21/Ⅸ.(木)2023 小雨 最高の教師、涙のクランクアップ
中二から僕は東中野に住んでいたが、大学2年の時に父が胃癌で死んだので茅ケ崎の実家に戻った。大学の5年生になるとまるまる1年病院実習でそれは夜中まで病院にいる訳でいよいよ茅ケ崎から通うのが無理になり、こっちでひとり暮らしした時の話。
お化けが出た。川のそばの物件だからだと思った。母に相談したら、知り合いの有名な歌舞伎役者のつてで「お札」を貰ってきてくれ、それを部屋に飾ったらお化けが出なくなった。
その後、僕は無事に医者になり今がある訳だが、母は僕が勤務医であること(誰かに雇われてること)を嫌っていた。母の肝癌の予後が告知された時、「生きてるうちに安心させてやるか」と魔が差して開業を決意したのが誤りで、それを聞いて安心した母はすぐに死んだ。だから母はここを知らない。教訓。皆さん、親に長生きして欲しいなら心配かけといた方がいいですよ。
その時の「お札」がこないだどうした具合か出て来ました。捨てた記憶はないから有っても不思議じゃないのですが、3~40年見なかったものがいきなり出て来たから懐かしいやら驚くやら。神の見えざる手、的に言えば、今は除霊が必要との事か?と悪ノリしてサンリオで腹巻を購入したことは前に話しましたね。
ちゃんと真面目に腹巻に「お札」を入れて肌身離さず暮らしていたのですが、腹巻というのは構造上、油断するとスポンと中の物が落ちてしまうものでして、案の定、どっかに落としてしまい紛失してしまいました。
そしたら途端に具合が悪くなってしまい、心にポカンと穴が開いた気がしたのです。
母はとうに死んでるのですが、僕は墓参りもしないし実家にも寄らないので、心の中で母は実家でまだ生きてるような妄想の余地を残していたのです。
それが「お札」の消失で、「母の形見」がなくなって、時期外れに、母を亡くした喪失感が現実感として押し寄せてきたのです。不思議ですね。「外的な現実」と「心的な現実」ってこんなにも乖離してるものなのですね。我ながら呆れました。
そんなこともあり、YouTubeで「母」を題材とする歌を選んで聞いています。皆さんも良かったらどうぞ。
・遠藤ミチロウ(スターリン)「お母さんいい加減にあなたの顔は忘れました」
・森進一の「おふくろさん」は、もはやロックです。
・三善英史は花街、円山町で育ったシングルマザーの子です。苦労を知ってるからひとにも優しいです。自分も候補者だった新人賞を森昌子が受賞した時、森昌子が泣いて歌えなくなった時に、やさしくエスコートして、代わりに歌ってあげる姿は小学生ながら感動しました。山口百恵もこれをみてデビューのきっかけにしたとか。この年には麻丘めぐみもデビューしています。
僕はかねがね、「自立」とは輸入された概念ではないか?と疑っています。なぜなら家屋の問題もあり、欧米は子供部屋にはおばけが出るなど小さい頃から独立した空間がありますが、日本は「川の字・文化」です。欧米ではいい年しても実家にいると「おかしな奴」と思われるそうですが、日本では「親孝行」だと思われます。地盤が違うのです。
それが急激なグローバル化で欧米化した日本は生活様式やライフスタイルやメンタリティーまでそっちに寄せたから色んなところで歪が出てる気がします。
とにかく「自立」すりゃいい、と思ってる人も多いですね。良し悪しは別として、「まず自立の定義を決めろ」と言いたいです。そのくらい一人暮らし=自立、と思ってる人が多く、親元から離れればいいから、男の所に転がり込む、という依存対象を変えてるだけって人も多いです。それが悪いと言ってるのではなく、事実を言ってるのです。
心理的な自立とは、心理的に親殺しをすることなら、たとえば僕などは60になってやっと出来たのだからそんなもので、若い人はまだまだ慌てることはないのでは?と思うのでした。
BGM. 桜田淳子「ひとり歩き」