Go To トラベル気分~ハワイへ連れてってあげる。

13/Ⅷ.(木)2020 猛暑とコロナ。熱中症に注意。

10年前の記事です。↓。

目覚ましより早く目が覚める。ダイヤモンドヘッドの登山に出かける。
ホテルからのバスで登山口まで、そこから歩く。


ハワイといえば透き通る青い海。この青い海を保つため、ハワイ市長は毎朝早起きして海岸を歩き、
バスクリンをまいている、とバスガイドが日本人向けのジョークを言ってたが、
ダイヤモンドヘッドの展望台から観る海の色はまさにバスクリン。
バスクリンを誉めるべきか。


草も木もない裸の山から見える青い海とのコントラストも絶景だが↑、
ゴツゴツと剥き出しの山肌と枯れ木に親近感を覚える。
ハゲタカとかハイエナとか、嫌われ者の住み家のようで気を遣わなくてよさそうだから。↓。


ホテルに戻って、フルーツを食べて、お土産を選ぶ。
少し横になり本を読み、浮輪を持ってビーチへ。
今日は波がない。
浮輪で漂っていると、どんどん沖に流されて行ってしまい、怖いのでなるべく浅瀬に滞在する。
立って、ヘソくらいの波でも、腹這いになってれば頭を越える大波だ。
十分、サーファー気分が味わえる。


そのかわり、海水パンツの中は砂だらけになる。
浅瀬で溺れ恐ろしい体験をするも、冷静に足をつけば、なんてことはない。
恐怖とはイメージの作り出すものだ。
泳げないことにコンプレックスを持ってる人に朗報。吉田拓郎もカナズチです。
僕は、それを小学校の時に知って、とても気が楽になり、それ以降、まったく泳ぎの練習をしなくなった。
そういえば、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウイルソンも泳げないらしい。
話を、海に戻す。
娘が、同様に浮輪を持って海に出るが、彼女は命知らず、どんどん沖の方へ行ってしまう。
娘は小学校の頃、スイミング・スクールにも通っており、僕とは違い、泳ぎには自信があるのだ。
海を満喫している。
その間、こちとら相変らず浅瀬で溺れている訳である。
1時間くらい経過して、疲れたので妻の待つゴザへ戻る。
僕は、娘の様子を時折、気にしていたが、どんどん沖へ流れていく。
一向に帰ってくる気配がない。
もしかして、戻れなくなったのではないか?
風が凪ぎ、波が沖へ沖へと物体を引き寄せているのかもしれない。
さっきまで娘の浮輪の目印のグリーンの付近にたくさんいた他の遊泳者達も遠ざかり、
娘の現在地を示すグリーンは、太平洋にひとりぽっち、ポツンと浮かんでいる。
自分から助けを求められない、内気な子だ。
不安でも周りに声をかけられない、それどころか外見は平然として見られてしまう。
周りも気付かないから、さらに沖へ流されている。
まだ陽は高いが、人間はこんなに長い時間、海に浮かんでいて楽しいと思うか?
人間には海に浮かんでいて楽しいと感じる時間の限界もあるだろう。
ライフセーバーの位置を確認する。
砂浜から、娘の名を呼んでみるも届かない。
望遠で写真を撮ってるカメラマンがいる。
彼にレンズをのぞかせてもらって表情を確認するか?。
いくら泳ぎが達者とは言え、いくら魚座生まれとは言え、足がつってしまえば使い物になるまい。
「河童の川流れ」、「海のもくず」、「水の泡」という不吉なフレーズが頭をよぎる。
早川義夫の声で、ジャックスの「からっぽの世界」の一節が脳内にかかり始める
。♪静だな~海の底~。静だな~何もない~♪。
砂浜から、娘の名を念じ気を送る。
その限りは、浮輪が破れない、荒波にさらわれない、そんなコーティングの力を期待して。
いよいよ、娘のグリーンの浮輪は、沖へ流されて行く。
娘を助けなければ。
もし仮にそれが過剰な心配でも構わない。
確率の問題ではない。期待値の問題だ。
娘が、もし助けを求め、不安のまま流されていたなら…そう思うと胸が張り裂けそうだ。
娘を助けに行こう。目測で50~100mの距離だ、と弟が言う。僕は泳げないが、弟も泳ぎが達者だ。
娘同様、小学校時代スイミング・スクールに通い、色んなトロフィーをもらって帰ってきていた腕自慢だ。
娘を助けるべく、僕は黄緑の浮輪をくぐり、弟に娘の所まで泳いで連れてってもらうことにする。
弟に、ビートバンの要領で、浮輪の僕をバタ足で押させる娘・救出作戦だ。
妻によく沖で観察し、もしグリーンか黄緑の浮輪が見えなくなったり、異変を感じたら
(たとえば、サメの背ビレが見えた、とか)あそこのライフセーバーに連絡するよう言い残す。
妻も、弟に無理はするな、そして弟が1人で行った方がいいんじゃないか?、などと言う。
それは、ちがう。
主は1匹の羊が迷ったら残りの99匹をその場に残してでも探しに行くと聖書に書いてあるではないか。
一家の長である、私が行かない訳にはいくまい。
僕は、自ら浮輪をかぶりスタンバイOK、弟の動力で娘のもとへ泳ぎ出す。
僕が方向を「12時の方向」、「11時の方向」、「1時の方向」と指示を出す。
風は逆風、波も我々救出班を岸へ押し戻そうとする。
必死に押す弟が、「進まない、遠い」と弱音を吐く。
オレも体重を前にかけ、波に負けないように体重移動、波の抵抗を和らげるべく波に向かって体を
45度に舵取りして、弟に「がんばれ!」と叱咤激励を飛ばし、自らもフル稼働で足を動かすも、
お風呂で遊ぶアヒルのおもちゃのごとく微力だが、気合を伝えるには十分で、弟は英雄的に力を発揮、
波を追い抜き浮輪は前進。必死の形相、男らしく育ったものだと感慨。
竜雷太・主演、「これが青春だ」の主題歌が脳内でかかり出す。
♪嵐の中も~君のためなら~七つの海を泳いでいこう~
誇りひとつを胸に掲げて~夢に飛び込む~それが若さだ~そうとも!これが青春だ~♪。
娘のグリーンの浮輪が近付く。
ホルンの奏法で身につけた複式呼吸の要領で、娘の名を呼ぶ。2度、3度。
すると、娘はこちらに気付き、手を振る。
SOSのサインか?
娘の名を呼び続けながら、手招きすると、勇気百倍になったか、自力でこちらに泳いでくる。
「何?」と言う。
潮に流されてるのではと心配して救助に来た、と伝えると、娘は安堵の照れ笑い。
砂浜へ戻るぞ、との号令に従い、彼女はスイスイと先に泳いでいく。一安心。
一方、弟は、「重い重い、浮輪が邪魔だ」と嘆きながら、今度は方向転換、
必死で今来た道をUターン、砂浜に父を無事に送り届ける任務にミッション変更。
そんな弟に、いかにお前のとっている行動が人として素晴らしく、縁の下の力持ちとは男らしい美学なのだ、
ということを噛んで含めるように言って聞かせながら、足がつく所までくれば、こっちのもの。
右足で砂浜をギュっと掴むように立ち、左足も前に、両足でしっかりと立てた。
もう大丈夫だ。
オレは、振り返り、疲労困憊の弟の手を握り、ご苦労様、と引っ張るようにすくいあげる。
ここだけ見たら、オレ、ヒーロー。
とにかく、皆、無事で良かった。
足の砂を洗い流してホテルの部屋に戻り、一休みして、おなかが空いたので焼肉を食べに行く。
その席で、弟に、泳ぎの不安はなかったか?、と聞くと、「自分が溺れたらどうしよう」と心配だった、と言った。
「人生は、多くの場合、慎重にしておいた方が無難だ。
しかし、あの場面で泳ごうと決意したのはとても立派なことだ。男らしく育って、お父さんは鼻が高いぞ」と誉め、
「今日のMVP」の称号を与えた。


男たちヒーロー軍団は疲労して、早々と床につく。
かたや、姉は元気いっぱい、遅くまで母親とショッピングを楽しんだ。
ハワイもあと2日。

BGM. 布施明「これが青春だ」

 


Go To トラベル気分~香港へ連れてってあげる。

11/Ⅷ.(火)2020 東京で2年振りに37℃越 香港警察、民主活動家・アグネス・チョウ逮捕

「特別に愛してよ、十七の夏だから」という桜田淳子のヒット曲を思い出した人も多いのではないでしょうか、小池百合子の「特別の夏」宣言。帰省も旅行もしにくいから、海外旅行はもっと難しいですね。なので、今回は海外旅行に行ったつもりになるように、9年前の記事を編集して載っけます。行先は、今や大変な情勢にある、香港です。

9年前といえば、2011年。3・11の年です。あれだけ大変だったのに、夏には海外旅行に行けたんですから、今年がいかに特別かわかりますね。↓。

うちの家族旅行は、女性陣が(妻と娘)が行き先から何から何まで決めて、男性陣は(俺と息子)は黙ってその企画に乗っかるというシステムが確立されている。
特に、僕の場合はひどいもので、行き先もうる覚えのまま、当地で今回の旅先がどこかを知る始末。それでも、誰も困らない。それでも、地球は回ってる。
こんな事があった。行きつけの寿司屋に息子と2人で行って、<来週、香港に行くんですよ>と言ったら、
お店の女将さんが、「100万$の夜景の写真、撮ってきて見せて下さいね」と言うので、快諾した。
旅行に行き数日たったが、一向にその気配がないので、<100万$の夜景には、いつ行くの?>と尋ねたら、
女性陣と話がかみ合わない。事情を詳しく説明したら、謎が解けた。ここは、「香港」ではなく、「台湾」だったのだ。
息子に、<お前、知ってた?>と聞くと、「知ってた」。<いつ?>、「飛行機で」。
<何で教えないんだよ!>、「だって、聞かなかったから」。
<…って言うか、お前、寿司屋に一緒にいただろう?俺が香港だと思い込んでるの知ってただろう?教えろよ>、
「いつ、気付くかと思って」だと。
ところで、このバカンスは娘と2人で旅行に行く話になった。そのため、今回の旅行の企画は娘1人で行った。
実は、僕のパスポートの期限が切れているので、娘が本籍地の茅ヶ崎まで書類を取りにいったり、有楽町でパスポートの申請を代行してくれたり。
「行き先はどこがいい?」と希望を聞かれた。娘は、自分の行きたいところより、お父さんの行きたいところに行きたい、と母親に話していたという。
そうか、じゃ、リクエストね。<イタリアか、ハワイか、ルーブル美術館か、世界遺産か、フロイト・ミュージアムか、ゲシュタポ収容所>と希望を伝えた。
日程的な関係で、どんどん消去法で選択肢が減り、娘は、色々と智恵をしぼっって、「香港&マカオ4日間の旅」に決まった。
母親から伝え聞いた話によると、娘は香港、特にマカオに好印象を持っているようで、それというのも、
小学生の頃、クラスメートが家族旅行で香港&マカオに行き、お父さんがカジノで楽しそうにしていて、
雰囲気がとてもよかった、と友人から聞かされて、「家族団欒」のイメージをサブリミナルに刷り込まれているようだった。
子供たちが、小さい頃なんて、まとまった休みなんてとったことなかったからな。
子供の学校の運動会と、病院の行事の運動会がぶつかって、病院の方を選んでひんしゅくを買ったこともあったな。
ここ1年くらいだものね、長い休暇がとれるようになったのは。
人生にやり直しがきくのかどうかは知らないが、今は昔してこれなかったことの埋め合わせをする時期なんだなぁと、この頃、ふと思うことがある。

 

第1日
早朝、娘に起こされて、羽田へ向かう。今日から2人で、香港&マカオ4日間の旅。香港は土地が少なくて、東京都の総面積のおよそ半分くらいだそうだ。
宿泊先は、nikkoホテル。日系のホテルだから日本人のスタッフもいて、初香港の人にも安心だ。↓。


下は、部屋の窓から外を写した。日の丸が揺れてる。「がんばろう!日本!」という感じ。↓。


夜は、海岸に出て、「アベニュー・オブ・スターズ」という香港映画に貢献した人の手形やサイン付きプレートが埋め込まれた散歩道を歩く。一番人気は、断トツでブルース・リー。↓。



香港ではスリが多いらしく、「スリに気をつけろ!」と色んな人から言われた。もしも、娘のバッグをスリが奪ったら、もしやに備え、ブルース・リー・バージョンとジャッキー・チェン・バージョンのイメージトレーニングをしておく。

第2日
トラムという2階建てのチンチン電車に乗って、まずは「天后廟」にゆくが、ここは面白かった。オブジェが、大きくて極彩色で迫力があって派手でよい!。
「天后」とは、海と漁師を守る女神様のことで、「天后廟」はその天后を祀っているのだ。↓。


天后の左隣には、観音廟がある。これも、色っぽくて素敵!。↓。


「天后廟」の海を臨む境内には、他にも見逃せないさまざまな福の神や珍獣が大集合している。↓。



下は、長寿橋と言って、渡ると長生き出来るらしい。注意点は、帰りに同じ橋を渡らないこと。プラマイ・ゼロになってしまうから。↓。


他にも、こんなのがあって、全部は撮りきれませんでしたが、とても面白かった。↓。



↑。最後は、ドラゴンでしめてみました。
次は、セントジョンズ大聖堂へ。移動中、スコールのような大雨が、短期集中型に降ったが、すぐ止んだ。で、セントジョンズだが、現在ある建物は第二次世界大戦後に再現されたもの。13世紀ゴシック様式。↓。


堂内のステンドグラスも素敵。↓。


下のは、譜面台みたいなもので、聖書や賛美歌を乗せるのかな?。黄金の鷲のデザイン。かっこいい。一家に一台欲しいな。↓。


本日のメインイベント。100万$の夜景を観にヴィクトリア・ピークへゆく。登山電車のようなものに乗るのだが、これに乗るのに長蛇の列が出来ている。しかし、娘は用意周到で、何か脇の方からスイスイと、ディズニーランドのファストパスのようなルートを使って、全然、待たずに列車に乗れた。すごいね。下が、その登山電車。↓。


今日は、昼に雨が降ったから、空気が澄んでいて、霧がなくて、綺麗で、きっとこれが、100万$の夜景なんだと思う。↓。


写真を撮ってみるも、肉眼で見るのと、レンズ越しに見る光景は全然違う。単に、写真が下手だとも言えるが…。
そうそう、この旅行で、娘と2人の記念写真を何枚か撮った。こうやって2人で、同じ写真に納まるなんて、何年振りだろう?。子供の時、以来だろう。中学生に上がってからは初めてじゃないか?。忙しすぎたから。

第3日
日帰りでマカオに観光。マカオの町は、カラフルというかパステルというかお洒落だった。昔、ポルトガル人が住んでいたらしい。
まずは、聖ポール天主堂跡。17世紀の様子をうかがわせる。ファザードだけが立つ。↓。


よく見ると、このファザードに、フランシスコ・ザビエルとか、ドクロとかドラゴンとか蓮とかシーサとか、色んな文化の物が入り混じっていて面白い。ちなみに、ドラゴンは西洋では「悪」で東洋では「福」だ。このファザードのドラゴンは「西洋」だ。アップの写真を載せて見ますが、細かい所は見えないかな。↓。


この辺りでは、エッグタルトが名物で、7香港$=約70円、玉子がプリプリしていて美味しかったけど、熱くって、思わずこぼしてズボンの裾とスニーカーの靴ヒモの間にめり込んでしまった。ティッシュであわててふくも、靴ヒモに玉子を塗りこむ様になってしまった。
そんなことはどうでも良くって、聖ポール天主堂跡の隣には、ナーチャ廟というのがある。「男の子」を守る神様だそうだ。↓。


ちなみに、この辺は、世界遺産らしく、娘が僕のリクエストに答えた形になっている。
下は、聖ドミニコ教会。淡いイエローに彩られた美しい教会。↓。


↑。手前の石畳のモザイクは、ポルトガルの熟練工が敷き詰めた波型模様をしていて、そちこちに海の生き物を表したりしていた。蟹とかナメクジとか。
ちなみに、さっきの聖ポール天主堂は「イエズス会」で、こちらは「ドミニコ会」。聖ドミニコ教会も世界遺産なので、今はミサはしてないそうだ。感想を言うと、とっても落ち着く。ずっとここにいたい、安らかな気持ちになる。館内にある「バラの聖母像」も美しい。下は、館内の様子↓。白と黒のジグザグ模様が、ドミニコのマーク。





下の噴水は、マカオの中心地、セナド広場。向こうに見えるのが、仁慈堂。名のごとく、慈愛のことをしてくれる場所で、昔は貧乏な人や老人やらい病患者の力になったという。↓。

その後は、マカオタワーにゆき、カジノにも寄った。カジノは、クレージーキャッツの映画やマフィアのイメージで、もっと怖いというかピリピリした不健全な空気のところかと想像してたのだが、意外にもクリーンで拍子抜けした。マカオタワーのエレベーターはすごく速い。下の写真は、展望台から撮影した景色。どこかまでがマカオで、どこかからが中国になるらしい。↓。


僕は、ギャンブルというものを一切しないので、ここは楽しいとは思わなかった。これまでの人生がラッキーの連続で、さすがにもう運を使い果たしているだろうから、どうせ賭け事をしても勝てないと思うし。カジノで喜ぶお父さんの演技をするのも、白々しいから、一回だけスロットをやっただけにした。
マカオから香港に戻り、夜は、オープン・トップ・バスという屋根のない2回建てバスに乗り、市内観光をした。頭が看板スレスレだったり、ジェット・コースターみたいな坂だったりして、スリル満点。夜景も綺麗。
香港にはディズニーランドがあるらしいが、今回はそこには行かなかった。↓。


コレは香港のディズニーランドへの行き方を示した標識なのです。黄色い看板の左下に、黒い丸が見えるでしょう。ブレてて見づらいでしょうが、実は、ミッキーマウスのマークなのです。わかります?。

最終日
空港に着くと、搭乗手続きで、帰りの飛行機の便の変更と2人がバラバラの席になる、と言われた。<why?>と聞くと、「full」だって。満席ってこと?。予約してて、満席もないだろうと思ったが、少し早く日本に着くからそれでもいいか、ということにした。2人とも、英語、よく喋れないから交渉できないし。
ジャスト・モーメントと言われ、ベンチでおとなしく座って待っていた。しかし、いくら経っても何も言ってこないのである。さすがに娘が不安になったらしく、どうなってるんだろう、というから、さっきの係の男を見つけて、<どうなってるんですか?>とジェスチャーで聞くと、「ジャスト・モーメント」と言って立ち去ろうとする。さすがにそれはないだろうと思って、<お前、さっきもそう言ってただろう>と文句を言うと、さすがにこちらが怒ってることは伝わったらしく、両手を前に出して、まぁまぁ、となだめるようなポーズで、「ジャスト・モーメント」と言いやがった。
さすがに頭に来て、<さっきから、ずっと同じこと言ってるじゃねぇか!お前のジャスト・モーメントってのは、何分何秒のことだ?正確に答えろ!>とすごむと、向こうは困ったような顔をして、「キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ?」って言いやがる。<知らねぇよ!その手にゃ乗らねぇよ。大体、お前、これ信用問題だぞ。てめぇのところで飛行機を勝手に変えるとか言い出したんだろうが>、向こうはこっちが怒ってるのはわかるが何を言っているのかわからないので困っているようだが、普通に考えれば何を怒ってるかくらい想像できるだろう。
「キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ?」と再度言うから、<だから知らねぇよ!知ってても使いたくない気分だよ!いいか、もう一度、言うぞ。信用の問題だぞ。信用だよ、信用!わかんねぇだろう?日本語だからな。ワザと言ってんだよ。家に帰ったら、辞書で引けよ。ディクショナリーだよ、『字、引く書なり』って言うだろう。いいか、よく覚えとけ!家に帰ったらディクショナリーで調べろ!。信用だぞ、シ・ン・ヨ・ウ!>、と鼻と鼻がくっつく距離で喋ってやった。
そうすると、そいつは急に「OK!」なんて言って、俺たちのスーツケースを自ら引いて、カウンターの列に横入りして、係の女(そいつもさっきは態度が悪かった)に何か指示を出して、そしたらその女も急にキビキビとして、結局、そこの飛行機会社と提携してる日本の航空便に変更してくれた。スチュワーデスさんも日本人だし、2人の席も隣だし、出国の時刻も早すぎもせず遅すぎもせず丁度いい。なんだよ、出来るんなら最初からしろよ。こういうのは、良くないよ。言ったモン勝ちみたいじゃないか。気の優しい人なら損をする。そういうのは、良くないと思う。
ま、とりあえず一安心だね。出発の20分前に‘71番ゲート’に行けばいいらしい。免税店を見て回って、それでも少し時間があるから、スタバでお茶をしよう。自慢ではないが、僕はスタバという所に入ったことがなく、メニューが難しいというイメージだけがある。『日常』というアニメでも、主人公が地元のリニューアルした喫茶店に入ったはいいが、メニューの意味がわからない、というエピソードがあったが、ここは一つ、娘に選んでもらった。ナントカカントカ、というチョコレート味の飲み物にクリームがトッピングされて、キャラメルソースみたいなもので渦巻きが描かれていた。
娘に、<どうしてこれにしたの?>って聞いたら、「好きそうだから」だって。本当だ、美味しい。小さなトラブルはあったけど、やっと落ち着いたね。まだちょっと時間があるね。<そうそう、マクドナルドって、今でも『一緒にポテトはいかがですか?』って聞くの?>と娘に尋ねると、「聞くよ」って言うけど、<でも、今、バリューセットとか言って、ポテトはセットに組み込まれてるんじゃないの?>「飲み物だけ頼むと言われるよ」<あっ、そうか>なんてやり取りをしていた。
いよいよ20分前に‘71番ゲート’に着くと、これは‘30番ゲート’に変更されたという。<あの野郎、仕組んだか?>と一瞬、思ったが、それより場所を移動しないと。でも、‘71’から‘30’って結構あるぞ。時間も出発まであと10分もない。取り合えず走ろう!、と走るが、出発の時間は迫ってくる。スタバでゆっくりしすぎたなんて悔やんでもしょうがない。走りながら、娘は「間に合わないかも。飛行機、出ちゃうかも」と不安そうに言うから、<大丈夫!。‘71’番の係の人が‘30’番の係の人に、今から2人向かう、って連絡してくれてるだろう。それに、いざとなったら、俺には奥の手があるから大丈夫!>。結果は、ギリギリ・セーフで間に合いました。
家に着いてから娘が、「さっき言ってた、奥の手って何?」って聞くから、松田優作と薬師丸ひろ子の「探偵物語」という映画のラスト・シーンの話をしてやった。
それは、主人公の薬師丸ひろ子が探偵の松田優作に依頼をして、無事、事件が解決して、サヨナラになるのだが、その時には2人の間に「依頼者と探偵」という関係を超えた恋心のようなものが芽生えていた。しかし、薬師丸ひろ子は、悩んだ末、別れを決意して、一人、飛行機に乗る。空港で見送る松田優作。薬師丸ひろ子を乗せた飛行機は飛び立つが、なんとすぐに空港に逆戻りする。なぜなら、松田優作が、飛行機会社に、今飛び立った飛行機に爆弾をしかけた、と嘘の電話をしたから。それで、飛行機はユーターンして、乗客は全員、飛行機を降ろされるのである。薬師丸ひろ子も。そして、飛行場で待っていた松田優作と再会する。それと同じことをするんだよ。それが奥の手。
娘は、始めキョトンとしていたが、すぐにニヤリと笑って、やがてあきれたような顔をして、緊張感から解放された。


夏休みにおすすめアウトドア遊び

8/Ⅷ.(土)2020 はれ 山Pが17才女子高生モデルを持ち帰り?

新型コロナウイルス感染拡大の勢いが止まりません。今年の夏休みは帰省を自粛する人も多いみたいで、地方では「東京ナンバー」の車をみると恐れられるとも。ハロプロはライブを再開し始めたそうですが、まだまだライブも楽しめません。格闘技も無観客でやるところも多いですが、せっかくの夏休みは、アウトドアで過ごしたい、そんなあなたに、withコロナ時代の遊び方を提案しましょう。みうらじゅん、のアウトドア般若心経のマネです。

カワクリのキャッチコピーの、「フダン着で来てください。フダン着で待ってます。」、を街中にある文字で再現するのです。
まずは「フ」。新宿のタカノフルーツパーラーから。影がメロンの形になってるのがお洒落ですね。↓。


ついで、「ダ」。夏らしく、「ソーダ」ののぼりから。シュワーってしますね。↓。


「ン」は、新宿の行きつけのカレー屋「モン・スナック」から。コーンサラダは無料なので注文する時言うとくれます。↓。


「着」は、このシーズンらしく、「マルイの水着」から。夏らしくブルーの「着」。↓。


「で」は、田園調布駅の駅名表示から。↓。


「来」は、苦労しました。意外と街にないのです。外タレの「来日公演」の看板とかを狙ってたんだけど…。
「来々軒」なんてラーメン屋や「来夢来人(らいむらいと)」なんてパブは有りそうでないです。
結局、ご近所の東急病院の「外来診察」からいただきました。↓。


「て」も結構、ないです。これは、中野の「てばさき屋」から。↓。


「く」は、縁起良く、「宝くじ」から。↓。


「だ」は、中野ブロードウェイの「まんだらけ大車輪」から。
「まんだらけ」は何店舗もありますが、ここのが黄色で綺麗だったから。↓。


「さ」は、大岡山の蕎麦屋「さか本」から。よくお昼に利用します。↓。


「い」は、「い・ろ・は・す」の看板。自由が丘の踏み切りの近くにありました。↓。


「。」は、福山雅治のテレビの広告から。モニター画面が移り変わるCMなので、瞬間を撮るのは割りと大変でした。↓。


ここまでで、フダン着で来てください。、になってるはずです。続きをしますね。
二つ目の「フ」。タカノフルーツパーラーは小田急デパートの地下が空いてて穴場です。↓。高島屋にもありますね。


二つ目の「ダ」は、中野でみつけた「ダンススクール」から。踊りだしたくなる、「ダ」ですね。↓。


二つ目の「ン」は、中野サンプラザの階段に書かれてる文字から。少し、汚れてて、それなりの歴史を感じますね。↓。


二つ目の「着」も、夏らしく「浴衣の試着会」から。↓。


二つ目の「で」は、中野の「串かつでんがな」から。赤提灯を見ると、呑みたくなりますね。↓。


「待」は、東急線の駅の待合室から。↓。


「っ」は、中野のふぐやのチャッチコピー「春夏秋冬ずっと、ふぐ」の「ずっと」からの「っ」です。↓。


さっきも言いましたが、「て」は少ないです。これは、中野の「てんぷら屋」から。天ぷら、がほとんどで「て」はないです。↓。


「ま」は、色々あります。「おかしのまちおか」とか「まんだらけ」とか。あえて、意表をついて、路面表示の「止まれ」から。↓。


「す」は、中野の「すてーき亭」から。↓。「すてーき亭」の店の入口には、「あしたのジョー」が佇んでいるのが目印です。


最後の「。」は、やはり福山のCMから。別の色を。↓。


これで、完成です。写真だけを続けて見ると、カワクリのキャッチコピーに見えるはずです。
以上、「アウトドア・フダン着で来てください。フダン着で待ってます。」でした。

BGM. 石川秀美「恋はサマーフィーリング」


部活の日々~武道館に連れてってあげる。

6/Ⅷ.(木)2020 猛暑。スー・メタルは広島出身。手越、農業に進出構想、TOKIO山口へラブコール。

梅雨があがって暑い夏がやってきましたが、ニュースは相変わらず、コロナが中心。今日くらいは、広島原爆投下75年とかやるのかな、と思ってたが、朝のワイドショーはやはりコロナの感染者数と帰省への注意喚起。分数でいうと、人生分のコロナが「1」になりそうな勢い。分子(コロナ)を減らせないなら、せめて分母を増やしたい。趣味も自粛の対象だから、過去の楽しかったお話でもしましょう。

クリニックに来たことのある人は、受付カウンターの喫煙所の方に貼ってある一連のクリアファイルに見覚えがあるでしょう。↓。

彼女達がBABYMETALです。
今回はまったくBABYMETALを知らない方のために簡単な基礎知識を紹介しておきましょう。ベビーメタルは、さくら学院のクラブ活動から派生した3人組のメタルダンスユニットです。メタルなので自己紹介の時、「~です」を「~death!」と発音します。
決めポーズではメロイック・サインではなく、キツネサインをします。↓。


そもそも、さくら学院が判りませんね。
さくら学院は、学校生活とクラブ活動ををテーマとした小中学生で結成された「成長期限定」の女性アイドルグループです。
ファンのことは「父兄」と呼び、メンバーは原則として義務教育終了の中学3年生3月で卒業するという決まりがあります。BABYMETALは、さくら学院の部活動「重音部」という位置付けでした。↓。


個々のメンバーを紹介しましょう。まずは、真ん中の一番大きい子がVocal&Dance担当のSU-METAL 、death!。
…という具合に「death!」を使います。↓。


次いで、横の小さな子がScream&Dance担当のYUIMETAL 、death!。↓。


同じく、Scream&Dance担当のMOAMETAL 、death!。↓。


両サイドの子は小さいとは言え、そこはさすが成長期、近頃は以前ほど身長差の凸凹が目立なくなってきました。
真ん中のSU-METALは、「さくら学院」を卒業しましたが↓、BABYMETALは人気に火がついたため、活動継続しています。


そうなると「さくら学院」が気になりませんか?
ライブに潜入してレポートしようと思ってるのですが、全然チケットが取れません。
ところで、BABYMETALに話しが戻りますが、「重音部」??って思いませんか?
部活なら「軽音部」がポピュラーですよね。でも、それだとアニメ「けいおん」のイメージが強すぎるのかしら?
そこで調べてみました。
大ヒットアニメ「けいおん」の第1期が放送されたのが2009年4月からで、第2期は2010年4月からでした。
一方、BABYMETALの結成は、2010年11月28日とプロフィールにありました。
だから、BABYMETAL(=重音部)は、「けいおん」(=軽音部)のパロディー的な意味もあったのではと推測できませんか?
「けいおん」の主人公達は、「めざせ!武道館」などと口にしてますが、放課後の部室でお茶をしてお喋りしてるばかりなので、武道館などありえません。
もしもBABYMETALが「けいおん」を意識してスタートしてたとしたら、本家を凌駕しちゃいましたね。
もっと言えば、BABYMETALがさくら学院の部活動だった事を考えると、現実ってアニメより非現実的death!。
BABYMETALの平均年齢は14・7才で、これは女性アーティストの武道館コンサートの最年少記録を塗り替えたそうdeath!。
ちなみにこれまでの記録は岩井小百合(銀蠅一家の妹分)の15才1ヶ月で、男性アーティストの記録はジャニーズJr.の14才5ヶ月らしい。以上、武道館コンサート最年少記録・豆知識でした。

1/Ⅲ.(土)2014 小雨の中、武道館へ

3月1日は、BABYMETAL武道館2Daysの初日「赤い夜、巨大コルセット祭り」です。↓。


BABYMETALは、2012年7月21日に目黒のライブハウス鹿鳴館で「コルセット祭り」という伝説のライブをやった。
今日のタイトル「巨大コルセット祭り」とは、その時とまったく同じメニューを場所を武道館にかえて、再現しようという試みだ。
従って、MCやアンコールは一切ない、とあらかじめ注意事項が述べられた。
これは伝説のライブを観た人は感慨ひとしおだろうし、観てない人には追体験できる、こんなに有難い企画はない。
演目は忠実に再現するのだろう。
しかし、鹿鳴館と武道館では規模が違い過ぎる。よって、今回は「巨大」が接頭語としてつく訳で。
この2DaysはDVDorBlu-ray で発売される予定で、再三、このステージは収録されるというアナウンスが流れていた。
それは、<映っちゃ困る、って後で、言わないでよ>って牽制の意味よりも、<映るんだから気合い入れてね>的な確認だった。
それはどう言うことかと言うと、「巨大コルセット祭り」だから、客全員が首にヘドバン用のコルセットを巻くのです。
入場前に、「コルセット引換所」へ行き、チケットの裏に「済」の判子を押されてコルセットを貰います。↓。


係の女の子から「入場前にはめて下さい」とコルセットを手渡され、念のため<俺も?>と聞くと、親切にも首に巻いてくれた。
下が、そのコルセットの現物。診察室の入口の、BABYMETALの額装の上にあるから、良かったら見て下さい。↓。


コルセットを首にはめたら、入場だ。
1階アリーナは立ち見客。音楽を聴いて暴れたい人のため。ステージは見えにくそう。
僕はステージを見たいので、2階席を取った。スタンドはほぼ空席なく最上階の席までギッシリ入ってた。
超人気!!あの武道館がいっぱいだ。開演は、6時スタート。
会場の空気は異様な緊張感だ。
大きな魔法陣のような円形のステージが中央にあり、それを野球場のダイヤモンドのように、正方形の通路が囲み、
角の4つの頂点に中央の魔法陣を縮小したステージがある。
おそらく、中央と4角の計5ヶ所でパフォーマンスをして、通路は滑走するためのロードだ。
BABYMETALよ、何を見せてくれるのだ?と期待が胸を膨らませる。
BABYMETAL武道館2Daysとは、いわゆる良くある<2日やるから、どっちか来てね。1曲くらいセトリかえるから、お楽しみに>
みたいなものとは、根本的に違うのである。2日で1つのストーリーを完結させるのである。
今日は明日のための予告編であり、進化し続けるBABYMETALを大河ドラマ的に観るものだと安心してライブに参加した僕。
ところが、どっこい、「生」はそうはいかない。
ミューズという芸術の神様がもしもいるなら、ミューズはBABYMETALに降りたな。
本来、予定調和で終わるはずの、明日のための助走であるはずの今日のステージでアクシデントが起きたのだ。
実は僕は、ずっと不安を抱いて観ていたのである。
<あんなに走って転ばないかな?>とか<あんなに張り切ってスタミナ切れないかな?>とか。
「さくら学院」では、ファンのことを「父兄」と呼ぶが、本当にそんな気分になった。
そして、僕の(そして会場にいた多くの人もそう思っただろう)嫌な予感が的中した。
それは、ラストから2曲目「ヘドバンギャー!!」でのこと。
ゆいメタル、が通路を滑走する最中に、勢いのあまり走路から外れて墜落してしまったのです。
2mくらいの高さはありました。
しかし、BABYMETALはプロですよ。そんな事故があったのに、本来3人でやるのを2人でやりとげました。
でも、そこでもまた、もあメタルがステージで転んだりするから、ハラハラして。何より、ゆいメタルの安否が心配で。
「ヘドバンギャー!!」が終ると、会場は暗転し、場内はザワつきます。進行はしばし、ストップ。
客席から、「大丈夫~?」というコールが聞こえ、次第に「ゆいちゃん!ゆいちゃん!」の応援エールに変わる。
一瞬、これは演出か?と思ったが、あの落ち方はマジだった。
そしてほんのちょっとの休憩の後、エンディング曲の「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のイントロが流れる。
ステージ中央にスポットライトが当り、すうメタルの姿が浮かぶ。
そして、次いで、映ったサイドのメンバーの数は、2人だった。ゆいメタル、復活!!
すごいぞ、あの高さから落ちて、わずか数分で復活なんて。
「イジメ、ダメ、ゼッタイ」はMステでも披露された文字通り、イジメ、ダメ、ゼッタイ、と謳う世直しメタル・ソングです。
歌詞は、イジメっ子に対し「ダメ!」と警告を発し、イジメラレっ子に向けて「負けないで!」とエールを送ります。
ゆいメタル、と、もあメタルは空手の型の様な戦闘のパフォーマンスをします。
これは、イジメっ子をやっつけるという意味よりも、イジメられても強くあれ、という暗喩のようです。
実際、いくら「イジメ、ダメ、ゼッタイ」なんて言っても、人間が生きてる限り、イジメはなくなるはずはないと思う。
なのに、あえて、そんな巨大な敵と戦おうとするBABYMETAL。勝目のない試合かもしれない。
ステージでは、直前にステージから落下して、フラフラのゆいメタルが必死で格闘シーンを熱演する。歌のテーマと、武道館という場所と、ゆいメタルの姿が見事にシンクロした。うかつにも感動してしまった。

BGM. BABYMETAL「メギツネ」


楽しい日々~地下アイドルに会わせてあげる。

5/Ⅷ.(水)2020 猛暑。イソジン売り切れ、転売も。キャバクラ通いの阿炎(あび)回数を虚偽報告。引退か?

今から5年前は、「アイドル戦国時代」と呼ばれていて、中でも、僕を虜にしたのは「BELLRING少女ハート(以下、ベルハー)」の「朝倉みずほ(以下、みずほ)」だった。

7/24(日)は、渋谷WWWでベルハーの「絶望音楽祭2」。
もともと、どこかのバンドと対バン予定だったらしいが、相手がみつからず、急遽、この日はオタさん(ファン)の生誕祭になった。
通常のチケットが、2-3千円だが、生誕祝いをして欲しい人には1万円のチケットが売り出された。
アイドルの生誕祭は今や必ずあるが、ファンの生誕祭は聞いたことがなく、珍しい。
タイムリーにも僕は、7/24生まれだから、そのチケットを買った。↓。

申し込み時に、写真を送れ、とのことだから、似顔絵を描いてくれることは薄々勘付いていた。
渋谷WWWは、スペイン坂を登り切った所の、パルコ・パート3の対面の地下にあるライブハウス。
確か、昔、単館映画を上映してる映画館だったところだ。
客席も段々畑みたいになっていて、3-4フロアあるが、どの席からもみやすくて、綺麗な会場だ。
ベルハーのライブは、盛り上がると、モッシュやダイブが多発して危ないから、僕は2段目で観てた。
オープニング・アクトの、ヤなことそっとミュート、に続いて、ベルハーが登場。
気合の入ったライブ・パフォーマンスと、音響の不具合が荒削りで、エッジが効いていた。
ライブも盛り上がったところで、ビッグウェーブ担当のブッチが登場。
「ヨォ、ヨォ、ヨォー!どーよ。今日は何の日か覚えてる?」
みたいなことを言って、ファンの生誕祭をまさかのここでブチ込んだ。
今日の生誕チケットを買った人は僕を入れて全部で13人だった。
それぞれ名前を呼ばれて、ステージに上げられた。
我々は、ベルハー・メンバー手作りの画用紙で作った冠をかぶせられ、後でメンバー全員とのチェキを貼って、
記念のアルバムをくれるとのこと。
そして、みずほが「前日に買った」という白いリコーダーで、♪HAPPY BIRTHDAY TO YOU~♪を吹くから、
「皆さん、正座して下さい」と、13人はステージに並んで正座させられた。
一生のうちで、観客が凝視するライブハウスの舞台で正座をするなんて滅多にない貴重な体験をした。
下が、手作りの冠をかぶってステージで正座して、みずほのリコーダーを聴く僕。↓。


そして、昨日の夜、メンバーが愛を込めて作ったという、ミルクレープ、もお出まし。
クレープと生クリームがシンプルに何層にも重ねられている。
壇上にいる生誕祭のファンは皆、筋金入りのようで、ケーキが出てくると、メガネを外し出した。
僕が<?>と言うと、彼らは「お約束でしょう」と笑った。
<えっ?パイ投げ?>と僕はちょっとゾッとした。
しかし、結局は、そんな過激なことはなく、ライブ終演後に、切ってくれることになって、僕らはステージを降りた。
なんか他のお客さんに悪かったですね、普通の誕生祝いになっちゃいました。
後半のライブも盛り上がって、アンコールを2回もやった。
ライブの後は、チェキ会。13人は、メンバー全員とケーキと記念撮影。
その時、ケーキをくれるのだが、お皿とか用意してないから、僕らは手の平にケーキを置かれて。結構な大きさだ。
どんな好きな人のでも、手作りって口に入れるのは少し抵抗があるのだが、そんな潔癖症も、手の平にケーキを置かれたらぶっ飛んでしまって、あわてて、頑張って食べた。
みずほが、「たつじさん」と書いたプレートをミルクレープの上に飾ってくれたが、僕の携帯の写メは壊れてるので、ケーキの写真はとれませんでした。まぁ、記録より記憶に残しておきましょう。
そして、これがベルハー・メンバーからもらった愛に満ちあふれた手作りの記念アルバムです。
表紙を、みずほ、が書いてくれました。↓。

中をめくると、似顔絵をメンバーが1人づつ描いてくれてました。
1ページ目の、甘楽(かんら)が1番、送った写真に忠実です。↓。

2ページ目の、カイちゃんは、抽象画です。↓。

3ページ目の、レーレのタッチはやさしいです。↓。

4ページ目の、あーやんの絵はスマイリーです。↓。

5ページ目の、みずほは…みずほっぽいです。↓。

6ページ目は、皆の寄せ書き(カイちゃんだけ書き忘れ)の中央にさっきの全員チェキ。↓。

裏表紙は、みずほの手形。↓。

それから、背表紙はこんな風になっています。↓。

ところで「地下アイドル」の地下とは、まだメジャーに認知されてない、とか、地下のライブハウスを根城にしてるの他に、
距離が「近い」の「ちかアイドル」という意味があるのも皆さんは知ってました?
「絶望音楽祭2」はまさにそんな感じでした。
最後の物販コーナーで、みずほのチェキを撮りました。
みずほは白いリコーダーで、♪HAPPY BIRTHDAY TO YOU~♪を吹いてくれたのですが、途中で、
「わかんなくなっちゃった」と言って、笑いました。可愛かったです。↓。

 

僕が始めてベルハーを知ったのは、新宿のタワレコのインストア・ライブだった。
その日、何かの用事でたまたま寄ったのだが、それは運命なのかしら、彼女達のステージに出くわし、衝撃を受けた。
黒いセーラー服にカラスの様な羽根をはやした衣装は、アイドルらしくない。
メンバーは6人とクレジットされているのにも拘らず、ステージ上には3人しかいない。
音程は外れ、踊りもバラバラ。
そして、1曲歌い終わる度に、お互いの立ち位置が違うとか歌詞を間違えてるとか注意しあっていた。
今時の若い子は器用だから、素人でも、もっと達者だ。学芸会以下のステージだった。
しかし、楽曲は良くて心に沁みて、ハラハラさせられるパフォーマンスは目を離せず、
結局、最後までライブに釘付け。
勢いでCDも購入して、握手会にも参加してみた。
ベルハーのファンは握手をする時に長くメンバーと喋るから、自然と時間が押していた。
タワレコのインストア・ライブは時間きっちりに終らせないといけない。
ベルハー関係者は焦っていた。
約束を破って、2度と使えなくなったら困るからだと思う。
僕は後ろの方の順番だったが、途中から、ベルハーのスタッフが長いファンを打ち切るように介入して行った。
そして僕の番になった。
僕はその時は誰が誰かも判らなかったから順番に握手して記念にチェキを撮って帰るつもりだった。
今思うと、その時の3人は、じゅり、と、もえち、と、みずほ、だった。
順番に握手をして、彼女達が何か言うのに相槌をうつだけだったから、スピーディーだった。
僕はベルハー・スタッフから「早くして」とお願いされる事態にはなりようがなかった。
そのはずだった。
ところが、みずほ、である。
最後の、みずほ、は前の2人と違って何も喋らない。ただニコニコしている。
僕が握手を終え、その場を去ろうとしたが、みずほ、は手を離さないのである。
僕は戸惑った。みずほ、の力はそんなに強くはなかった。しかし、その手は解けなかった。
つかまった、という感じだ。キャッチされた、という感覚だった。
そのせいで、僕はベルハーのスタッフから、
「すみません。時間が押しているんで下がってもらっていいですか」と催促されて。
僕は<すみません>と恐縮して下がろうとするが、それでも、みずほ、はニコニコした顔で手を離さない。
すごい度胸だ。
僕はベルハーの運営スタッフからは離れてと言われ、ベルハーのメンバー(みずほ)からは離してもらえない。
どっちにすればいいんだ?という、ダブル・バインド状況。この初対面のインパクトは強烈だった。

ユーチューブで、
「2014.2.15 BELLRING少女ハート 朝倉みずほちゃん生誕特典」という動画をみつけました。
「夏のアッチェレランド」と「ボクらのWednesday」の2曲を無人の会場でピンで歌い踊っています。とりあえず、ぶっ飛ぶと思います。
3回みると中毒になるから要注意!

BGM.「2014.2.15 BELLRING少女ハート 朝倉みずほちゃん生誕特典


美しい日々~バルテュス展へ連れてってあげる。

1/Ⅷ.(土)2020 梅雨明け。杏と東出昌大、離婚。

きのうの東京の感染確認463人、全国一日の感染は最多1500人越えで、沖縄独自に「緊急事態宣言」外出自粛を求めたそうで、感染漸増段階、だと、分科会の尾身会長が力説していた。聞いたところだと、上野の美術館も前もってチケットを買わないと入れないそうで、以前のようにフラッと上野駅まで行って改札口のところのカウンターで「どこにするかな?」なんてその場で決めれなくなった。食べ物(外食)や鑑賞(映画・美術館など)って、その日の天気や気分でビビっと決めて動くのは最早もう古き良き時代の行動様式になったのかもしれない。

そんなノスタルジックなおセンチなあなたを今日は美術館に招待しましょう。2014年梅雨に行った「バルテュス展」です。↓。


僕が、バルテュス、を知ったのは、澁澤龍彦の本で、だ。
「部屋」という絵に衝撃を覚えた。
少女が全裸でソファに弓なりにヒステリー発作のように海老反っていて、その部屋のカーテンを意地悪そうな顔をした小人女がめくって、そのせいで部屋の中に対角線上に光が入って、少女の裸体を照らし出していた。
そして、テーブルの上の猫が小人女の方に視線を送っていた。
僕は二十歳前後に「部屋」を見たものだから、ものすごくインパクトがあった。
今回の「バルテュス展」にあたって、澁澤龍彦の本を読み返してみた。↓。


すると、それは僕の記憶違いで、「幻想の画廊」で紹介されてるのは、「部屋」ではなくて、「夢見るテレーズ」だった。
ちなみに「部屋」は今回の「バルテュス展」では展示されなかった。
「夢見るテレーズ」は今回の展覧会の目玉で、チラシやチケットの絵柄に使用されていたから、目にした人も多いかも。
下が、美術館近くの立て看板の「夢見るテレーズ」。↓。


モデルの、テレーズは、バルテュスが起用した最初の少女モデルで、隣に住む失業者の娘だったそうだ。
テレーズは、第2次世界大戦が迫り来る暗い世相を反映した雰囲気を持つ少女で、それがバルテュスを惹きつけたようだ。
澁澤龍彦の解説を読むと、これはただ少女が頭の上で手を組んでうたた寝して、かた膝立てて、パンチラを見せてる絵などではない。
こういう難しい理論武装をすれば、アニメやエロゲーの表現の規制もかわせるのではと思った。
頑張ってみたらどうだろうか、そっち系の人。
話をテレーズに戻そう。
テレーズは、他にも「兄妹」という絵のモデルになっていた。
しかし、同じ画家が同じモデルを書いたとは思えない程、こっちは可愛くない。おまけに妹なのに兄よりデカいし。
犯罪性がグッと低くなる。↓。


「バルテュス展」のパンフの表紙は、手鏡を持つ少女。↓。


これは、「美しい日々」というタイトルで、ポストカードも買ってきた。↓。


「美しい日々」で思い出すのは、片山健という人の画集だ。ちょっとバルテュスっぽいのである。↓。


あとがきで、片山健は自分が絵を描き出したきっかけは、シュールレアリズムの傍流の一連のきわめてエロチックな作品にふれたからだ、と書いている。
しかし、実際のバルテュスはシュールレアリズム運動には1度も参加していない。
アンドレ・ブルトンの目にとまり、初期の作品がシュールレアリズムの雑誌に載ったりしたが、バルテュスは距離をとっていた。
アンドレ・ブルトンが、バルテュスの家までわざわざ出向いて、話をして、決定的な考え方の違いにガッカリして帰った、という
エピソードもこの展覧会で紹介されていた。なんか、ちょっと笑った。
しかし、バルテュスはジョルジュ・バタイユとは仲が良かったらしい。バタイユと言えば、エロティシズムの巨匠ですね。
寺山修司の年譜には必ず、「バタイユの眼球譚」に出会う、みたいなことが重要な事件として載っている。
下が、バタイユの「眼球譚」。デルヴォーとバルテュスの画集で挟んでみました。↓。


バルテュスの絵にはよく猫が出てきます。パンフの裏表紙も猫です。↓。


これもポストカードを買ってきました。この絵は、シーフード店の宣伝に書かれたもので、店内に掛けられていたそうです。
シーフードの新鮮さを表現するため、海から虹に乗って魚が、猫が待ち受けるお皿に弧を描いて直接、舞い落ちてくる様子はマンガチックですね。
左下でボートで手を振る少女は、バタイユの娘、ローランス・バタイユ。↓。


大人たちが延々と喋ってるのに退屈して、1人でボートに乗って港を探索していたという逸話を題材に取り上げたみたいだ。
さすが、ローランス!バタイユの娘だけありますね。↓。


ローランスは、「決して来ない時」という絵のモデルもしています。この絵は僕が冒頭で言った、「部屋」にちょっと似ています。
「決して来ない時」の原題を直訳すると、「木曜日が4日ある週」になります。
当時、フランスの小学校は木曜日が休みだったため、「木曜日が4日ある週」とは「決してあり得ない」という言い回しに使われていたそうです。
これも、ポストカードを買ってきました。猫が見てますね。↓。


僕が今回の展覧会でもっとも注目したのは、「読書するカティア」です。これは、ポストカードが無くて残念でした。
なぜ、僕が注目したかと言うと、このモデルは、ベルハー(BELLRNG少女ハート)の「みずほ」に似てるのです。
パンフから、カティアをクローズアップしてみました。↓,


僕が、高2の時、好きだった女の子が紺のスィングトップをよく着ていて、僕はいつもその子のことを想っていました。
スィングトップがオシャレな女の子の間で流行っている時代でした。
だから、僕は原宿とかですれ違うスィングトップの女の子が皆一瞬その子かと錯覚して見間違えるほどイカレテいました。
そんな心理と似てるのかな?「読書するカティア」を「みずほ」に見間違えるのは。
下が、「みずほ」、タワレコのポスターより、クローズアップ。↓。


今日の記念のお土産は、パンフやポストカードの他に「蜂蜜」を買いました。
バルテュスは早熟で、11歳の時に作品集を刊行しています。
お母さんの恋人が、あのリルケだったそうで、リルケが序文を書いてくれたそうです。
その作品のタイトルが「MITSOU(ミツ)」なので、それと「蜂蜜」を引っ掛けた商品です。
「ミツ」の絵が瓶にデザインしてあります。↓。


「ミツ」とは愛猫の名前で、日本語の「ミツ(光)」が由来だそうです。
バルテュスは日本びいきで奥さんも日本人。来日して三島由紀夫とあった時の通訳をしていた人で一目惚れしたらしい。
バルテュスは勝新太郎に絵をあげて、替わりに勝新から着物をもらったりして。「座頭市!」と言って喜んで着てたそうです。
別角度の蜂蜜。↓。

さて、最後になりましたが、冒頭でお話した「部屋」。
僕の持ってるバルテュスの画集の中にあったから、紹介しましょう。↓。


ソファの少女に、カーテンをまくりあげ、陽の光を浴びせる暴行を働く小人女の顔は、角張っていて無表情。
髪型も変なクセに、カーテンを持ち上げるその身振りは、確信犯みたいに断固としています。
ただ猫だけがこの犯行の証人ですが、猫とこの小人女は同じ属性で、共犯者みたいにもみえますね。↓。

BGMに選んだのは、受付にいっぱい貼ってあるチェキの正体で僕がよくライブに行ってた頃のベルハー(東京最凶、と謳われた地下アイドル。パフォーマンスは学芸会並みと恐れられた)です。ユーチューブでみつけました。今見ると、こりゃ確かに、コロナ渦じゃダメだわ。これも古き良き時代、僕の50代の青春。↓。

BGM. BELLRING少女ハート「the Edge of goodbye」


ビューティフルネーム

30/Ⅶ.(木)2020 くもり 高田延彦、アベノマスク追加8000万枚に苦言。「洗濯する負担も考えなさい」

笹公人の「念力ろまん」(2015年5月)を読んでいる。↓。

「気分はCITY POP」という連作で、
「ゴダイゴの『ビューティフルネーム』脳内にかけながら見る園児の散歩」、
という句があった。そういう訳で、今回は、名前の話。

中2の頃、自分の名前に別の漢字を当てる遊びをしてた。僕の下の名は「達二」だから、「刺青(タトゥー)血(ジ)」と当て、出来たら満足して部屋のその辺に放っぽいたからいけないのだが、母がみつけ、悲しそうな目で「達二、あなたは自分の名前が嫌いなの?」と訴えられたもので、僕は「ハァー、これだから大正生まれは面倒くさい」と思ったものだ。

知り合いの獣医さんに聞いた話だと、動物園で「○○の赤ちゃん」の名前を公募、ってのは客寄せなんですって。
基本的に動物園では、動物に名前は付けないらしい。
識別できれば良いから。
今の個人情報保護法と似てるな。「何番の方、会計にどうぞ」みたいな。
そう考えると、名前って記号かな。
ところが、我々の業界では、「イマジナリー・ベイビー」なんて用語があります。
「イマジナリー・ベイビー」の例で、よく引き合いに出されるのが、皆さんご存知の画家のゴッホです。
ゴッホの産まれる丁度1年前に子供が死んでいて、つまり、その子の命日に、ゴッホは産まれたことになります。
親としては、モーニング・ワークの意味合いもあったのでしょう、ゴッホに死んだ子と同じ名前をつけます。
でも、これってどうなんでしょうね?
庭の隅には、お墓もあって、墓石に自分の名前が刻まれているのを、きっと幼いゴッホは見ただろうに。
その名前が、「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」。
ゴッホは小さい時から親と馴染めず、弟のテオにくっ付いていて。
テオを親代わりにして何とかやっていたが、テオが結婚した直後、精神症状が悪化して入院となる。
甥が産まれた時、ゴッホはホロホロと泣き、その子に「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」と名付けてくれと頼んで。
その通りに名が付くと、その直後に自殺して死んでしまう。
ゴッホには、「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」を伝える役割があった、というお話し。
これが、「イマジナリー・ベイビー」、家族神話のような世代間伝達のお話し。
どうですか?
すごくないですか、我々の業界。
ゴッホってもっとも多く「語られる画家」の1人だと思うのだが、我々のすごさはゴッホの作品に一切ふれてないこと。
ま、病跡学のジャンルではふれてるんでしょうが。
家族精神医学では、ふれない。ただ、役割理論の例えに良い具合に使われている。
ゴッホほど極端でなくても、名前には、何かを縛りつける力(作用とか効果)がありますね。

名前を考えるにあたって、僕が1番に想起するのは「シベールの日曜日」という映画です。
ここからは、ネタバレありです。
嫌な人は、ここから先は読まないで下さい。映画のあらすじを書いて終わりの記事ですから。
あらすじは、シベールという少女が母に男が出来て邪魔になったから、寄宿舎に入れられます。
母はシベールに「毎週、日曜日に面会に来るから」と約束して去って行きますが、一回も来ません。面会どころかその後の映画に登場しません。シベールは、棄てられた訳です。
おまけに寄宿舎の怖い寮母みたいな人に、「シベールは変な名前だから、ここではフランソワーズと呼びます」と勝手に名前も変えられてしまいます。
フランソワーズ(シベールのこと)は日曜日ごとに健気に来る筈もない母を待ちます。
ある日曜日、フランソワーズは、ある青年と出会い、意気投合して、友達になります。
いつしかフランソワーズの日曜日は、この青年と会う日になりました。
青年は、ベトナム戦争で受けた心の外傷で、戦争神経症(PTSD)になっていました。
青年には綺麗な看護婦の彼女がいて、彼女は献身的に青年のケアをしていました。
でも、青年は彼女には心を閉ざし、フランソワーズにだけ、心を開くのでした。
世間からみたら奇異にみえますが、純愛ストーリーです。
フランソワーズはクリスマスのプレゼントに教会の上の風見鶏が欲しいとリクエストします。
クリスマスの日に二人は逢引して、青年は危なっかしい足取りで、教会の屋上に上って風見鶏をもぎとってきます。
それをフランソワーズに渡すと彼女は満面の笑みで、お返しにと、木にくくりつけた紙を指差します。
青年が、その紙を木から取って、畳まれた紙を開いてみると、カメラがそこに書かれた文字をクローズアップします。
シベール
とだけ書いてあります。
フランソワーズは、クリスマスのプレゼントに、青年に本当の自分の名前を教えたのです。…涙。
それから、何がどうしたのかは忘れたのですが、警官隊が二人を取り囲みました。
どうやら、精神異常者が少女を誘拐した、って話になっていたような。
「手を上げろ!」の声に、青年がシベールをかばおうと動いた瞬間、一斉射撃。青年、銃殺。
青年の死体に泣き崩れる少女。
警官隊が近寄り、声を掛けます。
「お譲ちゃん、大丈夫?」「悪者は死んだからね」「怪我はないかい?」と警官隊は優しく口々に語りかけます。
少女はずっと泣いています。
そしてラスト。「もう大丈夫だから安心して。お譲ちゃんのお名前は?」という警官の質問に、泣きながら少女が答えます。
<もう私に名前なんてないのよ>
これが、映画「シベールの日曜日」です。
名前の持つ意味を考えさせられますね。名前は単なる識別記号ではありませんね。
さて、これでおしまいです。
名前について興味を持った人や、戦争神経症の資料を探してる人は、観てみたらどうでしょうか?
ただ1つ注意点があります。
僕の古い友達がよく言うのですが、「君の教えてくれる映画はいつも面白そうだから観るんだけれど、必ず、筋が違うんだよ」。
「さらにタチが悪いのは、映画より、君の話の方が面白いから、観た後、損した気がするんだよ」って。
僕は自分の記憶だけで話してるから、他の話がミックスされるのでしょうね。
だから「シベールの日曜日」のストーリーも違うかもしれません。
さっきのゴッホの話も同様です。気になった人は鵜呑みにしないで自分で検証して下さいね。
あと、ここまで読んでくれたけど、記事や映画「シベールの日曜日」に取り分け、興味が湧かなかった方にも朗報!
シベールは美少女だから、ロリコンの人は必見です!!
この記事のタイトルは「ビューティフルネーム」なのに、なんちゅう、オチじゃ。

BGM. 映画「シベールの日曜日」ダイジェスト


心の護美箱⑳~アーカイブス「キミのテレフォン・ナンバー、7255」

29/Ⅶ.(水)2020 くもりのち雨 田子ノ浦親方が飲食店で泥酔する写真がネット上に流出

心の護美箱⑲がいっぱいになったので、⑳を作りました。
はじめて、このブログを読まれた方は何のことだか、判りませんね。
とりあえず、グチを書き込めるページなのです。
「王様の耳はロバの耳」という話を覚えてますか?
王様はロバの耳をしてして、それをひた隠にしてます。しかし、いつも王様の髪を切る床屋だけは「王様はロバの耳である」ことを知っていて、口止めされていました。
でも、床屋はどうしてもそんな重要なことを一人で抱えてることが出来ず、井戸の奥に向かって「王様の耳はロバの耳」と 大声で叫びます。すると、その声があらゆる井戸を伝わって井戸と言う井戸から「王様の耳はロバの耳~」 と響き、皆にその秘密が知れ渡ってしまうのです。
だから秘密を打ち明けるのは、危険ですね。でも、精神科&カウンセリングには守秘義務があります。安心ですね。ここでも、非公開を希望の人は、そう書いてくれればアップしませんし、こちらが判断して「不適切」なものはアップを控えます。
溜め込むのは良くないです。安全な場所で、「王様の耳はロバの耳」と言いましょう。
最短でも通院間隔は1週間に1回ですね。1週間という単位は、色々ある時はありますからね。ですから、酔った勢いでも、ネガティブになった時でも、送って下さい。身元がバレるようなことはしませんから。
まぁ、グチに限らず、要望や苦情やエールやラブレターでも構いません。この記事に関する感想コメントなら、尚結構!

ちなみに、「王様の耳はロバの耳」のオチを覚えてますか?これはちょっと良い話です。王様の耳が「ロバの耳」だと知ってるのは床屋だけだから、床屋を殺してもいいのに、許してあげます。
このお話は別のお話の続編なのです。アポロンの怒りを買った王様は罰として、耳をロバの耳にされてしまってたのです。
そして話は戻ります。王様が床屋を許してやったところに、アポロンが現れ「よく床屋を許してやった。お前の罪もといてやろう」 と耳を元に戻してくれたのです。「寛容さ」を説いた寓話ですね。

さて、カワクリの電話番号は03-6240-7255ですが、初めて来院された方は、7255の語呂合わせのように、
<何ここ?>
って思うかもしれません。今回のアーカイブスは、前にいたスタッフが作ってくれた記事です。求人公募に合わせて、クリニック案内をブログで披露してもらったのでした。↓。

 

「何、ここ?平成30年版」2018年3月9日

こんにちは、受付の大平です。

川原クリニックにはじめて来院される患者さんは「ここは病院ですか?」、
「ここはなんですか?」と質問してくる方がとても多いです。
ブログを読んでいればそんなに驚かないかもしれないですが、
入口でなかなか入って来れない方もよくいます。

クリニックのコンセプトは昔の「何、ここ?」の記事に書いてあるとおり、
〈川原先生のお家に来る〉をイメージしたそうなのでぷらっと気軽に入ってきてください。
飾ってある物、置いてある物なら、何を見ても、何を読んでも、何を触っても大丈夫です。のんびり過ごして下さいね。

と、言ってもこんなに色々あったらどうしたらいいか分からないという人もいるかもしれないので
改めて【川原クリニックを知りたい!】方のためにご紹介します。

 

川原クリニックは大岡山駅正面口を出て右に進むとある大岡山北口商店街の中にあります。

外には看板が出ています。

階段を上がると2階が川原クリニックです。

 

 

入口にはポスターやお知らせが貼ってあります。

川原クリニックの受付時間は火曜日~金曜日は朝8時30分~19時30分まで、
土曜日は朝8時30分~18時30分までです。日曜日・月曜日・祝日はお休みです。

 

クリニックの入口が開くと賑やかさに圧倒されてしまうかもしれませんが
雑貨屋でも怪しい場所でもありません。
川原クリニックを目指してきたのなら間違いなくここが川原クリニック。

ドアが開いてまず正面にあるのがフィギュア・ケースとネコ、濡れ透けTシャツです。

ネコが持っているものが昔は地球儀だったのに「日常」に登場する猫の阪本になっています。
阪本が持っているのは”我輩は猫である”なのですが、コレいつの間にか入っていたので誰のイタズラなのでしょうか?
川原先生?それとも患者さん?こんなイタズラがたまに起こるのも川原クリニックの面白いところの1つです。

 

では、このままクリニック内をぐるっっと一周まわってみましょう!

入口で左を向くと、アニメ「けいおん」の平沢唯ちゃんとゴジラ、ピカチュウ、バルタン星人などがお出迎えしてくれます。

ここには「けいおん」唯ちゃんのギター、”ギー太”も置いてあります。
川原クリニックで働いている人たちの中にギターを弾ける人は誰もいないので、
患者さんが弾いたり調律をしてくれたりしています。

もちろん、初代院長もかわらずここにいます。

 

そのまま進むと左側は患者さんが待ち時間に勉強やお仕事が出来るように作ったカウンター席があります。

 

このカウンターには今イチオシのマンガが並んでいて、
壁はその関連ポスターや川原先生の好きなものたちが貼ってあります。

受付からこの席を見ていると、作業するには隣同士近いんじゃないの?と思うのですが
いつもここの席で勉強しているある学生さん曰く、7~8分でなれるそうです。

 

このカウンター席と向かい合っているのが受付です。

 

受付の周りは、「物語シリーズ」の忍野忍や、寝釈迦コーナー、

ドラえもんたち、ブースカ、オイル時計など盛り沢山。

 

受付を通り過ぎるとウォーターサーバーとゴミ箱があります。

ウォーターサーバーにはなぞなぞが貼ってあり、定期的に変わります。
ちょっとした暇つぶしになるので挑戦者も多く、川原先生や作成者以外の受付もその1人です。
ヒントと答えは受付にあるのでぜひ聞いてくださいね。

ウォーターサーバー周りの壁には水とかけてセーラーマーキュリーのポスターや
コーヒーが置いてあるのでコーヒールンバのCD,
昔のなぞなぞ、奇数月に更新されるイラストなどが貼ってあります。

この壁にはティッシュがぶら下がっているのですが、まるで受付がクイズを出したかのように、ある患者さんが
【このケースは「いちにのさんすう」に出てくる”タップ君”です】という
メモをお会計の時にくれて、受付を楽しませてくれたことがありました。

 

受付の横の通路の天井にはアニメ「まどマギ」のキュゥべえがぶら下がっていて、

 

手前の扉が喫煙室です。

病院なのに喫煙室って珍しいですよね。
ここは昔から何時間も談話している人たちがいたりします。
私はここでヨガをしている患者さんを見かけたことがあったっけ・・・。

 

喫煙室のお隣の扉がトイレです。

 

トイレと診察室、処置室、心理のお部屋にはお花が飾ってあります。

毎週受付がお花を飾ることになっていて、受付それぞれの好みが出るので感想をくれる患者さんがいたりもします。
去年1番反響が良かったお花は鵜飼さんが買ってきた「ピンクッション」というお花でした。

 

トイレを出たら受付うらの通路があります。

ここの通路には処置室と心理のお部屋が並んでいます。

処置室は採血の時やナースの塚田さんとの面談につかうお部屋です。
このお部屋はとてもシンプルでアリスの絵が飾ってあります。

心理のお部屋はカウンセリングの時に使います。

ここの通路は先生の好きな中川翔子やきゃりーぱみゅぱみゅ、ベルハー、「物語シリーズ」が貼ってあります。

このブログを書いている時に川原先生が教えてくれたのですが、
心理のお部屋の前には「物語シリーズ」の千石撫子のパネルが置いてあります。
このパネル喋るのですがこれを聞かせてくれと言った患者さんはまだいないそうです。
私は壊れてバッテリー切れかと思っていたので、今日初めて聞きました。
人が通るたびに「撫子は~・・・撫子は~・・・」と言ってうるさいから普段は電源を切っているそうですよ。

 

診察室の扉は2つあり心理のお部屋に近いほうの扉は川原先生用。

患者さんはイカの貼ってある扉から入ります。

診察室の中はこんな感じで川原先生のお気に入りのもので溢れています。

診察は基本的に大きいテーブルの前の席で受けるのですが、奥にはソファー席もありますよ。
今日はどうしてもソファーじゃなきゃだめだという時は先生にお願いをしてみては?
受付の占いのように1回目は無料かもしれません。

本棚には精神医学の本からひみつ道具大事典、図録、ポケモンカードなどが置いてあり、
その中にヒストリーオブカワハラもまぎれています。

診察室を出ると目の前はおそまつさんコーナー、

そこから左に行くとソファーや椅子のある待合室スペースです。

ぶら下がっているポケモンたちにジャンプしてタッチしてもOK。

この本棚の上の段には格闘技や映画のパンフレット、絵本が置いてあり、
下の段にはマンガが置いてあります。
本棚の前のカートにも入りきらないマンガが並べてあります。

あまりにもたくさん本や漫画が置いてあるので誰かが読んだあとの並び順が変わったときに
こんなのあったっけ?という発見があったりするんです。

ここの壁は先生が観に行った公演のチケットコーナー。

それとテレビもあり、流れている映画は定期的に変わります。
「シンゴジラ」を流し始めたときには夢中になる患者さんが続出でした。

テレビが見やすい席は座り心地もよく、うたた寝するのにもピッタリです。

このカラ松タンクトップは一度だけ夏に川原先生が着ていたっけ・・・

これで一周ですね。
帰る前に扉の前で立ち止まってみてください。ここにも色々貼ってあるんですよ。

そうそう、クリニック内でかかっているBGMは他院でかかっているような音楽ではありません。
川原先生セレクトの歌謡曲やアニソン、アイドルの曲などなど。
クリニックが空いていて他の患者さんに迷惑にならなければ口ずさんでもいいのです。
ある女性の患者さんは仮面ライダーの曲が流れたときに、
つい懐かしくなって歌っちゃったと言って仮面ライダーについて熱く語ってくれました。

歌を口ずさむのはOKですが電話は禁止なので通話する場合は外でお願いしますね。

川原クリニックは待ち時間が1~2時間かかってしまう日がよくあります。

勿論、このブログにも川原先生のことやクリニックのことはたくさん書いてあるのですが
書ききれないことが多いので、自分で見つけるのもいいですよね。

”こんなのあった~”と発見した時は

①1人で・・・ ②いや、川原先生と診察で・・・ ③診察まで待てないから受付で・・・

では、川原クリニックでお待ちしております。


けれど生きてる。

28/Ⅶ.(火)くもり 2020 東前頭5枚目阿炎(あび)、場所前から複数回キャバクラに行っていたことがバレて、休場。

僕の「めまい」は、良性発作性頭位めまい症、というもので、その後、症状もなく安定しています。
なでしこJAPAN、の澤選手がなった病気と同じだそうです。
僕はてっきり気象とかストレスが原因だと思ってましたが、耳の中の石が動いてしまう病気だそうで、澤選手はヘディングのやりすぎがトリガーだったそうで、
そう言われれば、僕も酔っ払って顔面をよく強打してたから、アスリート特有の宿命なのかもしれませんね。

おかげさまで、7/24に誕生日を迎えました。日本人は、お正月と4月(新学期)と誕生日に、一つ歳を重ねるから、「今年の抱負は?」などを考える学習機会があるので、
自然とこの3つのシーズンになるとアイデンティティが揺さぶられることが多いです。
特に、POMSで「混乱」が高かったり、TEGで「A」の高い人はそうなりがちです。

僕は58才になりました。志村けんは、70才で死にました。あと、12年も生きるのかぁ、と思うと気が遠くなります。

こないだ「めまい」で救急搬送されて、全身精査されたのですが、「めまい」との直接因果関係はなかったのですが、
脳のMRIで大脳動脈瘤がいくつかみつかりました。今すぐあわててどうにかするものではないそうですが、早期発見出来て良かったそうです。
9月に人間ドッグで処理します。運が良かった。
僕にはそういうところがあり、普段の行いが良いのか、守護霊の力が強いのか、大学生の時、渋谷のセンター街で呑んで騒いで転んで前歯を折って大流血して病院に運ばれた時も、
たまたま歯肉に腫瘍がみつかり、それは脳に向ってて、アブナイものだったそうで、手術をして助かりました。

冬の日でした。自覚症状がないものだから、家族は僕を置いて箱根に旅行に行きました。するとその日は歴史的な豪雪で停電するは断水するは。
オペも大変でした。たらいに水を貯水してたりして。
当時はコンビニエンスストアもない時代だから、近所のスーパーで水とかおでんの具とか買って、テレビもラジオもうつらなかったから真っ暗な中、
本も読めないし、ロウソクの炎を炊いて、術後、一人で心細くしてたら、となりの家のお嬢さんがピアノを弾いていて、それが聞こえて来て、
曲は「テネシーワルツ」だったかな、とっても心に染みて、「僕は将来結婚するならピアニストと結婚しよう」と思ったものです。

人生が二度あれば。僕は最近そんなことを考えますが、中学の友人関係や高校の勉強、大学の実習、研修医の頃の理不尽な修行、医者になってからの病院勤めや開業など、人生の色んな局面で下してきた判断の精神状態は、今思い返すと、ほぼ例外なく、躁状態です。もう一度同じ事をやれと言われても、あの時のようなテンションに自分をもっていけるか疑問です。ですから僕は人生は一度っきりで十分です。余生もなんとか躁状態で乗り切って行く所存です。

BGM. 劇団ひとり「死なすもんか」


7/24 なによのひ

こんにちは。受付うかいです。

 

突然ですが7/24は何の日か知っていますか?

そうです、スポーツの日です。
今年はスポーツの日がオリンピックの開会に合わせて7/24に変更になりました。

ところで、スポーツの日は去年まで何の日だったでしょう?

 

そうです、体育の日です。
「スポーツ」は「体育」よりも広い意味を持ち、自発的に楽しむ意味があるそうです。
確かに、体育と聞くと学生時代の授業というニュアンスが強いですもんね。
ちなみに祝日の中で唯一カタカナらしいですよ。

 

では、そもそも体育の日は何がきっかけで出来たでしょう?

そうです、1964年の東京オリンピックです。
その時の開会式の日10/10を体育の日として国民の祝日に定めたそうです。

残念ながらオリンピックは延期になりましたが、
今年のスポーツの日と海の日は祝日のままですね。

 

それを記念して(?)
カワクリに新しい仲間が入りました。

まずはこちら
↓「鬼滅の刃」の 竈門 炭治郎↓

次はこちら
竈門 禰󠄀豆子↓

最後にこの子
嘴平 伊之助↓ ※先生の鼻にも注目

 

寝そべっているぬいぐるみ達ですが、スポーツの日にちなんで
オリンピックのモットー『より速く、より高く、より強く』を表現することに。

↓製作中↓

 

↓完成↓

カワクリでは恒例になりましたが、吊るしてみました。
キッドが後ろから見ていますね。

私は鬼滅の刃をみていないので、わからないのですが
主人公の妹の、竈門 禰󠄀豆子が人気みたいだよ、と先生に教えてもらいました。
なので、一番前に陣取っています。

「この子は鬼だけど、ひとを襲わないように竹を噛まされているんです」と、
なんでマスクしてるんだろ?と思っているわたしの心を見透かしたスタッフが、優しく教えてくれました。

ちなみに配置にこだわっていて、前からみると

~WELCOME~の飾りをゴールに見立てて
それに向って追いかけっこしながら飛んでるようにしました。

そして横から、受付側からみると

この写真じゃちょっとわかりにくいですが
高さを変えていて、1位2位3位を表彰台に見立てています。

スポーツの日ですからね。

 

ちなみに、7/24はスポーツの日だけじゃないのです。
わかる人、いますか?

コメントお待ちしていますね。