夢日記~バーサス。美術館と製薬会社の美人プロパー。

19/Ⅲ.(火)2019 はれ 内田裕也、死ぬ。

製薬会社の美人プロパー。美術館で口汚くののしられて、言い返したら負けだから、
「私、薬剤師、やめそうです」と言って帰って来たという武勇伝を聞く。

オレだったら絶対キレてるのに、そういう返しが出来るのは、特別な研修やトレーニングを受けてるの?と聞くと、
真顔になって、
「先生、今度はきちんと来て下さいね」と、こないだの会の僕の不在をとがめた。

その美術館は先着777人に、ルドンの壁掛けポスターをくれるといい、僕は彼女の手を引いて、
<これこれ、これをくれるんだよ>と言うと、「私はもう持っています」。
<えっ?まだ美術展はこれからだよ>に、「だって、今、手を握っているではありませんか。だから私は持っているのと同じです」。

彼女と彼女を侮辱した美術館員の雑学対決をそばで聞く。

①<富士山のすぐ横を通る旅人と、富士山のこちら側を登る男の子では、どちらが高い?>、「男の子」。
<いかにして?>、「おとがある」。<正解!>。

②<富士山と、富士山によく似た山。どちらが高い?>、「富士山」。
<いかにして?>、「絵になるから」。<正解!>。

③<富士山の見える食卓の上にあるオムレツと、富士山のちょっと斜めにみた、のではどちらが高い?>、「オムレツ」。
<いかにして?>、「おいしいから」。<正解!>。
五分五分だ。

美術館は他にも、畜人コーナーや、妖怪コーナーがある。
畜人は、未来、人間は激しい貧富の差があり、金持ちは裸で暮らし、身に付ける防寒服や直接肌に触れる便器などは貧乏人間を改良して使った。
僕は彼女を裸にして、自分も裸になって、畜人の説明をしてるところを知人にみられ、
<何も裸になることはなかった。普通に服を着たまま説明しても良かった>と恥ずかしくなった。

それに現代アートの畜人展は僕の想像してた絵柄と違い、猿ぐつわと目隠しをした人間がフルーツをナイフとフォークで切ってるようなもので、
よく目が見えないのにナイフとフォークが使えるな、とか、もし切れても口が開かないから食べれないだろうに、これじゃ誰かのために奉仕する、
まるで奴隷じゃないか、と思ったものだ。

彼女は、「私はヤプールという歌は岩崎宏美の歌で知っています」と言った。
岩崎宏美にそんな歌あったっけ?

ヤプーは、ジャップ、日本人の蔑称だろうけど、
ヤプールは、ウルトラマンAに出てくる地球侵略の野望を企てる敵の宇宙人の名前じゃなかったっけ?
彼女の記憶は、もつれっぱなし、だ。

そこに長老が現れて、今回の美術展の総括をしてくれた。それは、つまり、レキニティ。
新宿にあるレストランは焼いた肉と生肉を出して、どっちがうまいか食べ較べさせるらしく、それを好んでそこに集まる肉好きな著名人を、
批判する言葉は、カツレツの、レツ、がなまって、レキニティ、になったという。
レキニティは思想で、でも悪口、レキニティをかかげる人達を、レキニストと言う。でも悪口。

何かのエッセンスを持って来て自分の意見みたいに言うのが、レキニティ。
経済学者に多いと言う。
と、このように知ったように言う僕もレキニスト。

追伸:Mへ。
卓球の話、したんですって?セカイさんに聞きました。良い話ですね。聴きたかったです。
ネクタイもピンクにしてくれたんですってね、泪。セカイさんに聞きました。
僕はちょっとクリニックがゴタゴタしてましたが、もう大丈夫です。
卓球と言えば、電気グルーヴも大変ですね、30周年なのに。
相方が捕まった時のコメントって、大概、無言か謝罪なのに、「だとよ」はカッコイイですね。そういう訳で、BGMは…

BGM. 人生「オールナイトロング」


夢日記~熱海の誓い~

僕は新婚旅行で熱海に来ている。新婚旅行と言えば、やっぱり熱海だ。
熱海の海岸散歩する。砂浜のギリギリまで波が打ち寄せるが、さらにそこに鉄道の線路がひかれている。
彼女は僕に、「この電鉄、何だかわかる?」となぞなぞを出した。
「波打ち際のギリギリまで来てる電車よ」とヒントも。
僕は、「そんなの江ノ電だろ」と答えると、彼女は「あ~あ」と答え、
「あなたと来たら、ハワイでもグアムでもサイパンでも違いがないのね」と溜め息ひとつ。

実際、僕は香港と台湾を勘違いして、「100万ドルの夜景の感想を聞かせて下さいね」と馴染みの店の女主人に送り出され、
数日たって、この国(台湾)はその国(香港)じゃないと知った前科がある。その位、僕は旅オンチ。
そんな僕でも目が覚めたのは、高くそびえる「ゴジラ城」。
近くの医者の固有財産で、勝手に観てもいいらしい。
早速、登山。山道は比較的楽だが、こんな時に痛感するのは、子供だった頃にはスイスイ登れた獣道が、
今では体が重くてイメージ通りに登れない。
子供の頃に出来なければ大人になってやろうと思わないが、なまじ子供時分に出来たから、脳にそうインプットされてて、
体は脳の指令通りには動かないから始末が悪い。
子供の頃に空を飛べなかったから良かったようなもので、ピーターパンみたいに夜間飛行した自信があったら、
転落死している。

それでも何とか登りついた。
何人かの見知らぬ顔見知りと共同して各々各自行動した。
頂上まで上ると、「ゴジラ城」は大木が数々と嵐のあとのように倒れていて、道は塞がれて、
マーライオンのようなバイクに乗った、イカサマな暴走族が騒音をたてて不恰好に沿岸通りを突き抜けて行った。

僕の体は子供に若返って、マーライオンをキリキリ舞いさせるべく、奴らのバイクのギリギリまで全速力で走って、
ぶつかる寸前でフェイントかけて、ハンドル操作を鈍らせて横転させる、そんな遊びを3回くらいしたら、警察官に注意された。

熱海の1日警察署長はピンク・レディーで彼女らは、
「百恵さんも引退し、チェッカーズもどこに消えたかしれないから、私たちは熱海でビキニでペッパー警部をしてるのです」
と色っぽく言った。
それはまるでイメージビデオよろしく、ミーとケイは、紺と白の縞々のビキニを着て、頬と頬を寄り添いながら泳いで来るから、
息継ぎの呼吸を合わせ、そのタイミングがまるでキスをするようで、そうかと思うと、背泳ぎの格好になって、
水を口からはく、口の形が、大きく口を開け、小さく口をすぼむ、連続運動で、なんかエロチックで、いかにもで、
パクパクと、ピンクレディーの全盛期を知らない人はいなかったけど、晩年にはこんな良い仕事をしてたんだ、と再発見した。

熱海の「ゴジラ城」の前は神殿で、何教かわからないカオスで、女子プロレスや、昭和ポルノや、やくざ映画に、
ゴジラやウルトラマンやスペクトルマンや宇宙猿人ゴリの映画館やアトラクションが、山の奥に隠れている。
東京ディズニーやUSJをキッチュにしたその爆発力とノスタルジーは、熱海でなければ再現出来まい。

スペクトルマンの敵の怪獣の左腕が僕に向って飛んでくるのだ。花火もうちまくる。
しかし、そこにたどり着くのに、所有者である医者の病院の中を通してもらわないといけない。

その医者は坊さんで詩人でプロレス通なアイドルオタクのロリコンで、特撮ヒーローを等身大で作ってしまう桁違いのマニアで
こっそりビデオを見たら、開演パーティーに、森進一、が来て、祝辞を述べ、
ポルノ館の前で、「私もバイブレーターをコレクションしています」とうっかり口を滑らせたため、芸能界を干されかけたことがあるらしい。
それほど崇高な山である。

寺は病院で、迷路のように診察室を忍者屋敷のからくりのように上って行くのだが、チラリと見えた名刺のロゴマークが、
緑色で「K」「川原クリニック」だ。あれ?これ、うちのパクリじゃん?と一瞬思うが、アイデアに特許はないから、
とにかく、もうこの際は、そんなことはどうでもいい。
この病院だか文化遺産をしかと堪能しようではないか。おおそうじゃ。

どうも僕らの医局の先輩とこの熱海の病院の先生は懇意らしく、特別に1日で謎解きを教えてくれ自ら案内してくれた。
僕は特撮物に目を奪われたが、どうもこれらがバッタモンだと見抜き、さほど価値のあるものでもなさそうだ。
アイドル物も、おそらく神保町に行けば揃う品物で、アイドルのセレクトも、
堀ちえみ、や、キョンキョン、や、山口百恵、や、ピンクレディーなど、あっと驚く希少品はなく、
只、山口百恵の乳首が4つ写ってる黒のビキニ写真があったが、あれは月刊・平凡に間違いない。
今からでも、お茶の水で買える筈だ。

病院はお寺で、治療をするのか埋葬するのか、よくわからないポリシーだが、ダメになった時の流れは早そうだ。
僕らは院長に全ての隠し部屋をみせてもらった。なかなかマニアックな本棚だ。
仏教、右翼、ロリコン、プロレス、思想、精神世界、特撮、アイドル、共産党などだった。
僕は本棚とずっとにらめっこ。
館長が「さっさと行きましょう」と言うが、あまりに僕が集中してるから、気に入られ、
「トリプルファイターのブロマイド集」と「野坂昭如の自筆のエッセイ」をあげるから、「もう先に行こう」と促された。

僕は少女ポルノの写真をみつけ、「これは所持していたら犯罪では?」と問うと、
そのお坊さんは僕を熱海の繁華街に連れて行き、シャッターが下りてる店をこじあけ、自らの名を名乗り、
「この人にサービスしてくれ」と紹介してくれ、すると、なんと、その売り子が少女ポルノのモデル本人だった。
「DVDを買って下さい」と言うから、つきそいの坊さんは、「つきあっちゃえばいいじゃん」とそそのかして、
僕はその子と一緒にあうことになった。
彼女は僕が18才の頃にみたビニ本のアイドルで、計算すれば今は65才くらいだ。
なのに、なぜステキなままなのだろう。

解散の時間は刻一刻と迫っている。僕だけ不埒なことをして皆を待たせてる。
手には、トリプルファイターと野坂先生の書物を持っている。

僕はこれから東京に帰って普段通り仕事をする。
熱海の病院(寺)に世話になったが交流が続くかはわからない。
でも熱海の坊主(院長)、僕と趣味がまる被りだったな。

僕はうちのクリニックはちょっと面白いから、いずれ評判になるかもな、と思っていたが、
熱海の病院をみたら、スケールが違い過ぎて、まるであっさりとそんな期待と心配がなくなった。

まじめに仕事をして行こうと思うた。


夢日記~何の超能力も使ってないのに~

12/ⅩⅡ.(水)2018 雨、寒い 来年1/7~手塚治虫作品「どろろ」テレビアニメ化

夢日記。
「真夏の深夜。‘僕’は、エスパー魔美、になって公園へ行く。するとそこでは1人の青年が歌を歌っている。
彼はこの間、歌手でデビューしたばかりで、幸いデビュー曲はヒットしたが、このまま一発屋で終っちゃうんじゃないか、
将来どうしようかと心配していた。時は、1978年にタイムスリップしていて、その若者の名は、くわた・けいすけ、と言った。

えっ?サザンの桑田?
魔美は思わず、(な~によ。あなたなら全然大丈夫。そのまま続けなさい。きっと皆の心に届く歌をたくさん作れるわ)、
と勇気づけたら、(ありがとう。何だか自信が出てきたよ。こうしちゃいられない。さっそく家に帰って曲作りをするよ)、
と帰って行った。

あれ?でもまずかったかしら?未来から過去に介入したことになるのかしら?
でも、何の曲のヒントもイメージも与えてないし。
でも、この助言で、桑田さんが歌手としてやって行こうと思って、そういう歌の影響が少なからず、‘僕’のパーソナリィティー
形成に関与しているなら、その分身である、魔美が、橋渡ししたことになるって、なんかエスパーって不思議!」

BGM. 橋本潮「テレポーテーション~恋の未確認」


往復書簡

27/ⅩⅠ.(火)2018 昼は暖かく夕方から寒い 父の誕生日&唯ちゃんのバースディ。 貴乃花、卒婚。

甲: ねぇ、君。
  僕らは一体、いくつまで生きてるんだろうか?
  生きられるんだろうか?
  生きなければならないのだろうか?
  生かされるのだろうか?
  この世の終りまで、なんて言われると、気が遠くなる。
  重度のうつ病に、コタール症候群というのがあって、永遠に死ぬことが出来ないという妄想に苦しむのだ。
  この世の終りでなくてもいい。
  東京が局所的に壊滅的に終わりになる日はいつなのでしょう?

乙:あなたがそんなことを言い出す時は、きまってお酒に呑まれているか、小さな裏切りに心を痛めているか、
  せいぜい、被害妄想でしょう。
  電車に乗ってたら「物語シリーズ」の映画の広告をみましたよ。タイトルは何だったか忘れてしまいました。
  「お化け物語」?だったかしら。

 

乙:去年のクリスマスはお鍋を食べましたね。あの頃は、貴乃岩の暴行事件で相撲界は大荒れ。
  一年たって、今場所は、貴景勝が頑張っていますね。

甲:松葉ガニが解禁になったから、カニ酒を呑みに行きたいな。僕は近頃、めっきり酔いやすく、
  君の方がお酒が強いかもしれなくて、おやじにバカにされそうだ。

 

甲:君に借りた紺色のセーラー服が記憶を整理していたら出てきたよ。てっきり返したとばかり思っていた。
  一緒に化学の教科書も出てきたし、でもこれは男物のお下がりだね。なんだ…彼氏がいたのか。

乙:久し振りに高校の卒業アルバムをみていました。そうしたら、あなたにそっくりな人が写り込んでいました。
  うちは女子高ですよ。どんな手を使ったんですか?

 

甲:人にやさしくできない人をみると、心が寒くなる。
  それを目の当たりにすると、目が悲しくて、眼球がゴロゴロいう。
  僕は君が人にやさしくしているところをみたことがないよ。

乙:あなたが、「人にやさしくするのは、その人にやさしくすることによって、自分の中のやさしくされたい部分を、
  自分でやさしくしてあげてるんだ」とよく言いますが、それは誰もがそうなんでしょうか?
  誰もが気付いてやってるんでしょうか?

 

甲:ムンク展に、ポケモンとコラボ関連グッズがあって、ピカチュウの叫び人形がかわいくて1人1体の限定品。
  僕はクリアファイルを全種類集めて、君はスマホケースにコダックの絵柄をチョイスしてたね。

乙:ムンクの初期の作品はセルフ・ポート・レートで使用されたカメラがコダック製だとあなたに聞きました。
  ムンク展に行ったのは私ではないですよ。どなたか別の方とでは?
  叫びピカチュウ、欲しくなってしまいました。でも上野は遠いです。

 

乙:おおみそかに格闘技、今年もやりますね。

甲:メイフェザーと那須川天心は、ボクシング・ルールのエキシビション。
  那須川がもし間違ってキック入れたら一発につき、罰金6億円だって。

乙:あなたなら、6億払ってでも、一発で仕留めろ、って言うのかな、なんて。

 

甲:映画館は遠いなぁ。物理的により、行き慣れてないから心理的に実際より遠い。
  続終物語は観たいけど出向くのが億劫。
  君がチケットをとって、前後左右を遮断して他の客の妨害を受けない席を確保してくれたら、
  君はこっちに入れてもいいよ。

乙:めんどうくさがり屋さんですね。それじゃ、お家まで迎えに行かないといけませんね。
  あなた、私を扉の前で3分間待たせたことがありましたね。どんな魔法を使ってたんですか?

 

乙:私、突然、異動が決まりました。とてもとっても遠くへ行くのです。

甲:未返信

 

甲:僕は時々、リアルな夢を繰り返しみる。
  ちょくちょくみるのは医者になる夢。
  寝惚けてないで出社しなきゃ。今日も上司ににらまれる。

乙:私も心理学を勉強したことがあるんです。REM睡眠。ラピッド・アイ・ムーブメント、ですね。

 

乙:ピカチュウの叫び人形ーかわいかったーうれしー。

甲:未返信

 

乙:今年は、ふぐのお鍋にしましょう。

甲:ふぐ、食べて死んだら幸福かな?異動もなしだね。

乙:まぁ、なんて恐ろしいことを思いつくんでしょう。そしたら往復書簡もおしまいですよ。

 

BGM. 吉田拓郎「あの娘に逢えたら」


アンサー夢・夢日記~親になる。~

5/ⅩⅠ.(月)2018 朝は雨、のちくもり 母の誕生日

ポールが日本に来ている。10/31&11/1東京ドームは平日で仕事だから行けない。あとは名古屋、それも平日。
今年はダメかとガッカリして。僕はポールに元気をもらいたい心境だったから。
そうしたら、11/5両国国技館に追加公演が決まった。
11/5は月曜だから、クリニックは休みで、行ける!
11/5は母の誕生日だから、ポールは相撲が好きだし、これは母が僕に贈ってくれたプレゼントだと思った。
ところが、あらゆる手立てでチケットを狙いに行っても落選。
キャパが小さいからしょうがないが、ポールが見れないのは残念だ。

僕は現実を逃避するクセがある。
これはきっと、母とポールが、今と向き合え、と言ってるのだと思った。
だから、いったんは放棄した、カワクリ「夢のキャンペーン」も、ちゃんとやるべきだと思い直して、
心理をたきつけて、僕も手伝うから協同で夢の記事を書こうと脅迫した。

夢はシリーズで読め、という原則から、僕と彼女はブログの夢日記を読み直し、
とりあえず、今年2018年の夢にしぼろうと、
「人をダメにする初夢」、「セカンド・ドリーム」、「通過儀礼」、「心の音」、「地獄寿司」、
を読み解いて行く企画に踏み切った。

今回の記事は、僕が心理と上記の夢について語り合って、自分で自分の夢について連想した日にみた夢。
そういうのを、アンサー夢(む)、という。
アンサー夢、とは、夢について、色々解釈した後に、報告される夢で、つまり、前の解釈が合ってるかどうかの、
指標になる夢だと言われている。後日、発表される「心理の夢の記事」とセットで味わってもらえると嬉しい。
※以下が、夢日記。

 

※二子玉川の高島屋に、僕は、僕の親友と、僕の娘と3人で冬物のレインコートを買い物に行ったのだ。
娘がまだ小さい頃、友人はよくうちに遊びに来て、ディズニーの「シンデレラ」のビデオやら、ミキハウスの洋服を、
まるで自分の娘にそうするように買い与えて可愛がってくれていて、僕は家族との縁が薄いから、
個人的にも僕は世間知らずでわからないことがあると、きまって常識的な彼に相談している間柄で、それに甘えていた。

さくら学院がモデルになってレインコートの宣伝をしている。僕はもしもサイズの大き目があったら自分用にも買おうかと、
スタジアムジャンパーのコーナーを物色していた隙に、友人が娘用のコートを2枚、店員と相談し選んでいた。
今回も買ってくれるらしい。
僕はまるでそれを当然のように受け入れていて、当たり前のように平気でいた。
友人が念のため、上の階もみてくると、いそいそとエスカレーターで昇って行くと、娘は沈んだ顔をしていた。
僕は買う予定になっているコートを何気なく手にとってみると、襟元に汚れがあった。

「なんだ、これは?」と僕が言うと、娘は、「あの人が買ってくれる物は、いつもそうなのです」と泣いた。
僕はびっくりした。
娘は幼い頃から、そんな事実を僕に内緒にして我慢していたらしい。
それは知らなかったとは言え、すまなかった。
僕と娘は和解して、娘はその代わりに段ボールで出来た四角いBOXと、スプレー式のペンキを買ってくれとねだった。
娘が僕に物をねだるなんてことはこれまでになかった。
スプレーは、ところどころ剥げた段ボールの箇所に吹きかけて綺麗にするもので、
娘はいつのまにやらDIYが趣味になっていたのか?いや、彼女の歴史はそうなるしかなかったものなのかもしれない。

僕は友人の選んだコートは遠慮しておこうと決断した。
娘は、「そうして欲しいです。お父さまには秘密にしていましたが、小学生の頃から、いつもあの人のくれた汚れた服や欠陥品を、
お母さまと一緒にデパートに行って交換しに行っては、お店の人に怒鳴られて、お母さまは何度も何度も頭を下げて、
私はそのお姿をみていて目が悲しくて、耳が切なかったのです。でも、もうこのスプレーがあれば大丈夫です」。

僕は何か大きな間違いをしていたようだ。
洋服を、それも学校に着て行くような世間体のような格好を、親である僕が選ばないで、親友に任せていたなんて。
まるで、托卵(たくらん)する習性の、カッコーみたいじゃないか。親として失格じゃないか。
「服を大切にな」と、羊たちの沈黙、で、ハンニバル・レクター博士は、女の政治家にそう言っていたのを思い出して、
僕はいつまでも亡くなった僕の親との葛藤といい加減、見切りをつけ、自分が親として娘に何をしてあげるのかを考えるべきだったのだと、
今さらながら、気付かされた。

そして娘は、自分の好みの「服」を選べる年齢になっていた。
レインコートが教えてくれた。

BGM. よしだたくろう「暮らし」


夢の素因数分解~心の音~

19/Ⅹ.(金)2018 くもり ベビメタYUIMETALが脱退!

カワクリは現在、夢について啓蒙キャンペーン中。
カウンセリングにおいて、夢を扱うことが近代的なのかどうかは別として、柔道家が足関節を極められるように、
プロとして裏技を持っていた方がいいと思う。
実際に、夢の報告をする人はいるから。
そういう訳で心理部門に夢の記事を発注してる最中です。
僕の夢日記を題材にしてもいいよ、と、少し前の記事に、夢の因数分解、を書きました。
夢はシリーズで読め、とも言われるので、その第2弾をお送りしましょう。

それではまず復習からしますか。テキストブックはこれです。

多分、僕が子供の時の家族は海外旅行というものをしたことがない。
「トリスをのんでハワイに行こう」じゃないけれど、海外旅行なんて、夢のような時代だった。
僕が小学生の時、父の妹(おばさん=と言っても年が離れてるから若い!)がハワイに行くと聞いて、
一家に衝撃が走ったのを今でも覚えている。
なんて言うのか、クラスで一番地味な子が、一番最初に結婚して、その結婚式の招待状が届いた時のような心境か。

僕は昔、いわゆる国辱ツアー、というのか、そういうことが目的の海外旅行に友人達と行ったことがある。
勿論、目的は観光とかグルメとかビーチとか異国情緒でもあったが、性産業という付属品がついていた。

しかし、僕はいい子ぶる訳ではないし、または職業差別的なことを言ってるのではなくて、職業に貴賎はないし、
人類で一番古い職業は売春だと知ってるし、なのに何かキザにロマンティックに、
愛がなければエッチは出来ないみたいな、青臭いことを盲信していたのである。まったくもってバカであった。
アルファベットで言えば、「H」のあとに、「I」が来るのだから。

そんな旅行の時、みんなで盛り上がってご飯を食べて、「次は~」という時に僕はホテルに帰るのである。
とんでもなく、付き合いが悪く、ノリの悪い、田舎モンだ。自分で自分の過去が忌々しい。
たとえば、友人と歌舞伎町で呑んでその足でそういう店に行こうよ、って時も、僕はバッティングセンターで待っている。
接待で吉原に行った時も、僕は待合室で皆を待っていた。
これは風俗嬢から嫌われるタイプの男らしい。っていうか、会ってないから、それ以前の問題だ。
あーあ、俺は何をやってんだろう。今の頭脳のまま、その頃に戻れたらもっとうまいやり方が出来るのかな?
変わらないかな?

実は僕は温泉が嫌いである。
医局旅行で、ナントカ温泉って所に行ったが、僕は体を洗ってから浴槽に3秒くらい浸かってすぐ出たら、
後輩が「もう出るんですか?」とビックリしていた。
僕は母と年末年始に箱根の温泉でゆっくりしようと出かけたことがある。
僕はもう20才くらいだった。
繁忙期の温泉宿のサービスなんか期待する方が悪いのだが、僕はあまりの雑な接客に頭に来て、「帰ろう!」と言い、
母を連れて帰ってしまった。母は悲しそうな目をしていた。
でも僕はそんなことより、自分のイライラの方が上回って、抑えようがなかった。
そんな性分は今もあまり変わってないような気がする。

売れてない頃のRCのエピソードでキヨシローと三浦友和は高校時代の友人だから、山口百恵との結婚式にキヨシは呼ばれ、
でもスーツなんか持ってなかったから、Gパンと赤い皮ジャンで行ったってエピソードを高校時代に知って、
あわてて赤い皮ジャンを探しにアメ横まで行った。
でもなかなか若く、結婚式をする友人がいなかったから、着る機会がなかったが、
若くして死んだ友人のお通夜にその格好で行ったら、友人からは非難ゴウゴウだったが、その家族からは、
「本当に急いでかけつけてくれたのね」と涙されて、感激された。
それ以来、味をしめた僕は知り合いの死には、葬式には行かず、お通夜に派手なファッションで行くという悪癖がつき、
そういう席では浮くのであるが、喪主や親族達は意外と喜んで近寄って声掛けしてくれるから、
しばらくはこのライフスタイルで行こうと思ってる。

僕は大学5年生の時に大失恋をした。
それは相手が僕のことを好き(だと思ってた)なのに、相手が僕じゃないダサいクラスメートと付き合って、
僕は告白もしてないのに、捨てられて、何故かすごく傷心して、学校にも行けなくなって、クラスの女子達が、
「早く元気出して」
「学校に来てね」と寄せ書きをくれて、それが余計に自分をみじめなような気にさせた。
世の中はバブルで、皆、クリスマスにお目当ての女の子をどこに誘って落すかなどという雑誌の特集に夢中で、
僕はと言えば、いつの世も一定数いるような疎外された部外者の人間で、ふてくされるエネルギーもなく、
ただ離人症(りじんしょう。現実が害だから現実感を失うことによってバリアを張って心を守ろうとする防衛手段)のように、
ほうけていた。

すると、クラスの人気者のレレちゃんが、クリスマスイブに僕を誘ってくれた。
お家でホームパーティーをするから、「タツジもおいでよ」と言うのである。
僕は暇だったから、そこに参加した。
ところがそこはとんでもない異世界で、外人とかハーフとか美男・美女の集まりで、みんなドレスアップしてて、
ある男はローストビーフを焼いてきたとお土産に持って来ていた。
僕は料理人以外で、男が料理するのか?とビックリした。
まだビストロSMAPのずっと前の時代で、ジャニーズで言えば、マッチが「愚か者」を歌ってる頃だと思う。
そんな僕はレレちゃん家のパーティーで、隅っこの四角いソファにポツンと座っていて、
そしたらレレちゃんがやたら親しげに話しかけてくれて、彼女のいい所は決して僕を他の人と仲良くさせようとしない所で、
彼女は僕とだけしか通じない話(たとえば、カレーうどんはさまして食べた方がおいしい、とか)をして、僕をもてなしてくれた。
僕はそれを見習って、今の人付き合いの基礎にしている。

山口百恵で印象的なのは、ジュリーと共に東京音楽祭に出た時、「夢先案内人」を歌ったのだが、音程を外しまくっていた。
後のインタビューで読んだのだが、「私は生理になると極端に音を外す」と、まだ中学生だった僕は女体の神秘におののいた。

山口百恵は、年端も行かないデビュー直後から、「青い性」路線みたいなもので人気を博したり、
「百恵白書」というアルバムの一曲では、自らの性(欲)体験を述べていたり、さっきの「生理」発言だったり、
性的な感じを戦略的に打ち出していたと思うのだが、僕が好きな期間は、珍しくセクシャルな要素が薄い時期だった。
とくに「花ざかり」というLPを買った時にもらったポスターの彼女は、となりのお姉さんみたいな普通の姿で、
僕はそれが一番のお気に入りで今も診察室の後ろの扉に貼ってある。↓。

僕が山口百恵のファンだったのはセクシャルじゃない時期だと言ったが、例外的に「冬の色」という曲は好きだ。
「あなたなら他の子と遊んでるとこをみかけても待つことが出来る私です」
という歌詞は、いじらしさというよりも、相手の事を誠実に心の中に定着させているからこそ言える発言で、
たとえば子供が母の姿がみえなくなると泣き叫び、みつけると泣き止む、という赤子から、
一段、大人になって、みえなくても泣かないで待てる、という成長のステージを恋愛関係の中で表現してるところに、
目新しさを感じたのだ。

心のノート、は何かそれと似てるフィーリングがする。
相手や自分やお互いが忙しくて、離れ離れの時間が長くても、いつも一緒だと信じられる力、それをサポートする小道具。
それが、心のノート。
小ちゃい子がお母さんが不在の時も、お母さんの匂いのするタオルの切れ端をお守りかわりに持っていれば、
安心っていうのとちょっと似てると思った。

BGM. 山口百恵「乙女座宮」


夢日記~地獄寿司~

20/Ⅸ.(木)2018 KID死ぬ、と大平さんに教えたら、コナンの「怪盗キッド」と勘違い。正解は、山本。

「夏休み」明け、元々その予兆はあったがついに、オーディオ機器が完全にポシャって、クリニックのBGMはしじま。
オーディオ危機。
おまけに、休み明け早々、スタッフも体調を崩し、人数も手薄。
そこにアクシデントが一つや二つ。
さんざんなスタートだった。
すっかり疲弊して、家に帰ったらバタンQ。手も洗わずに寝てしまった。

そんな日に見る夢は決まって良い。
現実が大変だから夢でくらい応援してやろうと無意識部隊が気を使ってくれる。以下が、夢。

僕は勉強会の打ち合わせをしている。僕のアイデアは実践的で、「困ってる人に役立つ」と大好評。
僕はおだてられ、ちょっといい気分。
秘書さんがつき、しばらく雑用をサポートしてくれるらしい。
早速と言ってはなんだが、クロワッサン生地のアンパンをくれた。
僕はこんなシャレたものの食べ方がわからなくて、まわりの生地のおよそ半分くらいをポロポロとテーブルにこぼしてしまった。
ちょっと恥ずかしかった。
すると秘書さんは、
「これはそういう食べ物なのです。欧州ではこぼした皮は床に捨てるのですよ」
と大胆にクロワッサンの生地をササッと手で払って床にまき、ハイヒールのかかとで踏んづけた。
「だから、先生は何も気にしないで、自分のやるべきことだけをして下さい」

JRの東神奈川のあたり。
車庫があるあたりに隠れた名店があるという。
そこの名物は、河童の甲羅のゼラチンの部分を握り寿司にして出してくれる。
ちょうど、家族連れも来ていて、そこの子供も河童のゼラチンを注文したが、僕ので山。
子供は残念そうで親に慰められていたから、僕はその子供に何故か昔の自分をみてとって、
「良かったら、僕の分をお食べ」
と食べる権利を譲ってやった。
きっとあまり教育の行き届いていない家なのだろう。親からも子供からも礼を言われなかった。

僕は店を出て、クネクネした線路の上を歩き、それは歩きにくい蛇行したレールだったが、
よく考えたら、何も線路にそって歩く必要なんかないんだと思った。しばらくすると母に逢った。

母はこれから「地獄寿司」に行くから一緒に行こうと誘った。僕も河童を食べ損ねたところだったし丁度いい。
しかし、「地獄寿司」とは変な名前だ。
母は意に介さず、「上寿司にしなさい。特上はあぶらっこいだけで、あれは野暮天が食べるものです」と言った。

そう言えば、母は死んでもう何年経つのだろう。僕はそろそろ父の死んだ年齢に近付いてるのだろうか。
ジョンは、イマジンで、天国も地獄もない、と歌ったが、実際はどうなの?と母に聞いてみた。
母は、今、地獄にいるという。ちょっとびっくりした。
「でも、地獄には達二の好きな人が結構いっぱいいて、談志さんやキヨシローさんもよくみかけますよ」
「へ~、地獄もそんなに悪いところじゃないんだね」
「それを偏見というのです」と言って、母は地獄寿司をつまんだ。

BGM. ビートルズ「アイム・ソー・タイアード」


夢日記~「心の音」

季節は真夏で若者たちはバカンスを楽しんでいた。
ハワイでみたこともないマリンスポーツをしてる日本人が取材をうけてる様子を、隣でみてた。
皆楽しそうに笑ってる。僕は2階建てのバスに乗っている。

国内でも仲間内で、温泉旅行に行こうという話があちこちで出てる。
僕も温泉に行ってみたいなぁ。でも、一緒に行く相手がいない。
お金を出せば、ついて来る人もいるかもしれないけど、それでもイヤイヤ来られても、かえって気を使ってしまう。

僕は何かのパーティーに紛れ込んでしまった。芸能人の結婚式だろうか。バンドが演奏をしてる。
僕はポツンと四角いソファに座ってる。
僕はこんな不釣合いな場所に、短パンと踵を踏んづけたスニーカーで来てしまった。靴下も履いていない。
僕には飲み物も渡されなかった。

するとそこに山口百恵がやって来て、「いた!もう行きましょう」と僕の腕をとった。
「こんなところにいても楽しくないでしょ」と言った。
僕はずっと君を探してたけどどこにもいなかった、と言うと、
「バカね。こころのノート、を持ってるでしょ?
それを持ってる限り、私はいつだって、あなたと一緒にいるって言ったじゃない」と笑った。

僕は、こころのノート、を持っていた。彼女も、こころのノート、を持っていた。
彼女の、こころのノート、をみせてもらったら、ナボコフや芥川龍之介やトロッキーの格言が綺麗な字で書かれていた。
山口百恵は、「今度温泉に行きましょ。その時は、こころのノート温泉用を作りましょ」と名案を出した。
彼女はいつも良いことを思いつく。
僕と彼女は移動しながら、陽のあたる廊下を歩いていて、僕は<ねぇねぇ、メタ的な話になっちゃうけど、
山口百恵が選んだ名言集、って本を出したら売れるかもよ>と提案したら、彼女は何も言わないで、口元だけで笑った。

彼女は多忙だ。いつも一緒にという訳にはいかない。それはわかってる。

これからの僕は何もさびしくない。
こころのノート、があるから。僕は彼女といつも一緒だよ。

BGM. 山口百恵「お菓子職人」


通過儀礼

1/Ⅳ.(日)2018 はれ エープリル・フール

小学校の時、青年誌の企画に当選し、赤塚不二夫と対談した。
その号の、赤塚不二夫のマンガは、格好つけた男がマントをとると、パンツ一丁で、
さらにラストはメガネとパンツになるというナンセンスなコネタだった。
僕はまことに失礼したが、赤塚不二夫に、
<このマンガのどこが面白いのか判らない。それは僕が子供だからだと思う。
面白いことを理屈で説明してというのは無茶だと思うが、無理を承知で説明してくれませんか?>と言うと、
意外にも、あっさり、「いいよ」と笑って、
「あのね、これはね、まず、この男が格好つけてるでしょ。格好つけてるくせにパンツ一丁なんてバカバカしいでしょ。
そう思わない?思うでしょ。よし。だったら、そのパンツは思いっきり派手にしちゃおう。
男が履かない様なパンツ、女物でもいいね。
それでそこをいったんしまっといて、メガネを見せて、読者の気を上にそらしておいて、またパンツを出すんだよ。
そうすると、さっきのパンツのタメがあるから、重なって面白くなるんだ。
2回目のパンツはもっとバカバカしいものがいい。金色とか星条旗とかね。そうやってみると面白いでしょ?」と言われ、
僕は<なるほど>と思い、生まれて初めて生理的にでなく、こうした方がインテリっぽいなというポーズとして、
笑うというリアクションをおぼえた。
一つ大人の段階を昇ったんだと思う。と同時に何かを失った気もした。

その当時の○×は、風紀の取り締まりが今よりうんとゆるくて、夜になると街は混沌としていた。
僕はある夏、夜のビルの屋上の「ハッテンバ」というビアガーデンみたいなところに潜入し、
いわゆる男同士のカップルの社交場の生々しい実態をみて逃げて帰る。

そこでは、サザエさん、マスオさん、という隠語が飛び交い、各々、S(サド)、M(マゾ)の略だった。
地下には、家に帰りたくないとビルに立て篭もる双子の女の子がいて、妙に愛嬌が良かった。
しかし、得てして、人はそうであるように、苦境の時にある人こそニコニコしているもので、
その女の子達のお母さんは子宮体癌で子宮を摘出してるのに、子宮頸癌になり、
チンピラの男が、お母さんが言う通りにならないと、子宮のあたりをめがけて腹部をグーで殴るように、
彼女らに命令するから、それが嫌でここにいるんだという。僕には何もしてやれなかった。

人のよいおじさんと「ハッテンバ」を冒険しにみにいくことにした。
そのおじさんはどこかの中学校の生活指導の教諭だった。
屋上では、酔っ払ったサザエさんみたいな髪の’ダヨーン’みたいな顔をした男が、
山羊のモツを食べ過ぎたと呑んだ酒を吐きながら寝転がっていた。
僕はどうしてもこの「ハッテンバ」がどういう意味で存在しているのかが判らず、’ダヨーン’に勇気を持って質問してみた。

<赤塚不二夫先生は、マンガの面白さを解説してくれました。そんな無理なお願いを叶えてくれました。
だから、お願いします。どうして、この「ハッテンバ」はあるのか教えて下さい>と訴えかけると、
’ダヨーン’は、「それは無理だよ」と吐きながら言って、ふいに相棒とアイコンタクトして、僕の方を真顔で睨み、
「だって、オレたちはこっち側の人間だよーん」といった。

「お前は違うよ-ん」と言われて、僕の隣の生活指導の教諭は、僕を置き去りにして、その場から走って逃げて行った。
僕はすえ恐ろしくなって、その場から一刻も早く逃げなきゃと、足がもつれながら、足がもつれながら、
走っても、走っても、うまく前に進まないけれど、何段も、何段も、階段を転げ降りていく。

途中で、「ハッテンバ」の、’SMキリシタン’という男に、変な油を吹きかけられたり、
「発砲するな!」というポスターの前で警官の頭に銃をつきつけてる男とぶつかったために、ピストルを撃たれ、
その弾がギリギリ頭をかすめて飛んで行ったり、なんやかんやあったが、やっとこ安全なビルに戻って、
顔馴染みの中古レコード屋のおじさんに、ことの顛末を喋ると、「もう大丈夫だよ」と根拠のない無責任な笑みをみせられ、
だけどそれにホッとした。
店頭にあったジュリーのレコードを指して、おじさんは「ジュリーのパンツも派手だぞ。イヒヒヒ」と下品に笑った。

数日後、僕が秘かに想いを寄せている年上のひとの旦那さんにその話をしたら、
「オレにも似たような経験があるよ」と共感してくれた。
すると、年上のひとは、急にプンプンして、「あの人は何年も私といるのにそんな話、一回も私にしたことないじゃないの」とスネて、
僕は思わず、笑ってしまった。

僕は笑いのセンスの向上と、派手なパンツを履くことが、大人への通過儀礼だと肌で感じていた。

 

 

下は、最近買った新しいボクサーパンツ達。夢に出てきた赤塚不二夫先生に捧ぐ。

BGM. T・レックス「メタル・グルー」


セカンド・ドリーム

声色、を、声帯模写、という言葉に作り変えたのは、古川 緑波、だと聞いた。
あの、「エノケン・ロッパ」、の、古川ロッパ。

僕の知ってる、ものまね、の歴史は、声帯模写から、そっくりさん(若人あきらetc)、
それを誇張して笑いにする(コロッケ、清水アキラetc)を経て、
最近では、武田鉄也、のものまねなら、「絶対、金八先生が言わないこと~」ってプレゼンしておいて、
髪の毛をたくしあげるポーズをしながら、「結局、世の中、金だ~」って叫んで、
<言わなそう~>という客のリアクションを呼ぶ、みたいな芸風だ。
僕はそんな、ものまねの変遷の見届け人の一人なんだな、なんて思い詰めていた矢先だった。

英国に留学中の、佳子さま、が一時帰国して、「子供たちに笑顔を届けたい」というプロジェクトが実現。
何故か、僕は派遣団の精神科医代表メンバーに選ばれた。
子供の臨床をしていたことと、佳子さま好き、を常日頃アピールしていたことが宮内庁に評価されたみたいだ。
さすが、ネット社会。何でもアピールしておくものだ。夢は向こうから、やって来る。

当日、僕はステージのそでで、佳子さまの様子を見ることが出来た。
佳子さまは、子供たちに向って、飛び切りの笑顔で、ハツラツと、マイクを向けて、こう尋ねた。

「ウン○とチン○、どっちがマン○だと思う?」

それを目の当たりにして、<言わなそう~>とビックリしたのが今年、2回目にみた夢。

絶対、佳子さま、がおっしゃらないことでも、夢では起きるのだから、夢とはなんともけったいなものよ。

BGM. 北原佐和子「夢で逢えたら」