29/Ⅵ.(水)2011
昨晩、11pmくらいに家に帰ると、娘が「心理学について質問がある」と聞いてきた。大学の課題の参考意見にしたいらしい。
質問するのは構わないが、それなりの覚悟はあるのだろうな?。無責任な質問というのが一番良くない。質問したからには、こちらも本気で答えるぞ、いいのか?。
「オーケー!」。
という訳で、途中ギブアップなしルール、で心理学やらカウンセリングやらについてディスカッションを開始した。
結局翌朝(つまり今朝)の4時に外が白み始めて、オレが「もうそろそろ寝ないと、明日の外来が大変だ」と思い、終了を提案するまで、娘はギブアップしなかった。「ギブアップしない限りは、負けではない」というグレイシー一族の誇りに似たものを我が娘から感じた。エラいと思った。
そういえば、どこかの地方では、「疲れる」ことを「エラい」というそうですね。娘は、ダブルの意味で、エラかった、と思う。
BGM. アグネス・チャン「美しい朝がきます」
『疲れる』を『えらい』というのは、名古屋弁ですね。愛知・岐阜などでは日常的に使われています。私も名古屋に
住んでいたときは、フツーに使っていました。『えらい』というより、発音的には『えりゃぁ』ですね。
ちなみに名古屋弁では、『偉い』とか『すごい』という意味でも『えらい』と言います。そういう点では、娘さんは
まさに『えらい』を具現化したような感じですね。
あべみつさん
いつもコメントありがとうございます。名古屋ですか。僕は、勝手に「岡山」とかかと思っていました。きびだんご、のイメージかしら。