先日、新宿紀伊国屋書店に医学書を買いに行きました。
モン・スナックでカレーを食べ、伊勢丹の方に歩いて行く途中で後ろから「川原!」と声をかけられた気がしました。
しかし、ふり返ってもそこにはただビル風みたいなのが吹いているだけで、カラクリ人形みたいな人間が往来してるだけでした。
しかし、それは聞き覚えのあるあの人の声だったのです。
~前回までのあらすじ~
中1の頃から50年、川原のそばにいるドールの名前は「ムンク」。
50年も同じ服を着て関節も壊れてしまっていたから、リペアをお願いした。
生まれ変わったムンク。
リペアしてくれたのは、テディベアの第一人者の作家さん。下は作家さんからもらったクマ。名前は、ラスプーチン。「プーチンでラスト」みたいな平和の願いを込めて。
ムンク・川原・ラスプーチンのトリオ名は「SS♡T」。成長して行く「SS♡T」の成長譚「日刊ムンク」の第21弾。
・日曜日
ゴレンジャーと酔鯨がコラボした日本酒。
サイドのパッケージ。
逆サイド。
行きつけの寿司屋で、高田文夫の本を読む。
アワビのステーキ。
天然鮎の塩焼き。
これは普段の自分へのご褒美に特製贅沢チラシ。海鮮20種です。
・月曜日
今日から中野ブロードウェイの「墓場の画廊」の、漂流教室ポップアップストア、が後期になる。オブジェが変わるので午前中に一番乗りで撮影に行く。
未来人類、接近。
ムンクとラスプーチン。温泉の蛇口みたいでしよ?(笑)
お店が用意してくれた椅子に腰掛ける。
夜は旧友との食事会のため成城学園前に。
記念写真。
・火曜日
例によって、火曜は週の始まりなのでムンクの髪の手入れ。
まずはドリームケースからムンクを取り出します。
帽子を外してブラシを入れます。
ブラシは2種類を使い分けます。
こうして帽子を被せます。
これが中々うまくなりません。
顎の下でリボンを結んで。
こんな仕上がりです。
ちょっと帽子が斜めになってしまったので、仕上げを文化部長のスーちゃんにやって整えてもらいました。
お昼はお蕎麦屋に一緒に出掛けます。暑い日には熱い天ぷら蕎麦。
・水曜日
大きな額が世界堂から届きました。
中を傷つけないように、器用なスーちゃんにカッターで開けてもらいます。
プチプチでガードされた包みが出て来ました。
これをカッターで開封します。
白い箱が出て来ました。
箱のテープを剥がして中の物を出します。
額装のガラスが傷つかないようにシールで保護してあります。
さぁ、そのシールを剥がしましょう。
ジャーン!!
中野ブロードウェイ「まんだらけ活動写真館」で買った「ニッポン無責任時代」のスピード・ポスターでした。
待合室のここの壁に貼りました。
「ニッポン無責任時代」と「ニッポン無責任野郎」は、川原達二が選ぶ日本の喜劇映画のトップ2で、この2本はそれぞれが面白いのですが、実は話がつながっているので続けて観ると何倍も面白いのです。まだ観てない人は、観るといいです。順番を間違えないようにね。「時代」、「野郎」の順です。
・木曜日
医大生の頃、映画好きなお洒落な女の子に「今度の土曜の夜、浅草の六区の映画館でクレージー・キャッツの5本立てのオールナイトをやるから観に行く」と僕が言うと、彼女も是非連れって行ってくれと言う。前から興味はあったが、女の子が1人で行くにはハードルが高いというのだ。当時の浅草は、ビートたけしがギャグで「E・T」を観ようと映画館に行ったが銀座も新宿もどこもいっぱいで入れなかったが、浅草の映画館はガラガラだったと言っていたくらい若者は行かなかった。
かつての浅草と言えば多くの喜劇人が輩出された街なのだ。そんな喜劇の本場でクレージー・キャッツの映画を観るのである。期待は膨れ上がってくる。
この日は、浅草に黄金時代が再現されたようだ。
こんな豪華な企画を放っておく馬鹿もないもので、その日の映画館はオールナイト映画にしては大入りだった。一本目が「ニッポン無責任時代」で二本目が「ニッポン無責任野郎」である。映画館は異様な盛り上がりで、彼女も嬉しそうにゲラゲラと笑いころげてて、僕は内心、ホッとした。
2本が終わると、彼女は輝いた顔をして、「スゴイね!」と興奮していた。それと同時に、ゾロゾロと多くの客が帰って行った。大抵の人はこの2本を観たら終電に乗るため帰ってしまった。この映画館で夜を明かすべく残ったのは、僕と彼女と酔っ払って寝てる何人かと、そもそもここが寝ぐらなのでは?、と疑いたくなる浮浪者みたいな人だけになった。
空気がガラリとかわり、彼女の表情も同様に変わった。「大丈夫だよ」と僕が言うと、「やっぱり1人じゃ来れないわ」と彼女は苦笑してみせた。
3本目の「日本一の色男」の彼女の反応は、イマイチだった。
4本目は、クレージー・キャッツの後期の作品でドリフの加藤茶が準主役級で出てる映画で、彼女はついにこの映画の途中で眠り出し、とうとうこの映画館で映画を鑑賞している客は僕1人になった。
ラストの5本目は、「喜劇泥棒家族」という映画で、僕も初めて観る作品だった。ストーリーは、ある島の住民は全員が泥棒で、時々、船で本土へ行っては集団で泥棒をして生計を立てていた。その島の泥棒のボスが植木等で、植木は昔、警察に捕まって拷問を受けて片足が動かなくなって、杖をついていた。警察はいよいよ本腰を入れてこの泥棒達を捕まえようとし、島に乗り込んでくるのである。圧巻は、男どもが次々に逮捕される中、最後に残った植木等が刑事に追い詰められるシーンである。なんと、植木等はそこで杖を捨て、動かないはずの方の足をヒョイ・ヒョイ・ヒョイと動かしてみせ、画面いっぱいに満面の笑みを浮かべ、空を飛ぶ鳥のように、海を泳ぐ魚のように、活き活きと走り回るのである。
植木等、健在!という感じだ。
何だか僕は、この僕以外は全員が寝てる映画館で、1人、感動していたのである。
結局、泥棒は全員捕まり、働き手(と言っても泥棒だが)を失った島は女と子供だけになった。警察は、泥棒は逮捕したが、盗まれた金品を島から見つけ出すことは出来なかった。ボスである植木等が、決して口を割らなかったからである。
ラストは、自転車の練習をしている子供に女たちが、気をつけなさいよ、と声を掛ける。子供は、それでもよろめいて、電柱にぶつかって転んでしまう。「ほら~、言ったばかりでしょう」と女たちが駆け寄ると、自転車の前のライトのガラスが割れて、中から金銀財宝が顔を出していた。植木等は警察の目を誤魔化すためにここに隠していたのだ。驚く女たち。キラキラと輝く宝石のアップで映画は終わった。
不覚にも僕は感涙して、少し落ち着いてから、彼女を起こして映画館を出た。
無人街の浅草六区は、真っ白い朝もやに包まれていた。
僕は朝もやと瞼に焼きついたキラキラの映画のラストシーンの両方を自分の未来と重ね合わせて、先はみえないけど何とかなる、と根拠のない確信を得て、頑張ろうと心に思ったんだ。
・金曜日
その朝、目がさめたら、となりに知らない美人がいた。
彼女はとっくに起きていて、「やっと起きた。遅刻」と僕に言った。
それは、まだ病棟実習をする前だから、大学の3年か4年の頃のはず。
僕は、友達と、大学の近くの街で呑んでいた。
たまたま、その店でとある運動部がコンパをやっていたので、そこに顔を出した。ただ酒にありつこうと考えた訳だ。
その作戦はまんまと成功して、僕は3次会のパブにもなだれ込んだ。
そのパブでは、第一外科、通称「1外(いちげ)」が飲み会をしていた。奥の方で外科の医者と看護婦さんたちが騒いでいた。
僕らのグループの最上級生の6年生は、1外の方々に挨拶に行っていた。「お前も言って来い!」と言われるまま、僕は挨拶に行き、そこで呑んだ。
気が付いたら、結構、夜も更けていて、僕は「ところで、お前、誰?」とか言われてた時には、最初に呑んでた友人も運動部のメンバーも皆、帰っていて、僕1人だけ、1外の人達と呑んでいた。
1外のスタッフは、普段、ハードな仕事なので、飲み方も豪快だった。僕は最後までつきあい、病院の近くに住むナースの家に皆で雑魚寝したのであった。
医者や看護婦は偉いもので、あれだけ呑んで騒いでも、翌日、休まないのだから。それに比べて僕などは、甘いのだ。そう、僕が目をさましたその部屋は、1外のナースのアパートだったのだ。
彼女は、僕に、「将来、何科に行くの?」と聞いた。僕は、「精神科」と答えた。
彼女は、「プシコ?意外ね。外科にしたら?」と真顔で言った。
当時は、都内でも郊外は畑などがあって、僕は彼女のアパートから学校に行く路を教わって、あぜ道のようなところを歩いて行った。
すると、向こうから畑仕事を終えた、おばあさんとすれ違ったりして、僕は何か後ろ暗い気分にさせられた。
僕が、彼女にあったのはそれっきり。
医学生が病棟のナース・ステーションに顔を出すのはそんなにおかしなことでもなかった。泊めていただいたお礼を言いに行くのは、むしろ人間として当たり前なのかもしれなかった。
正直、何度か、会いに行こうかな、という誘惑と戦った。だけど、僕は行かなかった。
もう1度、彼女と会ったら、僕は自分の描いている人生の線路が違う方向に行ってしまう危険を予感していたのだ。
・土曜日
名は体をあらわす、などと言うがこの人は良い人だった。
名前が「良男」である。大学時代の野球部の1年先輩だった。
僕はサードを守り、良男さんは控えの一塁手だった。
ある日の試合で、ショートの先輩が失策したあと、僕がサードゴロを一塁へ悪送球した。ピッチャーは振り返って「怖くて三遊間には打たせられないな」と嫌味を言った。ファーストだって捕れない球ではないだろう。技術的な問題ではなく、捕る気がないのではないか?と思った。無性に腹が立った。
そんな時、ベンチから良男さんの声が響く。
「ドンマイ~、ドンマイ~。川原~、くさるなよ~」。
3アウトをとり、ベンチに戻ると、良男さんが僕の横に座り、「くっそ~、俺がファーストだったら捕ってやったのに。俺が試合に出れないから…」と口惜しがった。
その試合の後、僕は良男さんに誘われ練習をした。良男さんが一塁ベースにつき、僕がゴロを捕球したと想定しあらゆる体勢から一塁へ送球する送球練習。
細長いファーストミットの先を使ってショートバウンドの球は全部すくい上げる。頭を超えそうな暴投もジャンプしてキャッチしてくれる。たまさか胸のあたりにストライクのボールを投げると、いい音を出すためにファーストミットを思いっきり強く早くはじくように閉じる。パシーン!球が重そうだ。
「川原~、ナイス・スロ~!」、良男さんは目をつむって青空に向かって雄叫びをあげるのだ。こっちが照れる。
その後、僕はささいなことから日々がめんどくさくなり人間関係を全部切りたくなり部活を辞めた。学校で部活の先輩とすれ違うとバツが悪いのは初めだけで、すぐに挨拶もしなくなった。
それでも良男さんは違った。僕の悪い噂を聞きつけると、そのたびに学生会館まで僕を探し出しにきて、「川原、くさるなよ」「川原、学校は辞めるなよ」と、こっちが「うん」と言うまで肩を揺すった。
僕が今、こうして精神科医をやったりブログを書いたり出来てるのも良男さんのお陰。「川原、くさるなよ」と言って引きとめてくれなかったら、どうなってたかわからない。
今回の記事はループ構造になっているので良かったらラストからスタートへ、どうぞ。
次号へ続く。