1/ⅩⅠ.(月)2010 朝雨、くもり
校医のあと、映画「七瀬ふたたび」を渋谷で観る。丁度、アニメイト・コミック館の真上の映画館だった。
ついでなので、アニメイトでコミック「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」を買ったら、キャンペーンの名刺をくれた。↓。
桐乃、黒猫、沙織の3種類。新垣あやせ、も人気ありそうだから作ればよかったのに。
話を「七瀬ふたたび」に戻す。本編に先立ちまして、10分程度のプロローグ映画が上映されたのだが、その監督がなんと!
しょこたんでした。
こういうエスパーものを見てていつも思うのは、我々・精神科医への「世間の偏見」と「あるべき役割」だ。
こういうエスパーものは、決まって、ある日突然、主人公が超能力に目覚め、最初は「自分が狂ってしまったのでは?」と
不安になり、やがて本当に超能力があるらしいと納得すると、今度は「自分の存在理由は何なのか?」と悩み、
そして同様の仲間が集まり、共通の目的のため(敵を倒す、とか)に活躍する。
中には、自分がおかしくなったと思う始めの段階で、精神科やカウンセリングをたずねる場合もある。
しかし、決まって、精神科医やカウンセラーは、「ノイローゼですね」とか「薬を出しておきましょう」としか言わず、役に立たない。
エスパー達への、社会の‘無理解’の象徴として描かれているのが精神科医だ。(偏見だ。)
ある日、突然に超能力に目覚めたら、自分はおかしくなった?と思うのは当然であり、そういう人が精神科やカウンセリングを訪れる可能性はある。
そんな時、我々はどうしたらいいのだろう?
彼らの身に起きたことを、「常識」という物差しだけで判断せずに耳を傾け、不安や悩みや孤独感で押し潰れそうな心を支え、
いつしか時が来れば、仲間や目的が見つかり活躍する、という希望を信じて、「その時まで」寄り添うのだ。
不安な彼らが、「あそこに行けば、いてくれる」と思えるような「定点」になるのだ。‘わたしはここにいる’。
固定観念に囚われない「非常識」さと、人としての誠実さが必要条件で、それから自分が病気をしない健康管理も大切だ。
でも、実はこれは、普段の診療やカウンセリングでも同じなのです。心理部門もエスパー対応OKです。
僕はと来たら、怪我に用心して、200歳まで生きよう。
BGM. 古泉一樹「まっがーれ↓スペクタクル」
99歳で現役医師として活躍されている聖路加国際病院院長の日野原重明先生の番組を昨日NHKで見ました。
川原先生だったら100歳は大丈夫でしよう。
あんころもちさん
いつもコメント、ありがとうございます。長寿、頑張ります。