withコロナ時代のカウンセリング

28/Ⅴ.(木)2020 はれ ルーレット族4人書類送検

コロナとともに生活様式が変わってきた。システムとしても働き方や教育のやり方が見直されたり、今までいかに無駄で非効率的なやり方をしてたかがあぶりだされた。

一方、過度な潔癖症とされていた「不潔恐怖」の人の日常的な取り組みを国民はオーバーだと笑っていた。マスクは若い子には必須アイテムだったが、目上の者の前でもマスクをつけっ放しなのは「失礼」だとされていた。ところがこれらが国難を乗り切るのに一役買い、そういった「常識」は覆された。withコロナの時代には「手洗い」も「マスク」も続けてゆくのだとテレビが言ってた。中学時代に習ったのだが、昔は女性は着物の下は「ノーパン」だったらしい。それがどこかのデパートで大火災があって、消防車が来て、下に安全なクッションをひき、飛び降りるように命じたが、若い女性はノーパンで飛び降りれず、被害が広がり、それから着物の下にもパンツを履くようになったという。このように、数年後に、社会科の授業で「昔は人前でマスクをしなかったんです」なんて教えたりするのかな。その時の授業は、リモートなのかな?

カウンセリング業界も、コロナで試行錯誤です。リモートを組み入れたりしてるところもあります。今後、そのメリットとデメリットが検証されて行くのでしょうね。

オバマ大統領が就任した時に、「チェンジ!」を連発してましたが、と同時に「変わればいいことと、変わらない方がいいこと、変えてはいけないこと」を考えさせられました。カウンセリングの形式については考えていかなければなりませんね。

ものごとの見方には、「形式」と「内容」という分け方がありますが、カウンセリングの「形式」は変化を遂げるかもしれませんが、カウンセリングで扱う「内容」は案外、変わらないものなのではないかと思うのです。古いようで新しく、斬新でいて普遍的なテーマ、運動し続けながら留まっている物質のような、アイデンティティーについてのマンガを描いてみました。カウンセリングへの招待状としてお読み下さい。↓。

BGM.よしだたくろう 「イメージの詩」


8 Replies to “withコロナ時代のカウンセリング”

  1. 詫びる
    「詫」という漢字は、家でひたすら何かに謝っている感じがする。

    もはや確認のしようのないこと、本人は覚えていないであろうこと、今さらどうしようもない事を最近とか昔とか関係なく謝り続けている気がする、「ごめんね」とたまに自然に口にする。目の前には誰もいないのですが。

    攻撃しておいて、ごめんなさいはないだろうと、自他ともに思うが、なんだか思ったことを言語化しやすい世の中で、何ならこれも書かない方が良いのではないか。

    話はそれますが、ラジオの「東京ポッド許可局」が最近好きです。過去回で「結局人は自分がされたことしか他人にできないんですよ、よいことも悪いことも」という言葉が刺さりました。

    メンタルもいつかリモートでできたらいいのになと思います

    Simple Plan「I’m Just A kid」

    1. すみっこぐらしさん、こんばんは。

      僕は幼稚園&小学校の初期教育にキリスト教の教えを受けてたから、人間はアダムとイブが林檎を食べてから罪深く、それをイエス様が肩代わりしてくれた、という「性悪説」が植え付けられています。
      だから、子供の頃は、人間以外のすべての生き物や時には地面とかにもお詫びしながら生きてました。「地面さん、踏んづけてごめんね」みたいな。可愛いですね。

      話は変わりますが、今日、よそのクリニックのブログを見てたら、「自分のやったことを他人に返してしまう」みたいな記事があって、「なんだこれ?」と思ってたのですが、ひょっとしたら、書いた人も「東京ポッド許可局」聴いてたのかもしれませんね(笑)ではまた~

  2. こんにちは、集合的無意識でつながっているせいか、ついつい記事に引っ張られたのか、自分から寄っていってしまった。どちらでもないのかちょっとわからなくなってしまいました。カウンセリング紹介状受けとるの必要はありますか?それとも勘違い(逆転移)でしょうか?

    一度お会いした事がございます。

    1. ネコスッキーさん、こんばんは。

      この記事をかいた背景は、コロナで対面式のカウンセリング業界に激震が襲ったのです。
      ある機関はカウンセリングを中止し、またある機関はリモートを導入したり、「コロナの正しい対策」が分からないので現場は混乱しています。
      そんな中で、カウンセリングにとって一番大事な物は何かを考えたり、ディスカッションしたりしてたのです。
      つまり、心理士のアイデンティティーをもっとも考えさせられていたのです。それはまだ収束せず、今もです。
      そんな時にかいた記事とマンガでした。

      この記事はそういう混乱を内包してるからか、かなりの読者に混乱を与えてしまったようです。
      僕としては、「アイデンティティーに悩むのが人間だから、こういうコロナの時代に本来の問題があぶりだされるので、カウンセリングはいかが?」という啓蒙記事のつもりだったのです。

      という訳です。ネコスッキーさんのコメントへの回答になってないかもしれませんが、それ以上のメッセージはないつもりです。

        1. ネコスッキーさん、こんばんは。

          早速、レスポンス、ありがとう。
          これで大丈夫ですか?良かったです。またコメントして下さいね。

  3. こんにちは。招待状もらって、受け取って、カウンセリングを自分なりに受けています。
    ある先生が言っていた言葉が、胸に刺さります。
    「カウンセリングは、続けなければ意味がない」って。
    だから、カウンセリングが好きだから、何とか、しがみついています。
    覚えていたらですが、原先生に相談したいことがあるので、来週、話すつもりです。
    最後に余談ですが、「片腕マシンガール」っていう邦画を、huluで見ました。いや、過激だ(笑)本当に過激。ストレスはたまりませんけど、スプラッターだらけ。その手の画面が見られない人は、パスしたほうが、賢明です。

    1. papaさん、OHA!

      「片腕マシンガール」知ってますよ。10年くらい前かな、中野ブロードウェイのビデオ屋でやたらこの作品を推していて、
      僕はTシャツを買いました。セーラー服の少女の片手がマシンガンになってるプリントでした。僕は割と気に入ってよく着てました。
      さすがに今は捨てられちゃったと思いますが。

      カウンセリング、大切に思っていてくれてありがとう。

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