「怖い絵展」に行った。
美術展は最初と最後が混むというが、近頃は開催中、ず~~っと混雑してて、結局最終日になった。
すごく寒い日で、それで外で待つのだから、風が痛かった。待ち時間、3時間以上。
そもそも「怖い絵展」を、たとえば本屋の栞とか駅の広告看板とかそこかしこで目にしたが、
観に行こうと思ったのは、テレビだった。
観終わってから思うのだが、その番組は、かなり独断的にセンセーショナルに煽って、過剰に解釈づけしていて、
展覧会の音声ガイドにない解釈まで加えていた。
たとえば、今回の目玉である、レディージェーンの処刑、には、
「当時は処刑にあう人の服は黒なのだが、画家はあえてそれを白に換え、潔白を表現したかった」とか、
切り裂きジャックの部屋、では、
「細部まで描かれているにもかかわらず、人物は誰も描かれていない。
こんなに部屋の中を詳しくて、人がいないってことは、これは画家が犯人だ」で、どこのテレビ局だったかな?
おかげで僕はこの2枚を主に観るつもりで行ったのだが、行くまで知らなかったのだが、
ずっと観たかった、フューゼリの「夢魔」があって、それを観て帰って来たようなものだ。
昔、東京プロレスが旗揚げされた時、客は「豊登、を見に行って、猪木を観て帰って来た」というのと似てる。
…本当に似てるか?
下が、診察室の本棚の、フューゼリの「夢魔」。
「怖い絵展」というのは、何も、怪異とか猟奇とかグロテスクな絵画展ではない。
むしろ、そういう怖い絵は少ない。
日本の学校教育は、美術は感じなさい、と教えるが、その背景にある画家や作品の何かを知った方が、
鑑賞する時により味わいが深まるというアンチテーゼが趣旨。
会は怖さを6つのキーワードを切り口に分けていて、僕はポストカードを買って来たから、
そのテーマに沿って紹介して行きましょう。
まずは、第1章:神話と聖書。
ウオーターハウスの「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」。
キルケーは近づく男を歓待すると見せかけて魔術で豚に変えてしまう魔女です。
鏡の右側にオデュッセウスが写っています。
鏡の左や右の足下にいる豚は一足先に犠牲になった部下です。
でも、後々、この二人、付き合うらしいっすよ。
セイレーンは、サイレン(警報)の語源になった海の魔女。
半人半鳥または半人半魚の姿で、美声で船乗りを混乱させて、船を沈める。
日本海側の排他的経済水域に、セイレーンがいればいいのにね。北、対策。
下は、半人半魚のセイレーン。船の柱に繋がれてるのは、オデュッセウス。
他の船乗りはセイレーン対策として耳に密をつめて、耳栓をしてる。
でも、このオデュッセウスは、そんなに美声なら聴きたいって、好奇心旺盛。
この柱に繋がれてるのは捕虜とかじゃなくて、キルケーから伝授された奇策。
キルケー、良い奴じゃん。恋の弱味?
これは半人半鳥のセイレーン。
感情が欠落した大きな目、アイラインや化粧、眉やカールしたヘアスタイルの描写が、日本のマンガと共通項がある、
って音声ガイドで言ってた。
水没しかけた建物に必至で豚がしがみついている。
この豚たち、キルケーの仕業か?
第2章:悪魔、地獄、怪物。
ここで「夢魔」と、ビアズリーの「サロメ」が観れます!
夢魔、はさっきちょっと紹介しましたね。
夢魔は、寝てる人に淫靡な夢を見させて、快楽を与えるそうです。
言われてみると、下の女性のポーズは、エクスタシー、ですね。
馬は情欲の象徴。
フューゼリの夢魔、は何度か版画化されていたり、パロディやオマージュもあってそれも観れた。
夢魔は、男の夢にもあらわれる。
エッチな夢を見せてくれるのなら、キルケーのような美人でもいいのに、
夢魔は、美男美女ではなく、画家は異界の醜い魔物として描いた。
アニメ「おそ松さん一期」の名作「チビ太の花のいのち」に登場して、カラ松を虜にしたのも、
ドブス(実際そうクレジットされていた。ひどい役名だ)パターンだ。
ビアズリーの「サロメ」は、オスカー・ワイルドの戯曲の挿絵。
自分の好きな男(ヨハネ、イエス様に洗礼した人)に拒絶されたら、
王様の前で見事な踊りを披露して、その褒美に男の首を差し出させて、
チューだけでもしたい、という危険な少女サロメ。
どんだけロマンティックで自己チューなんだ。
第3章:異界と幻視。
ここでは、押見修造の「惡の華」のモチーフになった、ルドン、の目玉の絵があった。
ポストカードはなかったから、惡の華、の栞を。
今回の「怖い絵」のカラクリに一番しっくりくるのは、この絵じゃないかしら?
シムズの「そして妖精たちは服を持って逃げた」。
イギリスのヴィクトリア王朝時代には産業革命の反動で、超自然的なものへの憧れが高まり、
妖精画も黄金期で、シムズもたくさん妖精画を描いている。
この絵では右側の母子のところへ妖精が来て、服を持ち去る。
でも、母子はさほど驚いた様子でもなく、妖精の存在を信じる人が増えてた証拠。
この絵のどこが怖いかというと、背景の不気味な森の描写と、シムズの人生をリンクさせての分析。
順調な画家生活を送っていたシムズは、戦争で長男をなくし、自身も戦争画家になって、
戦地で悲惨な状況をみて、徐々に精神を病んで53歳で自殺する。ね、怖いでしょ?
第4章:現実。
娼婦一代記、という「6コママンガ」が面白かった。
田舎から出てきた少女が高級娼婦になって、逮捕され、感化院で木槌で1日中、麻を打つ強制労働。
この麻は、死刑囚を絞首刑にする時に使われるらしい。感化院から開放され、梅毒で死ぬ。
そして葬式。誰一人悲しむものはなし。少女の亡霊(?)が棺を覗き込む。
(これが現実だ)
そして、この章で、「切り裂きジャックの寝室」が観れます。作者は、ウオルター・リチャード・シッカート。犯人?
第5章:崇高の風景。
このコーナーは、僕的には、これってものがなかった。
第6章:歴史。
今回の真打登場、「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。
権力争いの犠牲になって、反逆罪で処刑。9日間だけ女王でいた。わずか16歳。
右の斧を持って立っているのが、死刑執行人。まだギロチン機発明前の時代ってこと。
その儚い一輪の花のごとき姿。これが赤く染まるのかぁ。あっ、それで白いドレスにしたのかな?
インスタ映えする、みたいな理由で。だったら怖い。
この日は、寒かったので、帰りにカニ酒を呑む。
さて、次回からは、また、「私がシビれたシーンたち」シリーズに戻ります。
しんがりは…
BGM. ザ・ズートルビー「レディジェーンの伝説」