◆第一章 ザアカイ◆
ザーカイは、お金持ちですが高利貸で皆から嫌われていて、お友達もいませんでした。だから余計に、お金に執着したのでしょう。悪循環ですね。ザーカイの身体的特徴は、とても背の低い男でした。下が、ザーカイ。↓。
ザーカイの町に、人気絶頂の、イエス様がやってきて、たくさんのファンを魅了しました。怪獣のフィギュアが民衆で、豹柄+王冠の後姿がイエス様。↓。
ザーカイもイエス様を一目見ようと訪れましたが、人がいっぱいで後ろの方では、背の低いザーカイには、イエス様がみえません。↓。
そこでザーカイは、どうしてもイエス様を見たくて、近くにあるイチジクの木に登りました。↓。
今回の記事の中で唯一の屋外ロケです。必死に登るザーカイ役の川原先生。目測で、標高約20センチメートル。↓。
舞台を屋内に戻します。そんなザーカイをイエス様は、「ザーカイ、降りてここに来なさい」と認知してくれました。↓。
イエス様には何もかもお見通しです。「ザーカイ、悪いことはダメですよ」。ザーカイは、たくさんのファンの中から自分だけにリプくれたと喜ぶオタクのように、嬉しくて、反省ザルのように素直になりました。↓。
そして悪い事して余計に儲けた金品やお宝をイエス様に渡し、寄付しました。↓。
ザーカイが寄付したお宝たち。長門有希のガレキ。スペース長門。↓。
涼宮ハルヒのご当地チャーム。その1。↓。
涼宮ハルヒのご当地チャーム。その2。↓。
ひぐらしのなく頃に、のDVD全巻購入特典の、知恵留美子先生のカレー、↓。
ひぐらしのなく頃に、のDVD全巻購入特典の、知恵留美子先生のカレーの器に入れて、ふるまい、↓。
ひぐらしのなく頃に、のDVD全巻購入特典の、麻雀牌で一緒に遊び、↓。
それ以来、ザーカイの評判は鰻の滝登り。友達も出来て、お金より大事なものを知り、幸せに暮らしたとさ。
◆第二章 マグダラのマリア◆
マグダラのマリアは、娼婦です。セックスワーカーともいいます。これは性風俗に関する偏見に対して、これも立派な仕事だと支援する時に使う言葉だそうです。そう言えば、人類でもっとも古い職業は「売春」だと中学の授業で習ったことがあります。セックスワーカー、覚えておきたい単語ですね。下は、マグダラのマリアの根城、ピンクのカーテンで仕切られています。美保純、元気かな?。↓。
これが、マグダラのマリア。花瓶でスカートの奥を華麗に隠しています。↓。
これは、けいおん、のうちわを何枚も重ねて持つことで、フラメンコ風の(あるいはジュリアナ風の)扇子を模擬しています。小道具の少なさを知恵で補っています。アイデアは、うかい&杉山。↓。
セックスワークは、どんな相手が来るかわかりません。蒲田君のようなシャイな子は優しく包みます。↓。
時には権力者の相手もします。ピンクのフラミンゴは、ウイリアム・テルが住む村の村長です。(柿と、クマと、ウィリアム・テル。参照)。↓。
時には娼婦は看護師のようにお客さんの体調も気遣います。下は、ペンライトで瞳孔をチェックしてるところです。中国製のピカチュウの目が変てこだからです。↓。
そんなマグダラのマリアの生涯を変える一大事がおきました。イエス様と偶然、バッタリ出会ったよ。でも、これは偶然ではなく、必然だったのだと思います。↓。
それ以来、マグダラのマリアは、イエス様に帯同し、身の回りの世話をします。雪が降る日は傘をそっと差し出します。まるで、高倉健に対する池部 良の立ち位置です。↓。
↓こんな感じ↓
夏の暑い日には、汗をお拭きします。ボクシングのセコンドみたいですね。↓。
さぁ、急展開だ~!そこに、イエス様をよく思わない権力者が、イエス様を悪人扱いし、ひっ捕らえに来ました。盾と槍をもった憲兵です。頭にかぶったヘルメットは、コンビニのレジ袋を使用。小道具の少なさを知恵で補っています。アイデアは、川原。↓。
憲兵は、おそろしい形相と逞しい肉体美でイエス様を追い詰めます。↓。
憲兵の1人が、ついにイエス様を捕らえました。死刑、確定です。↓。
磔(はりつけ)です。昔、漫画「タイガーマスク」の覆面ワールドリーグ戦に、ゴルゴタ・クロス、というレスラーが出てきました。タイガーマスクは「虎の穴」からすれば裏切り者です。裏切り者といえば、ユダ、なのでしょうが、そこは梶原一騎の腕の見せ所、タイガーマスクを十字架にかけることによって、実はタイガーは裏切り者じゃなく、救世主なのだと読者にメッセージを送ったのです。ちなみに、ゴルゴタとは、イエス様が十字架にかけられた丘の名前です。そう考えるとすごいリングネームですね、ゴルゴタ・クロス。↓。
あっ、すみません。話をタイガーマスクから、聖劇に戻しましょう。
こうなると、イエス様の弟子たちも逃げてしまいました。憲兵の追っ手による尋問にも、ニワトリが鳴くまでの間に3回も「イエスなど、知らない」と言ったものもいます。↓。
それもそのはず、この磔はむごい死刑だから、誰だって腰を抜かして逃げ出します。こんな風に、手足を縛られ身動き出来ないのに、槍で突かれるのです。↓。
ついに、イエス様は死んでしまいます。憲兵が木魚を鳴らします。死す間際まで、自分の宗教を否定されます。↓。
息絶えたイエス様。そこを最期まで、看取ったのが、マグダラのマリアでした。↓。
悲しみに泣き疲れる、マグダラのマリア。↓。
イエス様の死体は、その後もゴルゴタの丘に、見せしめのように放置されていたのですが、3日後、マグダラのマリアがお参りに行くと、イエスの姿がありません。↓。
一体、これは何なの?イエス様の復活を予感するマグダラのマリアは周囲を見渡します。↓。
すると誰かが、ワックスをかけたばかりでピカピカの廊下に倒れていました。↓。
かけよるマグダラのマリア。「あっ、イエス様だわ。復活なさったのね」。↓。
マグダラのマリアは、娼婦時代に培った全ての才能を駆使します。まずペンライトで瞳孔反射を確認します。「生きてる。助かるわ。いいえ、私が助けるわ」。↓。
マグダラのマリアは、昔の自分の根城にイエス様を連れて行きます。憲兵に見つかるとまずいですからね。↓。
そして、ピンクのカーテンを開けます。↓。
「体温が下がってるから、温めなきゃ」。↓。
そして、鼻から魔法を吹き込むわ。「エコエコ・アザラク、エコエコ・ザメラク」。↓。
仕上げは、これよ。「さぁ、どうぞ。ここに。膝枕よ」。↓。
杉山耳かき店です。↓。
「はい、反対側も」。↓。
「生き返ったぞ~!」。イエス様の復活です。↓。
喜びのあまり、嬉しく抱きつく、マグダラのマリア。本編、クライマックスの百合シーン。サービスショットです。↓。
こうしてマグダラのマリアは、性女から聖女へとなったのです。下は、マグダラのマリアのポストカード。画家は、エル・グレコ。↓。
◆第三章 盗っ人女◆
罪深い女は、窃盗の常習犯です。村人も怒り、ボーリングのピンを持って、追いかけます。これで叩いてやらなければ気がすみません。↓。
「なんてすばしっこいんだ。やっと捕まえたぞ」と村人Aが言います。↓。
「盗んだものを出せ。出さないと殴るぞ」と村人A。手前の村人Bはボーリングのピンをバットに見立てて、一本足打法の構え。「かっ飛ばしてやる」という意気込みが、いつもちょっとズレたパフォーマンスになる村の陽気なおじさんです。↓。
罪深い女は、白状しました。「私が盗んだ物は、顔です。綾瀬はるかの美しい顔を盗みました」。↓。
盗んだものが顔だと知り、そのシュールな犯罪に余計怒りを抑えられない、村人AとB。↓。
そこにイエス様が降臨です。「待ちなさい。この中で、一度も他人の顔を欲しがったことのない者、その者だけが、彼女を叩く権利があります」。↓。
村人A「う~ん、そう言われると困ったな。他人を羨ましいと思ったことはあるわ」。村人B「わしゃ、チュートリアルの徳井の顔が欲しかった」とひょっとこ顔をしました。↓。
イエス様「じゃ、これからは皆で仲良く暮らすのよ。心の空虚さが埋まれば、盗みを働く必要もないでしょう。なぜなら、欲しいのは他人の顔ではなく、人の心の温もりや、もっと言えば他者からの関心だったのだから」。↓。
◆第四章 親子の絆◆
この子は神童と呼ばれる、ジャグリングの天才。↓。
ちなみに、神童と天才の違いは何かと言うと、「神童とは、子供のくせに大人のようなことが出来る子のこと。だから、神童もはたち過ぎればただの人」という所以です。この子は、そう言った意味では天才です。金になりますね。↓。
2人の「母親」を名乗るものが現れ、この子の取り合いです。↓。
騒ぎを聞きつけた、イエス様がやってきて、解決策を提案します。「母親は一人です。どちらも譲らないなら力ずくで決めるしかないでしょう。両側からこの子の手を引っ張り合って子供を奪いなさい」。↓。
よ~し、せいのせいの。オーエス、オーエス。↓。
子供「痛いよ~。痛いよ~」。↓。
ほりゃ、あちきのモンじゃい。↓。
へへへ、やったぜ、この子は銭のなる木だ。↓。
おれのモンだ~!イエ~イ!↓。
「ちがいます」。イエス様が言いました。「子供が泣き叫ぶ姿を見て、心が痛み思わず手を離してしまった、こちらの女性が本当の母親です。親の愛とはそういうものです。」。↓。
「さぁ、あなた達、これからは幸せに暮らすのよ」。「はい」。↓。
◆第五章 三方一枚損◆
村人Xが、煙草を吸って休憩していた。↓。
そう長居もしてられない。その場を去る、村人X。↓。
「あ~腰が痛ぇな。休憩でもするか」と村人Yがやって来た。↓。
村人Yが煙草を吸う。↓。
「おや?こんな所に忘れ物がある。ベルハーのCD3枚。今となっては貴重な物だ」。↓。
「おいおい、お前さん、忘れ物だよ」。↓。
「ベルハーのCD3枚、あそこのベンチに忘れてあったぞい」。↓。
村人X「確かに、これは元はあっしのだ。しかし、一度、あっしの手から離れた物だ。拾ったお前さんの物だ」。↓。
村人Y「いやいや、あちきだって、ナザレの生まれよ。こんな物を受け取った日にゃ、村の笑いモンだ。お前に返す」。↓。
なにを~、わからずやめ~。こうなりゃ、フェンシングで決闘だ、望むところよ。↓。
やめれ、やめれ~。喧嘩はいけねぇだ~。↓。
誰か仲裁ばしてけろ~。↓。
そこに現れしは、ナザレのイエス。「どういう訳で喧嘩になったか経緯を教えてくれないか?」。↓。
「なるほど。3枚のCDを、落とした方も、拾った方もお互いに受け取らず、相手に与えようとしてる訳だな」。↓。
何か良い解決策がないものか。無駄な血を流させる訳にはいかない。↓。
ひらめいた!「ここにもう一枚、同じベルハーのCDがある。これは私の物だ」。↓。
これをさっきの3枚に加えると合計4枚になる。↓。
それを2枚づつに分けて、おのおのに分けることにしよう。↓。
村人Yは、本当なら3枚もらえるところが2枚だから、1枚の損。↓。
村人Xは本来なら3枚戻ってきていいのに、2枚しかないから、1枚の損。↓。
そして、かくいうイエスも自分のCDを与えたのだから、1枚の損。↓。
「こうして、みんな平等に、1枚づつ損をした、ということでどうだ?」「なるほど、それなら合点がいくぜ」「こりゃ、一本とられた」。
これぞ、名裁き「三方一枚損」。↓。
アホか~!どこが聖劇やねん。最後の二つは、大岡裁きじゃないか。いい加減にしろ。↓。
という訳で、おしまい。田舎のお母さん、見てる~?アーメン。
BGM.吉田拓郎「もろびとこぞりて」
川原です。
サザンオールスターズの活動初期、「いとしのエリー」とか「C調言葉にご用心」が売れてテレビに出過ぎて疲れた彼らが、活動休止というかメディアに出ないで、毎月一枚づつシングルを出すという時期があって、セールスは伸びなかったが、僕はサザンはこの時期が一番好きです。
この時、5枚のシングルを出して、「いなせなロコモーション」とか「わすれじのレイドバック」などで、この企画を「ファイブ・ロック・ショー」と呼んでました。そのネーミングも好きでした。
今回、聖劇を記事にするにあたり、タイトルをどうしようかと思った時、これを思い出し、そこに敬意を表して、「ファイブ・フォト・セッション」としました。
100枚以上の写真から厳選し、加工&編集してくれたのは、うかいさんの手柄です。誉めてやって下さい。