2021年は犬夜叉

こんにちは。うかいです。

寒いですね。とっても寒いです。
換気のためにクリニックでは入口のドアと、窓という窓を開けています。
暖房は最大にしていますが、風通しが良いため、冷たい空気が入ってきます。
わたしは、「カイロは背中の、心臓の後ろらへんに貼るといいよ」と
患者さんに教えてもらってから、毎日そこに貼っています。
そのおかげか、今のところ体調はとてもいいです。

これからもっと寒くなるそうですが
こういうときは心だけでも暖かくしましょうね。

 

さて、本日は2021年1月9日です。
川原クリニックは15年目を迎えました。

14年目の昨年は、高木さんでしたね。

 

今年はこちらです。

犬夜叉です。
今現在続編のオリジナルアニメも放送されていますね。
わたしはまだ見れていないのですが…。

ちなみに、カワクリの入口に鎮座しております。

今までは入口の扉に貼っていたのですが、今は開けっぱなしにしているため
申し訳ないですがビートルズのポスターの上に貼らせていただきました。
どこがいい場所があったら貼り直すので教えてください。

 

15歳のアニメキャラはたくさんいますが
カワクリ内で言えば

エヴァの渚カヲルくん

 

ポケモンのタケシ

 

進撃の巨人の、エレン、ミカサ、アルミンの三人

です。
個人的には15歳キャラのなかでアマガミの七咲がダントツで好きなのですが
カワクリにはいませんでした。残念。

 

15歳ときいて、わたしが真っ先に思い浮かぶのは
「大人じゃない。子供でもない。ただの15歳」
昔CMで聞いたキャッチコピーです。
確か、聖子ちゃんの娘さん、神田沙也加ちゃんがデビューした直後のCMで
デビュー曲も使われていたと思います。
(記憶が曖昧なため、間違っていたらすみません)
学生だったわたしは、この言葉になぜかとても心打たれました。

みなさんは「15歳」と聞くと何が思い浮かびますか?

 

去年は色々我慢の年でしたね。
カワクリも喫煙室がなくなり、川原先生は葛藤に苦しんだと思います。

今年はどんな一年になるのでしょう。
15年目のカワクリも、どうぞよろしくお願いいたします。


謹賀新年、これでいいのだ

先日、アニメ「おそ松さん」の「ニートの生きざま展」に行ってきました。

 

現在アニメは3期が絶賛放送中、1期2期と色々な形で注目を集めてきた作品ですが、ニート展ではアニメ放送当初から現在にいたるまでの原画や、舞台化した際の小道具などが展示されています(残念ながら、原画は撮影禁止です)。

この展示のタイトルが初めに発表された時、ファンの間では「ニートの生き様って何()」と、そのネーミングに各地で笑いが起こったものです。ニートに生き様も何もあるか、といったニュアンスでしたが、これがアニメおそ松さんと、それを取り巻くファンたちのいい空気感だと思っています。

 

アニメの1期のオープニングでは、「一生全力モラトリアム」というフレーズが出てきます。まさしくおそ松さんに出て来る六つ子は全員がニート、いかに働かず、楽をして実家に居続けるかに、常に全力です。あとは全てが適当。このままでいいのかな、なんて誰かが言ったって、働くわけでもなく、何をするわけでもなく、やばいよね~と言ってまたいつものニート生活に戻っていきます。まさにモラトリアム、自分と向き合うことなくだらだらと怠惰な日常が続きます。

 

しかし、ここに救いがあるのだろうなと思います。

生きるために働き、人間関係を構築し、悩み苦しみ、後悔し、逃げられない現実に向き合わざるを得ない日々に晒される。好きなことを仕事にし、趣味があり、不自由のない生活をしていても、葛藤や虚しさを覚える。彼らと同じニートであっても、その現状に焦ったり負い目を感じたり、時に自己嫌悪になる。人生を面白おかしく謳歌している人もどこかにいるかもしれないけれど、やはり、生きるとは過酷なことだと思います。

そういうあらゆる苦しみを、まるでどうとでもなると言わんばかりに、六つ子は悩まず苦しまず、適当に、やりたいようにやる。フィクションと言ってしまえばそれまでだけれど、それでも、画面越しにここまで適当に生きる人間を見ていると、必要以上に肩に力を入れている自分に気付きます。

 

ニートに生き様なんてあるのかと笑い合ったファンたちは、そんな六つ子の生き方を「現実はそんなもんじゃない」と笑いながら、自分たちのできないことをやってのける彼らに心を委ね、できない人生を託します。

 

ニート展では、まさにこれまでの彼らの生き様を堪能できる場でした。何もしない彼らの日々にも、ドラマがあり、歴史があり、感動があります。どんな生き方でも、必死にならなくても、世間からなんと言われようと適当でも、生きているだけで十分である。広い展示場の中で表情をコロコロと変え騒ぐ六つ子の姿は、そんな自由さを見事に見せつけてくれました。それは、自分のできない人生を振り返るようでもあり、彼らに預けた時間を手元に広げるような、感慨深い体験でした。

23時間かけて展示場を周り、好きな話や笑った話を散々思い返し、名残惜しくともやっぱり現実の日常に戻らざるを得ません。お前らはいいよなと言いながら、時に恨み、人生の一部を託しながら、これからもニートな六つ子を愛おしく思っていくのだと思います。

 

おそ松さんを観て、少しでも心が自由になれる人が増えてくれたら嬉しいなと思っています。自由になれずとも、これよりは頑張って生きてると、きっと思えると思います。

とおまつきみ