを書くように命令してるのか?」と濡れ衣。
      僕は隔週で誉められ怒られて散々でした。(笑)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です