あ・ぶ・な・いパラレル分岐点〜日刊ムンク㉑

先日、新宿紀伊国屋書店に医学書を買いに行きました。
モン・スナックでカレーを食べ、伊勢丹の方に歩いて行く途中で後ろから「川原!」と声をかけられた気がしました。
しかし、ふり返ってもそこにはただビル風みたいなのが吹いているだけで、カラクリ人形みたいな人間が往来してるだけでした。
しかし、それは聞き覚えのあるあの人の声だったのです。

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から50年、川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

50年も同じ服を着て関節も壊れてしまっていたから、リペアをお願いした。

生まれ変わったムンク。

リペアしてくれたのは、テディベアの第一人者の作家さん。下は作家さんからもらったクマ。名前は、ラスプーチン。「プーチンでラスト」みたいな平和の願いを込めて。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第21弾。

 

・日曜日

ゴレンジャーと酔鯨がコラボした日本酒。

サイドのパッケージ。

逆サイド。

行きつけの寿司屋で、高田文夫の本を読む。

アワビのステーキ。

天然鮎の塩焼き。

これは普段の自分へのご褒美に特製贅沢チラシ。海鮮20種です。

 

・月曜日

今日から中野ブロードウェイの「墓場の画廊」の、漂流教室ポップアップストア、が後期になる。オブジェが変わるので午前中に一番乗りで撮影に行く。

未来人類、接近。

ムンクとラスプーチン。温泉の蛇口みたいでしよ?(笑)

お店が用意してくれた椅子に腰掛ける。

夜は旧友との食事会のため成城学園前に。

記念写真。

 

・火曜日

例によって、火曜は週の始まりなのでムンクの髪の手入れ。

まずはドリームケースからムンクを取り出します。

帽子を外してブラシを入れます。

ブラシは2種類を使い分けます。

こうして帽子を被せます。

これが中々うまくなりません。

顎の下でリボンを結んで。

こんな仕上がりです。

ちょっと帽子が斜めになってしまったので、仕上げを文化部長のスーちゃんにやって整えてもらいました。

お昼はお蕎麦屋に一緒に出掛けます。暑い日には熱い天ぷら蕎麦。

 

・水曜日

大きな額が世界堂から届きました。

中を傷つけないように、器用なスーちゃんにカッターで開けてもらいます。

プチプチでガードされた包みが出て来ました。

これをカッターで開封します。

白い箱が出て来ました。

箱のテープを剥がして中の物を出します。

額装のガラスが傷つかないようにシールで保護してあります。

さぁ、そのシールを剥がしましょう。

ジャーン!!

中野ブロードウェイ「まんだらけ活動写真館」で買った「ニッポン無責任時代」のスピード・ポスターでした。

待合室のここの壁に貼りました。

「ニッポン無責任時代」と「ニッポン無責任野郎」は、川原達二が選ぶ日本の喜劇映画のトップ2で、この2本はそれぞれが面白いのですが、実は話がつながっているので続けて観ると何倍も面白いのです。まだ観てない人は、観るといいです。順番を間違えないようにね。「時代」、「野郎」の順です。

 

・木曜日

医大生の頃、映画好きなお洒落な女の子に「今度の土曜の夜、浅草の六区の映画館でクレージー・キャッツの5本立てのオールナイトをやるから観に行く」と僕が言うと、彼女も是非連れって行ってくれと言う。前から興味はあったが、女の子が1人で行くにはハードルが高いというのだ。当時の浅草は、ビートたけしがギャグで「E・T」を観ようと映画館に行ったが銀座も新宿もどこもいっぱいで入れなかったが、浅草の映画館はガラガラだったと言っていたくらい若者は行かなかった。
かつての浅草と言えば多くの喜劇人が輩出された街なのだ。そんな喜劇の本場でクレージー・キャッツの映画を観るのである。期待は膨れ上がってくる。
この日は、浅草に黄金時代が再現されたようだ。
こんな豪華な企画を放っておく馬鹿もないもので、その日の映画館はオールナイト映画にしては大入りだった。一本目が「ニッポン無責任時代」で二本目が「ニッポン無責任野郎」である。映画館は異様な盛り上がりで、彼女も嬉しそうにゲラゲラと笑いころげてて、僕は内心、ホッとした。
2本が終わると、彼女は輝いた顔をして、「スゴイね!」と興奮していた。それと同時に、ゾロゾロと多くの客が帰って行った。大抵の人はこの2本を観たら終電に乗るため帰ってしまった。この映画館で夜を明かすべく残ったのは、僕と彼女と酔っ払って寝てる何人かと、そもそもここが寝ぐらなのでは?、と疑いたくなる浮浪者みたいな人だけになった。
空気がガラリとかわり、彼女の表情も同様に変わった。「大丈夫だよ」と僕が言うと、「やっぱり1人じゃ来れないわ」と彼女は苦笑してみせた。
3本目の「日本一の色男」の彼女の反応は、イマイチだった。
4本目は、クレージー・キャッツの後期の作品でドリフの加藤茶が準主役級で出てる映画で、彼女はついにこの映画の途中で眠り出し、とうとうこの映画館で映画を鑑賞している客は僕1人になった。
ラストの5本目は、「喜劇泥棒家族」という映画で、僕も初めて観る作品だった。ストーリーは、ある島の住民は全員が泥棒で、時々、船で本土へ行っては集団で泥棒をして生計を立てていた。その島の泥棒のボスが植木等で、植木は昔、警察に捕まって拷問を受けて片足が動かなくなって、杖をついていた。警察はいよいよ本腰を入れてこの泥棒達を捕まえようとし、島に乗り込んでくるのである。圧巻は、男どもが次々に逮捕される中、最後に残った植木等が刑事に追い詰められるシーンである。なんと、植木等はそこで杖を捨て、動かないはずの方の足をヒョイ・ヒョイ・ヒョイと動かしてみせ、画面いっぱいに満面の笑みを浮かべ、空を飛ぶ鳥のように、海を泳ぐ魚のように、活き活きと走り回るのである。
植木等、健在!という感じだ。
何だか僕は、この僕以外は全員が寝てる映画館で、1人、感動していたのである。
結局、泥棒は全員捕まり、働き手(と言っても泥棒だが)を失った島は女と子供だけになった。警察は、泥棒は逮捕したが、盗まれた金品を島から見つけ出すことは出来なかった。ボスである植木等が、決して口を割らなかったからである。
ラストは、自転車の練習をしている子供に女たちが、気をつけなさいよ、と声を掛ける。子供は、それでもよろめいて、電柱にぶつかって転んでしまう。「ほら~、言ったばかりでしょう」と女たちが駆け寄ると、自転車の前のライトのガラスが割れて、中から金銀財宝が顔を出していた。植木等は警察の目を誤魔化すためにここに隠していたのだ。驚く女たち。キラキラと輝く宝石のアップで映画は終わった。
不覚にも僕は感涙して、少し落ち着いてから、彼女を起こして映画館を出た。
無人街の浅草六区は、真っ白い朝もやに包まれていた。
僕は朝もやと瞼に焼きついたキラキラの映画のラストシーンの両方を自分の未来と重ね合わせて、先はみえないけど何とかなる、と根拠のない確信を得て、頑張ろうと心に思ったんだ。

 

・金曜日

その朝、目がさめたら、となりに知らない美人がいた。
彼女はとっくに起きていて、「やっと起きた。遅刻」と僕に言った。
それは、まだ病棟実習をする前だから、大学の3年か4年の頃のはず。
僕は、友達と、大学の近くの街で呑んでいた。
たまたま、その店でとある運動部がコンパをやっていたので、そこに顔を出した。ただ酒にありつこうと考えた訳だ。
その作戦はまんまと成功して、僕は3次会のパブにもなだれ込んだ。
そのパブでは、第一外科、通称「1外(いちげ)」が飲み会をしていた。奥の方で外科の医者と看護婦さんたちが騒いでいた。
僕らのグループの最上級生の6年生は、1外の方々に挨拶に行っていた。「お前も言って来い!」と言われるまま、僕は挨拶に行き、そこで呑んだ。
気が付いたら、結構、夜も更けていて、僕は「ところで、お前、誰?」とか言われてた時には、最初に呑んでた友人も運動部のメンバーも皆、帰っていて、僕1人だけ、1外の人達と呑んでいた。
1外のスタッフは、普段、ハードな仕事なので、飲み方も豪快だった。僕は最後までつきあい、病院の近くに住むナースの家に皆で雑魚寝したのであった。
医者や看護婦は偉いもので、あれだけ呑んで騒いでも、翌日、休まないのだから。それに比べて僕などは、甘いのだ。そう、僕が目をさましたその部屋は、1外のナースのアパートだったのだ。
彼女は、僕に、「将来、何科に行くの?」と聞いた。僕は、「精神科」と答えた。
彼女は、「プシコ?意外ね。外科にしたら?」と真顔で言った。
当時は、都内でも郊外は畑などがあって、僕は彼女のアパートから学校に行く路を教わって、あぜ道のようなところを歩いて行った。
すると、向こうから畑仕事を終えた、おばあさんとすれ違ったりして、僕は何か後ろ暗い気分にさせられた。
僕が、彼女にあったのはそれっきり。
医学生が病棟のナース・ステーションに顔を出すのはそんなにおかしなことでもなかった。泊めていただいたお礼を言いに行くのは、むしろ人間として当たり前なのかもしれなかった。
正直、何度か、会いに行こうかな、という誘惑と戦った。だけど、僕は行かなかった。
もう1度、彼女と会ったら、僕は自分の描いている人生の線路が違う方向に行ってしまう危険を予感していたのだ。

 

・土曜日

名は体をあらわす、などと言うがこの人は良い人だった。
名前が「良男」である。大学時代の野球部の1年先輩だった。
僕はサードを守り、良男さんは控えの一塁手だった。
ある日の試合で、ショートの先輩が失策したあと、僕がサードゴロを一塁へ悪送球した。ピッチャーは振り返って「怖くて三遊間には打たせられないな」と嫌味を言った。ファーストだって捕れない球ではないだろう。技術的な問題ではなく、捕る気がないのではないか?と思った。無性に腹が立った。
そんな時、ベンチから良男さんの声が響く。
「ドンマイ~、ドンマイ~。川原~、くさるなよ~」。
3アウトをとり、ベンチに戻ると、良男さんが僕の横に座り、「くっそ~、俺がファーストだったら捕ってやったのに。俺が試合に出れないから…」と口惜しがった。
その試合の後、僕は良男さんに誘われ練習をした。良男さんが一塁ベースにつき、僕がゴロを捕球したと想定しあらゆる体勢から一塁へ送球する送球練習。
細長いファーストミットの先を使ってショートバウンドの球は全部すくい上げる。頭を超えそうな暴投もジャンプしてキャッチしてくれる。たまさか胸のあたりにストライクのボールを投げると、いい音を出すためにファーストミットを思いっきり強く早くはじくように閉じる。パシーン!球が重そうだ。
「川原~、ナイス・スロ~!」、良男さんは目をつむって青空に向かって雄叫びをあげるのだ。こっちが照れる。
その後、僕はささいなことから日々がめんどくさくなり人間関係を全部切りたくなり部活を辞めた。学校で部活の先輩とすれ違うとバツが悪いのは初めだけで、すぐに挨拶もしなくなった。
それでも良男さんは違った。僕の悪い噂を聞きつけると、そのたびに学生会館まで僕を探し出しにきて、「川原、くさるなよ」「川原、学校は辞めるなよ」と、こっちが「うん」と言うまで肩を揺すった。
僕が今、こうして精神科医をやったりブログを書いたり出来てるのも良男さんのお陰。「川原、くさるなよ」と言って引きとめてくれなかったら、どうなってたかわからない。

今回の記事はループ構造になっているので良かったらラストからスタートへ、どうぞ。

 

次号へ続く。


なつかしい日々〜日刊ムンク⑳

夏休み明けなので今週は混んでしまいました。11月まであったかいそうですね。

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

テディベアの第一人者の作家さんにリペアをお願いしたら、川原の「守護」を祈るクマ「抱き熊スーティー」をくれる。名前をラスプーチンにする。

生まれ変わってムンクが帰って来た。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第20弾。

 

・月曜日

中西先生と僕とサスガは不思議な縁で、高校と大学と医局が同じで、先輩後輩の仲なのです。
順番は、中西>川原>サスガです。
精神科は他大学との交流のため、毎年、野球のリーグ戦がありました。
僕らの医局は、中西・川原・サスガの3人が主力メンバー。
ある年の野球大会。僕は派遣病院に出向していて、そこの秘書さんが野球の応援に行きたいと言うから、3人くらいを自分の私設応援団員として帯同しました。
若い女の子の前ですから、ちょっと良い所を見せたいと思うじゃないですか?
僕は、サスガに、「おい、ピッチャーを変われ」と途中からマウンドに立ちました。
「ドカベン」の里中のように華麗なアンダースローから幾つかの変化球を投げ分けます。しかし、練習は裏切らない、というか、ボールは正直です。
1球として、ストライク・ゾーンに入りません。3者連続フォアボールで、あっと言う間に無死満塁。
風雲急を告げ、大ピンチ。400戦無敗で知られるヒクソン・グレーシーが最強の男であった1番の理由は、負けそうな相手とは戦わない、というからくりがありました。
これは良いアイデアです。そこで僕は、マウンドにサスガを呼び、「おい、ピッチャーを変われ」とリリーフを押し付けますと、
「嫌ですよ。自分で蒔いた種なんですから、自分で責任をとって下さい」
と言い放ち、自分の守備位置に戻って行きました。
体育会系は縦社会、上が「黒」って言ったら、「白」でも「黒」だろ。
などと僕がブツブツ文句を言ってると、マウンドに駆け寄ってきて優しい言葉をかけてくれたのが、その時のキャッチャーで、女房役とは良く言ったもので、キャッチャーマスクをとって、
「川原、切り替えて行こう!ピンチはチャンスだ。川原の得意のフォームは、スリークォータだったよな。あの投球を俺に見せてくれないか?」
と優しくなだめる人物こそが、中西先生だったのです。
そうして僕はマンガの真似をやめて、中西先生のおだてに乗って、このピンチを切り抜けようと思いました。
試合は中西先生が逆転タイムリーを打って、残りのイニングをサスガがピシャリと抑えて、我々の勝利。
試合後のミーティングで、「今日のMVPは誰か?」と僕が切り出して、「逆転打を打った中西先生では」とか「ピッチャーとして、先発とリリーフの両方の役割をしたサスガでは」との意見が出ました。僕がイマイチ不服そうな顔をしていたら、その時、中西先生がこう言いました。
「今日のMVPは川原だよ。こんなに試合を盛り上げてチームに一体感を抱かせたんがから」。
すると皆が「MVPは川原」、という意見になりまして、僕はその時、「中西先生って何て正しい意見の持ち主なんだ」と発言しました。
そうしたら中西先生は、わざとらしく頭をかいて照れるポーズをして、それを見て皆が笑って、僕も笑いました。


中西先生が急死したのは、2014年の8月18日、丁度今頃。仮に、前の日に「人間ドッグ」を受けてても分からない病気だったそうです。

 

・火曜日

今日から夏休み明けです。ムンクの髪の手入れから。

まずは帽子を外します。

ブラシをかけます。

2種類のブラシを使い分けます。

そして帽子を被せます。

リボンを結んで。

出来上がりです。

仕上げは、受付の羽田さんにやってもらいました。

 

・水曜日

診察室のポスターを貼り代えて模様替えする。
皆さんの正面。

入り口は、佳子さまコーナーに。

逆側は、ウルトラマン。

診察テーブル周りは、ゴジラ映画。

 

・木曜日

クリニックの待合室のBGMは、僕が選曲してシャッフルして流してますが、時々、曲を入れ替えます。アニソンやアニメのサントラや歌謡曲に混ぜて、この夏は大瀧詠一の特集をしてましたが、今日それらを変えてみました。

大瀧詠一から新たに吉田拓郎を入れてみました。皆さんは気付くでしょうか?

 

・金曜日

研修医に成り立ての頃、無断欠勤がバレて、ペナルティーで「2週間連続当直」になりました。
医者の当直は、翌日も勤務です。
当直室で仮眠して、呼ばれたらすぐ病棟や救急外来に行くのが仕事。
だから、運が悪ければ、2週間まともに寝れないのです。
でも僕は、へこたれたりしませんでした。それは、「2週間、当直室から家に帰れない泊り込み」という状況が、「日本一のホラ吹き男」の植木等みたいだと思ったからです。

映画で、臨時雇いで会社に入った植木等が配属された部署は、会社にとって何の意味もない古い書類の整理をやる場所です。
「ここじゃ、いくら頑張っても出世はないよ」と先輩から言われます。皆、やる気がありません。
しかし、植木等は、底抜けに明るいテンションで、張り切って、荷物をまとめて会社に泊まり込み、仕事をします。
「そんなにまでして残業代が欲しいのか」という皮肉にも、「いいえ、残業代はビタ一文、いりません」と言って、1人で、書類を全部、片付けてしまいます。
労働組合は残業して残業代を取らないことを問題視し、同じ職場の人間達は「仕事がなくなってしまった」と不満を漏らします。
会社は仕方なく、植木等を他の部署に係長待遇で異動させします。ここからホップ・ステップ・ジャンプ!
東京オリンピックの直後の映画で元・三段跳びの選手だったという設定の植木等は、三段跳びの様に出世して行きます。

僕も植木等のマネをして、家から色んな物を当直室に持ち込みました。
浅草のマルベル堂で、クレージーキャッツのブロマイドをオーダーメイドで引き伸ばしてもらいました。
それを当直室の壁に貼りました。
陰気な当直室が、まるで僕の1人暮らしの部屋みたいに衣替えしました。
評判を聞いて、看護婦さんや他科の研修医も覗きに来ました。皆、「お~」って感嘆しました。
この時の特注ブロマイドは、今もカワクリの待合室のテレビ側のソファの方に貼ってあります。

これは最大限に引き伸ばしたから、ラミネートが出来ない大きさで、結構、ボロボロになってしまいました。
それを当時の受付の大平さんが、補修してくれることになりましてポスターを一時、撤去。

処置室に移動して、テープで切れ目を丁寧に貼ってくれました。

綺麗に出来上がりました。

受付の仕事は多岐に渡りますね。

話を「2週間当直」に戻しますね。
丁度、半分の1週間が終った時点で、調子に乗った僕は、「トニー谷」のブロマイドの特注も発注しました。
そのニュースに異常に反応した人たちがいました。
それは誰だと思いますか?
正解は、病棟のナース達でした。
女性には、つらそうな姿をアピールするより、気丈に明るく振舞った方が母性本能をくすぐることもあるようです。
ナースは一丸となって、僕の味方をしてくれました。
彼女らのナイチンゲール精神は組織立って、医者や教授や医局長に「いくら何でも可愛そうだ」と意義を申し立てました。

「過重労働でミスが起きたらどうするつもり?」
「川原先生だから笑って仕事が出来ているのよ」
「いえ、ああ見えて、顔で笑って心で泣いているのよ」
「あぁ、いじらしい」
「それに比べて、他の医者は川原先生に仕事を押し付けて、楽をしてるのよ」
「他の医者は、ズルイわ」

などと、本来、僕が無断欠勤したのが問題なのに、矛先が他の医者に向いて、実際は、僕は研修医だったから、当直には必ず上級医の先生が日替わりで付いていて、「2週間当直」というのは、半分、洒落で、つまり、学生気分の抜けない僕に社会人の厳しさを教え込ませるための親心であり、問題を大きくしない配慮だったのです。
それは、2週間、日替わりで色んな先輩から、生の知識を吸収できるチャンスを用意してくれたものでもあったのです。
そんな内輪なはからいはナースには通じません。
彼女らは、川原先生を守るためにはストライキも辞さず、の構えです。
病棟でナースにストなどされたら、大変です。
医者が、検温や配膳や採血や保清など、駈けずり回らなければならなくなるからです。
ナース・コールも医者がとる事態になります。
これには上層部もあわてて急遽、僕のペナルティーは1週間で解除されました。
そして、医局長はナースの前で、僕を労う為の1席を自腹でもうける約束までさせられました。
憎憎しげに、医局長が、「川原君、何を食べたいんだ?」と僕に質問しました。
僕は、「うなぎ」と高級な鰻屋の名前を告げ、「個室で、コースにしてね」と答えました。
ナースを納得させるには、こういうのが最善の策でした。
そして、僕と医局長は週末、本当に二人きりで、鰻屋の個室でコースを食べたのでした。何を言いたいかと言うと、カワクリの空間作りのルーツは、この2週間連続当直に起源があったと思うのです。

 

・土曜日

高校の頃からつけていた夢日記に、時々、挿絵も添えていたから、それらをアトランダムにピックアップして、当時の受付スタッフの大平さんに塗り絵をしてもらい、コメントもつけてもらいました。

・カラス貝のマニキュア女vsトラディショナル・ブルー~瞳~少年風(1981.9月:川原少年19才の作品)


カラス貝は黒?色っぽいは何色?紫かな・・・

・手のひらを太陽に(1982.1月:川原少年19才の作品)


こういうポスター学校とかに貼ってありましたよね。

・小田急線のひとコマ(1982.2月:川原少年19才の作品)


この絵、座ってるとこ上手くかけてますよね。

・本厚ちゃん(1982.3月:川原少年19才の作品)


かわいくしたかったのに無理でした・・・。

・伊代はまだ(1982.8月:川原青年20才の作品)


腕が長いですね。先生が20歳の頃、松本伊代が流行っていたんですかね。

・天才の誤算(1982.9月:川原青年20才の作品)


靴が素敵なんですよ。

・テスト前日(1982.12月:川原青年20才の作品)


こういうよく分からない絵を塗るのって楽しいです。

・カルピス(1983.5月:川原青年20才の作品)


カルピスのボトルに書いてある帽子をかぶったやつが可愛い!!

・誕生日。小指と小指をつないで歩く、理科室でキス(1983.7月:川原青年20才の作品)


理科室のガイコツ懐かしいですね~

・夢見る年頃~36/38≒95(1983.8月:川原青年21才の作品)


夢の展覧会の絵の中で私が気に入っている第3位。

・野球大会(1983.8月:川原青年21才の作品)


先生の書くドラえもんは丸くない!

・クリスマス・イブ(1983.8月:川原青年21才の作品)


夢の絵の中で1番かっこいい絵だと思います。

・恋人峠の昼下がりPart.2(1983.9月:川原青年21才の作品)


夢の展覧会の絵の中で私が気に入っている第1位。

・すっかりトロピカル(1985.7月:川原青年22才の作品)


陽気な感じと南国な感じが夏にピッタリの絵です。

・明日のイブはRC(1985.12月:川原青年23才の作品)


8時42分に何が起こったんでしょう。

・直ちゃん(1987.6月:川原青年24才の作品)


これは塗りやすい絵だったんですが、サインペンで色を塗るのは難しくて、
色鉛筆にすぐに戻しました。

・Hanesの白のTシャツに血を滴らせてしまった(1987.6月:川原青年24才の作品)


私も白い服にシミができた時こんな顔します。

・元・日本軍の男と、ユキヒョウ(1987.7月:川原青年24才の作品)


「ユキヒョウはどこにいるんですか?」と塗っている時に不思議でしょうがなかった絵。

・大船観音がくずれた(1987.7月:川原青年24才の作品)


観音様のお顔だと気づかず、先生に言われて気づき塗り足しました。

・みつけてくれたらキスしてあげる(1987.7月:川原青年24才の作品)


真ん中の子にと左の子にかわいさをプラスしました。気づきましたか?

・甘くて冷たいアイスクリーム・ベイビー(1987.7月:川原青年24才の作品)


この絵のタイトルを知らない人から「31アイスみたいだね」と言われ
塗り絵レベルが上がったと実感し嬉しくなりました。

・気がつけば兵隊(1987.7月:川原青年24才の作品)


みんなの表情がいい。

・アイスもハシャいでる、僕は日焼け(1987.8月:川原青年25才の作品)


また、アイス!後ろの2人は羨ましがってるのかな。

・ダチョウ(クジャク)ともも焼き(1987.8月:川原青年25才の作品)


ダチョウ(くじゃく)って全然違う鳥だけど・・・

・僕は照れる(1987.8月:川原青年25才の作品)


川原先生はいったい何に照れたのか?

・新宿地下の靴専門店(1987.8月:川原青年25才の作品)


この失明者用の靴は指の先が触覚の様に動くと先生が説明してくれました。

・念力(1987.9月:川原青年25才の作品)


念力は見えないから何色にしようか迷いました。

・渡り廊下の窓から連中が手を振る(1987.9月:川原青年25才の作品)

渡り廊下だと気付かず、カラフルにしてしまいました。
ちなみにこの絵左側にいるのは川原先生で
研修?授業?かなにかをさぼって帰るところのだそうです。
手に持っているのは白衣だと言っていたのですが、
私には抱き枕かぬいぐるみに見えました。

・脳外科はじまる(1987.9月:川原青年25才の作品)


これは一体何でしょう???

・お前はストーブの前でのびていた。あくびしかしなかった(1987.9月:川原青年25才の作品)


これ、色を塗っていたらよく分からないパーツがあって、そこだけ着色しませんでした。

・聴神経腫?すぐに手術(1987.10月:川原青年25才の作品)


わかめ・・・

・宙に浮く機械(1987.10月:川原青年25才の作品)


宙に浮く機械!夢っぽいですね。

・すいみんやくが欲しい(1987.10月:川原青年25才の作品)


夢の展覧会の絵の中で私が気に入っている第2位。

・明るく生きるコト(1987.10月:川原青年25才の作品)


川原先生はカラフルなボーダーが好きらしいです。

・オバQが正ちゃんのクラスの記念写真に写ってしまった。皮膚科テスト、60点。(1988.7月:川原青年25才の作品)


記念写真にオバQ写ってたらおもしろいですよね。

・ウサギに乗って空を飛ぶ(1988.12月:川原青年26才の作品)


いい夢ですね~。ウサギに乗ったらもふもふなのか。

・すべては幻想である(1989.1月:川原青年26才の作品)


ヒョーロン家が怪しい。

・柔道(着)一直線!激しい視線の火花が散る(1989.4月:川原青年26才の作品)


三角関係ですかね!!!

・世代交代の口約束(1995.3月:川原中年32才の作品)


先生の描く力士はなんだか可愛い。

・2002.8月6日からの夢日記の表紙:先生不惑の40才の作品


【塗り絵を終わって~大平さんの総評】
この夢の絵に色づけするとき『これは何だろ?、川原先生の夢だからこんな色でもいいかな』と、
タイトルを教えてもらうまで何の絵かも分からなかったり、
普段の私だったら使わないような色で塗ってみたりという絵がたくさんありました。
自分じゃない誰かの絵を塗るのって面白いですよね。
それが川原先生の描いたなんか可愛くて奇妙な夢の絵だからもっと面白い。
何ヶ月かのあいだ、受付業務の合い間のちょっとした楽しみの1つでした。
この夢の絵の中には
私より若い頃の先生が描いた絵もあるんですよ・・・。
なんだか不思議な気分になりますね。

 

次号へ続く。


素敵な休日〜2025夏休み(8/10~8/18)

8/9(土)

今日で夏休みに入ります。お誕生日に後輩の女医さんから頂いた「ハムの詰め合わせ」の焼豚をつまみにドジャースラベルの八海山を飲みます。

8/10(日)

大岡山の日本料理屋へ。


アワビの口の梅肉和え。アワビ30個分くらいの「口」だそうです。

アワビの塩蒸し。つるむらさき。さつまいも。


かぼちゃのスープ。


お刺身は、すずき・はた・つぶ貝。


天ぷらは、もろへいや・万願寺唐辛子・ヤングコーン。


さざえ壷焼き。


ナスのオランダ煮など。


とろろ麦飯。


自家製水羊羹と沖縄のパイン。


8/11(月)山の日

・エネルギー療法。
・談志が癌を告白した時のビデオを発掘しました。僕がたまたま見に行ってた新百合ヶ丘での落語会の後の取材で、居残り佐平次、をやった時でした。談志62才、今の僕より年下です。

8/12(火)

・人間ドッグ。特に異常なし。

下は昔、撮った「人間ドッグ」のポーズ。

8/13(水)

・美容皮膚科へ。
・今年はどこにも旅行に行かないから、15年前にハワイに行った時の記録から。思い出話など。

浮輪で漂っていると、どんどん沖に流されて行ってしまい、怖いのでなるべく浅瀬に滞在する。立って、ヘソくらいの波でも、腹這いになってれば頭を越える大波だ。浅瀬で溺れる。
泳げないことにコンプレックスを持ってる人に朗報。吉田拓郎もカナズチです。
僕は、それを小学校の時に知って、とても気が楽になり、それ以降、まったく泳ぎの練習をしなくなった。
そういえば、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンも泳げないらしい。
娘が、同様に浮輪を持って海に出るが、彼女は勇敢でどんどん沖の方へ行ってしまう。
小学校の頃、スイミング・スクールにも通っており、僕とは違い、泳ぎには自信があるのだ。海を満喫している。
1時間くらい経過して、一向に帰ってくる気配がない。
もしかして、戻れなくなったのではないか?
風が凪ぎ、波が沖へ沖へと物体を引き寄せているのかもしれない。
さっきまで娘の浮輪の目印のグリーンの付近にたくさんいた他の遊泳者達も遠ざかり、娘の現在地を示すグリーンは、太平洋にひとりぽっち、ポツンと浮かんでいる。
自分から助けを求められない、内気な子だ。
不安でも周りに声をかけられない、それどころか外見は平然として見られてしまう。
まだ陽は高いが、人間はこんなに長い時間、海に浮かんでいて楽しいと思うのか?
ライフセーバーの位置を確認する。
砂浜から、娘の名を呼んでみるも届かない。
望遠で写真を撮ってるカメラマンがいるからレンズをのぞかせてもらって表情を確認する。
いくら泳ぎが達者とは言え、魚座生まれとは言え、足がつってしまえば使い物になるまい。
砂浜から、娘の名を念じ気を送る。
いよいよ、娘のグリーンの浮輪は、沖へ流されて行く。
娘を助けなければ。
娘を助けに行こう。弟が、目測で50~100mの距離だ、と言う。弟は泳ぎが達者だ。
娘同様、小学校時代スイミング・スクールに通い、色んなトロフィーをもらって帰ってきていた腕自慢だ。
娘を助けるべく、僕は黄緑の浮輪をくぐり、弟に娘の所まで泳いで連れてってもらうことにする。
弟に、ビートバンの要領で、浮輪の僕をバタ足で押させる娘・救出作戦だ。
妻によく沖で観察し、もしグリーンや黄緑の浮輪が見えなくなったり、たとえばサメの背ビレが見えたら、あそこのライフセーバーに連絡するよう言い残す。
妻は弟に、1人で行った方がいいんじゃない?、などと言う。
それは、ちがう。
主は1匹の羊が迷ったら残りの99匹をその場に残してでも探しに行くと聖書に書いてあるではないか。
一家の長である、私が行かない訳にはいくまい。
僕は、自ら浮輪をかぶりスタンバイOK、弟の動力で娘のもとへ泳ぎ出す。
僕が方向を「12時の方向」、「11時の方向」、「1時の方向」と指示を出す。
風は逆風、波も我々救出班を岸へ押し戻そうとする。
必死に押す弟が、「進まない、遠い」と弱音を吐く。
オレも体重を前にかけ、波に負けないように体重移動、波の抵抗を和らげるべく波に向かって体を45度に舵取りして、弟に「がんばれ!」と叱咤激励を飛ばし、自らもフル稼働で足を動かすも、お風呂で遊ぶアヒルのおもちゃのごとく微力だが、気合を伝えるには十分で、弟は英雄的に力を発揮、波を追い抜き浮輪は前進。必死の形相、男らしく育ったものだと感慨。
娘のグリーンの浮輪が近付く。
娘の名を呼ぶ。2度、3度。
すると、娘はこちらに気付き、手を振る。
SOSのサインか?
娘の名を呼び続けながら、手招きすると、彼女は勇気百倍になったか自力でこちらに泳いでくる。
「何?」と言う。
潮に流されてるのではと心配して救助に来た、と伝えると、娘は安堵の照れ笑い。
僕の「砂浜へ戻るぞ」との号令に従い、彼女はスイスイと先に泳いでいく。一安心。
一方、弟は、「重い重い、浮輪が邪魔だ」と嘆きながら、今度は方向転換、
必死で今来た道をUターン、砂浜に父を無事に送り届ける任務にミッション変更。
そんな弟に、いかにお前のとっている行動が人として素晴らしく、縁の下の力持ちとは男らしい美学なのだ、ということを噛んで含めるように言って聞かせながら、足がつく所までくれば、こっちのもの。
右足で砂浜をギュっと掴むように立ち、左足も前に、両足でしっかりと立てた。
もう大丈夫だ。
オレは、振り返り、疲労困憊の弟の手を握り、ご苦労様、と引っ張るようにすくいあげる。
ここだけ見たら、オレ、ヒーロー。
とにかく、皆、無事で良かった。
足の砂を洗い流してホテルの部屋に戻り、一休みして、おなかが空いたので焼肉を食べに行く。
その席で、弟に、泳ぎの不安はなかったか?、と聞くと、「自分が溺れたらどうしよう」と心配だった、と言った。
「人生は、多くの場合、慎重にしておいた方が無難だ。しかし、あの場面で泳ごうと決意したのはとても立派なことだ。男らしく育って、お父さんは鼻が高いぞ」と誉め、
「今日のMVP」の称号を与えた。

8/14(木)

中野ブロードウェイの「墓場の画廊」で「漂流教室」のポップアップストアがやってるからSS♡Tで外出。
その前に、餃子屋のダンダダンにも行きました。アニメ「ダンダダン」とコラボしてました。

コラボドリンクは、アイラの苺ソーダを。

コラボ限定特典は、餃子型ピックと、

オリジナルイラストカードです。

怪奇満腹セットの「ダンプリンじゃんよ!!」です。

ここからは「墓場の画廊」。

再現場面です。

グッズコーナー。

ここからは画廊です。

ここからはディスプレイです。

クオリティも高すぎます。ちぎれた手まであるとは。

ムンクとラスプーチンも記念写真。

これは胸熱ですね。

ムンクとラスプーチンも。

お土産に自分用のTシャツと、ばらまき用の「お守り」を10個くらい買いました。

その後、「まんだらけ活動写真館」に立ち寄ると「ニッポン無責任時代」のスピードのポスターを発見!即購入!!
新宿の世界堂で額装する。良い買い物が出来た。

8/15(金)

美容院。
夏の終わりですが、髪色をスイカ・ニューバージョンにしました。

前と同じではつまらないので、こんな感じ。

ムンクは待ち疲れてしまいましたね。

美容師さんのアイデアで眉毛も三色なのです。

8/16(土)

浅草へ行きました。
六区で電柱に飾られる喜劇人たちの写真を撮りました。
エノケン。

ロッパ。

シミキン。

バンジュン。

ビートたけしの師匠。

植木等が憧れた由利徹。

寅さん。

てんぷくトリオ。

東MAXのお父さん。

ウクレレ漫談。

欽ちゃん。

その足で、ロック座へ。

開演前に行ったのにすでに長蛇の列。


8月のテーマは「ファンタジーリーグ」。僕の推しの出演順は3番目で魔法少女「まどマギ」風のパフォーマンスを披露してくれたから、初回公演と2回目公演の推しの番まで観て帰る。

浅草と言えば、神谷バーですね。メンチカツと煮込みで電気ブランを5杯と電気ブランのカクテルを2杯飲んだら前後不覚。タクシーで帰りました。

一階はビアホール、二階はレストラン形式になってるもののメニューはほぼ同じだから2階が静かでいいです。

メンチカツ。

このカクテルが結構、来ます!

8/17(日)

クリニックの納涼会。心理の3人と行きつけの寿司屋で行う。まずは僕が「漂流教室」のお守りをあげる。

3人を写す僕が映されています。

3人お揃いで、漂流教室のお守り。

歓談の時間。

4人で全員集合です。

だだちゃ豆。

鯵のたたき。

あばれ鮎。

万願寺とうがらし。

ハモの湯引き。

今年の、さんまは良いようです。

漬け。マグロとカツオ。

数の子。

8/18(月)

・内科。
・エネルギー療法。
・大岡山落語会。

こんな夏休みでした。
次号、「日刊ムンク」に戻ります。


欠点のない人間はいない〜日刊ムンク⑲

暑いですね。

「プンプンは夏は暑いので嫌いです。けど、冬になったら冬は寒いので嫌いです。…そうです。要するに今が一番嫌いなのです。」 [7巻]

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

テディベアの第一人者の作家さんにリペアをお願いしたら、川原の「守護」を祈るクマ「抱き熊スーティー」をくれる。名前をラスプーチンにする。

生まれ変わってムンクが帰って来た。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第19弾。

 

・日曜日

奥沢に新しく「おにぎり屋さん」が出来ました。カウンター席はいっぱいだったのでテイクアウトしてきました。

いっぱい買いました。

僕は、筋子・鮭筋子・わさび昆布・鶏そぼろ卵黄です。たくあんつき。

ふわふわしてて崩れやすいですが、こういうのが流行ってるのだそうですね。

お酒のつまみに誕生日にもらった「ハム」を切ってもらいました。

僕は普段はウスターソースをかけて食べるのが好きなのですが、試しに一口食べたらめちゃウマくて何もつけずにハムのまま食べました。

 

・月曜日

新宿のタカノフルーツパーラーへSS♡Tで初来日です。

まずは、ローストビーフサンドを食べます。

そして今はモモのフェアなので、桃のプレートデザートを頼みました。

別角度から。

ジュースの上にケーキが浮かび、周りを桃やゼリーやアイスが彩ります。

メルヘンですね。まるでシンデレラのかぼちゃの馬車です。

 

・火曜日

僕に出来ないことは色々あるが、男子として割と恥ずかしい欠点は、「泳げないこと」と「自転車に乗れないこと」だ。僕が自転車に乗れない理由は、母のせいである。
兄やいとこ達と自転車で遠くに行くという企画があった時、母は「達二は行かないわよね」と哀願した。だから、僕はそれに応じた。

とは言え、その後も自転車に乗れるようになるチャンスはいくらでもあった。
いつの時代も練習を手伝ってくれる面倒見のいい友人はいるもので、「タッちゃんは運動神経がいいから、すぐ乗れるよ」と励まし応援してくれたが、てんで乗れなかった。まるで母への忠誠心を言い訳にしてるみたいだが、僕はやれることとやれないことが極端なのである。

これも母のせいにしてしまうのだが、いわゆる家事というものが一切出来ない。
これも多分、母が自分がいなければ何も出来ない子供に仕立てて、所有物みたいにしたせいだと思う。
こないだサランラップを切ろうとして、指を切った。
耳掃除は母が楽しみにする作業だったから、自分でやると加減がわからず必ず出血する。このあいだ耳鼻科に行って耳掃除をしてもらったら、やんわりとお医者さんから、「このくらいのことで来ないで下さい」と言われた。
家に帰って、爪を切ったら、深爪した。

そんな僕にとって大学生になって家を出たことは、物理的に母と距離をとり、自立するチャンスだった。
しかし、悲しいかな人間は、同じようなことを相手をかえて繰り返す。
一人暮らしをしても家事など出来ないのを知ったクラスメートの女子が、医学部は面倒見のいい人が多いから、ローテーションを組んで、掃除や洗濯をしに来てくれた。
その後も季節が変わるように関係性は変わるが、身の回りのことをしてくれる男女が途切れることなくいたから、僕はいまだに食器の洗い方や洗濯機の回し方や衣替えやATMの使い方や小包の出し方を知らないし、地図も読めない。

そんな不器用な僕がムンクの髪の手入れを、受付スタッフの手を借りながらだが、していることは我ながらすごいことだと思っている。
ウイッグが取れてしまっています。

一回、全部外します。

ウイッグの絡んだのをほどきます。

ウイッグを頭に乗せて誕生日にもらったReFaのハートブラシをかけます。

帽子の位置を定めます。

リボンを結んで、

なんとかここまで出来ました。

仕上げは、文化部長のスーちゃんにお願いしました。やはり女子は上手ですね。

 

・水曜日

泳げないことは、中学の時、吉田拓郎も泳げないと知って、「だったら俺もいいや」と、早々に投げ出した。

日本のフォーク系ミュージシャンには泳げない人がたくさんいて、六文銭の及川恒平はお風呂も怖いらしい、とラジオで拓郎が笑って話してたのを、僕も笑って聴いていた。

 

・木曜日

そう言えば、フィギュアスケートの羽生結弦が「自転車に乗れない」と告白したニュースを知った。
僕はもう大人だからいいが、僕と同じように自転車に乗れなくて肩身のせまい想いをしてる男の子がいるとしたら、僕にとっての吉田拓郎のように、免罪符としての効果があるのではないかと思った。
「羽生結弦と同じならいいや」的な。

 

・金曜日

よく結婚相手に母親と似たような人を選ぶというが、うちの奥さんと母は全然似てないと思う。
ただ、やはり家事という点においては、僕に何もさせないから、結果的に身の回りのことは完全に奥さんにやってもらってる。奥さんと母は似てないが、僕と奥さんの関係と、僕と母の関係はとてもよく似ている。
移動手段として自転車に乗れない僕は自動車にも乗れないので、自家用車は奥さんが運転している。
僕はたまに助手席に乗るのだが、うちの車の車種が何だかも知らない。
車にまったく興味がないので、ポルシェとカローラの区別もつかない。

下は、僕が分かる唯一の車、「恐竜戦車」。

 

・土曜日

土曜日は混むのでお昼は受付スタッフが買って来てくれます。今日は「餃子の王将」で、バカボンのパパが好きな「ニラレバ定食」です。

せっかく「餃子の王将」なので、餃子も食べたいです。「ニラレバ炒め」の残ったタレをつけて食べるとウマいです。

さて、明日からはクリニックの夏休みです。8/10(日)~18(月)までがお休みなので注意して下さいね。

ドリームケースのファスナーが開かないようにスーちゃんが工夫をしてくれました。

これなら歩いてるうちにチャックがズレてしまっても最大でここまででストップするから遠出も安全です。

ではまた次号へ続く。


文化部通信~その陸拾捌~

こんにちは、文化部通信68弾。文化部長スーです。

夏の暑さにバテて頭が働かず、ブログに書く内容がないよう・・と頭を抱えていたら、先生が「コレ開けてもいいよ」と神の手を差し伸べてくれました。

先生が先日行った「赤んぼ少女」のPOP UP SHOPで買ったアクリルキーホルダーです。さっそくお言葉に甘えて全て開封しました。

表情がいいですね。

闇夜に”ぴかっ”と光るキーホルダーも。
これは夜道も安心して歩けますね。

そもそも皆さん「赤んぼ少女」は知ってますか?

楳図かずおがのマンガで、”乳児の姿のまま成長しなかった怪物に執拗に襲われる少女の惨劇を描くサスペンスホラー”です。悪夢のようですね。
でも、なんだかゾワッとしたら少し涼しく感じてきたような・・。
せっかくなので、夏のカワクリ~ホラー編~を紹介します。

水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎/悪魔くん」

伊藤潤二 「双一」

ポケモン「ゲンガー(ゴーストポケモン)」

クリニックにもホラー漫画はあります。

「死人の声をきくがよい」
日常に忍び寄る恐怖と狂気を描き出す正統派ホラー。
ストーリーも面白くて何より早川さんが可愛い。

「不安の種」
日常からわずかにズレたところで不気味な怪異が生じた瞬間を鮮やかに切り取ったオムニバス・ホラー。1人になるのが怖くなります。

「血の轍」
不安定な母子の関係を描いてます、サイコホラーというのでしょうか‥。

「タコピーの原罪」
色々な問題を抱える少女・しずかとタコ型地球外生命体・タコピーの交流譚。
無垢なタコピー視点が、残酷さを引き立てます。

ホラーといっても色んな種類のホラーがありますね。
皆さん、今年の夏の暑さを乗り切るために、ホラーの力を借りて”ヒヤッ”とするのはいかがでしょうか。

~文化部通信アーカイブス~
掘り起こしのイラストをどうぞ。

8月生まれの10人のイラストです。

1「田村正和 8/1」

2「菅原文太 8/16」

3「オバマ元大統領 8/4」

4「ホイットニー・ヒューストン 8/9」

5「黒柳徹子 8/9」

6「桂小五郎 8/11」

7「貴乃花光司 8/12」

8「菅原道真 8/1」

9「中居正広 8/18」

10「マザーテレサ 8/26」

 

先生のWOWOWシリーズが来ましたね!
シルエットだけなのに、なぜかホイットニーヒューストンに見えて来ますよね。

今年の24時間テレビのドラマが黒柳徹子さんの人生ドラマに決まったそうです。
なんと徹子さん役は芦田愛菜ちゃん!魅力的なドラマに仕上がりそうですね。もちろん情報元は川原先生。いつも最新の愛菜ちゃん情報をどこから入手しているのでしょう…。色々なアンテナをはっていてすごいな~。
私も、夏バテしてる場合じゃないですね!夏の間にやっている、気になっていた展示のチケットを予約したのでコレを楽しみに乗り切るぞ~!!


湘南ボーイ〜日刊ムンク⑱

僕のルーツは湘南ボーイ・茅ケ崎生まれです。小学校卒業が昭和49年で長嶋が引退した年。僕は受験をして東京の中学へ。兄が同じ学校に行ってたから母と3人で東京のマンションに二重生活(土日は茅ケ崎に戻る)。中1は五反田、中2~東中野に住んだ。父の死後、茅ヶ崎に戻りますが色んなことがありもう実家に帰ることもないし、墓参りにも行きません。僕は自分の歴史から茅ケ崎時代を削除しました。母・母の親と三代東京にいるから、東京に三代住めば「江戸っ子」と名乗って良いそうなので僕は江戸っ子を名乗ることにしました。今回はそんな惜別の念も込めて記事を書きます。

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

テディベアの第一人者の作家さんにリペアをお願いしたら、川原の「守護」を祈るクマ「抱き熊スーティー」をくれる。名前をラスプーチンにする。

生まれ変わってムンクが帰って来た。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第18弾。

 

・日曜日

サザンオールスターズが中心に行なった1982年の夏のイベントのビデオを見ながら、「湘南」という酒を呑む。

このライブ番組のオープニングはサザンの「来いなジャマイカ」です。会場に来るカワイイ女の子たちがアップで抜かれます。

場所は西武球場。屋外です。雨の中、トップバッターの山下久美子は赤い水着で歌います。

続いて、ラジオっ娘、が「茅ケ崎サンライズ」を歌います。酒のつまみにケンタッキーを買って来ました。たま~に、食べたくなるのです。

ラジオっ娘はアーティストだと「Lady oh!」になるのですが、この番組では「ラジオっ娘」で表記されていますね。

その他、ハウンドドッグとかシャネルズ(後のラッツ&スター)も出ます。トリはサザンオールスターズで「いなせなロコモーション」で全員がステージに集まります。

雨の中、桑田佳祐は上半身裸になり、右が山下久美子で左がシャネルズのリーダーです。

ラジオっ娘も浴衣に着替えて手を振ります。

カワイイですね。

そしてみんなでジャンプしてエンディングです。

「湘南」ってお酒は裏をみると茅ケ崎で作られてるみたいです。

BGM. サザンオールスターズ「来いなジャマイカ」

 

・月曜日

自分用に買ったお誕生日プレゼントが届きました。

箱の中身は何でしょう?

箱を開けます。

箱の中から箱が出て来ました。

「ダンダダン」のモモのフィギュアです。

モモは、人や妖怪や物体のオーラを掴んで自由に動かせる超能力を持ってます。

綾瀬桃。いわゆるギャルです。

セルポ星人に誘拐されたことで超能力に目覚めました。この手がそれ。

横からのアングル。

後からのアングル。

モモの耳飾り。

 

・火曜日

後輩の女医さんがお誕生祝に何かくれるというから「じゃ、ハム!」と答えたらハムが今日、届きました。

僕の誕生日は7月24日なのですが、あえて「肉の日」の29日に贈ってくれるなんてニクい演出ですね。
暑き日に宅急便よりハムの愛。

箱開けて「わぁ」と声出す診察室。

肉の日にハムの笑顔が届きけり。

ありがとう。公にしたのは、ハムだけに。

と、後輩のNさんに感謝を川柳で並べてみました。

そして火曜日は週初め、ムンクの髪のお手入れです。

帽子を外すのも慣れてきました。

これはお誕生日頂いた「ReFa」の櫛です。これを早速使ってみましょう。

櫛が絡んだ髪の毛に入りやすいです。

さすが人気の商品ですね。

帽子をセットします。

今日はいつもより上手に出来ました。思わず笑顔がこぼれます。

まぁまぁの出来です。

仕上げは受付の羽田さんにやってもらいました。今日のお花と一緒に。

 

・水曜日

今日は津波で横須賀線が止まる。
うちの実家は眼科の開業医でたくさんの従業員がいて、僕は末っ子なので、大人たちから可愛がられていた。僕とよくキャッチボールをしていた男の人は野球とギターが上手な好青年だった。僕が淡い恋心を寄せていた女性とその人が付き合っていると知った時には、お似合いだと思った。だけど、彼女の国籍か家柄がネックで、結婚は出来ないという話を聞いた時にはショックだった。僕はもうハイティーンだったので、ある程度の事情も理解できるつもりだった。僕は彼女と茅ヶ崎の海岸を海水浴場から辻堂の方向に話しながら遊泳禁止区域まで歩いて来た。江ノ島が僕らに近づいて来る。僕は僕なりに良いアドバイスをしたつもりだったが、彼女は「タッちゃんは、まだ子供だから判らないのよ」と馬鹿にした。すると、急に雨が降り出して、まるで彼女の涙雨みたいで、僕らは濡れネズミみたいになったから、大慌て。海辺から近くのパシフィックホテルに駆け込んだ。家に帰ったら、父がパシフィックのことを、「昔は一流ホテルだったが、今は連れ込みホテルになった」と嘆いていて、少し焦った。

後にサザンが「夏をあきらめて」で同じような光景を歌っていたから、僕は桑田にこのこと喋ったっけ?と頭をひねったものだ。

 

・木曜日

茅ヶ崎の海には、潮から町を守るように松林が立っていた。そこのある区域に、ホモの浮浪者がいて、僕が通りかかると、「坊ちゃん、こっちへおいで」と自分の物を露出させて不気味に笑った。僕はムシャクシャしていたから、騙された振りをして、松林の中に入って、油断した男の顔面に膝蹴りして逃げた。そうしたら、その晩、複数のホモの浮浪者に追いかけられて蹂躙される夢にうなされた。どっからどこまでが夢なのか、判らない。

 

・金曜日

この金土はクリニックの前の商店街で夏祭り。
診察室に、盆踊りの太鼓の音が、ドンドンドンガラカツタ♪と、鳴り響きます。

恒例のカワクリも提灯を出しました。

夜の提灯だっピよ。

 

・土曜日

僕は茅ヶ崎時代の過去を捨て、今は江戸っ子を名乗っていますが、7月は誕生月だったこともありちょっとノスタルジックになったりします。古いアルバムを漁って茅ヶ崎の実家の写真をみつけたので載せてみます。題して「ジ・アーリー川原達二〜湘南ボーイ編」です。

そう言えば、青い象の置物がありました。

家にはプールがありました。

だけど僕は泳げません。

白いブランコもあったようですね。

これは七五三でしょうか。

看護婦さんと。

お気に入りの看護婦さんと怪獣たちと。

怪獣たちと。

ウルトラセブンが町にやって来た。「ノンマルトの使者」という回がありました。地球人が海底に進出して行くと怪獣が現れます。地球防衛軍が出動して怪獣をやっつける用意をします。そこに少年がやって来て、彼こそが「ノンマルトの使者」なのです。少年は「元々、人間が来るずっと前からノンマルトは海底で静かに暮らしていた。そこに侵略して来たのが人間だ」と抗議します。ウルトラセブンは地球防衛軍に所属してますから、地球の平和のために戦う使命があります。しかしその時ウルトラセブンの心に何かがよぎります。
「これは地球の海底に住む先住民・ノンマルトと人間の領土問題じゃん。俺、巻き込まれてねぇ?」と苦悩しながら怪獣を倒します。この回の背景には「ベトナム戦争」がありました。当時は大人たちが真剣に子供たちに時事問題をぶつけていたのです。僕は子供ながらにウルトラセブンの葛藤を理解しました。
数日後、茅ケ崎の電気屋にキャンペーンでウルトラセブンが来るという。残念ながら「セブンの葛藤」を知っているのは僕だけでした。大人たちはいい気なもんで記念写真を撮ってくれます。僕は、セブンに何と声をかけていいのかわからず、ソッポを向くことしか出来ませんでした。

怪獣に媚びられる。

野球道具もたくさんありました。

雪の日もグラブをはめて登校します。

中1は茅ケ崎から東京の学校まで通っていました。

父と。

母と。

これは夏服です。

うちの親は長電話は注意せず、こうやって写真を撮影しました。なんか恥ずかしくて、早く切ろうと思うから、親の上手い作戦だったなと思います。

浪人時代は実家に帰されました。多分、吉田拓郎のマネをしてカーリーヘアにしたり、

自分で髪を切ったりしてました。右の白い小屋は父の書庫。

8月になりました。台風も避けていきましたね。もうこれで僕は僕の中の「湘南ボーイ」に会うことはしないでしょう。
だから明日に向かって走れ!次号へ続く。


結婚しようよ〜日刊ムンク⑰

今週は僕のお誕生日週間なので、大岡山デートを一回挟みました。僕が生まれた日もとても暑い夏の日だったと、よく母が言っていました。

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

テディベアの第一人者の作家さんにリペアをお願いしたら、川原の「守護」を祈るクマ「抱き熊スーティー」をくれる。名前をラスプーチンにする。

生まれ変わってムンクが帰って来た。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第17弾。

 

ムンクを近々、またリペアに出すかもしれません。お人形作家さんが、その後のアフターケアと約束してた着替えのドレスを作るためです。
丁度よく(?)ドリームケースのリュックの背負うバンドも切れてしまったし、

考えたら50年暗がりにいたお人形が夢洲万博へ新幹線に乗って外泊したり、中野や新宿や池袋や西麻布などにまでお出かけしたものね。メインテナンスして貰うにはナイスなタイミングかも。

ムンクの衣装は、アリスの赤のハートの女王のドレス、が予定されてるけど、お人形作家さんが「何かセンセーのリクエストはありますか?」と聞かれたので、考えた挙句、「セーラー服」と答えました。うる星やつら、のラムちゃんや「かんなぎ」の、なぎ様が主人公と同じクラスに転入したように、ムンクも人間界の学校に行きたいかな?と思いを馳せたからです。でも、フランス人形にセーラー服はお人形作家さんの頭を「?」にしまくったようなので、予定通りに行くと思います。しばし、またムンクと離れ離れになる日が来ます。今生の別ではありませんが、人生は一期一会です。一日一日を大事に生きて行きたいですね。

そんなお人形作家さんから一足早く、お誕生日プレゼントが届きました!

「Munch’s Treasure」というタイトルです。

「ムンクの宝物」という意味ですね。

左の大きなムンクはレインボーカラーの「セーラー服」を着て、両手で何かを探している仕草です。その中のひとつに右のムンクを考えています。そう、僕が特注して作ってもらったドレスのことです。

お人形から本物の「少女」になりたがっているかのようなイメージが昔の少女マンガチックに描かれています。

 

・火曜日

ムンクのお直しデー。

帽子を取り外します。

この着脱が難しいのです。

ウイッグを丁寧に。

今回も一人ではうまく出来ません。

仕上げは受付の羽田さんにやってもらいました。

女の子はみんな出来るんですね!

 

・水曜日

僕の小学校は女子高の付属で中高は女子校で、小学校だけ共学だった。道を一本挟んだ敷地に中高の校舎があった。そこの体育館倉庫のそばに、ミリンダの自販機があって、本当はいけないのだが、僕は休み時間に買いに行っていた。バレるとヤバイから、体育館倉庫の中で、ミリンダ、を飲んで小学校校舎に戻る、ということをこっそりしていた。すると、その体育館倉庫の中には、隠れてタバコを吸っている女子高生がいた。僕らは弱味を握り合い、ここはお互いのために秘密にしようと、共犯関係になった。僕らはほぼ毎日、体育館倉庫で落ち合った。
彼女は何かの運動部に所属していて、その顧問の教師と内緒で付き合っているのだと打ち明けた。でも、それはリンリ的にイケナイことらしかった。僕はえらそうにミリンダを飲みながら、「ふ~ん、リンリ的ねぇ~」などと応えていた。
彼女はあまり頭の良い生徒ではなかったようで、僕と彼女の年の差を、簡単な引き算なのに、指を折って数えていた。その数字が自分と教師の年の差より小さな数だったらしく、「よし!」と僕に乗り換えることにすると宣言した。そして僕は、「将来、この人と結婚するのかなぁ」とボンヤリと思った。
それから数日後、彼女は体育館倉庫にパタリと姿を見せなくなった。おかしいな、と思って、放課後、正門でまちぶせしていたら、彼女がやって来た。明るい陽の下で逢うのは、初めてだった。僕は「最近、どうしたの?」と聞くと、彼女は「あんたのお父さん、PTA会長なんだって?」、「そうだけど」。「身分が違うよ!」と彼女は目を合わさずに、そう言った。僕はそんなこと関係ないじゃん、と言いながらも、「この人は障害付きの恋に恋する人なんだ」とも思った。
風の噂で、彼女は卒業してから、その教師と結婚したと聞いて、「そいつは良かった」と思ったものだ。

 

・木曜日

今日はお誕生日です。0時になってきっかりにお誕生日祝いのLINEをくれた友人もいました。ありがとう〜。
「老いるショック」の生みの親である、みうらじゅんは、はみ出した老人を「アウト老」と呼んでいます。還暦を越えたら年齢は関係なくもう先輩も後輩も関係なく、「何才児」と呼び合います。僕は、63才児、になりました。
下は、誕生日祝いに頂いた入浴剤。僕は最近、入浴剤に凝っています。

 

・金曜日

大学の近所のフィリピンパブで勤めてた日本人の女の子について。店がはねてから、「自分の家で呑み直そう!」と誘われた。断る理由もないから付いて行った。すると、家に着くなり、彼女は「ちょっと待っててね」と言って、神棚を開いて、お経をあげ出した。それは簡素なものだった。それから彼女は、店からくすねて来たというウヰイスキーのボトルをバッグから出して、「呑もう!」と言った。僕は、「あなたの信じてる神様は、こういうことして怒らないの?」って聞いたら、黙り込んじゃった。次の日曜日、彼女は僕のアパートに来て、部屋を掃除してくれた。お礼に近くで、ビールでもおごるよ、と蕎麦屋まで歩く道すがら、彼女は「日曜の昼間に歩けるなんて嬉しい」と言った。僕はなんとなく「僕は、この人と結婚するのだろうか」、と思った。

しかし、国家試験が近くなり僕は店に行かなくなったし、彼女からも何のアクションもなかったから関係は途絶えた。何年か経って、気になって、その店のあたりに行ってみたが、それっぽい店はいまだにあったが、店名も変わっているし、もうさすがにその子はいまいと思って、店には入らずに帰って来た。ただそれだけのこと。

 

・土曜日

今日は最終土曜日なのでクリニックの「定例会」という名の勉強会です。ひと月は早いものです。
下は、誕生日祝いにお友達が送ってくれたムンク用のヘアブラシ。

ハートの型になっています。

色は僕の好きなエメラルドグリーン。

これからはこれでムンクの髪をお直しします。

 

次号へ続く。


大岡山デート〜お誕生日ありがとう

好評連載中の「日刊ムンク」を一休みして、7月24日は僕のお誕生日なので久しぶりの「大岡山デート」企画です。

「老いるショック」の生みの親である、みうらじゅんは最近、はみ出した老人を「アウト老」と呼んでいます。還暦を越えたら年齢は関係なくもう先輩も後輩も関係なく、「何才児」と呼び合います。僕は、63才児、になりました。
あなたがクリニックに贈り物を届けてくれることを夢想しながら、僕はオシャレをして待っています。

いつものように銀座でネイルをしてきました。

テーマは、夏のデザインも取り入れたSummer Beachです。

松田聖子に「Summer Beach~オレンジの香り~」という歌がありましたね。

ネイリストさんが、僕の髪色からインスピレーションを受けたそうです。

そして、足元は、こないだ入手したミャクミャクのシューズを部屋履きにしています。これは4月に申し込んで先日届いたもの。万博には間に合わなかったけど、お誕生日には間に合いました。

見た目はイクラみたいだけど、MIZUNOのシューズだから履きやすいです。

スポンと足を入れると自然とホップやジャンプしたくなります。

ジャンプ!

屈んで〜

ジャンプ!

ムンクとラスプーチンもあなたが来るのを待っていました。

贈り物のお返しに、先日、「赤んぼう少女」のpop-up shopで買い込んだハンドタオルを用意しておきます。

僕は診察ですぐには会えないだろうから待ち時間にクリニックの待合室を探索してて下さい。僕の「お城」が出来たのは平成19年です。西暦で言うと2007年です。始めは白と黒を基調としたカフェのような病院らしくない空間にしました。当時はオタクやアニメへの偏見が強く、子供が不登校でアニメやゲームに夢中だと親は心配して「将来、犯罪者になるんじやないですか?」と大真面目に相談に来てました。生き難い世の中ですね。そこで僕はそんな子供達の味方になろうと無言でエールを送りました。お洒落なカフェみたいな空間にアニメのポスターやフィギュアを飾り、相談に来る親を瞬殺しました。そんな歴史のビフォーアフターの写真を比較して載せてみますね。

Before

After

Before

After

Before

After

Before

After

Before

After

Before

After

Before(喫煙所)

After(カウンセリングルーム)

Before

After

Before

After

ビックリするでしょ?(笑)
それでは、宝探しゲームです。以下のものを待合室で見つけて下さい。完全コンプリート出来るかな?

①つげ義春の「滝の少女」のキリの良い番号。
これは「けいおん」の平沢唯&憂、姉妹のタペストリーをめくってみます。

つげ義春の額装があります。

左上に番号が書いてありますよ。100番です。

②キックボクシングジムの会員カードのキリの良い番号。
「かんなぎ」の、つぐみ、のキックのイラストのそばにあります。

100番です。

③開院祝いに中村伸一&紀子先生に頂いたシャガールの版画。
受付カウンターの真正面にあります。お誕生日祝いのガーランドの向こう側。

④昭和天皇崩御の当時の新聞の一面はこの奥です。

窓際の奥まった壁にあります。

⑤立川談志の落語会の誤植のチケット。
化粧室の前の立川談志コーナーにあります。

談志の「志」の字が「誌」になっています。

⑥ウォーターサーバーの横にいるイカ娘の指差す方向は診察室の扉でした。

クリニックの空間を存分に使った「イカ娘」が指差す巨大イカのカレンダー。

そんなこんなしてるうちに僕が仕事を終えるでしょう。そうしたら、大岡山の行きつけの寿司屋を予約しておきました。
お誕生日祝いにムンクとラスプーチンも駆けつけます。

まずは特注の、はだて、のムラサキウニ。

これが寿司屋に言わせると自慢になるそうです。

今回の献立のテーマは「夏」です。
湯引きのハモ。

ゆりあげの赤貝、瀬戸内の本みる貝、岩手の石陰貝。

秋田のじゅんさい。

長良川の天然鮎。

隠岐の岩ガキ。

ここからは握りです。天草の新子。

北海道のにしん。

本マグロ赤身。

鬼おこぜ。

イクラ。

茹で車海老。

かすご(春子)。

エボ鯛。

トロタク巻。

イカ。

かつお。

蛤焼軍艦。

穴子。

お腹がいっぱいになりましたか?
インスタグラムを始めたら勝手にFacebookと連動して、そっちを見てくれてる人も多くって、おかげで昔の懐かしい友達と連絡がとれて、飲みに行ったりグループLINEが出来たりしてるけど、同時に思い出したのは「僕って人間嫌いだった」ってことで、人と飲みに行くと気を使って疲れて帰ってから家で飲み直さないといけないし、グループLINEは変な空気にさせてしまうし。
ウヰスキー・ロックの角張った氷のようで、丸く角のない氷になれない。これが「アウト老」の宿命か。だから、あなたにお願いがあります。次のデートでは、タイ料理を一緒に食べに行きましょう。対人関係で悩む僕たちだから、タイ人の作る料理を平らげてしまおう。
ガンダム「ジークアクス」で有名になったカオマンガイはキュウリをよけるから、ひょっとしたらあなたはパクチーが嫌いだったら僕のお皿に取り避けていいから、2人でタイ人の作るタイ料理を食べて、「対人」関係を残さずに食べてしまおう!

BGM. 忌野清志郎&仲井戸麗市「お弁当箱」


十六の夏〜日刊ムンク⑯

インスタグラムを始めたら勝手にFacebookと連動して、そっちを見てくれてる人も多くって、おかげで昔の懐かしい友達と連絡がとれて、「誰かが死ぬ前に会っておくか」という話になり、「今」と「過去」と「未来」が同時進行している今日この頃です、お元気ですか?

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

テディベアの第一人者の作家さんにリペアをお願いしたら、川原の「守護」を祈るクマ「抱き熊スーティー」をくれる。名前をラスプーチンにする。

生まれ変わってムンクが帰って来た。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第16弾。

 

・日曜日

前号から続く、みんなの中で味わう孤独感を解消すべく、インド料理屋へ行き、気分は「皆んな、インド人にしてやる!」です。

これはワインのつまみのインド風お煎餅。

サラダはキュウリ抜き。

サーグマトンカレー。ほうれん草と羊です。

ナンはお代わり自由ですが、デカくて熱いのです。

だからムンクが千切って取り分けてくれました。

これはバーベキューセット。タンドリーチキンとかシシカバブーとかです。

人形たちは匂いで食事をするから、インド料理は刺激的だったのではないかしら?

 

・月曜日

友人のクリニックに行ったら「医療機関へのカスハラ」に対する貼り紙がそこら中に貼ってあって、聞いたら「ものすごく多い」んだって。うちはそんなことなくて、皆さん良い患者さんなんですけど。…と言いたいのですが、ちょっとしたことはどこにでもありまして。早めに芽を摘もうとこんな貼り紙を作りました。入り口と出口と化粧室にも貼りました。よろしくお願いしますね。

これが原文。

 

・火曜日

火曜日が週初め。ムンクの髪のセットを、文化部長のスーちゃん監督の元に、行います。

まずはリボンをほどきます。

僕は子供の頃にお人形遊びなどしたことが無いので下手です。

この帽子のセットが難しいのです。

立ち上がってやろう!

頭頂部に斜めにヘアピンを狙って。あっ、ウイッグがズレた。

「ムズい~」と力尽きる。

ダメだ、後は、スーちゃん、お願いします。

そうして、何とかなる訳です。

 

・水曜日

十六の夏、僕が高1の時に通っていた学習塾で一緒だった女子の想い出です。彼女は、塾で1番可愛い女子で、一緒に海水浴に行ったこともある。
で、その可愛い女子が、夏場になると、ノー・スリーブの服を着て来ていて、彼女が伸びをするたびに男子たちが、彼女の脇の下をみて興奮していた。それは彼女が脇の下の毛をそのままにしていたから。
僕は彼女と帰り道が途中まで一緒で、僕らはいつも同じホームで別の電車を待っていた仲だったから、僕は彼女に、「ノー・スリーブ、やめたら?」と進言したことがあって、そうしたら彼女は、「不自然なことはしたくないのよ」と言ったのです。

それでも、彼女は翌日から、Tシャツを着て来るようになって一件落着するのだが、僕はこのやりとり以降、薄着の女の子がいると過剰にそっちに目をやらないようになった。少し、強迫的だとも思う。今でも無意識にクセになっているから、セクハラと間違われる率も低くて、結果オーライだけど。
なんて思っていたら、最近の若い女性の間では、脱毛をしない、というのがブームのきざしだと聞いた。理由は、自然なままで、ということらしい。本当?

下は、山口百恵「はたち」のLPジャケット。川原当時16才。

 

・木曜日

十六の夏、学習塾で知り合った女の子にやたら長電話をする子がいた。
その子は電話魔で、一時期、毎日のように電話がかかってきた。当時は、携帯電話などない時代で、家の電話にかかってきた。それで、平気で2~3時間、喋るのだ。内容は、どうでもいいことばかり。たとえば、世良公則&ツイストの新曲について、とか。
先日、古い日記を見ていたら、架空の電話のシナリオを発見した。
それは、その子に電話する前に、僕がシュミレーションしたもので、数頁にわたっている。シチュエーションは、僕が電話をするところから始まっている。
僕はその子の長電話には慣れっこだったのだが、自分から電話をするのは、緊張したのかな、そんなものを作って。
こちらが話しかけて、相手の答えを想像して、話が進んでゆく台本なのだが、
実際には、「一言目」から想定外のフレーズが返ってきて、無駄に終った想い出が残ってる。

僕らは塾の友達たちで海水浴に行ったことがある。
その子は、高1のくせに真っ赤なビキニを着ていて、それがまた何とも色っぽくなかったことを、真夏の強烈な日差しとともに思い出す。
その子は、僕をそのグループで「1番可愛い子」とくっつけようと色々とおせっかいを焼いては、すべてを台無しにした。
その子のお兄ちゃんは小さな暴走族のリーダーをしていて、その子は、それをとても嫌がっていた。
僕は、「そんなことはどうでもいいことさ」、と電話越に言ったことがある。本当にそう思ったし。
珍しくその子は、黙り込んでいた。
今、思うと僕は、その子のことが好きだったのだと思う。

下は電話をかけるムンクとラスプーチン。

 

・金曜日

こんな箱が届きました。箱の中身は何でしょう?

ヒントはMIZUNOの靴です。何の靴でしょう?

正解は、「ミャクミャク」です。

夢洲万博へ行った時に間に合って欲しかったです。もう一度、行け!ということでしょうか。

 

・土曜日

今回のタイトルは「十六の夏」。16才と言えば、初音ミクも設定は16才。初音ミクの「十六の夏」をムンクとラスプーチンと。

下は古い写真。川原「十六の夏」。

 

さて、いよいよ来週はお誕生日週になります。次号へ続く。


レーズンのシーズン〜日刊ムンク⑮

意外な人から「ブログを見てます」と言われてビックリ。まさかこんなのを読んでもらってるとは思わなかったから、これからは「あなた」が読んでくれてると思って心を入れ替えます。

 

~前回までのあらすじ~

 

中1の頃から川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。

テディベアの第一人者の作家さんにリペアをお願いしたら、川原の「守護」を祈るクマ「抱き熊スーティー」をくれる。名前をラスプーチンにする。

生まれ変わってムンクが帰って来た。

ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第15弾。

 

・日曜日

今日は池袋PARCOの、梅図かずお「赤んぼう少女展」が最終日なので、これから暑くなるからTシャツをまとめ買いしにSS♡Tで外出。
下は、葉子の白Tシャツ。「こんなところに座らせて」と、ムンクが笑ってるような顔をしています。

タマミの黒Tシャツ。「こんなところに座らせて」とムンクが怒り顔。

クリアファイル。

グッズ売り場。

特典のステッカーもたくさんもらえて大満足。店員さんに頼んでポップの前で、ムンクを抱っこしてみる。タマミと同じ立ち位置に不満そうなムンク。

帰りはイタリアンに。

冷製のトマトスープ。

ムンクのオススメする赤ワイン。

これはお店からのサービス。

白ワインも。

イカ墨とシーフードのパスタ。

肉のピザ。

Tボーンステーキ。

 

・月曜日

今日は七夕。七夕と言えば、涼宮ハルヒの憂鬱、ですね。下は、アニメ「笹の葉ラプソディ」と去年の12月に行った聖地巡礼を交互に。

涼宮ハルヒは、東中出身。

モデルになった中学。聖地巡礼の写真から。

アニメから、過去に時間移動しています。柵を乗り越えようとする少女は…

中学生時代の涼宮ハルヒでした。

ハルヒの視点からみえる校門。

聖地巡礼でゲットしたアクリルキーホルダーを置いて撮影しました。涼宮ハルヒと東中の正門です。

門を開きます。

実物。

困った時の長門有希頼み。長門のマンションに向かうキョンと朝比奈みくる。

実物。

作者はインタビューで、「笹の葉ラプソディー」は「涼宮ハルヒの消失」をつくるきっかけになった、重要な作品だと語っています。
僕も「誰かに」会いたいなぁ。

午後からは美容院。カラーが程よく抜けて、僕とムンクの髪色が似てきたと美容師さんは言います。

ビフォーです。

アフター。

僕の襟足もムンクみたいにカールしてもらいました。

 

・火曜日

週初めは恒例のムンクのお手入れ。

まずはドリームケースをオープンです。

ムンクを抱き上げます。

ドレスを直し、髪にブラシを入れます。

まだまだ1人では上手には出来ません。

仕上げは、文化部長のスーちゃんです。

家に帰って、溝口勇次の都市伝説を扱う新討論番組「NoBorder」をみました。7月8日の第1回のテーマは、命日にちなんで「安倍晋三暗殺の真犯人は?」でした。この番組攻め過ぎてて大丈夫かな?

 

・水曜日

僕は「干しぶどう」が嫌いです。その理由は小学生の頃のこと。

「くどう君」の引越しが決まってから、僕は「くどう君」の家に遊びに行った。「くどう君」の両親は不在でおばあちゃんが家にいた。
僕と「くどう君」が遊んでいると、おばあちゃんが麦茶とおやつに「干しぶどう」を差し入れてくれた。「干しぶどう」は、白く丸い皿に並べてあった。時は、真夏。「くどう君」のおばあちゃんは、白いノースリーブの下着のような服を着ていて、かがんで皿を置く時に胸元から谷間が見えた。
「くどう君」のおばあちゃんはノー・ブラだったから、垂れ下がった乳房とその先に萎んだ乳首が見えた。僕は、その垣間見えてしまった「くどう君」のおばあちゃんの乳頭と、皿の上の「干しぶどう」が同一の物に見えた。それで、「食べろ、食べろ」というババァに吐き気がして、それ以来、「干しぶどう」を見ると老婆の乳首に見えてしまい菓子パンに「干しぶどう」が乗っていたら食べれない。ピラフに「干しぶどう」が入っていたら顔をそむけた。
その頃の僕は、過敏になっていて、「干しぶどう」だけをよけて食べるのも無理だった。接触してるということは、汚染されてることを意味したから。それだけで、全部アウト!ちょっと高級なレストランに連れて行かれ、気の効いた料理に「干しぶどう」が入っていたら僕はそれに手をつけなかった。
さすがに僕も大人になって、今では、何秒以内に「干しぶどう」をよけたらセーフ、という独自のルールを作り、おかげで食べれる料理の幅も広がった。

下は、「干しぶどう」、ではなく、「おしぶどう」(「推しが武道館いってくれたら死ぬ」の略)コーナーのムンクとラスプーチン。

下のイラストは僕が模写したもの。えりぴよ、が推しに電車の中で会っても素知らぬ顔をする場面。僕の拙い画力が、推しに会えて地に足がついてない心境を空中浮遊のように偶然、描写された自信作です。

 

・木曜日

幼い頃、母に言われて、近所のおばあちゃんの家に遊びに行っていた。
いつも1人で寂しがっているから、話相手になってやれ、とのこと。
おばあちゃんは、僕を可愛がり、昔話を聞かせ、おやつの時間に磯辺焼きを焼いてくれた。
夏には、気が向くと、白玉あずき、を作ってくれた。
おばあちゃんの作る、白玉、はちょっと変わっていた。
白玉のお腹の部分を指で押してくぼみを作り、「へそもち」を呼んでいた。おへそ、みたいな形だから。
おばあちゃんは、「へそもちを作ると、雷様が欲しがって、鳴り出すんだよ」が口癖だった。
僕は子供とは言え、そんな馬鹿馬鹿しい話を鵜呑みにしなかった。
おばあちゃんが、へそもちを作った日に高確率で、雷が鳴っても、それはそういう季節だから、とクールに受け止めていた。
ある夏の日、おばあちゃんが、へそもちを作った。
おばあちゃんは、「今日は雷様が来るよ~」といつもの様に言うが、僕は老人の独語だと思い、受け流していた。
しかし、衝撃だったのは、台所に立つおばあちゃんが鼻をほじっている光景を目撃してしまったことだ。
多分、僕はこの頃は食べ物に潔癖症だったから、鼻をほじった手で作った、へそもち、を食べる気になれず、手をつけず、「帰る」と言った。
すると、おばあちゃんは、「タッちゃんの好きな、へそもちなのにどうしたの?」と聞いた。だけど、そこで何を答えられようか。
おばあちゃんは、お土産に、へそもちを包んでくれた。
僕は、へそもちを家に持ち込むと家全体が汚染されそうな気がして、帰路、民家の塀の向こうに投げ捨ててしまった。
やれやれ。やっとこれで晴れた気分で家に帰れる、ホッとしたのも束の間。
にわかに空が暗くなり、雷様がゴロゴロと泣き出しそうな雲行きだ。
慌てて僕は全速力でダッシュして、両手でへそを隠して、大急ぎで家まで走った。

今日は夕方から雷雨。電車が止まって立ち往生になったスタッフもいました。BGMは堀ちえみの「稲妻パラダイス」です。

 

・金曜日

オシャレで診察の時にロザリオをしている。本来の使い方じゃないんだけれど、ネックレスみたいにしている。

クロスをジッとみると「寄り目」になりました。

たとえばこんな風にラスプーチンにも掛けてみます。

新しいロザリオが宅急便で着きました。ムンクが持っている袋づめのです。。

これを袋から出してラスプーチンに掛けてみます。中々、似合います。

普段は診察テーブルのウサギの(アクセサリー入れ)に入れています。

 

・土曜日

富江と「SS♡T」のコラボの絵をもらいました。

今日は死んだ友人を偲ぶ会。友達は死ぬ前に焼鳥を食べようと約束してたのに叶わなかったから、水炊き屋で行うことにした。男女8人で集まる会だけど、ムンクとラスプーチンも連れて行く。
下は、焼鳥とSS♡T。

水炊きと、ムンク。

しかし、遺影(僕が用意した。湿っぽくなると嫌だから、yeah Iと呼んだ)の前で微笑むフランス人形は不評で、不気味がられ、ムンク達は席を外し、ムンクはぶちゃむくれ。

あーあ、こんな感じ懐かしいな。いつも浮いちゃう。思い返せばいつもそうだった。大勢といるほど疎外感を感じる。誰が悪いわけじゃなく、自己嫌悪になる。もっときれいになりたいな。

 

ムンクは毎日、連れて回ってるからお疲れモード。こう見えても僕と知り合って50年だから、ドールの年のとり方は知らないけれど…、人間年齢だとおばあちやんかも?ビジュアルに誤魔化させられちやうけどね。労りあって生きていこうと思う。次号へ続く。