こんにちは、とくだです。
久々の相談室だより、今回は、心理療法を始めてから起きてくることについて少し書いてみたいと思います。
心理療法を始める、それは勇気がいるし、お金もかかるし、時間もかかる。始める前のハードルを越えて、いざ始める、その一歩はとても大きいと思う。
その一歩を踏み出して、特殊な設定の、この心理療法という関係性の中を歩きだしたとして、進んでみると、これは個人差も結構あるのだけれど、一般的には遅かれ早かれ不安が出て来る。
誰しもある程度の年数を生きてきたら、心に傷を抱えることがあるだろう。その形も程度も、人それぞれある。問題になるのは心理学的には、例えていうなら、心を守る膜のようなものがあるとして、その心を守る膜は、自分の想像を超えた傷を受けると、やぶれてしまうこともある。そして、一旦傷はまた膜で覆われるのだが、その傷が旨く手当されていないと、その部分の膜が他の部分よりも弱く、もう傷を受けたくない、これ以上傷つきたくない、そう思っているはずなのに、同じような『つらいパターン』を繰り返してしまうことがある。傷が再びできてしまうかのような。
それはその人が「やりたくてやっている」訳ではなくて、なんとかその『つらいパターン』を変えようと、整理し直そうとしているしているのかもしれない。
心理療法では、ある程度進んで行くと、その人にとっての『つらいパターン』が心理療法という安全な場にも起ちあがってくることがある。カウンセラーとの関係性の中で、しんどかったかつてのやりとりの感じが再び起きているように感じられた理、信じたいのに信じられない、助けを借りたいのに逆に拒絶してしまう、そういう矛盾した反応が出て来る(これを『反復強迫』といい『再演』という)。
そういう時、心理療法をもうやめたくなったり、頻度を落として距離を取る(それは気づかずそうしていることも多々ある)等、中断の危機に近いことは起こりうる(そういうサインをみることができる設定がカウンセリングの設定(頻度など)なのでちょっと特殊な設定になっているし重要なポイントだったりする)。
でも、そこで一旦立ち止まってみてほしい。そういう時は、もしかすると『つらいパターン』の『再演』なのではないか、と捉えてみることで検討の余地があるかもしれない。それをカウンセラーと一緒に検討できると、それもまた、大きな一歩、なのだと思う。そうは言っても、もう無理だ、となっている場合には無理は禁物だったりするので、そのあたりの見極めは、慎重にした方が良いとは思うのだが。
そして、心の中が整理されて来ると、自分自身のパターンが少し変化してきて、外の現実の対応の仕方も少し変わってくる。そうすると、外の現実の反応も変わって来ることがあり、それが自分の中でも新たな体験となって再統合されていくと、『つらいパターン』が少し薄らいでくるかもしれない。
心の中の時間は、カオスのようなところがあって、あの時のまま、で止まっていることも大いにあるので、もし、かつてのカウンセリングでそういう場面があったな、と思う場合、今から再検討することも可能かもしれない。勇気がいること、ではあるが、その一歩を踏み出している時は、もうすでに一つ通過して進んでいる時なのかなと思う。

また何か思うことが出て来たら、相談室だよりをお送りします。
