心の護美箱(61)~揉みたいおっぱい

9/Ⅷ.(火)2022 はれ 佳子さま、エリート同級生との交際発覚!

「鬼滅の刃」&「呪術廻戦」に続いて「チェンソーマン」が流行ると聞いていたが、いきなり「スパイファミリー」、が来たもので、「チェンソーマン」はアニメで観ようと後回しにしていた。

行きつけのお好み焼き屋に「チェンソーマン」が全巻揃ってるから行く度に一巻づつ読んでる。主人公の男の子は10代で父親が借金して自殺したからヤクザに「金を返せ」と脅され、臓器を売ったり妖怪の退治をしてるが、妖怪の退治が一匹30万円になるのだがヤクザにピンハネされ結局はした金しか残らない。主人公は残飯をあさるような生活で「夢はパンにジャムをつけて食べること」。ペットにしてた妖怪がチェンソーみたいで彼が主人公に夢をみさせてやりたいと合体し、チェンソーマンとなり「公安」にやとわれ妖怪退治班に配属されるという話。主人公の上司は、ヱヴァで言う葛城ミサトさんみたいな美人でおっぱいが大きい。主人公はそのうちこのまま死ぬ前に「女のおっぱいを揉んでみたい」と生きる目標を変更。そこに主人公とパートナーを組む別の女にだまされながら「おっぱいを揉みたい」がゆえにその女を助け、いざおっぱいを揉ませてもらうが、それは胸にパットが入っており偽物で主人公はガッカリと肩を落とす。「所詮、俺の夢なんていつもこんなもので、おっぱいだって」と嘆くと、ミサトさんが来て、彼の手を握り、人を好きになること体温を感じること唇を触ることそしてミサトさんは彼の手を握り自分の胸に…??ってところでお好み焼き屋に「もう閉店です」と言われてその先はまだわかりません。

しかし、ここに男のロマンを感じたのです。僕も「おっぱいを揉みたい」と。だがこれがなかなか難儀で家族とは別居してるようなものなのでいきなり「おっぱいを揉ませて」と言ったら気が狂ったと思われることは必至。女性スタッフに囲まれているがそんなことを言おうものなら「主従関係を悪用したセクハラ」になる。「そういう奴は風俗へ行け!」とか言われそうだが、お金で解決したら男のロマンじゃなくなる。同様の理由で「円光」や「パパ活」もNG。知り合いの女性を頭の中に浮かべてみるが誰も今更なんで連絡して来た?って疑問を持たれる。意外と男のロマンの壁は高い。

そんな時に、僕ら医者やカウンセラーがやってはいけないのは「目の前に可愛い子がいるじゃん」と患者に手を出すことだ。これは学校の先生にも言えることで、職業的に設定された「尊敬」とか作られた「憧れ」を理由に私欲を満たすことは「禁欲規則」と言って、「守秘義務」と同じくらい大事なことで、我々が侵犯してはならない生命線なのだが、案外、これを平気でぶち破ってるニュースをよくみる。ニュースにならなくても、やってる人が結構いて驚くものだ。これは男のロマンでは片づけられない、やってはならないことだから、そんな目に遭いそうな人がいたら、それはおかしいから逃げて下さい。

 

 

心の護美箱(60)がいっぱいになったので、(61)を作りました。心の護美箱がなんだかわからない人はバックナンバーを見て下さい。ま、簡単にいうと愚痴を書き込めるページです。「非公開」希望の人はそう書いてくれれば内容はアップしません。みんながどんな相談をしてるのか、これから受診される方には必見です。ただ、その性質上、「コメントは非公開」が多いから、僕の回答しかのってない例が多いです。そんな時は、答えから「コメント」を想像してみて下さい。

 

さて、うっかり本題から外れてしまいました。「おっぱいを揉ませて」問題でした。もう私くらいの成熟した大人になると私利私欲ばかり考えていれば良いものではありません。揉まれる側のことも考えなければ紳士とは言えません。そこで「こんな手で揉まれたい」と思わせるネールアートを施して来ました。

夏仕様です。

この日は「何時までに出ないといけない」とネイリストさんに話してあったのですが、彼女には気の毒ですが、ネイリストさんに色んなハプニングが重なって(俺のせいではない)パニくってしまったらしく、約束の時間を大幅に超えてしまいました。

それで僕は約束の相手を待たせて怒らせてしまったので、ネイリストさんに八つ当たり。どうしてくれようか?こうなったら次回に「おっぱいを揉ませろ」というか、とそのくらい怒ったものです。

翌日はエネルギー療法。家でラジオビバリー昼ズを聞いてたら、携帯のベルが鳴り、誰かと思ったらエネルギー療法の先生から。「もしもし?」と出たら、「あの~今日はどうしました?」だって。11時半からの予約を1時半と勘違いしてました。確かに手帳に「11時半」と書いてある。「ごめん、今から行く」と謝って遅刻。

イスラム圏では「5時待ち合わせ」って言ったら「5時から5時59分の間」に行けば良いらしい。それで「5時」に来た人が「5時59分」に来た人を怒ったりもしないし、「59分」の方も悪びれないらしい。まぁ、完璧な人間などいない。だから、ネイリストさんも許してやろう。

ますます「おっぱい揉み」のターゲットの難しさに突き当たる。そんなことを考えながら、つけ麵大王で昼間からウーロンハイを飲んでたら、見慣れぬ番号から「Cメール」が届く。見知らぬ名前の女だ。よく読むと昔の友人の妹だった。結婚したから名字が変わったのだ。

そのメールによると、「兄が死んだ」そうだ。今日がお通夜で、明日が葬式だと。「明日」はクリニックだから、行くなら「今日」しかない。確か、お通夜は正装で行かなくて良いはずだ。僕は酒を呑んでたしエネルギー療法も受けてたから所持金が3000円しかなく電車賃で消えてしまう。そこでクリニックに寄り、奴とは昔、野球をやった仲だから、クリニックに置いてある暴漢撃退用のバットにマジックでサインして香典代わりにする。

これを肩にかついで斎場に向かう。妹の顔を思い出しながら、「そうだ!葬儀のドサクサなら、おっぱいを揉めるかもしれない」などと考えながら馳せ参じた訳だが、喪服を着た妹は「よく来てくれました」と健気に挨拶するが、もうやつれて瘦せ細って、おっぱいなんか揉める雰囲気じゃない。式は教会で行われ僕は喪服の大人たちにまじって一人でバットを握りしめ、♪いつくしみ深~き、友なるイエスは~♪なんて讃美歌を歌ってる訳である。

しかし、男のロマンに話は戻るが、おっぱいを揉むってなかなか難しいな。最近そんなことばっかり考えてるが、どうやったらおっぱいを揉めるかではなく、どうしてそんなにまでおっぱいを揉みたいと思うようになったのかを分析した方が良いと考え直しました。カウンセリングを受けることにします。

タケト、あばよ~!

 

BGM. サザンオールスターズ「女呼んでブギ」


僕の生活

28/Ⅶ.(木)2022 暑い、疲れる。「VOGUE」8月号のカバーガールに「腋毛モデル」起用。米ミレニアム世代の女性は、もはや3割が「剃らないわ」

こないだの誕生日のあと現役JKから「ケーキ食べましたか?」「(笑)食べないよ。ひとりで店、貸し切って吞んでたよ」「結婚してないんですか?」「えっ?なんでそんなこと聞くの?」「だって誕生日って家族で祝うでしょう?」「あっ、なるほど!」というやりとりがあって考えました。僕には生活感が足りないようです。

そうは言ってもこのご時世、「生活感がない」は特別なことでもなく逆にそれを売りにしてる人もいます。ギャップが好きな民度だからでしょうか。「アフロヘアの精神科医」とか「ヤンキー教師」とか「ヒップホップをやるお坊さん」など。しかし、これらは嘘ではないのでしょうが数%の戦略を感じます。そこへ行くと僕の生活感のなさは幹が太いものです。

僕は一軒家に住んでますが、変わった家で地下に入り口がありそこは地下倉庫で光が入りません。そこには僕の趣味のマンガやフィギュアやビデオや写真集が飾ってあり、クリニックの待合室みたいなもので、時々、待合室の物と倉庫の物を交換している僕の空間です。そこにベッドとエアコンとテレビと大量の水のペットボトルを持ち込んで僕はそこで寝起きしています。家族は二階より上にリビングやおのおのの部屋があって、僕は地下で起きて家を出て仕事が終わると地下室に帰るので、何週間も家族と会わないこともあります。だから僕は実質一人暮らしで、死んでても数日は発見されないと思います。人間は皆死ぬ時は孤独死ですね。

でも洗濯や掃除はしてもらってるし、上で虫が出たら退治に呼ばれるから、winwinの関係です。

こないだ疲れとストレスが重なった上に誕生日も来たから「アイデンティティーのクライシス」も手伝って、精神が参ってしまったのでしょう、部屋にお化けが出ました。本当に、お化けって夏に出るのですね。それで怖くなって夜中に上の階に行って、「お化けが出た!」と騒いだら、家族は「またか」と言う顔をして、「そんなことより、その足の爪、何?鬼の爪みたいに伸びちゃってる」だって。人の足元をみやがって。

僕はネイルをしてて足もやってたが両手両足やるとものすごく時間がかかるので手だけにしてるから足の爪は伸び放題なのだ。

僕くらいの年になると足の爪を切るのは難儀なもので、体は硬いし、お腹は出てるし、体を丸めて足の爪を切るなんてヨガのポーズみたいな苦行である。それなのに家族からそんなことを言われるなんて心外だ。だって、こうなってるのはお前らが切らないからじゃないか。

もしも僕が外で倒れて救急車を呼ばれて集中治療室に運ばれたらまず最初にやるのはルート確保だ。ルート確保はいくつとってもいい。とにかく数人で一斉に両手両足の血管を探して点滴をするのだが、その時に、靴下を脱がして、足の爪が鬼のように伸びてたら笑われるのは俺じゃない。看護婦さんに「まぁ、ここの奥さん、足の爪も切ってあげなかったのね。可哀そうに。だから体調の変化にも気づけず外で倒れしまったのね。どんな鬼嫁かしら?」なんて言われて恥をかくのはお前だぞ、と一喝した。

すると渋々、押っ取り刀で爪切りを持ってきて真夜中の地下倉庫のベッドで爪を切ってもらったので今は綺麗です。夜に爪を切ると親の死に目に会えないと言いますがもう両親はとっくに死んでるので、爪を切ろうが口笛を吹こうが霊柩車をみても親指を隠さなくてもなんの心配もなくなった僕は「永遠の17才同盟」ですが、人間換算すると「60才」です。

昔、西城秀樹がハウスバーモントカレーのCMで「ヒデキ感激」というキャッチコピーが流行ったもので西城秀樹が60才になった時に新聞各紙は「ヒデキ還暦」と書きました。西城秀樹と言っても分らない人も多いでしょうか。郷ひろみ・野口五郎と3人で「新御三家」と呼ばれ一世を風靡しました。「新」というからには「旧?」もあり元祖「御三家」は1960年代、西郷輝彦・橋幸夫・舟木一夫で大人気でした。「新御三家」では西城秀樹、「御三家」では西郷輝彦だけが亡くなっています。どっちも名前に「西」が付きますね。もし3人組で活躍してて名字に「西」が付く人で死にたくない人はグループに誰かを入れて「4人組」にするとか、結婚して名字を変えたらどうでしょう?…まぁ、サンプル「2」の粗い統計でこんなこと言っちゃいけませんね。すみません。お詫びして訂正します。

BGM. 吉田拓郎「爪」


令和の川原マンガ

28/Ⅴ.(土)2022 はれ スタン・ハンセン新型コロナ陽性、5・31ジャンボ鶴田追善興行への来場をキャンセル

 

過去3回の記事は「昭和の川原マンガ」をお送りし前回の記事で昔のマドンナ「マリちゃん」の本名が「桜井真理」で「東郷会館」に住んでたなどと個人情報を明かしたことを口実に、アップするには本人の許可が必要だということを幸いに連絡を取ってみました。マリちゃんは、「恥ずかしいけど光栄です」と快諾してくれたのですが、マンガのことは全然覚えていませんでした。話してるうちに少し思い出して、「当時の自分は子供だったし自信がなかったから、からかわれてると思ってた」と振り返っていました。時は魔術師ですね。40年という歳月が僕のマリちゃんへの胸につのる想いをやっと伝えてくれました。長生きするものですね。

 

さて今回は、もう3年前ですコロナが流行った頃の、時事マンガを発表しましょう。個人名が出て来ますが、実在の人物とは異なり、誰かをバッシングするつもりはありません。この頃、一般的な庶民感情はこんな感じだった、という時代検証のために残す意義です。それでも、「これはひどい!」とお怒りの方がいれば、即座に削除し、土下座も辞さず、代わりに訂正マンガを掲載させていただきます。

それではまだ世間では、「コロナ」を「ニコル」と呼び間違える人もいた頃にタイムスリップ!

今回のマンガの読み方は今までと違い、普通の文庫本の小説のように、右上から下、真ん中上から下、そして左上から下の順番で読んでください。

片仮名の「コ」「ロ、「ナ」、を組み合わせると漢字の「君」になることから、君の名は。と、引っ掛けてみました。まずは、エピソードゼロから。↓。

 

 

 

コロナが地球外生物だったらというSFを描きました。↓。

 

 

星野源が「家で踊ろう」を作った頃です。↓。

 

 

「悪い奴ほどよく眠る」とは、黒澤明の映画のタイトルから借りました。↓。

 

 

「アマビエ」という妖怪が流行りました。水木しげるの妖怪大全には「アマエビ」と誤植で載っています。↓。

 

この頃はステイホームで休日はサブスクで「愛の不時着」や「梨泰院クラス」をみてました。観るものがなくて「仁義なき戦い」もみて影響されたタイトルです。↓。

 

 

↑、ここら辺の人物は全部、架空の人です。↓。

 

 

藤子F不二雄の「パラレル同窓会」に感化されて作りました。↓。

 

東京オリンピックを反対する人も多かったです。ロンブーの淳は聖火ランナーを一早く辞退しましたね。落語の「黄金餅」をモチーフにして、悪いことしたってバチなんて当たんねぇよ、という理(ことわり)を主張してみました。↓。

 

 

「べるぜバブ」の主題歌をしょこたんが歌ってた時期があり、そのタイトルが「つよがり」だったので、タイトルを使ってみました。内容的には「泣いた赤鬼」に影響されています。↓。

 

 

コロナは人間や文明が立ち止まって何かを考えるきっかけだと考えてた頃です。しかし、今は戦争がメインテーマです。戦争を終わらせるには地球人が一致団結するための地球外生物が襲来するしかないのかもしれませんね。↓。

 

 

突然ですが、「カウンセリング」のCMです。松造とトド松がイメージキャラクター。↓。

 

 

これらの原画をファイルした表紙にポケモンの「ゲンガー」を描きました。原画だけに、ゲンガーを。↓。

 

 

BGM. トリプルファイターのうた


B面に恋をして

27/Ⅴ.(金)2022 雨 サンリオのスリッパ、届く。診察室履き。

マニアックなファンの中には、アルバム未収録の曲をシングル盤できちんとコンプリートしている人がいる。そういう層が一定数いるからだろう、「シングルB面コレクション」などという企画物もあるほどだ。しかし、こういう希少なものは出回らないのにはそれ相応の理由があって、はっきりいうと駄作なのである。

今回、川原達二の昔のマンガ作品を2回にわけてご紹介したが、勿論、選に漏れたものもある。「つまらない」からである。しかし、ファン心理というのは完全コンプリートしたいというオタク心を熟知した作者ゆえ、あえて今回はそれらの駄作を集めてみました。題して「B面に恋をして」。言っときますが、そういう趣旨なのでつまらないですよ。掘り出し物があるといいですね。

 

まずは、これは年代不明のイラストです。僕の未来の彼女が朝食を作ってくれてるのですが、フライパンから目玉焼きを落としてしまう決定的瞬間です。彼女はお料理が苦手なのかな?タイトルは、「だってカエルが見てたんだもん」。

これは角川の森村誠一の「証明」3部作に感化されて、当時のマドンナ「マリちゃん」との友情を描いています。最後のコマでマリちゃんが石野真子の「わたしの首領」の決めポーズをしてるところに川原の本気度が伺えます。

前回まで同様、「川」の字の書き順の様に、左上から下へ、そして真ん中上から下、最後は右上から下で「完」という独特な読み方をして下さい。

僕のマンガは女子へのラブレター=プレゼントなのですが、これが現存するということは受け取ってもらえなかったということなのです。マリちゃんは原宿の「東郷会館」という女子寮に住んでいました。続きます。マリちゃんの好きな男のタイプが「たよりがいのある、たのもしい人」と聞きつけて描きました。

伊賀さんというのは高校時代の先輩でした。先輩が同級生というのは気を遣うもので、こんなマンガで距離を測ってみました。

化学の実験で試験管を洗うのが面倒くさくて、その嫌さをマンガに昇華しました。

これは「巨人の星」の飛雄馬と左門の対決をモチーフにした、マリちゃんの応援が兄弟愛に勝つという求愛行動です。これも拒否されてますね。

前にご紹介した「岡野の青春」の予告編です。桜井さんの本名は「さくらいまり」と言いました。

これは石川ひとみの「まちぶせ」をタイトルにしたかっただけで何のひねりもない駄作ですね。

これもマリちゃん主役。ことごとく返されてますね(笑)

これは一人暮らしに憧れてた頃の夢想です。

これは実話かなぁ?妄想かなぁ?こんなうまい話しありっこないから妄想でしょう。「いけない子供」というタイトルは、吉田拓郎が自分のバックバンドでもあった「猫」というバンドに書いてあげた曲の名前です。「猫」には「地下鉄にのって」や「雪」などの代表曲がありますが、「いけない子供」はまさにマニアックな曲で今回の趣旨にピッタリです。

文化祭で喫茶店をやることになり、その「ケーキセット」のチケットの販促目的で作成しました。

これは長年、僕のマンガのファンだった人からも「面白くない」と酷評を受けたトラウマのような作品です。単なるダジャレだけでは通用しないって訳です。

前回のショックからペンネームを「カクマ・モナリーザ」に変更しました。当時はマルイで月賦でデザイナーズブランドの流行の服を着る時代だったから、そんな風潮に反対して主張してみました。早川義夫の「かっこいいことはなんてカッコ悪いんだろう」と蛭子能収の「私はバカになりたい」を足して2で割ったタイトルです。

アイスホッケー部のトモエ君を怒らしてしまったのでマンガを描いてご機嫌をとろうとした川原の外交の手腕が垣間見える作品です。未完。そして「カクマ・モナリーザ」としても最後の作品になりました。「飛び出せ青春」の最終回をパクった作品になるはずでした。歴史的にはこの後、「JAT(ジェイミー・アデノイド・タツジ)」になる訳です。

BGM, ナイアガラトライアングル「A面で恋をして」


川原達二の青の時代

21/Ⅴ.(土)2022 くもり少し雨 久しぶりに「エネルギー療法」の予約をとった。

今回は前回の続き。学生時代に描いてたマンガが発掘されたので、内輪で好評なのでみなさんにも見せびらかしましょう。

 

ミックジャガーからの賛辞の言葉から。ローリングストーンズはレノン&マッカートニーに曲を書いてもらった時の回想で、ミックは「20分くらいで二人が部屋から出てきたからギターを取りに来たのかと思ったら、もう出来たよ、と渡された」というエピソードを語っていた。良い作品とは長く時間をかけりゃ良いってもんでもないという話。ちなみにその曲は「彼氏になりたい」。それのオマージュとして、ミックジャガーに成りすましてみました。

まずは、記念すべき第1作。つげ義春の「下宿の頃」というタイトルを真似したくて、「浪人の頃」というマンガを描きました。内容的にはまったく影響されておらず、ほぼリアルな浪人生活を描いています。紙の上部に書いてある煽り文句の「マンガか?芸術か?」はつげ義春が「ねじ式」を発表した時の世間の声です。それを自分自身に向かって問いかけている訳でお恥ずかしい限りですが、「がんばれ!自分」というほとばしる若さゆえです。

前回も言いましたが、この漫画は、「川」の字の書き順の様に、左上から下へ、そして真ん中上から下、最後は右上から下で「完」という独特な読み方です。

吉田拓郎はアマチュア時代、好きな子が出来ると必ず歌をプレゼントしていたといいます。だから僕もクラスの人気者の桜井さんにマンガを描いてあげました。桜井さんのバインダーの柄が「かぶと虫」の絵に「enjoy your life」とデザインされてたのをみて、ピーターパンのイメージで作りました。しかし、プレゼントしたはずの絵が、現存するというのはどういう意味かわかりますか?突き返されたんスよ。

これは美容院に行ってマッシュルームカットにしたら失敗して、「ギリシャの鉄兜、みたい」とバカにされたのをマンガに昇華した作品です。「明日はホームランだ~」は当時の吉野家牛丼のCMのキャッチコピーです。

クラスメートがメンタルに参ってて「睡眠薬を飲んでる」と聞いて、人間の心の闇にメスを入れました。ラストシーンは意味深で、この男が優雅なのか、入水自殺なのかと論争が起きましたが、それも作者の思うつぼでした。

授業中にボーっとしてた時に、なんとなく頭に浮かんできたことをマンガにしてみました。「傷だらけの~」という言葉を使いたかっただけだと思います。

「マリちゃん」の相談を「リカちゃん」という先輩に相談したら大笑いされたので頭に来て、猟奇殺人事件を企ててみました。みんなが「引いてた」ので手応えを感じ「ガロ」に投稿しようと表紙だけ描いて挫折しました。

「マリちゃんとリカちゃん」の続編に「~ちゃんと~ちゃん」というタイトルをつけたくて作りました。小学校の時代にバス通学してた思い出を描きました。ラストシーンは、つげ義春の「長八の宿」のパクリです。

つげ義春の「古本と少女」や「もっきり屋の少女」に影響され、「~と少女」という作品を作りたかったのです。内容は実話です。「脇フェチ」っぽいですが、野球部の先輩は何人か「これは良い作品だ」と誉めてくれました。そう言えば、1982年、世は「ロリコン・ブーム」でした。

この頃からマンガに飽き始めてます。そして無意識的に主人公(自分)を医者に仕立て上げようとしています。太宰治のタイトルをかりて、「名医・メロス川原」が「先生」を助けるために駆け付けるが、間に合うか?というスリルを表現したかった野心作です。「先生」の病気は不治の病「不安神経症がん」としてますが、こんな病気はありません。つげ義春が「不安神経症」だったことと、それじゃ死にそうもないので「癌」をくっつけて作った造語です。作品は未完です。

1982年最後の作品で、ペンネームも変えて、この後、プロレスマンガ路線に走るので事実上、引退作品です。当時は伊藤つかさが人気で「アイコ16才」というテレビドラマに出て入浴シーンがあったことに感動してマンガに仕上げました。伊藤つかさはジェームス・ディーンのファンで、「理由なき反抗」の中でジェームス・ディーンが「俺の名はジミー。親しい人には、ジェィミーって呼ばせるのさ」というフレーズを思い出して、僕は子供の頃、扁桃腺が弱かったことから、「ジェイミー・アデノイド・タツジ」という新しいペンネームにし、「JAT」と略して浸透させようと企みました。「YMO」的な感じです。心機一転、青いインクを使っていますが、残念ながら「青の時代」に作品はこれ一つのみに終わりました。

SUMMER COME BACK TO ME、は所ジョージの「TOKYOナイト&デイ」のB面で、「下落合焼鳥ムービー」の主題歌になっていました。タイトルだけ借りました。

最近は脳内マンガ「川谷達平」というのを「連載」しています。脳内マンガとは紙におこさず、頭の中で妄想し続ける遊びで、主人公の「川谷達平」は野球選手。「大谷翔平」と「川原達二」の合いの子です。投げれば160km、打てば大ホームランで日本では収まりきらずメジャーに行きますがそこでも「二刀流」として大活躍。…って話なのですが、現実の「大谷翔平」が凄すぎて、脳内マンガが追いつきません。とりあえず、今週の「川谷達平」はロシアに渡り、プーチンを説得し戦争をやめさせノーベル平和賞をもらう手筈です。

BGM. 下落合焼とりムービー 予告篇


1982年の川原達二

20/Ⅴ.(金)2022 はれ 行きつけの蕎麦屋の人手不足深刻化。

学生時代に描いてたマンガを発掘。MMが、「面白いから画像を送れ」と誉めるから調子に乗って記事にする。

この漫画は、「川」の字の書き順の様に、左上から下へ、そして真ん中上から下、最後は右上から下で「完」という独特な読み方です。大学ノートに描いてたせいでしょう。

まずは、自己愛的な男を描きました。女子はギリシャ神話の「ダフネ」をイメージ。ダフネは、アポロンから求愛され嫌すぎて月桂樹になっちゃった女神。

 

僕は「天才」ゆえ、凡人から浮いていたが、意外にも「凡人」も良い奴だった、という天才の誤算を描きました。魔法使いサリーちゃんの最終回のように、唐突に友人に自分の正体を明かすところが面白味です。大学時代の実話。

同級生の青春時代を勝手に妄想しました。つげ義春の「義男の青春」というタイトルをどうしても真似したかっただけのモチベーションで書き上げた「未完成」の作品です。当時、10時8分のバスを逃すと次は10時40分でした。

jazz喫茶でセロニアス・モンクの「プラターズの、煙が目にしみる」をアレンジした曲を聴いた時に即興でひらめいたプロットを後に漫画化しました。フラれた彼女との再会の場面を描いた、ちょっとロマンテイックな川原らしい代表作です。

BGM. RCサクセション「こんなんなっちゃった」


心の護美箱(55)~恥と罪の意識の変化

23/Ⅳ.(土)2022 はれ マイク・タイソン、嫌がらせを続ける男をボコボコに。鉄拳制裁に擁護の声も。ウィル・スミスとの差は何だ?

日本は恥の文化だという。日本人の多くは「神」と契約してないので、「悪いことをしたら罰があたる」という罪悪感がブレーキになりづらい。それよりも村社会だから「近所の目」が気になり「そんなことしたら恥ずかしいぞ」という空気や同調圧力がブレーキとして機能することは「コロナ禍」で思い知らされた。

しかし、年代によって「恥」の概念は違い、突飛な格好や、立ち食いや、電車の中で化粧するなどは「恥」ではない若者が多く、逆に「ボッチである」とか「人と違う意見を言う」かと思うと「普通である」ことが恥ずかしいと思う人も多い。これは恥の意識がなくなったのではなく、恥の文化は続いているが、貞操観念の世代間格差だと思う。

心の護美箱(54がいっぱいになったので、(55)を作りました。心の護美箱がなんだかわからない人はバックナンバーを見て下さい。ま、簡単にいうと愚痴を書き込めるページです。「非公開」希望の人はそう書いてくれば内容はアップしません。

ここは誰にも言えない「秘密」を書いても大丈夫な場所ですが、「秘密」を話すのは恥ずかしいことですね。そこで言い出しっぺの僕がお手本というか「恥ずかしい秘密」をお話しましょう。これは中2の時の話ですが、なんと!これまで誰にも話したことがない蔵出しのエピソードです。

僕は中高一貫の男子校でブラバンにいました。僕はホルンを吹いていて、親友のY君はクラリネットを吹いてました。金管楽器と木管楽器は練習が別だったりしますが僕らは仲良くて気が合って笑いのツボも似てるし、休み時間にはゴムボールで野球をしたりして、僕は吹奏楽よりY君と遊ぶのが楽しくて部活に行ってました。そんな僕らはある日ほんの些細なことからボタンの掛け違いがあって絶交しました。僕はそのせいで部活にも行かなくなりブラバンも辞めてしまいました。

原因は、Y君が休み時間に本を読んでいて、他の誰かとその文庫本の話をしてたから、僕は彼が一人になった時に近づいて、「何、読んでるの?」と聞きました。するとY君は本を後ろ手に隠して「何でもないよ」と笑いました。さっきまで他の子と楽しそうに話してたのを僕はみてました。だから「何?」としつこく聞きました。Y君は苦笑いしながら「何でもない」と言って本のタイトルを教えてくれません。それで僕はカッとなって頭に来て「教えてくれないなら絶交だぞ!」と言ってパンチを浴びせました。Y君は悲しそうな顔をしましたが、僕はきっと怒りという名の嫉妬で狂ってたのだと思います。二人とも中2だし、仲裁に入る人もいなかったからそのまま冷戦が続き、何かのはずみに僕は彼にすごく意地悪をしたのが決定打で彼を泣かせてしまい、僕は自己嫌悪から部活を辞めて、彼とは毎日、学校であっても目を合わせず、お互い、別の友人が出来たから、結局、2度と話すことはありませんでした。

でも僕は時々Y君のことを気にしていて、高校の卒業式の時に、勇気を出してY君に話しかけました。4年ぶりです。「昔はごめんな。意地悪して」と僕が言うと彼は「うん」と言いました。…覚えてるんですね。「本読んでて、俺が名前聞いたの覚えてる?」と言ったら「覚えてる」と言いました。そうか、Y君も気にしてたのか。僕はそのタイトルを教えてくれなかったのが悔しくって意地悪してたんだ、ごめんね、と謝りました。Y君は硬い顔をしてました。僕は重ねるようにして、「あの時、読んでた本、って何なの?今なら教えてくれる?」と聞きました。すると、Y君ははじめて笑って笑いながら「星新一の『ボッコちゃん』だよ」と言いました。僕は、「え~、俺がずっと怒ったりジェラシーを感じてた原因は、ボッコちゃん、だったの~?」と膝から崩れ落ちると、Y君の笑顔は昔のような笑顔に戻っていました。そりゃ、「ボッコちゃん」は言いたくはないわな。でも俺だって、そんなことで意地悪してたなんて誰にも言えませんでしたよ。今回が初告白です。

BGM. 南野陽子「恥ずかしすぎて」


心の護美箱(54)~戦争への介入

2/Ⅳ.(土)2022 はれ 人類最強・ヒョードルがロシアMMA連合会長を電撃辞任、現在のウクライナ侵攻と関係か?

先日、「東急線沿線、4大頭脳集結。首脳会談、THE サミット」が行われた。東急線沿線でメンタルヘルスに関わる仕事をしている自称・4大頭脳、が、マンボー明けに一堂に介して、「世界を憂おう」という自己愛的な傷口を舐めあう寄り合い集会だが、実際には、「ある機関」の内政に僕が関与して「ご意見をたれる」という裏テーマも自覚していた。そんな「サミット」の前に僕は啓示的な夢をみたのです。

僕のもとに少年があらわれ「絵本を作ったからみてくれ」という。手書きの表紙には子供の字で「ぼくのせいしんしっかんがなおったら、ウルトラセブンはちきゅうにきてくれますか?かみさま、ちきゆうがたいへんです」と書かれていました。「僕の精神疾患が治ったら、ウルトラセブンは地球に来てくれますか?神様、地球が大変です」、という意味です。どういう暗示でしょう?ヒントの「ウルトラセブン」から連想するものは?

 

心の護美箱(53がいっぱいになったので、(54)を作りました。心の護美箱がなんだかわからない人はバックナンバーを見て下さい。ま、簡単にいうと愚痴を書き込めるページです。「非公開」希望の人はそう書いてくれば内容はアップしません。

 

「ノンマルトの使者」という回がありました。地球人は科学の進歩で海底に進出していきます。すると怪獣が現れて海底開発隊を攻撃します。そこで地球防衛軍が出動して怪獣をやっつける用意をします。そこに少年がやってきます。彼こそが「ノンマルトの使者」なのです。少年は「元々、人間が来るずっと前からノンマルトは海底で静かに暮らしていた。そこに侵略して来たのが人間だ」と抗議します。ウルトラセブンは地球防衛軍に所属してますから、地球の平和のために戦う使命があります。しかしその時ウルトラセブンの心に何かがよぎります。

「これは地球という星の海底に住む先住民・ノンマルトと人間の、地球という惑星の領土問題じゃん。俺はM78星雲だし、関係ねぇし。何やってんだ?俺?巻き込まれてねぇ?」と苦悩しながら葛藤しながら怪獣ガイロスと戦うウルトラセブン。この回は背景に「ベトナム戦争」がありました。当時は大人たちが真剣に子供たちに時事問題をぶつけていたのです。僕は子供ながらにウルトラセブンの葛藤を理解しました。

その数日後、茅ケ崎の電気屋にキャンペーンでウルトラセブンが来るという。僕は親に連れて行かれますが、「ウルトラセブンの葛藤」を知っているのは残念ながら僕だけでした。大人たちはいい気なもんで記念写真を撮ってくれます。下の写真がそれです。幼稚園児の僕は、ウルトラセブンに何と声をかけていいのかわからず、ソッポを向くことしか出来ませんでした。↓。

そんな訳で、僕は「サミット」に参加するにあたり、「内政干渉」はよそう。ただ中立性を保つためひたすら呑もう、と考えたのです。それが「ノンマルトの使者」への50年後の僕からの回答だと思ったのです。

 

しかし、酒とは恐ろしいもので、僕は途中からさっぱり記憶がなく、泥酔したらしく、後で聞いた話では「ある機関」の1番エライ人に、店の外で「死ね~!」と叫びながら飛び蹴りをくらわしたそうです。あ~ぁ、結局、俺もウルトラセブンと同じじゃないか。

BGM. 世良公則&ツイスト「SOPPO」


心の護美箱(52)~カケラを集めて

10/Ⅲ.(木)2022 はれ 小林麻耶(42)、整体師の夫(「あきら。」38)と離婚を発表。

最近は困ったことに毎日同じ夢をみます。夢の中の僕は医学部を出たばかりの研修医。「卒業旅行」にみんなは行ったというが僕は誰にも誘われてません。毎日のお昼も誰かを誘って食堂に行こうとするのですが、時々付き合ってもらうけど、愛想がないというか、のけ者にされてる感じがしてヒシヒシと孤独です。カリキュラムもわからず「何をしていいのかがわからない」のではなく「何がわからないのかがわからない」のです。これはとても不安な悪夢で、夢の途中で「あれ?俺って、クリニックやってなかった?じゃ、これって夢じゃん」と思って目覚めるのです。こんな夢を毎日みてます。まるで並行世界を行き来しているようです。僕は自意識では人気者でグループの中心だった自尊心があるのに、夢は妙にリアルで、もしかして僕は本当はそっち側の人間なのか?と恐ろしくなります。なぜなら僕には夢の舞台である「卒業の頃」や「研修医の頃」の記憶が全然ないのです。当時の話になってその頃の流行歌やドラマや芸能人をまったく知らなくて驚かれるのですが、「それは勉強や仕事しかしてなかったから」だと思ってましたが、よくよく考えたら覚えてないのは「浮世のはやりすたり」ばかりでなく「自分史」も覚えてないのです。

時々、ある時期の記憶がすっぽり抜けてる子がいます。たとえば、小学校3年生の時の記憶が全然ない、など。それは苦痛を伴う記憶を意識にとどめておくと心の負担が大きいから、とりあえず意識の下に押し込めておいた方がよいと判断した自分を守る最終手段みたいな自衛です。「解離」という現象で「抑圧」とか「否認」とか「隔離」という「防衛機制」を駆使しています。「とりあえず全部なし!」みたいに。不自由はしますが、「総合的に評価」すると覚えてないメリットが勝るのです。こういう体験が有る人は「よく生き延びたな、頑張ったな、自分」と自分で自分を誉めてあげて下さい。「症状」というより「苦痛に対する対処」だった訳ですから。戦争中の国の子も大変でしょうが、「平和」な国で生きるのも同じくらい大変なことです。そういう訳で僕にも何か覚えてちゃ不都合な事態があったんですかね?もっとも、僕の場合は長く生きてるから記憶のメモリーがキャパオーバーして「忘却」という名の「老化現象」を起こしているだけなのかもしれないですが(苦笑)。

 

心の護美箱(51がいっぱいになったので、(52)を作りました。心の護美箱がなんだかわからない人はバックナンバーを見て下さい。ま、簡単にいうと愚痴を書き込めるページです。「非公開」希望の人はそう書いてくれば内容はアップしません。

 

僕が生まれてすぐに母が病気で入院したためどこかに預けられてたことがあるそうですが記憶にはなく、あまりそのことを詳しく聞かされたこともないです。みんなにとって良い思い出ではなかったのでしょう。共同作業として「なかったこと」にしてました。でも人生って油断ならないですよ。もうすぐ60ですよ、それなのに今頃になって、断片的な「嫌な」「痛い」思いを思い出したりするようになりました。「もういいじゃん」って思わないですか?許してくれないのですね、人生は。

その時の僕は白い足袋を履かされて縄のようなもので足首あたりが縛られてる視界の残像があります。僕らの世代で子供が足袋を履くなんてことはないからおかしな記憶の錯誤です。妙に生々しいのが不思議ですからひょっとしたら「前世の記憶」かもしれませんね。話がスピリチュアルになって来たからもうやめます。

お便りお待ちしております。

BGM. 吉田拓郎「襟裳岬」


主人公

8/Ⅲ.(火)2022 寒い ゼレンスキー氏「キエフにとどまる」

さだまさしの功罪について考えてみた。グレープの時代は別にしても、ソロになってからのさだまさしの人気はすごかった。「雨やどり」は爆発的に売れたし面白かったし。立川流の談春も、談志が死んでからさだのファンを公言するようになり、松本人志もさだまさしは自分の師匠だと発言しててビックリした。でも我々の世代で影響を受けなかった人はいないと思う。僕も「風見鶏」と「私花集(アンソロジー)」という2つのLPを持っていた。僕は山口百恵のファンだったから「さだが『秋桜(コスモス)』の作者だからLPを持ってるんだ」という言い訳も用意した。当時はまだたけしが世に出ておらず、タモリの影響力が大きく、深夜ラジオでタモリが「名古屋ダサい」と「さだまさし軟弱」とバカにしてたから男子としてはさだを聞くなんて軟弱だと思われそうで恥ずかしかった。もし急に女子が家に来て、「エロ本」か「さだのLP」のどちらか一つしか隠す時間がなければ迷わずさだを隠していたと思う。しかし時は魔術師だ。談春が大みそかのさだのコンサートで落語をやり、松ちゃんがワイドナショーで堂々とそんなカミングアウトをする。そしてそれがどれほど大事なことかを知ってる人も少なくなった。

僕の中高時代は、どんなにませてても「生きる意味は?」なんて考えてる子は周りにいなかった。それほど自分の価値にうぬぼれていなくて、言葉にこそしなかったが、「生まれたから死ぬまで生きてよう」くらいに生きていた。自分の人生にそんなに期待してなかった。アントニオ猪木が好きなのも長嶋や王を応援するのも「自分には出来ないこと」をやってるからで、「彼らと同じ時代に生まれて良かった」「同じ空気を吸えて幸せ者だ」と思っていた。

それがいつからだろう。ヒーローがインフレを起こしたのか、「自分の人生」を考えるようになった。僕はそれはSMAPの「世界に一つだけの花」のヒットによるもので、「ナンバーワンでなくてもいい、元々特別なオンリーワン」の呪縛だと思ったりもした。しかし、SMAPも一夜にしてならず。これがどんなに名曲だろうとなんの滑走路もなくいきなり飛び立てるはずがない。何か「プレ・SMAP」的な自己啓発的な力があったに違いない。それは何かをずっと考えていた。主に自分の小学生、中学、高校とその時代の背景にある文化を洗い直してみた。そこで浮かび上がったのが、さだまさし、であった。

さっきも言ったが僕は2枚さだを持っているが、さだまさしの「私花集」のB面のラストに「主人公」という歌がある。これはファンの中での人気投票では必ず1位になる~あなたはあなたの人生の主人公だ、というメッセージの歌である。これまで日本人で日本人に向かってこんなことを言った人を僕は知らない。北山修も吉田拓郎も岡林もユーミンも誰も言ってこない角度からの直撃弾だ。

 

こないだこんな夢を見た。僕は空を飛んでいて、きっと僕は花粉かおしべで風に乗り森の中を川の上を自由に飛び回る。人間のいない世界だ。僕の役割はめしべ的なものをみつけて、遺伝子情報を伝えるべく受粉することだ。僕は次の何かにバトンを渡す役割の象徴化だった。

僕は結構長いこと生きてきて、僕のアイデンティティーの核にあるのは、「僕は母に愛されていた」という体験だった。それはきょうだい葛藤の勝者という意味でもあった。それが近頃、何か忘れていた記憶が蘇って、夢などに出てくる。それらはかけらみたいなものなのだが、パズルのように合わせてみると、なんと「母は僕より兄を愛していた」という数々の場面だ。ずっと封印していた光景だった。僕はもうすぐ60才になるが、還暦というのは人生が一回りして再スタートらしいが、まさかの「たっちゃん愛され神話」の崩壊である。僕は僕の人生の主人公から転げ落ちた。さて、そうなると僕の存在意義とは何なのだろう?兄や親や妻や友人の人生に必要な「モブキャラ」だったのか。それともさっきの夢が暗示するように僕は次の世代に何かを伝える「送りバント」のような役割なのか。

西洋の小説で主人公の祖父はそこそこ名声があったが大酒のみで~などという配役があり、その祖父の残したトラブルの種や未解決の葛藤が世代間伝達され数世代先の主人公たちにちょっとしたスパイスを与えるなんて描写がよくあるが、僕の生きてる意味は子供やその子供たちという主人公の人生を彩る舞台装置の一つなのでは?という新しい落としどころも見つけられるようになった。さだまさしに出会う以前の自分に戻ったようだ。幼い僕の面影たちが優しい笑顔で「お帰り」という。さよなら、主人公。

BGM. さだまさし「主人公」