心の護美箱⑰~アーカイブ「校医!」

13/Ⅲ.(金)2010 はれ コロナでセンバツ中止。コロナと関係なく小倉優子離婚危機?

心の護美箱⑯がいっぱいになったので、⑰を作りました。
はじめて、このブログを読まれた方は何のことだか、判りませんね。
とりあえず、グチを書き込めるページなのです。
つまり心に溜め込んでるものを、捨てる、ゴミ箱、のようなものです。非公開を希望の人は、そう書いてくれればアップしませんし、こちらが判断して「不適切」なものはアップを控えます。

↓。今回はこの記事のアーカイブスにしてみました。↓。

4/Ⅹ.(月)2010 くもり

今日は午後から、教育委員会の仕事で、都立高の校医。
何年か前から、引き受けてるのだが、初日は想い出深かった。
その日は約束より少し早く着きそうなので、町田のヴィレッジ・ヴァンガードで時間を潰した。
その時、レジの付近にミニ・ライターをいれるケースのようなものが飾られていた。
僕は、丁度、その日、「印鑑を持参して下さい。シャチハタでも可」
と言われていたので、シャチハタを握っていた。
何の気なしに、そのシャチハタを‘ラットフィンク’に突っ込んでみた。
そしたら抜けなくなっちゃった。
店員にもやってもらったが、どうにもこうにも抜けなくって仕方なくそのまま買い取った。
それが、コレ↓。今や、毎日の診療で使っている。


それで、学校に行くと、初日だから教育委員会の人も2人くらい来てて、向こうは校長先生と保健室の先生。
僕は、その頃、髪の毛が緑だか赤だったので、一瞬、皆は驚いた表情をしたが、そこは向こうも大人、平静を装った。
それでしばらく話をし、人の外見なんて5分もすれば慣れちゃうので
「いい先生に来てもらって良かった」って話が丸く収まった。
最後に、ここに印鑑をいただけますか?、と書類が出され、コレを出したら、たいそう皆、驚いたという話。

BGM. ぺろりん先生「反抗期」

※ラットフィンクは、ミッキーマウスのお父さんという設定の、ディズニー非公認のキャラクターです。最近、また人気が沸騰してるのかしら?中野「まんだらけ」で買い取り強化中だったから。


36 Replies to “心の護美箱⑰~アーカイブ「校医!」”

  1. ジャイアント馬場がプロレスに入る前に巨人軍でピッチャーをやっていたことは有名だが、猪木はブラジルの移民でコーヒー農場で働きながら砲丸投げをやりオリンピックを目指していた事はプロレスファンなら常識だ。
    だから、ハルク・ホーガンという外人レスラーが成功したのは彼のカリスマ性や身体能力は勿論だが、その名前が「歩く、砲丸」に空耳出来て、猪木ファンの心を掴んだのではないかと僕は考えている。
    猪木は真のプロレス世界一を決めるべくIWGP(インターナショナル・レスリング・グラン・プリ)を提唱し、第1回大会を開催にこぎつけた。これは何が何でも猪木が優勝したい。
    プロレスにはアングル(筋書き)がある。猪木は決勝戦でハルク・ホーガンを破り優勝するはずだった。
    しかし、猪木は策士でこれを直前に書き換え、猪木がホーガンのアックスボンバー(斧爆弾)でノックアウトされることにした。しかもこの筋書きの変更は猪木とマネージャーの新間寿しかしらず、相手のホーガンにもレフリーにさえ教えなかった。
    敵(ファン)を驚かすには味方から騙す、である。
    何も知らないホーガンはアクシデントで猪木をKOしてしまったと思い、青ざめた。ここを収拾したのは放送席にいた審判部長の山本小鉄である。小鉄も知らされなかったが、衆人環視の前でウソはつけない。「ホーガンの勝ち」を宣言した。猪木は小鉄ならそうするだろうと予想していたのだ。
    そこでホーガンは、ショーマンに戻り、自分の耳に手の平をくっつけ歓声を煽ったり、日本語で「一番~!」と人差し指を天に向けた。これにファンは熱狂し、原宿の竹下通りには「一番Tシャツ」が売り出された。丁度、世の中は、竹の子族が大ブームの頃だった。
    日本帰りは出世すると言われるのはホーガンからで、ホーガンはWWF(現・WWE)の世界チャンピオンになり、映画「ロッキー3」にも出演し、大スターになった。

    1. 喫煙ママさん、こんにちは。

      僕は誰が正しいか正しくないかとかジャッジする立場ではないし、そういう器でもありませんが、
      僕から言わせれば、喫煙ママさんに落ち度はありません。堂々としてましょう。
      父が娘を思う気持ちは感動的ですね。
      旦那さんも、かっこ良くなってきたじゃないですか!
      風向きはいいです。流れに逆らわず行きましょう。ではまた~

  2. 昔、僕が勤めていた病院で、ある日、床に万年筆が落ちていた。
    僕はそれを拾い、その万年筆でカルテの記載をしていたら、
    急に別の病棟から呼び出され、書き途中のペンを白衣の胸ポケットにしまって速やかに移動した。
    数日後、医局(医者の集まる、学校で言う職員室のような部屋)で僕が書き物をしていたら、
    ある偉い先生が僕の書く文章をもの凄い気迫で凝視していた。
    僕は、<こんな偉い先生に注目されるなんて俺の腕もまんざらじゃないな>
    といい気になっていた。
    僕が書類を書き終えると、その先生は、「川原君、随分と高級な万年筆を使っているものだね」
    と話しかけてきた。
    僕は、<あぁ、これですか?。書きやすいんですよ>と答えた。
    すると、その先生は、「高かっただろう?」と聞いてくる。
    僕は正直に、<これは●●病棟の診察室で拾ったんですよ>と答えると、
    途端にその先生は万年筆をひったくるようにして、
    「これは私のだ~!。●●病棟でなくしてから、ずっと探してたんだぞ~!」
    と真っ赤になって興奮して叫んでいた。

    僕があっけにとられていると、その先生は正気に戻って、
    「いや、見つけてくれて礼を言う。ありがとう」と頭を下げて、
    人目もはばからず、愛おしそうに「マイ・万年筆」を撫でていた。
    その先生とその万年筆の間にどんな感動的なドラマがあったのかを僕は知らない。
    興味ないもの。

  3. この間、家にあるコンピューターの定期チェックに、担当の人が来て、自室のPCをみてもらいました。
    注意するべき点と、「ここを直しました」的なことを、担当者が喋っている最中に、体が変調しはじめて、過敏に。
    すぐ治ったので、そのままにしておきましたが、「まだこんなところが残っているのか」と。そのあと、別の場所でも、似たような症状になりました。「対人恐怖かな」って思いました。コロナの不安が引きずったのかな。

    1. papaさん、こんにちは。

      ケルト人やアメリカインディアンは、死んだ人の霊は身の回りの物に宿っていて、だから物が故障するのは、
      「お前の体の点検をしろよ」という先祖からのメッセージだと考えるそうですよ。
      だから今回のpapaさんのエピソードは、きっと比較文化人類学者か何かが聞いたら喜ぶのではないでしょうか?

      「コロナうつ」は多いですね。

  4. 川原先生。
    こんばんは。わたし、いま、対人恐怖症、会話恐怖症になっています。
    薬を飲めば軽くなると言われたけど、長年東京に住んでいるのに、頭の中から、言葉が出てこないのです。表現できない。買い物はできても、仕事の時とか、はい、わかりました。これでいいですか?
    とか、最低限しか話せません。
    だから、バイトしたくても、人と、長時間いるのが怖くて、単発のバイトにも応募できなくて。、
    今の主治医が、自分を落としちゃいけないとげきれいしてくれるし、仕事のユニフォーム以外は必ずおしゃれしてね!と、アドバイスくれました。わたしの売りはある意味、そこでもあったわけで。
    会話と仕事をおろそかにしたせいで、
    すっかり田舎の人に思われています。
    川原先生に会いたいです。
    ダサくて、いじめられっこで、ひとりぼっちで話しかけてもらえなくて、田舎に帰って療養してと言われそうで。
    でも、川原先生、私だって、病気がよくなれば、そしてこんな、私でも友だちでいてくれる人がいれば、強くいきられる

    1. シンシアさん、OHA!

      返信が遅くなりごめんね。
      僕ももしあなたの印象を一言でと言われたら、「おしゃれ」と答えます。
      僕もおしゃれに気を使いますが、こないだ寒い日用の帽子を買いました。
      次のブログ記事で紹介しますね。
      僕は元気を出そうと、昨日、うなぎを食べて、絵を2枚描きました。
      絵といっても、メモ帳にボールペンで、ススイのスイ、って程度です。
      女の子とペアルックで出かけるモーソーです。春よ来い。

      1. 川原先生。
        先生に「おしゃれ」と、表現していただいたら、卑屈になんてなっていられないって、元気が出ました。ブログだと書けないこともあるけど、非公開にしてくださいと書いて、川原先生に読んでもらえばいいのかしら?
        でも、私のおしゃれ力は、今は、停滞しています。だって、話す力、交渉力、接客できるような話力、欠けてるんだもの。若い女の子達の最近のパワーは、すごい。新種の喧嘩の売り方か?と、思うような挑戦的な話し方や、心にもない笑顔。こんな風に思う私に欠けてるのは、素敵な彼氏と女友達です。
        先生とお帽子被って、茅ヶ崎行く妄想してみようかしら?

        それより、先生、顔の傷、大丈夫ですか?早く完治しますように。

        それと、自分に対するイメージ、シンシア自身だけでも素敵なイメージを持つことにします。
        先生に会いに行きます。春が来たら。、

        1. シンシアさん、こんばんは。

          あなたの記事で勇気をもらっている人は多いのです。
          書いちゃまずいことがあったら、たとえば固有名詞とか、こっちで伏字にしますよ。バラエティーで言う「ピー入れますよ」。
          顔の傷は大丈夫です。目も見えます。心配してくれてありがとう。
          そんなあなたに送るのは、ミュージックフェアから、吉田拓郎&かまやつひろしの歌でシンシアです。ご本人登場!

    1. さとゆみさん、OHA!

      あなたがここ数年以上、病気を克服する為にあらゆる努力をしてきたことを僕は知ってます。
      病気を治すには医師の力が不可欠ですが、僕も頑張りますが、あとは神様が僕に力を与えてくれるように祈るばかりです。

  5. 川原先生、今日傷のこと気づかなかったです、ごめんなさい。
    大丈夫ですか?
    私、面と向かって人に対する時、まともに顔が見れないんだな、とあらためて気づきました。

    今、心の中にずっと引きずっていることがあります。
    ある人がネットに投稿した内容が、状況は違うけれど、体験とその時に感じた感情、状態が、すごく自分と似通っていて、共感?なのか、自分の中がざわついて、つらくて泣きそうな気持ちになりました。
    自分の中の小さい自分や若い自分が反応してるんだとわかり、もっと自分の心とよく、丁寧に向き合ってあげる必要がある、と思ったら落ち着きました。
    でも実際向き合おうとすると苦しくなり、過去のことだけど、心の奥底では、ちゃんと「過去」になってないから、こんなに気になり、苦しくなるんだと思います。
    その投稿を読んだ時、若い頃に拒食症になったことを思い出したら、その後のそのスレッドのやりとりで、その人も拒食症を経験したことがわかり、さらに心が波立ちました。
    その投稿に対して、他の人たちも多く反響があり、共感や胸を打たれて涙したり、いたわりや褒める言葉(その投稿した人の頭の良さを)など・・・
    私は、自分ととても類似していること、今も心の中で感じている思いを、たぶん出したいんだと思うんですが、うまく言葉にできなくて、それにたくさんの人が読んでいる場で、つらい過去や思いをどこまで開示していいのか怖さもあり、今もまだ躊躇しています。

    1. りりさん、OHA!

      上手く書けてます!実験台、成功。オープン・ザ・ハートで表現して行きましょう。
      「元の人」へも共感にもなるし、きっと嬉しいと思いますよ。
      天地真理じゃないけれど、ひとりじゃないって素敵なことよ。

      お蔭さまで、僕はゲゲゲの鬼太郎よろしく髪を7:3に分けて、前髪を流して片目を隠してるから、りりさんは怪我に気がつかなかったのですよ。
      カムフラージュしてたから笑。
      ある時片目の運転手、ある時アラブの大富豪、あいつはあいつは大変装~

    1. いずみさん、こんにちは。

      ブログ読みましたよ。
      これ、このまま載せた方がいいと思うな。
      共感を得ると思うし、同じように困っている人、多そうだし。

      1. 川原先生、こんにちは。

        読んで下さってありがとうございました。
        迷ったけど、今さっきブログ更新しました。少し最後に付け足して。
        アドバイスありがとうございました。

        1. いずみさん、こんばんは。

          新しいの読んだよ。
          勇気いったと思うけど、勇気をもらえる人、多いと思うよ。
          とても、良い出来です!!

  6. 映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」
    を観て来ました。

    思った以上に揺さぶられまして、
    自分にとっては青春映画の側面があって、
    それで泣けて来てしましました。

    昨今の日本では聞けない様な、
    ある意味研ぎ澄まされた言葉達(時によって観念的な、が過ぎる場合がありますが)を浴びている内に、
    久しく眠っていた感覚が喚起されて、
    胸の辺りが苦しくなって来て、
    その様な衝動が、自分の人生を踏み外した要因の一つであったことに
    警戒感を抱きつつも、同時にその俄かに湧いたパッションを否定も出来ない、
    とも思ったのでした。

    比較的長い年月を費やして来た「変化」と急な「回帰」、
    この二つを目の前にしながら、
    やはり同時に自分の足元を確認しつつ、
    今は自分自身で見守ろうと思います。

    1. ボクシングファンさん、こんにちは。

      観ましたか?僕も観ようと思ってます。
      「おしぶどう」という深夜アニメの時間帯にこの映画のスポットCMが流れて、面白そうだなと思っていたのです。
      映画に詳しい人に聞いたら、このテープ、偶然、TBSの倉庫から出てきたんですって?
      だから普通は映画って企画が決まってから2-3年かけるらしいけど、これは異常に短い準備期間で出来たそうです。
      まぁ、「素材」がいいですものね。

      東出くんの不倫釈明会見の背景にこの映画の文字が見えたから何かと思ったら、彼がナレーションをやってるんですって?
      ちょっと映画の宣伝になりましたね。

  7. 実は、途中で削除されましたが、
    この元の映像の、ある程度の長さのモノが既に
    YouTubeにも上がっていました。

    東出のナレーションが映画の宣伝になった、と言うよりは、
    東出の宣伝になった?と思います、ちなみに個人的には
    映画鑑賞(感傷)後にそれに気付いた位でしたから。

    それより以前、杏との馴れ初めとなったNHKの朝ドラで、
    最初に「東出昌大」の名前を見た時に、
    「東大出昌」と読んだと言うより、見てしまい、
    「東大卒なのか、嫌みなヤツだ。」
    と早合点したことがあります。

    その意味では、不思議な「えにし」を少しは感じます。

    僕が何故泣けたのか?
    恐らく、少々訝られるかも知れないので、
    少し、仮面ではない告白、をしますと、
    新潮社からシリーズで出ていた、
    「新潮日本文学アルバム」と言うのがあって、
    僕はその「三島由紀夫版」を高校生のある時期、
    毎日の様に見ていたのですが、
    映画に出て来る写真のカットがこの本と全く同じモノが
    随分多く使われており、
    その一枚、一枚、をハッキリ覚えていたので、
    もう目頭が熱くなってしまった訳です。

    なので、自分にとって紛れもなく「青春」の回帰だったのです。

    不謹慎な言い方かも知れませんが、
    個人的には世間のコロナ騒動が一気に吹き飛んだ
    ここ数日でした。

    1. ボクシングファンさん、こんばんは。

      青春の「回帰」のくだり、興味深く読ませてもらいました。
      ところで、東出くんって確かに、そう読めますね(笑)
      「不道徳教育講座」だったかな?三島が「東大を出てよかったのは、東大に入ってもしょうがないよ、と言える事くらい」って書いてませんでした?違ってたらゴメン。

  8. 川原先生。
    こんばんは。花冷えって、言うのでしょうか?今日の寒さ。
    川原先生に、親戚の家だと思ってフラッと寄って、と、言葉を頂き、本当に久々に話をしに行きたくなっています。
    その場合、今の主治医の、紹介状って、わざわざもらう必要はあるのでしょうか?
    あまりにも、自分の振る舞いや、社会性のなさ、身近に親しい人がいないことなど、不安材料がたくさんあって。
    このままだと、早い早い独居おばあさんみたいになりそうで、怖い!

    1. シンシアさん、こんばんは。

      本当に今日は寒いね。風が強いのかしら?
      ここに来るのに、わざわざ紹介状はいらないですよ。
      ただ、今の治療の邪魔になるといけないから、許可はとってきて下さいね。
      ではまたね~

  9. 「不道徳教育講座」、知りませんでした(冷汗
    Amazonでのカスタマーレビューで評判が良い様だし、
    読み易そうなので、ちょっと読んでみようかな?
    と、検討中です。(苦笑)

    しかし、いつの間にか、三島由紀夫の享年をとっくに超えてしまいましたが、
    三島を形容する際よく使われる「鬼才」、
    改めてその言葉が本当によく頷けます。

    これは余談ですが、僕の高校の頃の担任が国語の教師で、
    僕が在校中に「現代詩手帖賞」を受賞して、
    在校中は色々面倒なことがあって相談出来なかったのですが、
    社会人になってから色々相談しに行ったんです。

    そうしたら、ぶっちゃけ話をしてくれて、
    その「現代詩手帖賞」を受賞した時に、
    出版社から色々評論の執筆依頼が来て、
    正直気持ちが揺らいだ、と。
    でも、断った。
    その主な理由は、文筆を生業にしても「量産」して行くだけの自信が全く無かった、
    と言うのが正直なところだった、と。

    だから、気持ちは分かるが、余計なことを考えずに
    早く嫁さんを貰って家庭を築け、

    と言うのが大方のアドバイス内容でした。

    話を元に戻しますと、三島はやはり鬼才です(当たり前ですが)、
    その作品の「量」だけでも信じられない程の作品を残しています。

    これもまた余談なのですが、
    「新潮日本文学アルバム」には確か、
    三島の晩年の原稿のカラー写真があって、
    この時代の作家には珍しく、行書体ではなく、律義とも言える程の
    楷書体で書かれており、
    原稿上での自身による校正も少ないので、編集者には読み易かった、
    と言う様な記事があったと記憶しています。

    つまり、何が言いたいのかと申しますと、
    「不道徳教育講座」を知らなかったことを色々言い訳している次第です。(笑)

    1. ボクシングファンさん、OHA!

      僕も「不道徳教育講座」は高校の時に家庭教師の先生から教わりました。
      思春期の頃って、親でも養育者でもない「ニュー・オブジェクト」という人からの影響が大事ですね。
      そんなことを言ってるうちに我々も若い子に何かを伝えていく立場(年齢?世代?)になりましたね。
      僕の印象では、本やマンガはなんとかなってますが、音楽に関して若い子って本当に良い物知ってるのかな?と心配になります。

    1. いずみさん、こんにちは。

      僕は今年、大殺界2年目で、コロナは想定内。
      オリンピックも、僕の誕生日(7/24)がスタートの予定日だったから「覚悟しろよ」(誰に言ってる?)と思ってたらやはりそうで。
      細木某が言うことにゃ、大殺界に占い通りに悪いことが起きる人と起きない人がいる。その差は、悪い運気に悪いことが起きる人は「運が強い」んだって。
      だから僕は「運が強い」んだって、自分を慰めています。
      しかし、いいことばかりはないのが人生ですね。僕は時々、周りが全部敵に見えることさえあります。…被害妄想なんですけど。
      そういう時に、たった一人でも味方してくれる人がいると「女神」に見えますよ(なんで女性限定なんだ!?)
      だから我々のような職業の物は、辛い人の心の味方になってあげれるといいなと思います。

      ちょっと一つだけいいこと。うちの近所においしいピザ屋をみつけました。高級ワインもあるよ。タッちゃん、ご満悦。

  10. 川原先生、こんばんは。

    この数週、ごみ箱を使おうと思った時に、結局送らないで我慢したのは、世間が皆等しく大変なのに、弱音を愚痴るなんて、、しっかり頑張らなきゃ。と思ったのもありました。

    でも、時間が経ってから話したりすると、少し格好つけてキレイに話しちゃうから、(前回のも少しキレイに書き直して送っちゃったのです。)
    今日は、今の感情のまま送ります。

    ここから、非公開。

    1. ツナさん、こんばんは。

      キャンセル料のこととか考えさせれました。あなたにはいつも考えさせられます(マジです)
      僕はいつもマスクはしないのですが、今日は「志村けんの追悼のため」マスクをして診察しています。
      ではまたね。

  11. 川原先生おはようございます。

    悲しい。今は、感染の怖さとかよりも、悲しくて締め付けられます。ニュースを見る度にだれが死んだだの重篤だの罹患しただの。

    ここから非公開。

    1. ツナさん、こんにちは。

      心中察します。
      僕は昨日、録画してた、志村けんの追悼番組を観ました。
      ゲストは生き残りのドリフ3人組みと、研ナオコに、いしのようこ(石野陽子)のベストメンバー。
      だが、やはり、マーシーにいて欲しかった。
      その番組はまぁいい番組だったが、多分、志村のフィルムは膨大だからどれをチョイスするかは難しかったと思うのだが、田代まさし、の出演シーンを流さないのは、仕方ないのだろうが、志村の功績を称える意味で物足りなかった。おまけに最後に出演経験のある者の名前のテロップが流れ、松田聖子だ和田アキ子だ、とその中にもマーシーはいなかった。
      まはや放送禁止物体か。
      しかし、どうなんだろうか。こういう際だから、マーシーをゲスト席に座らせて、「志村さんの代わりに自分が死ぬべきでした」(←何かのインタビューでそう答えてた)と肉声を聞きたかった。追悼ってそういうものじゃないだろうか。地上波では無理か。BSではどうだろう。

        1. ツナさん、こんにちは。

          色々と大変そうですね。「カード」と「ゴミ箱」はどんどん使って下さい。まず自分を守らないとね。

          さて全然話は変わりますが、前にテレビでみて印象に残ってるエピソードを書きます。
          あるお笑い芸人さんが言ってたのですが、「お笑い第4世代」とでもいうんですかね、その辺の人たちが、
          テレビの公開番組でネタをやって、観客の投票で順位を決めるという企画があったそうです。
          その人たちが優勝したらしいのですが、当時のお笑い芸人は血気盛んで、
          「なんであいつらが優勝なんだ?」「自分のほうが面白いだろう!」と食ってかかったそうです。
          その時に、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)の有田が、割って入り、
          「お前らそれは違うぞ!観客が選ぶルールで戦って、観客がこいつらを選んだんだから、優勝はこいつらなんだよ!」と一喝。
          皆を黙らせたという。有田、かっこいいですね。
          で、肝心のその優勝したお笑い芸人が誰だったかっていうと、いくら思い出そうとしても思い出せないのです。
          僕にはこういうクセがよくあって、木をみて森をみない、というか断片的に局所的にしか覚えてない記憶が多いのです。
          ま、記憶に残らない程度の芸人だった、とも言えるのですが。

          1. 川原先生、ありがとうございます。

            お笑いの話。U-turn時代の土田さんかな…。ガハハキングの番組。初代勝ち抜きが爆笑問題で、司会がマーシー。

            でも、あれは視聴者投票じゃなかったような気もするし、調べたら10週目で土田さんは敗れてるから、全然違うかも。夫と思い返して、そんな事があったような。という超曖昧な記憶です。

          2. ツナさん、こんばんは。

            おお、早速、応答ありがとう。
            僕はその番組はみてなくて後日談としてみてるから「正解」は聞いてもわからないのです。
            U-turnの土田と言えば、何かの番組のキャッチフレーズが、多分、U-turn、とかけたのでしょうね、
            「回転禁止の青春」で、「わけわかんないですよね」と笑いをとってたけど、僕は「土田って、美樹克彦、知らないのかな?」って思った思い出があります。

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