茅ヶ崎に背を向けて

23/Ⅲ.(水)2016 はれ、少し涼しい
最近、「らしんばん」(アニメの専門店)などで同人誌のコーナーをみると、中が読めないように袋詰めにされていて、
僕は、<これじゃ、表紙で選ぶしかないな>と考えた。ま、買わないけど、同人誌。
似たようなもので、昔は、「ジャケ買い」と言って、アーティストや内容ではなく、ジャケットの絵柄だけで、
LPを選んで買うことがあった。パティ・スミス・グループの「イースター」とか。
皆さんも、1つや2つ、思い当たるものがあるのではないでしょうか。
反対に、サザンオールスターズのデビューアルバム「熱い胸さわぎ」は内容は素晴らしいのにジャケットがひどい、
と当時の評論家が口を揃えて(?)言ってました。
僕はそのLPを持っていて、「茅ヶ崎に背を向けて」という桑田と原坊のデュエット曲が好きでした。
なぜ、そんなことを、心理のコンテストの最中に、言い出してるかと言うと、こないだの土曜日にみた夢についてです。
僕の実家は茅ヶ崎なのですが、まるで、帰っていません。
それが、土曜日の夢では、僕はスパイのように変装して、茅ヶ崎の家を見に行く設定で、暗くて何もみえない中に、
女の人が立っていました。顔とかは全然、判らなかった。
僕の夢に茅ヶ崎の実家が出てくる事は稀で、それより夢から起きた時の気分が、<なんとも不思議な気分>でした。
怖いとか、不気味ではなくて、不思議、だったのです。でも、直にそんな気分も忘れかけていました。
ところが、今日、連休中に親や祖父母が亡くなった、という知り合いの話をいくつか聞いて、
僕は、<お彼岸に亡くなる人は、さまようことなくあの世に行ける、って言うよ>となぐさめた。
しかし、言ってるそばから考えた。そんな知恵、どこでつけたんだ?
そうだ!母が死んだ時に、人からそう言われたんだ。
あれ?母って、いつ死んだんだっけ?
僕は寺の坊主とケンカしたから墓参りは一切しないし、親戚付合いもないから仏壇に線香をあげることもない。
親の誕生日は、子供の記憶が残ってるから覚えているが、命日は父の方は克明に記憶しているが、
母の命日は調べないと判らない。きっと、覚える気がないのだろう。
でも、気になったので、さっき、母の遺歌集(あとがきを僕が書いている)をめくって調べたら、3月19日だって。
先週の土曜日だ。
あの変な夢をみた日だ。
暗がりの中の不思議な女の人の感覚は、僕に夢を忘れさせなかった。
これはなんだかんだ言って、母の命日を深層心理では記銘していて、日常では忘れてる自分に自分でサインを出したのか、
とも思ったが、あの母のこと、僕が命日を忘れてるから勝手に夢に出て来て思い出させようとした可能性もある。
母には、そういうところがある。
母のエピソードは、ぶっ飛んだものが多いが、今回はちょっと趣向を変えた思い出を。
僕には、イジメ、というものを経験したことが、ほぼない。
イジメはしたことがあると思う。
でも、弱い者イジメは嫌いで、弱い者イジメをする奴をイジメてた。でも、イジメはイジメだ。イジメ、ダメ、ゼッタイ!
僕には、いじめられ体験がほぼない、と言ったが、もしそれに近いものがあるなら、小学校の高学年の頃だ。
僕は受験のために、日曜日に、茅ヶ崎から東京の学習塾に通った時期がある。
僕は途中から参加したので、もうグループが出来ているところに入った。
あまりよく覚えてないが、塾の帰りに、数人で電気屋に寄る風習があって、僕も誘われて、そこに参加した。
最初は仲良くしていたが、何度目かで、まかれる、か何かの嫌がらせを受けた。
きっと僕が頭が良かったか、顔が良かったか、女子にモテたせいだと思う。
男の嫉妬は面倒くさいから。
それが何回か続くとさすがに気分が滅入った。
僕の様子がおかしいことに母が気付き、しつこく聞かれて、ぼんやりと輪郭だけ話したんだと思う。
自分が、イジメられてる、という事実を認めたくないという心も強かっただろうから。ぼやかして喋ったと思う。
すると母は、和服に着替えた。
これは母の本気モードだ。
母はどこかに出かけて行って、しばらくして帰ってきたが、母はそのことは何も言わず、普段通りの母に戻っていた。
翌週、僕が塾に行く準備をしていると、母は、「達二、どこに行くの?」と聞いた。
僕が、<塾>と答えると、母は、「あらっ、あそこはもうやめにしたのよ。言わなかったかしら?」とトボけた。
男の子のプライドを大事にしたんだと思う。
僕と母は、その後の人生で、このことについて、1度も話したことがない。
…って言うか、今、思い出したくらいだ。
しかし、このおかげで、僕には嫌なことがあったら逃げればいいんだ、という選択肢が出来て、
随分とストレスに対する対処作のバリエーションの幅が広がった。
逆に、だからこそ、攻撃的に人生を送れているのだとも思った。
BGM. よしだたくろう「かくれましょう」


他愛ない話

2016年3月22日 晴れだけど、風がつめたいです
 
どうも、小森です。受付まわりを、ちょこっと模様替えしました。
受付向かって左に、ふくろうの時計があります。あ、これ耳がありますね、みみずくだ。

みなさんご存知ですか?ふくろうとみみずくの違い。
先生が前に記事に書いていたような。あった、あった!こちらをご参照ください↓
2013年6月15日インテリア
その、みみずくの時計の下にバルテュスがきました。

こちらは「地中海の猫」。
シーフードレストランのために描かれたもので、店内に飾られていたそうです。
絵が1枚飾られただけで、ずいぶん受付の空気が変わりました。
  
さて意外と紹介されていませんでしたが、バルテュスけっこう飾られています。
まずは診察室。
みなさんが座る席の、右手ソファの後ろですね。
バルテュス、ポール、バルテュスとなっています。
まずは左「週に四日ある木曜日」

こちらの絵については、先生がバルテュス展へ行ったときの記事から拝借。
”当時、フランスの小学校は木曜日が休みだったため「木曜日が4日ある週」とは「決してあり得ない」
という言い回しに使われていた”そうです。
そして真ん中にポールがいて、右「夢見るテレーズ」

みなさん、この写真をよーーく見てください。テレーズの横に・・・
 
 

真子ちゃん!!
これには先生の意図があるようで。なんと、テレーズと石野真子が同じポーズなのです!プリティー・プリティー!
 
こちらは、スタッフ控え室の入口横。
「美しい日々」

右奥に、暖炉に薪をくべている男性がいます。
わたしには彼が、三浦友和に見えてしょうがないんですよね。
 
先週はそんな感じで、魚の絵とか漁師がチラチラしていたもので、頭の中は魚でいっぱいになっていました。
先週は、仕事終わりに友人と会う日が2日続きまして。
わたしは居酒屋をリクエストしたのですが、1日目はワイン居酒屋で魚なし。
2日目は、なんだかアメリカンな店で魚なし。
もう限界だ。お刺身が食べたい!!と思っていた金曜日のこと。
その日の午前診療は、いつもより早く終わりました。
先生はおもむろに、「今日はちらし寿司だな。」と言いました。
先生(正確には、先生の先生が)ご贔屓のお寿司屋さんは隣の駅にあるので、時間があるときでないと行けません。
平静を装って「わかりました。」と答えましたが、心の中は「ひゃっほーーー!!」でしたよ。
わたし、魚が食べたすぎて、知らないうちに口にしてたのかと思いましたよ。
クリニックはお昼も受付は開いているので、全員で行くことはできません。
ごめんよ、大平さん。大平さんの分まで堪能してくるね。あとはまかせた。
でも先生は、とっても優しく思いやりのある方なので、お留守番の受付にはお土産に太巻きを買ってきてくれます。
本当に川原先生って、とっても優しく思いやりのある素敵な先生ですね!
(ちらし寿司のお礼です。)
 
さて、わたしは昔、市場の魚屋さんで働いていました。
毎朝5時出勤で、月曜は1時出勤でした。朝じゃないですね、夜中です。
8年働きました。よく頑張ったな、わたし。
市場は、他の仕事と時間帯もちがうし、なんだか村のような場所でした。
働く人も、仕入れに来る人も職人肌で、人情とか義理とかがまだ残っていました。
よく言われていたのが、「市場の常識、世間の非常識」。
先日の、先生の記事にこのフレーズが出てきて、市場のことを思い出しました。(また魚!!)
わたしが働いている間に、同業も街の魚屋さんもどんどん閉店していきました。
大きな安売りスーパーがあちこちにできて、そこには肉も野菜も日用品もあるので、買い物も1度で済むし
仕入れの量も多いから、値段も安い。
魚は肉よりも高いし、若い人たちは生ゴミがにおうからと家で調理しない、需要は減る一方。
90歳のおじいちゃんがやっている魚屋さんも、跡継ぎがおらず70年続けたお店を閉めました。
すごいですよね、70年て。
わたしの祖父母の世代とは違い、現代は生き方も仕事も選択肢はたくさんあります。
でも、だからこそ、自分はこう生きたいという意思や意志がないと、つらいなあと感じています。
わたしのイメージですが、目の前に分かれ道があって、右へ行くと安泰、左は未知の世界、さあどっちを選ぶ?ならば
わかりやすいですよね。選べるかどうかは置いておいて。
これが現代バージョンになると、目の前には5本くらい道があって、全部未知の世界行き、安泰な道なんてないんです。
選択肢も増えて、自由もあるけど、どこへ進むのか自分で決めないといけない。
要するに、いまわたしが悩めるお年頃だってことですね。
こんなとき、カウンセリングは有効?それともこれは、人生相談?
BGM.フィッシュマンズ「いかれたBaby」


コンテスト

17/Ⅲ.(木)2016 はれ、あたたかい 花粉飛ぶ
カワクリ心理部門で「下克上、コンテスト」というのを行った。
今のシステムでは、カウンセリング希望者は、1回診察を受けて、適応を僕が見定めて心理に依頼することになっている。
カウンセリング希望者は年々増加しているが、僕が考えている「カウンセリング」と希望されるそれは少し異なってる印象だ。
男性用カツラのCMでも、「まずは無料カウンセリングから」などと謳っているし、
こないだドラッグストアの貼り紙に「カウンセリング化粧品」などという物を見つけ、思わず、写メを撮ってしまった。↓。

そこで我々は、まずこちらが考えているカウンセリングというものを説明しようということになった。
パンフやホームページにも大々的に、打ち出して行こう!と決起した。
そのため、経験年数や年令は関係なく、ガチ勝負でアイデアを出し合う。
それを名付けて、「カワクリ心理・下克上、コンテスト」と呼んだ。
前回の記事「診察とカウンセリングのちがい」を受けて、心理の4名に皆さんのハートを掴むような記事を書いてもらいます。
そう思ったきっかけは、うちのクリニックに来てくれる人の8~9割は、ネットからです。
事前にカワクリのホームページをみてくれたり、ブログを読んで来てくれてる人が多いです。
でも、うちは川原色が強いから、たとえばカウンセリングを希望していても、あれを見たら敬遠した人もいたかもしれない。
川原色が良いと言ってくれる人と、そうじゃない人は当然、評価が分かれると思う。
それはそれで良いと思う。
一生懸命やっていれば、いつか分かってもらえると思うから。
漢字で書くと、「分かれる」と「分かる」って同じ字なのですね。
川原色のバイアスを排除して、個々のカウンセラーやそこで提唱されるカウンセリングに惹かれて訪れる人がいた方が、
裾野も広がり、クライエントもカウンセラーにも双方にとって良いと思うのだ。
ちなみに、カウンセリングを行う相談室は刺激が少ないし、防音も出来る限りしています。
心理の4人が書きやすいように、簡単に前置きを書いておきます。
カワクリのカウンセリングは、「精神分析的な心理療法」という共通認識を持ちました。
しかし、この「精神分析的な心理療法」というのがよく知られていない。
我々は「常識」のように口にするが、心理の常識は世間の非常識、という場合だってあると思う。
実際、カウンセリング(精神分析)の「常識」を知らない人は多い。
それは、こんな背景があって、どうも先進国で精神分析運動が根付いたことがない国は日本くらいだというのだ。
中国や韓国やインドでもあるらしい。
我々が掲げている精神分析的なオリエンテーションとは、まるで小学校のドッジボールのルールのように、そこでだけ通じて、
学校が変わると通じない「常識」みたいなのだ。
「何故、保険でやらないのか」とか、
「何故、キャンセル料が発生するのか」とか、
「何故、毎週同じ時間にやるのか」とか、
「何も話す事がない時は休んでも良いと思う」という意見とか、
それはカタルシスだけを目標にしているのではなく、自己探求とか自己洞察を目的にしているから、という理屈なのだが、
純粋に援助を求めてる人には、余程、説明しないと伝わらないと思う。
「お時間をとらせているから、キャンセル料をお支払いしないと」っていうのは少し違うのである。
これはとても難しいところで、たとえば精神科医の世界では、「精神分析」はマイナーもしくは異端に近い。(言い過ぎか)
同業者にさえ、「精神分析は金持ちしか相手にしないから駄目だ」とか、
「本人のやる気や必死さを何でも金に換算してやる考え方は貧しい発想だ」とか批判的な声も多いのが事実だ。
同業者の中でも理解を得ていないのに、「素人」にそれを求めるのは、どうか。
こちら発信で、我々が教科書的に習ったことを、患者さんにも真摯に伝える労力が必要なのじゃないか。
そういうことを、啓蒙、って言うんじゃないかな。
まぁ、偉い人はそういうことをやっているのだろうが、全然浸透してないのが現実で、
最近では「精神分析的な心理療法」と「精神分析」はまったく別物だ、と国際基準の精神分析にしがみつき、
まるで伝統芸能保存会みたいに、それを理解してる患者(ごく少数そういうインテリは存在する!)と、
閉じた社会でやっている人が声高に叫んでいて、「精神分析を受ける人の義務は精神分析家を食わせることだ」、
というジョーク(マジ?)もある程だ。だけど、日本の伝統芸能じゃないと思うんだけど、精神分析。
これは立川談志が27才の頃に「現代落語論」で、「このままでは落語は能と同じになる」と警鐘を鳴らしたのとよく似ている。
談志曰く、能はかつて大衆芸能のトップだったが世の中の移り変わりに対応出来ず、伝統芸能に成り下がった。
落語もそうなる運命にある。
それではいかん、と訴えて、談志は「伝統を現代に」をスローガンに、落語と大衆と戦い続けた人で、
それが今の落語ブームに続いてると言っても過言じゃないと思う。
そういうことをしていかないと、一人相撲みたいなカウンセリングは皆からそっぽを向かれる。
日本は元々、「赤ひげ幻想」があり、医療に露骨にお金が絡むのを嫌う。
「先生、今日は治療費がないので、どうかこれで…」と頭を下げて、畑でとれた大根を差し出す人に優しく微笑む、
医は仁術である、という文化だ。
そりゃぁ、精神分析は根付きにくいだろうと思う。
そういった土壌で自分達が仕事をする。
そこでどうやったら自分達のやってることを理解してもらえるか努力や工夫をすることが最優先課題だ。
日本の消費者は馬鹿じゃない。
高くても質の良い物を選ぶ。その質を見極める力もある。
そこをちゃんとアピールすることも、心理の仕事だ。
それをコンテストの課題にした。
皆さんのコメントや反響でコンテストの結果とさせていただこうと思う。
全然、話しは変わるけど、コンテストと聞いて、思い出すのは、「きりきり舞い、ダンス・コンテスト」です。
これは、近田春夫&ハルヲフォンが「電撃的東京」というLPを出したことを記念して、
当時、近田春夫がオール・ナイト・ニッポンの火曜深夜のパーソナリティーだったから、
その番組で生で行われた収録です。
「電撃的東京」は歌謡曲のカバー・アルバムだったのですが、選曲やアレンジが滅茶苦茶かっこ良かったです。
前年に吉田拓郎が「ぷらいべぇと」というカバー・アルバムを出していますが、
例えば、郷ひろみを両者がピックアップしてますが、拓郎が「よろしく哀愁」であるのに対し、
「電撃的東京」は「恋の弱味」です。このセンス、伝わるかなぁ。
その「電撃的東京」からシングルカットされたのが山本リンダの「きりきり舞い」で(ヴォーカルはベースの高木)、
その曲に合わせて、ダンスを披露して、ナンバーワンを決めようというのが、「きりきり舞い、ダンス・コンテスト」です。
近田春夫をはじめとした審査員のワルノリした嬌声が、深夜の3時から5時の間、ラジオから流れ続けていました。
聞いてるこっちは、ラジオなので誰がどんなダンスをして盛り上がってるのかが判らないし、伝えもしないから、
さっぱり意味不明な番組でした。番組の私物化と呼んでもよいくらいリスナーを無視した回でした。
これを延々、2時間、やってるのだから、馬鹿馬鹿しいと言われてもしょうがないと思いました。
そう言えば、落語の小噺で、こんなのがあったのを思い出しました。
<1番、馬鹿な奴、知ってる?>
「なんだい?」
<あいつ。釣れもしないのに、もう2時間もああやってるんだ>
「なんで、2時間もやってる、って判るんだ?」
<だって、俺、ずっと見てたもん>
「お前が1番、馬鹿だ」
なんかそれと似てますね。
そんなのを放送する方もする方だけれど、聴いてるこっちもこっちで。
でも、高校生だったから、そこはひとつ。
しかし、カワクリのコンテストはそれとは大違い!
透明性が高いですよ。
リレー性で行くんでしょ?
トップ・バッターは誰?
BGM. 近田春夫&ハルヲフォン「きりきり舞い」


診察とカウンセリングのちがい

16/Ⅲ.(水)2016 はれ、あたたかい
よくある質問に、「診察とカウンセリングはどう違うのですか?」というのがある。
診察は医者がして、カウンセリングは臨床心理士がする、とか、
診察は保険診療で、カウンセリングは保険が利かない、とか、
診察はその時の混み具合で時間がまちまちだけど、カウンセリングは1回50分と決まっている、とか、
こんな形式的なことは皆さんもお判りでして、聞きたいのは内容的な差なのでしょう。
たとえば医薬分業システムのように、医者は薬を出して、薬剤師が薬の説明をする、などの役割分担なら判りやすく、
精神科医は薬を出して、お話はカウンセラーが聞く、という極端なやり方もあるだろう。
でも、そもそも精神科医が話しを聞かないと処方が出来ないし、薬を出してない人も診察を受けにくるし、
カワクリではナースの塚田さんに診察前に話を聞いてもらう人もいるから、ますます、カウンセリングって何?、となる。
必然的に、そういう質問が多くなる。
違いを語る前に、まずは共通点を述べたい。
それは、診察でもカウンセリングも、治外法権だ、ということだと思う。
誤解を恐れながら言うのだが、今の季節だと、「3.11」を忘れない。
その当時の診察場面だ。
その前に、僕らの仕事の生命線は守秘義務だから、本人に無断で「学会発表」や「論文」を書いてはいけない決まりがある。
勿論、個人が特定できないように、ケースをぼやかしたり、ミックスさせたりするのだが、
それでも、本人に了解を得る、のが絶対である。
だから、僕は基本的にブログにそういうことは書かない主義だが、今回だけは特別に例外です。
これから紹介するエピソードは本人の了解をちゃんともらったので、これから書きます。
その子は、中学生で学校も家も友人関係もうまくいかなくて、毎週、クリニックに通院していて。
薬を出すような症状もないから、毎週、ちょっとの時間だが、診察で話をしていた。
彼が、その頃、なんとかしのいでいられたのは、診察もそうだったかもしれないが、「少年ジャンプ」の存在だった。
月曜日にジャンプを読んで、週末クリニックに来て、一週間づつ乗り切っていたのだ。
そこに、「3.11」である。
色んな流通とかにも影響が出て、ジャンプは1週発売を延期した。
東京に住んでいる我々の電力の多くは東北の被災地に依存していたし、東京も計画停電をしていた頃だ。
テレビの番組もあまり不謹慎な番組は自粛されていた。
実際に被害にあった方のことを思うと、ジャンプ1週間延期、なんて何てことのないことだった。
だけど、彼は毎週、ジャンプを読むことで、日々をなんとかしのいでいたから、彼にとってはジャンプがないのは痛かった。
しかし、そんな事を言える世の中でないことを彼は重々知っていた。
彼は悶々としていて、自己嫌悪にもなっていた。
僕は、<ここで喋ったことは外に漏れないし、人間はそもそも不完全で放っておけば不謹慎になるもので、
外では言ってはいけないことも、ここでは喋って良いんだよ。心は治外法権だから>と保障した。
すると、彼は小さく息を吸って、大きな声で、「ジャンプ、読みてぇ~!!」と叫んだ。
診察とカウンセリングに共通するものは、そういうところだと思う。
世間でそんなことを言ったりやったりしてはいけない考えや思いも、せめて精神科では、言葉にするだけならば良しとする。
戦争中に「はなし塚」というのがあったという。
そのご時勢にふさわしくない噺を禁演して、墓に埋めたのだという。
戦争と震災を一緒にすると怒られそうだが、伝えたい趣旨はそういうことではないので、行間を汲み取って欲しい。
立川談志によると、「落語とは人間の業の肯定」であるから、そういったことはあってはいけないのだと思うのだが。
「明烏」も「子別れ」も「居残り佐平次」も葬られた。
落語と精神科を並列には語れないが、我々の仕事の守るべき一線もそこだと思う。
前置きが長くなったが、診察とカウンセリングのちがい、についてですね。
僕は、そう質問されたら、こう答えることがあります。
浅草キッドの本に書いてあったのですが、たけしの運転手を一時期していた、ゾマホンという変な外人がいます。
ゾマホンは、アフリカのベナンという貧しい国から日本に留学して、たけしのTV番組に出て、有名になった人です。
ベナンのことわざに、
「空腹の者への正しい援助は魚を与えることではなく、
魚の捕り方を教えることだ」
みたいなことがあるのだそうです。
それで、ゾマホンは日本で稼いだギャラを本国に送金・寄付するのではなく、学校を建てる資金として援助しているそうで、
その心意気に、たけしがその番組が終わっても自分の運転手に雇っていたというエピソードがあります。
僕はこれは精神科治療にもあてはまると思うのです。
つまり、クリニックを訪れた患者さんは、「空腹」です。
ですから、とりあえず、「魚」を与えて、お腹を満たさないと、「魚を捕る方法」どころではありません。
僕の仕事は、「魚」代わりに、薬や診断書を出したり、心理教育や助言をして、当座をしのぎます。
肝心なのは、そこからで、「魚の捕り方」を教えるのは、自己理解を深めたり、ストレス対処作を身に付けることと同義でしょう。
難しいのは、「正しい魚の捕り方」が人によって違うところだと思うのです。
正解は一つではないところが、信仰や自己啓発と違うところでしょうか。
「正しい」やり方は、それぞれの人の心の中にあるのでしょう。
これまでのその人の歴史によって、方法は異なるし、失敗から学ぶ事もあるでしょう。
心の中は、森の中に似ています。
勝手が知らずに、一人で入って行くと道に迷って出て来れなくなることもあります。
だから、心のメカニズムをよく知った専門家をガイドに一緒に探索活動をして、「ここからもうちょっと行ってみよう」とか
「ここから先はちょっとヤバイ、引き返そう」などとやることが、「魚の捕り方」を見つけることになる人もいるでしょう。
しかし、今の保険診療システムでは、精神科医はそこまでやれる時間がありません。
そこが精神科医が皆、共通して抱いているジレンマです。
そこで僕は、ある程度、「空腹」を満たした患者さんをカウンセラーに紹介します。
僕がカウンセリングに期待するのは、そこから先です。
これは僕の考えなので、心理には心理の言い分もあるでしょう。
心理は今、大きな転換期を迎えています。
心理の資格がいよいよ国家資格になるそうです。
その時、ちょっと揉めたのは、「医師の指示のもとで行う」みたいな一文だったと思います。
これは心理の自律性や自立性、専門性や主体性、ひいては心理のアイデンティティーに関わる大問題です。
まだまだ、これから詰めて行く案件だそうです。
話しはちょっと変わりますが、世の中の万物は偉大なる相似形で出来ているという数学的な考えがあって、
たとえばギザギザの海岸線の砂を拾い集めると、一つ一つが同じギザギザの形をしている、とか。
そんな理論が応用出来るなら、医師会vs心理の業界で起きてる問題が、カワクリという局所でも起きてはいないか?
医師の指示のもとでないと働けない心理士。
これでは心理士が可哀想だ。
だったら、心理から発信出来る場を作ろうと考えた。
それが「カワクリ下克上・心理コンテスト」で、そのうちパンフやホームページにも反映されるでしょう。
その叩き台として、個々の思いや考えやポリシーを皆さんに、いち早くお伝え出来るチャンスをブログに設けて、
たとえば、
「この病院は変だけど、このカウンセラーのカウンセリングを受けたい」とか
「ここの院長は引くけれど、このカウンセラーは信用出来そう」という声を拾い上げたい。
ブログのスペースだから、それは小さな場だし、目に触れる機会は少ないと思うけれど、大切なのはスローガンだから。
草の根運動的に情報が拡散するかもしれないし!
…でも、この心理への配慮って、空腹な者に魚を与えてる、ことに過ぎはしないのか???
自問自答。
BGM. RCサクセション「君が僕を知ってる」


水の泡

15/Ⅲ.(火)2016 はれ 暖かい
高1の教室は校舎の1番上の階で、僕の席は窓際の1番後ろだったから、
授業中にぼんやりと眺める無人の校庭は殺風景だった。
僕は、ある日、その風景が白黒に見えて、体育の授業で走ってる生徒達もカラクリ人形みたいに見えた。
今思うと、「離人症(りじん・しょう)」だったのだと思う。
離人症は、精神科の症状の中で唯一と言っていいのではないか、自己申告の症状なので、誰からも気付かれなかった。
むしろ、僕は明るく騒がしい人気者だったし。
そんな頃、僕が考えたのは、この世はひょっとすると、猿山のちょっと頭の良い一匹の猿がみている夢で、
その猿が目を覚ますと、僕も友人も家族も総理大臣も、みんないっぺんにこの世から消えてしまう、
人類とは猿の夢の中の登場人物で、猿が目を覚ますと、跡形もなく消えてしまう世の中かもしれない、
などと考えたりしていた。
そんな時代の話である。
僕は離人症を抱えてはいたが、授業中はうるさかったから、担任は僕の席を教壇の真ん前に配置した。
僕は授業中、<それとは別の解き方があるよ>とか<字が違うよ>とか<今、噛んだでしょう>とつっこみを入れるから、
教師達が参ってしまい、僕は島流しのように、教室の1番後ろの廊下側に移された。右側には真っ白い壁があった。
僕は、授業は半分上の空で聞いていて、ふと頭によぎった考えや、思いついた発想を、その白い壁に書いて行った。
ポエムや4コマ漫画や不条理な絵で、クラスメートからは「面白い!」(多分、本当に面白かったのだと思う)とか、
「もっと書いて!」(多分、本当のリクエストだったと思う)と言われ、休み時間には皆が僕の周りに集まって、
授業が始まると、皆は席について前を向き、僕1人、横を向いて壁にずっと何かを書いていた。
これは他のクラスの生徒の間でも評判になって、見学に来る人も増えた。
僕の学校は中高一貫校で、僕の中学の時の担任が噂を聞きつけ様子をみに来た。
例のサングラスの似合わない担任だ。
奴はうちの母を苦手としていたが、高1ともなると男子は母親と心理的な距離をとってるだろうという読みで、
強気に出て来た。
そして、「次の授業中、川原は授業を聞かなくていいから、落書きを全部、消すように」と砂消しゴムを2個渡した。
仕方ないので、僕は言われた通り、消していたのだが、折角書いたのに、勿体ないなと思った。
今みたいに携帯電話がある時代なら、写メとかに記念に撮っておけたのに。
授業では、何とか文明の遺跡が発掘されたとか、パピルスがどうとかで、当時の古代人の生活ぶりを解説していた。
僕は壁の落書きを消しながら、たった今、隕石が地球にぶつかって一瞬で、人類が滅亡して、
偶然、僕の書いた白い壁だけが何億年後かまで残って、未来の歴史学者に発見されて、
「当時の地球人はこんな生活や思想だったらしい」
と推理され、未来人の歴史の教科書に僕の絵が載って、学校で教えられるようになったらいいな、と空想して、
そうして、今、ここで一生懸命、勉強しているクラスの連中の努力も水の泡になればいいのにと思ったものです。
病んでたなぁ。
BGM. ダニエル・ビダル「天使のらくがき」


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10/Ⅲ.(木)2016 くもり
「普通部」の大平さんが、なぞなぞ第4弾を作りました。
僕も「ひっかけクイズ」を作りました。
カワクリのどこかに貼ってあります。
さらに、カワクリ史上初の、空間を使った宝探しのようなクイズも出来ました。
クリニックは情報量が多いので、目を引くポップもみどころです。
出来た人には、特別なプレゼントもあるようです。
それが何かは、後で大平さんから紹介してもらうとして、
今回もまた遠くの人がネットで参加出来るように、画像をアップして貰います。
大平さんの代名詞はもはや、三択の女王(=竹下景子)と肩を並べる、「10回クイズ」の女王、です。
今回も、大平さんと「10回クイズ」を実際にやってる模様をブログ上で実況中継しますね。
川原<第一問。アクション、って10回言って>
大平「アクション、アクション、アクション、アクション、アクション、
アクション、アクション、アクション、アクション、アクション」
川原<じゃぁ、風邪の時にする咳を…>
大平「ハクション!(速攻!)」
山﨑(友情出演)「まだ質問が終わってない(笑)」
小森(友情出演)「それに間違ってるし(真顔)」
大平「口が勝手に・・・」
川原<質問の続きは、マネして下さい、でした。だから、答えは、ゴホンゴホン、ね>
  
川原<じゃ、次ね。本気、って10回言って>
大平「本気、本気、本気、本気、本気、本気、本気、本気、本気、本気」
川原<じゃぁ、床のゴミをとるのは?>
大平「ほうき!」
山﨑(友情出演)「違うし(笑)ちりとり、だよ」
小森(友情出演)「すごいな(真顔)」
川原<そう、ゴミをとるのは、ほうきじゃなくて、ちりとり、ね>
山﨑(友情出演)「さすが、女王ですね!」
小森(友情出演)「女王ですね(真顔)」
  
 
大平「ちゃんと考えたんですけど・・・・」
川原<じゃ、次。ペンチ、って10回言って>
大平「ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ、ペンチ」
川原<じゃぁ、ズボンより下にはくものは?>
大平「ズボン!あっ、パンツだ」
山﨑(友情出演)「言い直しても、違うし(笑)。ズボンの下だから、靴下、でしょう?(笑)」
小森(友情出演)「本当に、すごいね(真顔)」
川原<ズボンの下にズボンって、面接、の回の十四松だよ。正解は、靴下>
  
大平「こんな間違って恥ずかしい」
山﨑(友情出演)「やっぱ、天才ですね!(興奮気味に乗り出す)」
小森(友情出演)「天才かぁ…(真顔)」
  
川原<じゃ、あしわ、って10回言って>
大平「あしわ、あしわ、あしわ、あしわ、あしわ、あしわ、あしわ、あしわ、あしわ、あしわ」
川原<じゃぁ、学校に行くのは夜じゃなくて?>
大平「昼間!」
川原<…予想外だね。本当は、あしゃって、言わせたかったんだけど、正解は、朝だよ>
山﨑(友情出演)「昼に学校だと遅刻だし(笑)。先生の10回クイズが無駄になってるし(笑)」
小森(友情出演)「………(真顔)」
大平「わたしは昼間に学校へ行ってたので…」
川原<じゃ、滑舌つながりで、滑舌クイズ、です>
大平「はい」
川原<今から僕の言う言葉の前に「お」をつけて言ってね。これは前に山﨑さんに出して、クリアされた問題です>
山﨑(友情出演)「前に、出したよね!(応援するポーズ)」
大平「はい!(自信ありげ)」
川原<豆腐>。大平「お豆腐」。
川原<勉強>。大平「お勉強」。
川原<味噌汁>。大平「お味噌汁」。  
川原<あやふや>。大平「おや△%☆●……!、(言い訳するように)私、今、意識してたんですけど」。
山﨑(友情出演)「前に、私が出したら出来たじゃないの!(エキサイト気味)」
大平「そうなんです。来るな、と思って準備してたんですけど…」
小森(友情出演)「………(腕組みして、片手の拳を自分の顎に当てて、何か考えている)」
川原<じゃぁ、ラスト。「って10回言って>
大平「私の番、私の番、私の番、私の番、私の番、私の番、(私の番、私の番、私の番、私の番」
川原<わかった、じゃぁ、大平さんの番ね。後は任せた~>
山﨑(友情出演)「天才ですね!先生が、10回クイズを作るのが大変になりますね~」
川原<君たちは、天才の誕生の瞬間に立ち会えたんだよ>
小森(友情出演)「天才かぁ…(真顔)」
※ここからは、大平さんの記事。
こんにちは、
10回クイズ女王と呼ばれ、嬉しくもあり恥ずかしくもある大平です。
もう3月ですね、私がカワクリに来てから3ヶ月、なぞなぞもこれで第4弾になります。

今回のなぞなぞは少し簡単かもしれないです。
私のなぞなぞの下には先生のひっかけクイズも仲間入りしております。

そして今回はトイレのドアに新たなクイズが追加されました!

カワクリのトイレのドアにはけいおんコーナーがあるのですが、
このドアのあずニャンが遅刻中だった事は知っていましたか?
(あずニャンはアニメ『けいおん』に登場する中野梓ちゃんのことです)

この『あずニャンを探せ』クイズ?が今回新たに追加されました。
今回のクイズ?はカワクリをじっくり見て探しまわるという
今までのなぞなぞとは違うので、なぞなぞは苦手…と言う方々も楽しめると思いますよ!

そしてあずニャンを見つけてくれた方にはまかないおやつをプレゼントです!!!!!!!
(まかないおやつとは、私たち受付が少し疲れたとき、眠くなってしまったとき
お腹がぺこぺこで力がでない時にこっそり食べているあれです。)
あずニャンを探せばカワクリの色々なスポットを今まで以上に知る事ができて
発見すれば、まかないおやつがもらえるなんて皆さんが挑戦しないはずないですよね。
あっ!!!あずニャンはこの子ですよ。

しかしこの画像のあずニャンではなく
パンを食べて遅刻しているあずニャンを探して下さいね!
ということで、なぞなぞとクイズへの挑戦を受付で楽しみに待ってます!
BGM. キャンディーズ「夏が来た!」:川原選
     TTS「Holler」:大平選   


花粉症

3/Ⅲ.(木)2016 暖かい、ひな祭り
今日から暖かくなるようで、外来には花粉症に悩まされる人が多くって、不憫でした。
アレルギーマーチというのがあって、アレルギーの行進、のように形をかえて続いて行くものを言います。
僕はまさに子供の頃はそれで、アトピー体質で、アトピー性皮膚炎や蕁麻疹や小児喘息がひどかったです。
小2の時の林間学校は体が痒くて、眠れませんでした。
だから隣の布団の小竹(こたけ)君に、一晩中、背中をかかせました。
小竹(こたけ)君が寝そうになると起こして、<寝るなら代わりを探せ!>と威張って脅して、
結局、小竹(こたけ)君は小2のくせに、一睡も出来なくて、可哀想なことをしたな。
小竹(こたけ)君、もし、これみてたら、あの時はゴメンね。良かった、許してもらえた。
喘息は、息をするたびに、ヒューヒューと音がして、夜になったり、運動をするとひどくなった。
母は、庭にあるサボテンみたいな(アロエ?)植物を千切って、それを液状化して、僕の胸に塗り込んだ。
すると不思議と、ヒューヒューが止まった。(医学的根拠なし)
あれは何だったのか、いまだに判らない。
当時の医者に運動を止められていたが、僕の子供の頃は、「巨人の星」や「タイガーマスク」が大人気だったから、
僕は医者の指示をまったく無視して、野球やプロレスごっこや、一日中、走り回っていた。
それがショック療法になったのか、特別な治療をした訳ではないが、喘息はどこからか良くなった。
そう言えば、アントニオ猪木も糖尿病を氷をいれた水風呂に入る事で治したというから(医学的根拠なし)、
ストロング・スタイルの系譜なのかもしれない。
そんな僕だから、花粉症になっても良さそうだが、全然ならない。
守護霊が変わったか、体質が変わったのかもしれない。
体質と言えば、うちの家系は、お酒が呑めず、僕も昔は全然呑めなかった。
呑んでも、すぐ気持ち悪くなって、毎回、吐いていたが、ある時から呑めるようになった。
大学の野球部のコンパで呑まされては吐いて、呑まされては吐いてを繰り返していて、様子をみに来た先輩が、
「すげー、こいつ、根性あるな」と言われるくらい、呑み(吐き)続けた。
ある日、吐いた物を食べると酒に強くなるということを聞き(医学的根拠なし)、
トイレで自分の吐いた物を食べてたら、心配してみに来た上級生から、「こいつ、こえーよー」と恐ろしがられ、
それ以来、部活内での僕のポジションは、一年生ながら、二・三年生よりも上になって、幹部クラスの扱いになった。
僕は順応性が高いから、平気でえばっていられて、その勢いでサードのレギュラーの座も獲得して、
女の子からもチヤホヤされた。
僕はちょっと変わった女の子が好きだったから、花咲く乙女たちが振り撒く魅惑的な花粉にも、かどわかされないですんだ。
おわり。
BGM. ソフトクリーム「やったね!春だね !!」


アマゾン

2/Ⅲ.(水)2016 少し暖かい
第6感とは、6番目の感覚という意味だろう。
医学的に感覚とは、みる・きく・かぐ・あじわう・さわる、の5感を言い、
それぞれに感覚の「覚」の字をつけて、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚と呼びます。
第6感とは、直観みたいなことを言うけれど、昔は、人間にも備わっていた感覚なのだと思う。
たとえば、沈没しそうな船からネズミが逃げるとか、震災の前に一斉に鳥が飛び立つとか。
人間にもそういう感覚はあったのだろうが、文明の進歩によって、劣等器官になってしまったのだろう。
メカを使うから、使う必要が減って、退化してしまった能力とも言える。
僕は中野ブロードウェイによく行く。
そこには幾つもの店が入っていて、同じ商品でも、店によって値段が違う。
店を比べて、商品を買うのだが、グルっと回ってるうちに売れてしまっていることもあるから、
どのタイミングで買うかがポイントだ。
こうして、足で買い物をしているうちに勘が養われて行く。
<ここで買わないとなくなる>とか<まだ一回りしてきても大丈夫だ>などが理屈じゃなく判るのだ。
僕は同様に中古レコードや古本屋にもよく行くが、<今日はこの町だ>という勘が働く。
ある日、いきなり高田馬場だとひらめいて、クリスタルズのLPを手に入れたことがある。
この感動をみんなと分かち合いたいんだけれど、なかなか、判ってくれる人がいない。
ま、それは置いておくとして。
問題は、アマゾン、だ。
僕は、あまり、アマゾン、を利用しなかった。
理由は単純にネットが苦手だから。
でも、アマゾン、はそんなに高級なスキルを必要としないと判り、何気なしに探してる本を探してみた。
すると簡単に買えた。
別の日に、探してるCDを、アマゾン、で買った。
これは便利だと思い、しばらく利用した。
とても便利だった。
そして、僕はある日、中野ブロードウェイに行き、変なダダ、を見つけ、買おうかどうか迷ってるうち、
爆買する外国人に(たぶん)買われてしまった。
それだけでなく、いつもならここの町に行けばあるはず、という勘がことごとく外れた。
そうかぁ、アマゾン、に頼ったため、第6感が退化してしまったのだ。
文明は恐ろしい。僕はあやうく人類と同じあやまちの道を歩むところだった。
それ以来、僕は、アマゾン、を封印した。
そうしたら、翌週から、僕の第6感は復活した。手遅れにならなくて良かったと思った。
そんな僕なのだが、先日、急に昔、読んでた本を読み返したくなった。
本屋に問い合わせたが、絶版だった。
どこの古本屋にもなかった。
この本は、僕が二十歳の頃、人生とは何だろう、と悩んでる頃に出会って、羅針盤のようになった本だ。
当時の飲み仲間と、この本の内容をつまみに、朝まで、歌舞伎町の「北の家族」で語り&飲み明かした。
当時のそいつらとは、現在、一切、連絡をとってないが、その頃の思い出は今も僕の宝物だ。
そう思ったら、読み直したくなるのが人情じゃないですか?
それでですね、僕は恐る恐る、禁を破って、アマゾン、にまた手を染めてしまったのです。
そうしたら、あるのですよ、アマゾン、には、その本が。
僕は葛藤しました。
勘が鈍るのは嫌だけれど、本は読みたい。何より<この本は自分の足では見つけられない>という勘も働いたし。
そこで僕は妥協案として、状態の悪い本を選ぶ事にした。
楽して、良い状態の本をゲットすると罰が当たりそうだが、状態が悪い物なら、見逃してくれるかと思って。
それで、「書き込みあり」といういかにも駄目な状態のものを選んで購入した。送料しかかからなかった。
本は数日で届いた。
僕は懐かしくその本を開いた。
ノスタルジックな思い出は鮮明に記憶しているが、本の内容までは覚えてなかったが、ページをめくるうちに、
懐かしいなと思い出しながら、なんか見覚えがあるなぁ、とも思った。
そりゃそうだ、当時、散々、読み倒した本だからね。↓。

本の後半部分は、「書き込み」が増えている。
綺麗な色使いだ、アカデミックなのにカラフルでポップだ。
胎児の頃の記憶があるという人がたまにいるが、共通するのは、色で、薄いピンクや水色や紫、だと言う。
僕の考察では、それは赤ちゃんの視覚記憶で、子宮の中の静脈や動脈の色なんじゃないかと思う。
この本のアンダーラインに使われてる色も、同じ色合いだ。
これが懐かしい感じがするのは、胎児の記憶と同じ色のチョイスだからかな。
それもサブリミナルにはあるかもしれないけど、この色合いは当時僕がよく使っていた組み合わせだ。
こんな色使いをする人が他にもいるのかな?
俺以外に使うかな、こんな色。
これ、ひょっとして、俺のじゃないか?
つまり、当時、僕が読んでいて、引越しか何かの時に売り払った奴がまわりまわって、手元に戻ってきたんじゃいかな??
多分、そんな気がする。その位、見覚えあるもの、この色使い&この線のタッチ。↓。

とりあえず、そういうことにしておこう。
その方が、ロマンティックだし。
もし、本当にそうだったなら、すごいな、俺の勘。アマゾン、に勝った!
僕は本に、<お帰り>と言ってみた。
BGM. 西城秀樹「ブーメランストリート」


~をプロデュース。

1/Ⅲ.(火)2016 ゆうべは、あられ。
いつもやってるネイルは、ジェルネイルと言って、爪を削って、その上にジェルで土台を作って、
絵を描いてもらっている。
これは1回やると、爪を削っているから、やり続けるしかなくて、まるで原子力発電みたいで、
やめることは出来ないけれど、爪はどんどん脆弱になって行く。
そこで今回は、シェラックにして、爪を休ませることにしました。
僕の場合は、ジェルネイルは早いと2週間くらいではがれる爪が出始めてしまいますが、
シェラックは長持ちするマニキュアみたいなもので、1ヶ月くらいもちます。
以前にも1回やったことがありますが、ジェルネイルのように「おそ松さん」の顔を描いたりは出来なくて、
デザインに縛りがあります。
いつもは僕がお題を決めてネイリストさんに丸投げするのですが、「おそ松さん」のブルーレイ第二松も発売されたので、
やっぱ「おそ松」にはこだわりたくて、とは言えアイデアを出す元気がないので、初の試みですが、
スタッフにデザインを公募しました。
主に大平さんが考えてくれました。
彼女は多分、「おそ松さん」のことはあんまり詳しくないと思いますが、イメージでイラストを作ってくれました。
詳しく解説すると、人差し指、中指、薬指の3本は、両手で倍の6本になるので、六つ子のカラーになっています。
親指は、「猫」と「おでん」になっています。
大平さん曰く、「おそ松さん、にはよく猫が出てくるから」だそうです。
それは、猫好きの、一松、のイメージですかね?↓。

おでん、はチビ太のトレードマークです。↓。

小指は、おそ松、だけにズバリ「松」と、↓、

ハタ坊の旗で、それは小森さんの提案だそうです。↓。

それを大平さんが書いてくれた実物のイラストがこれです。↓。

これを持参して、ネイリストさんに再現してもらいました。
六つ子の6本には、兄弟順位の数字も入れてくれ、これは皆さんの側から、見えやすく描かれています。↓。

親指の「猫」と「おでん」はこんな感じです。よく描けますね。↓。

小指の「松」とハタ坊の「フラッグ」です。↓。

これで1ヶ月くらい爪を休ませられます。
BGM. キャッツ★アイ「めっきり冷たくなりました」