13/ⅩⅡ.(木)2012 くもり
今年は年の瀬になり、中村勘三郎が亡くなったり、森光子の葬儀が行われたり、追悼プログラムが多いですね。
先日、徳田さんとお昼を食べに近くの中華料理屋に行った時も、お店のテレビではお昼のワイドショーを流していて、
中村勘三郎の歌舞伎の映像や、森光子の葬儀に列席する芸能人の数々を映し出していました。
僕が、<あっ、ヒガシだ。おっ、SMAPも来てるよ>と反応すると、
徳田さんは「ジャニーズは全員参加じゃないですか?」
と冷静だった。僕らは、今年は色んな人が死んだね、とか、知り合いでも死んだ人がいたっけね、と1年を振り返った。
当たり前のことですが、こうゆう有名人の死は連日メディアでとりあげられますが、一般人の死はひっそりとしたものです。
昔、爆笑問題の本で『死のサイズ』というのがあって、著名人の新聞における死亡記事の大きさをランキング付けしたもので、
死の報道が大きければその人は偉大なのか?、という問いを読者に投げかけるもので興味深かったです。
命の重さに違いはないのにね。
まぁ、そういう難しい話はまたの機会にして、今日のテーマにしたいのは、「故人を偲ぶ会」、についてです。
「故人を偲ぶ会」とはお通夜や告別式とは別で、亡くなってから少し間が空いてから行われる会のことで、
僕はそれへの正しい参加の仕方がいまだに良く判らなくて、どう立ち振る舞うかを悩みます。
あんまり陰気でもよくないし、ふざけすぎると怒られるし。難しいな。
僕が大学に入ってすぐ、高校の同級生が亡くなった。
そいつと僕は仲が良くて、浪人時代は同じ予備校に通って、隣の席に座って授業を聞いていた。
そいつは僕より頭が良くて、背も高くて、いつも落ち着いていて、真面目な男で、真面目すぎる所が逆に面白い位で、
大人で、だけど、若々しさに欠けていたとも言えるな。だから早死にしたのかな。
そいつが死んで、少しして高校の時の仲の良い5人だけが、自宅に招待された。
家にはそいつのお母さんとお姉さんがいた。
それが僕らの人生初の「故人を偲ぶ会」だった。
この時は大変だった。
僕らはまだ高校を出たばかりで、どんな格好をしていけばいいのかも誰も判らなかった。
前日に、僕らはゆかりの地である御茶ノ水に集まってミィーティングをした。
なぜ僕らだけ招待されたのか?
ご家族は何を望んでいるのか?
僕らはどんな顔をして、何の話をすればいいのか?
話してはいけないことはあるのか?
お姉さんが美人って本当なのか?
それはこの際、関係ないだろう?
でも、美人らしい。
結局、服装は普段通りで行こう、ということしか決まらず、その日は散開した。
僕は今思っても、結構、真剣に自分の役割とかを考えたと思う。
そうして、僕は「偲ぶ会」用に2つのネタを思いつき用意した。
「偲ぶ会」は想像したより明るい空気で進行した。
向こうのお母さんとお姉さんが僕らをとても良くもてなしてくれたからだ。
みんなのする高校時代の想い出話を、お母さんとお姉さんは<へ~、そうなんだ>とにこやかに聞いていた。
すると思いついたように、お姉さんは、予備校時代はどうだったのか?、と質問してきた。
今だ!
僕は1つ目のネタを出す。
鞄に仕込んでおいた‘エロ本’をテーブルの上に置き、<借りたまま、返せなかった本です>と姉に差し出した。
一緒にいた奴らは、びっくり仰天した顔をして、中には「馬鹿!やめろ!」と怒ってる奴もいた。
だが、時すでに遅し。
お姉さんは、‘エロ本’を手に取って、1枚1枚、丁寧にページを繰って、じっくりと見て、不意に一粒の涙が頬をつたうと、
ポーンとテーブルの上に‘エロ本’を放り投げて、「な~んだ、あの子、こんなの持ってたんだぁ」と、嬉しそうに笑った。
その優しげな笑顔に、一同胸を撫で下ろした。
それでハードルが下がったんだろう、みんなは高校時代の馬鹿話に花が咲いて、やがて暴露合戦みたいになり盛り上がった。
そして時間はアッと言う間に過ぎて、そろそろ、おいとまに。しかし、僕にはもう1つネタがある。ここがタイミングだ。
<あの~、僕、あいつに2千円、貸してて、返して貰ってないんですけど…>。
またもや一緒にいた奴らは、びっくりした顔をして、中には「馬鹿!やめろ!」と怒る奴もいたけど、すぐさま、お母さんが
「あら、ごめんなさい。もう、あの子は借りっ放しね。他にはいない?」と財布からお金をくれた。便乗する者はいなかった。
そして僕らは、お母さんとお姉さんの笑顔に見送られて、最寄駅へと向かった。
僕はみんなに、<牛丼でも、おごろうか?>と言ったけど、みんなは「その金じゃ食えないよ」と口を揃えて言った。
その日の僕の成績は、現金2千円のプラスと、‘エロ本’1冊のマイナスだった。
この2千円の正しい使い途は、どう考えても‘エロ本’だろう。当時、御茶ノ水には有名な‘エロ本屋’があった。
僕はみんなにそこに行こう、と提案した。みんなは、ブツブツ文句を言いながら、渋々、後について来た。
そして、結局、なんだかんだ言って、みんな1冊づつ、買うことになった。
「これも供養だ」と合理化する奴もいたが、僕も<その通りだな>と思ったし、それに今でもそう思う。
皆さんは、「故人を偲ぶ会」について何か考えたことがありますか?。
今の僕は、もし誰かを「偲ぶ会」に呼ばれたとしても、当時と同じ手は使わないと思います。
BGM. 岡田奈々「らぶ・すてっぷ・じゃんぷ」
今回の先生のお話は、とても感慨深く読ませて頂きました。
私は身近な人の死というものに直面したのが、つい最近でそれまで
人の死というものを深く考えたことが正直ありませんでした。
青春の光と影といいますか・・・。
荒井由美さんの「翳りゆく部屋」の歌詞を一部引用させて頂きます。
(著作権使用許可はユーミンからもらいました。)ウソ
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二人の言葉はあてもなく 過ぎた日々をさまよう
ふりむけばドアの隙間から 宵闇がしのび込む
どんな運命が愛を遠ざけたの
輝きはもどらない
わたしが今死んでも
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お姉さんがエロ本を手に取って、パラパラ読んだ後、一粒の涙が・・・の行は
私も泣いちゃいました。お母さんとお姉さんはとても嬉しかったと思いますよ。
これ、宮藤官九郎さんに映画化希望出しておきます。
主題歌は椎名林檎さんに是非!
やられメカさん
BGMは、岡田奈々より、ユーミンのこの歌の方がマッチしますね。
コメント、ありがとう。
いいお話しですね。川原青年らしいそして、高校のお友達の反応も楽しかったです。
主人の父が、今月いっぱいの命と先日知り、明日明後日家族で、帰省します。
意識のあるうちに孫達の顔をみてもらいたいと思います。
多分義父の死もひっそりしたもだと思いますが、やはり気が気ではありません。
主人も私もここが踏ん張り時。しっかり見送りたいと思います。
あんころもちさん
いいご家族ですね。色々、大変だったでしょう。
コメント、ありがとうございました。
二千円の使い方は正しいと思います!
ひっ!みんな一冊づつ買ったんですね。
お友達も、草葉の陰で笑っていたと思います。
このお話を読んでると、正しい偲び方ってないんじゃないかと。
それぞれの想いで自由にしたらいいんだな、と感じました。
お姉さんがエロ本をじっくり見て(!)涙をこぼされた気持ちはせつないですね。
(エロ本はネタだったとしても)弟はこういうのも見てたんだな、普通の男の子がすることを同じように出来てよかった、
と安心したのかな。寂しいんだけれど、心があったかくなりますよね。
ということは、先生のネタは、ご家族にとっては二つともナイスでしたね。
「よくやったで賞」をあげたいと思います。
花の香りさん
「正しい偲び方」は「それぞれの自由」というのは同意見ですね。
「よくやったで賞」ありがとうございます。
「故人を偲ぶ会」について考えた事はありません、お葬式に行ったとき、告別式に行ったときに都度考えさせられます。
昔は(子供のとき)お葬式の時、お清めなどでみんなが笑っているのが理解出来ませんでした、なんで人が死んで笑っているんだろう?大人って解らないなぁ・・・と思っていました。
でも今はそれが解ります。悲しみ方も色々、偲び方も色々ですね。
でも若い人が理不尽な死を迎えた時にはつらいものです、上手く偲べないですね・・・・・・
正しい偲び方をマスターしておきたいものです。
Sinさん
コメント、ありがとうございます。
本当に偲び方も、色々ですね。