冬着の定番

16/ⅩⅡ.(木)2010 今日も寒い、北海道ではマイナス20何℃だと
お昼は、森国さんと中華料理屋へ行きジャジャン麺キュウリ抜きを食べる。
森国さんと会うのは、今年最後。また来年、チャオ。
しかし、寒い毎日だ。
僕は12月は、毎年、このジャンバー(↓)を着て街へ繰り出すことにしている。

これは、ジョン・レノンが1980年12月8日に射殺される数日前に、取材をうけた際に着ていたジャンバーのレプリカ。                      両袖に般若心経の刺繍が施されている。
BGM. ジョン・レノン「アイム・ステッピング・アウト」


うどん人生

15/ⅩⅡ.(水)2010 お寒い季節 
お昼は、うどんを食べようと徳田さんとそば屋へ行く。
うどんと言っておきながら、メニューを見たら、「にしんそば」と「ねぎトロ膳」のどちらにしようかで悩まされる。                                               注文聞きがやって来てもギリギリまで迷い、まさかの、直前に目に入った「カレーキャベツうどん」を注文した。                                               咄嗟の進路変更である。
そうしたら、この「キャベツカレーうどん」が大層おいしかった。人生って、そういうものだな、と思ったお話。
BGM. タモリ「ソバヤ」


投稿

14/ⅩⅡ.(火)2010 寒い冬
先日、投稿した文が載った雑誌が送られてきた。
投稿と言えば、大人になってからでは、MXTVの「談志・陳平の言いたい放だい」で葉書を1度、読まれたことがある。
さかのぼって、小学生の頃、ニッポン放送の「欽ドン」(テレビでやる前はラジオ番組だった)の「ああ勘違い」というコーナーに                                      渾身のギャグを投稿したのだが、待てど暮らせど一向に読まれないから、ひょっとして郵便配達人が読んで面白かったから、届けないで自分ちに持って帰ってしまったんじゃないか?、と疑うほどの自信家だった。
BGM. マーヴェレッツ「プリーズ・ミスター・ポストマン」


雨カエル

13/ⅩⅡ.(月)2010 月曜の雨
今日は、町田の都立高の校医。
駅からうんと離れた山の上の学校だが、「北高みたいだ」と思うと、長い道のりも楽しく想えてくるから不思議だ。
校医は15時からなので、新百合ヶ丘で少し時間をつぶす。新ユリのOPAはすぐれもので、ヴィレッジ・ヴァンガードやアニメイトが入ってるのだ。ヴィレッジ・ヴァンガードで、懐かしのケロ・リングを買う。↓。

今日は雨。雪になるかもしれない。この時期に雪なんて言うと、「涼宮ハルヒの消失」のクライマックス・シーンを想い出すなぁ。
長門が、世界を改変したのは、12月18日。今週の土曜日だ。
BGM. ピーター・ポール&マリー「悲しみのジェット・プレーン」


私立探偵

12/ⅩⅡ.(日)2010 二日酔いで1日、棒に振る
今週のある日のこと。
目まぐるしい外来の中で、僕はアップアップになり、「なんだか、お腹痛くなっちゃったよ」と弱音を吐いたら、受付の岡田さんが「エッ!?お腹、空いたの?」と聞き返した。その言い方が、保母さんが園児に話しかけるみたいな口ぶりで何だかおかしくなって、お腹痛いのふっ飛びました。
受付の2人は、やさしい子たちで、僕が診療後、残って作業をしていると、「お腹、空きませんか?」と、おやつをくれる。
これは、ある日、岡田さんがくれた、キットカット・ずんだ風味。↓。


これは、別の日、吉田さんがくれた、チョコクッキー。↓。


おやつ、と言えば、先日、クリニックのスタッフ用冷蔵庫からコーヒーゼリーがなくなったそうだ。                                                          受付の2人は、私立探偵のように、「犯人は、きっと(川原)先生だよ!」と決めつけていた。
断じて、ちがいます!。俺、コーヒー嫌いだし。ゼリーは、まぁまぁ好きだけど…。
BGM. 野口五郎「甘い生活」


弟と妹

11/ⅩⅡ.(土)2010 今日はK-1GPだ!
夜通し、K-1ワールドGPを、8チャンの地上波とスカパーのペーパービューの両方を見比べて、愉しむ。
アリスター・オーフレイムが優勝した。アリスターは、前田日明のRINGSにグリーン・ボーイの頃に出てたからなじみがある。                                        当時は、「ヴァレンタイン・オーフレイムの弟」という位置づけだったのだから、まったくもって出世したものだ。
オーフレイムは兄弟だが、こっちは兄妹、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」のコミック3巻が発売された。                                                        
下は、予約特典の「新垣あやせ」フィギュア。↓。

第2子のがんばりが目立つ、2010年も師走だ。
BGM. 弘田三枝子「子供じゃないの」


自然に生きてるってわかるなんて何んて不自然なんだろう

10/ⅩⅡ.(金) 昼は、ステラ
昨日、ランニングをしたら足の裏が痛くなったと南波先生に相談してみる。「ちゃんとカカトからついています?」と聞かれた。                                          あっ、そう言えば、地面を踏みつけるみたいに走ってた。靴下の問題じゃなかったみたい、ゴメンな、靴下。
しかし、カカトから地面につけて走る、って普通にやれば出来るんだろうけど、意識すると難しそうだ。                                                      右手と左足を、左手と右足を、交互に出してなんて考えるとロボットみたいな歩き方になってしまうように。                                                      息を吸って、息を吐いてなんて意識すると過呼吸みたいになってしまうみたいに。
自然にやってることを意識しすぎると、うまく行かないことが多い。上の長ったらしい表題は、たくろうの「イメージの詩」の一節。
BGM. 堺正章「気らくに生きよう」


長距離走者の孤独

9/ⅩⅡ.(木)2010 早く終わる!
こんな日もあるものだ。8時台に終わった。嬉しくて動転したでもあるまいに、家に帰ってからランニングに行く。
僕がランニングの時に着用するサウナスーツは、内藤vs亀田の世界タイトル・マッチを観に行った会場で、                                                 普段、内藤が使用してるのと同じものを売っていて、勢いで購入したもの。
下は、その日に会場で売ってた「かつサンド」のパッケージ。↓。

かつサンドの他に、ポテトフライ、玉子焼き、ウインナーが入っていた。多分、ポテトフライは‘フライ’級だから、                                                     玉子は‘黄金のベルト’、ウインナーは‘winner=勝者’のダジャレじゃないかしら?。
久しぶりに走ったら、足の裏が痛い。もっと、厚い靴下を履いた方がいいのかな?明日、南波先生に聞いてみよう。
BGM. 自切俳人とヒューマン・ズー「孤独のマラソン・ランナー」


ジョン・レノンに捧ぐ

8/ⅩⅡ.(水)2010 ジョンの命日
前にも言ったかもしれないけど、僕がジョン・レノンの歌で一番衝撃を受けたのが、「ジェラス・ガイ」。                                                    男にとってもっとも恥ずべき事は「ねたみ」や「そねみ」だと思っていた若い僕にとって、「僕はよっぽど嫉妬深い男なんだ」、と                                    あのジョン・レノンに告白されて、「そんなのもアリ~?」ってカルチャー・ショックだった。
ジョンが死んだとき僕は高校生で、色んなミュージシャンが追悼メッセージを発信していたが、中でも一番印象的だったのが、ロキシー・ミュージックの「ジェラス・ガイ」。
ロキシー・ミュージックは、サディスティック・ミカ・バンドが彼らの全英ツアーの前座をつとめたことからも親しみのあるバンドだ。ブライアン・フェリーのヴォーカルが切なくてよいです。下は、当時買ったシングル盤。↓。「ジョン・レノンに捧ぐ」と書いてある。

僕がジョン・レノンのエピソードで好きなのは、オカミ君から聞いた話で、ジョンとヨーコがドライブをしていると道に迷ってしまう。すると、二人は、「次に会った人に(道を)アイルランド訛りで聞いてみよう」「次は、○×訛りで聞いてみよう」と、アクシデントも楽しんでしまうという話だった。ドライブで道に迷う、というのが、人生で困難に出くわす、ということの比喩のような気がして、                                                 僕もジョンとヨーコのように、困った時も一緒に笑いながら歩いてゆける相手と結婚したいな、と思った。
ジョンは、活動を休止してる時、「ハウス・ハズバンド」として「主夫」をしていたことも知っていた。                                                        だから、僕も2人目の子供が出来た時、所属していた大学病院の精神科教室の主任教授に「育児休暇を欲しい」と申し出た。 
丁度、乳幼児精神医学というブームの頃で、「父親も積極的に子育てに参加すべきで、その手本をまず精神科が示すべきだ」と力説し、結局、4週間の育児休暇を手に入れた。うちの大学病院で父親が堂々と育児休暇をとったのは僕が最初だと思う。              その間、僕は毎日、2歳の娘と遊んで暮らした。
1993年、今から17年前の話で、育児休暇を許可してくれた僕の教室の主任教授は進歩的な人だったんだなと改めて想う。
BGM. 加藤和彦「家をつくるなら」


血塗られた火曜日

7/ⅩⅡ.(火)2010 あたたかい
第1火曜日は、徳田さんが不在の週。詳しくは知らないのだが(ちゃんと説明をうけてるのだが覚えていない、ということ)、                                           うちのクリニックに来る前からやっている仕事を続けたい、とのことだった。こんな世知辛い世の中で、義理・人情を大切にする徳田さんの人間性に免じての、変則火曜日です。火曜日カウンセリングの人、すみませんがよろしく。
彼女のいない火曜日はお昼なのに放課後みたい。さびしさを紛らわすために、ランチは1人でイタ~リアンに行ってみる。                                          しかし、食べなれない物を食べたせいか体がビックリして鼻血が出てしまった。子供かっ。お店の人も、たいそう心配した。
鼻血と言えば、昔、野沢直子が「はなぢ」というアルバムを出した頃、「冗談画報」という番組でライブをやったその中で、                                                ♪13日の金曜日に~市原悦子がやってくる~♪という歌を歌い、市原悦子のお面をつけた割ぽう着姿のバックダンサーが                                             ウジャウジャ出てきて、気色悪かった。野沢直子、元気かな?
BGM. DUO「放課後」