相談室だより〜〜ポスター特集の最終回

こんにちは。とくだです。

ポスターみてくださった方もいて、嬉しく思います。ありがとうございます。

実際に、‘カウンセリング、心理療法は最後の手段‘、という思いで来てくださる方も多いです。だからこそ、その一歩手前で、心理療法というものを身近に感じてもらいたいという意味合いがある今回のポスターです。

 

心理療法を知るきっかけ、がクリニックの場合は、医療の場なので、どうしても心身の不調と密接です。でも、必ずしも病気、というわけではなく、私たちは悩む時期があります。それも一つの『創造の病』でしょうか。

 

私たち心理士は、その人にとっての病を理解して、その意味を考えていく作業において、連続性を持って複数回の面接を重ねていきます。

 

ここで、もう一歩話を進め、心理療法を始めてから、の話。

心理療法を始めてしばらく経つと、

何を話していいかわからなくなった、

話すことがなくなった、

何も思い浮かばない、

思っていたような方向とは違っていた、

沈黙が多くなった、

といったことが起きてくることがあります。

 

あるいは、

遅刻が増える、

キャンセルが増える、

料金の支払いが滞る、

こういうこともしばしば起きることがあると言われています。いわば、心理療法あるある、なのです。

心理療法が進んでいく過程で起きてくることで、始めてみたからこそわかること、とも言えるでしょう。‘偶然‘かもしれないけれど、繰り返される、そんな時は、これは心理療法の進み具合と連動しているかもしれません。

私たちは良くも悪くも変化することに抵抗感を抱くもののようで。少し専門的にいうなら、治療抵抗といわれます。抵抗、というと否定的なイメージの言葉かもしれませんね。でも、否定的な意味合いだけではないパワーがあるものです。

精神分析の理解では、かつては、この抵抗は、変化を求めるはずが、それとは逆の力が働くもの、治療の妨げになるもの、という側面がまず注目されました。

ただ、現代では、抵抗の他の側面、その人が自分を守り自己の安定感を維持するためのもの、その人の現実適応を支えるためのものという側面もあることが考えられるようになってきています。

抵抗には、その人の持つ生き様というのでしょうか、そういうものが絡んでいるのです。無意識的に安定を維持しようとやってきた方法が人それぞれあるわけで。それは外からみたら歪な方法に見えたり、自分自身でも苦しんでいる方法であっても、それが自分にとっての適応的な方法だったり。

でも、場合によってはその方法は、かつては適応的だったかもしれないけれど、今、合わなくなってきているものかもしれない。そのひずみと症状が関連しているかもしれない、そんな仮説を考えます。現実適応はとても大切ですが、無理が生じていては苦しくもなります。そういうところは、一歩踏み込んでみないと見えにくいところです。

心理療法が、予約制で、時間と料金とペースが決まっているのは、見えにくいものを少し見やすくする、そういう風に作られています。

抵抗が生じている時、まず自分自身があまり気づいていない、ということも多いものです。

あれ?もしかするとそういうことかな?という視点を持ってもらえたら、それについて話し合えるきっかけになるかなと思います。

気付いたとしても、実際に、面と向かって心理士に話しにくい場合もあると思いますが、その思いを言葉にしてみてください。

そういう話し合いを通じて、そこのテーマを一段深めていくことができるかもしれません。あるいは、結果的に、そこで心理療法を終わることも一つかもしれません。

私たち心理士にとってもですが、心理療法の終わり、というテーマは、さまざまな思いが巡るものです。心理療法を終わる場合には、終わりの時期を決めて、その過程を話し合えるといいでしょう。

心理療法、というものは、まだまだあまり馴染みがないかもしれませんが、この少し特殊な時間、人生の中であるひととき、そういう時間を持ってみるのも一つではないでしょうか。

 


相談室だより  ~~創造の病(creative illness)~~

松井さんからバトンを受け取りました、心理の原です。
カウンセリングの新しいポスターができましたね。
若い人にもカウンセリングを身近に感じてもらえたら、と思っています。

2022年度から、高校の保健体育の授業では精神疾患にかかわる項目が盛り込まれるようになりました。背景には、①精神疾患の多くが10代(思春期)に発症が急増していること、②適切な処置が遅れると症状や生活への影響が深刻になりやすいことがあります。最近の研究では、うつ病や統合失調症など発症のピークは19.5歳から20.5歳、強迫性障害や不安障害、摂食障害のピークは14.5歳から15.5歳という結果もあります。また精神疾患全体(認知症を除く)では18.5歳までに罹患者の半数が発症しているとも言われています。もちろん大人になってから発症する人もいますが、10代での発症は見逃せない割合に達するわけです。(参考:東京都こころの健康だよりNo.138 2023年10月)

思春期は、子どもから大人へと心身ともに変化する時期です。急激な身体の成長に戸惑いながら、心の中は子どもと大人の間を行ったりきたりします。周りの評価を気にしながら、自分とは何かを自問自答したり、親に甘えたい気持ちと自立したい気持ちの間で揺れ動いたり、多くの葛藤を抱えて戸惑いながら過ごしています。

自分自身を過大評価する一方で、ささいなことで自己卑下にとらわれたり、周囲に対して根拠なく優越感を持ったり、次の瞬間に激しい劣等感が湧いてきたりします。容姿や体型などの外見的特徴もアイデンティティの形成に大切な役割を担っています。このように思春期は、自分への関心が高まり、自分らしい生き方を模索する時期ともいえるでしょう。いわば、だれもが自意識過剰なわけです。

カウンセリングでは、精神疾患の治療や不登校などの一時的な停滞を、アイデンティティを構築する上で「意義あるもの」として考えます。とにかく早く症状や問題行動がなくなればよいとか、それらを取り除いてもらうためにやってくるだけ、という考え方はしません。その人のそれまでの生活や周囲との人間関係、社会的状況とも関連づけながら、その症状が出現した意味を検討して、理解して、役立てることを期待してお会いしています。

川原クリニックでの私は「創造の病(creative illness)」という考え方も大切にしています。人が病気(特に精神疾患)になり、それを克服しようとする過程の中で、今までとは異なる創造的な考え方を生み出したり、生き方そのものが創造的に変容したりすることを示している概念です。

河合隼雄は「病というのは、その人なりに、どこか自分の心の深いところと接触して何か変化しているのではないか」と述べています。「カウンセリングによって、その人が単に元通りに治ったというのではなく」「生き方が前と少し変わった、あるいは考え方が少し変わった、それはやはり、ある種の創造じゃないでしょうか」「カウンセリングを受けに来る人はみんな、その意味で言うと創造の病にかかっている人です」と指摘しています。

川原クリニックのカウンセリングでは、病気の人が来て病気を治して健康になる、という考え方だけではなく、その人が自分の人生の物語を生きるうえで「創造の病」をどう活きるのか、を一緒に考えたいと思っています。

そうそう、大人になって中年期に訪れる「第二の思春期」もありますね。家族関係、転職、ハラスメント、不倫、喪失や逆境体験など、メンタル不調という症状になって現在の自分をおそってきます。

嵐のような思春期の真っただ中にいる方も、かつて思春期だったミドルエイジの方も、自分を見つめる機会にカウンセリングを考えてみませんか。

ついしん:精神疾患の授業ですが、高校では遅い?かもしれません。せめて14歳、中2頃には教養として伝えたいなぁ

それでは徳田さんにパスを送ります!


相談室だより  ~~2024ポスター完成~~

こんにちは。心理のとくだです。‘ハンバーグ食い’です・・・(笑)

 

さて、入り口のポスター、こんな感じです!

全体像はこんな感じです↓

 

松井さんが描いてくれました。
心理のご案内に、絵を導入するという初の試み。

これは先生の斬新な発想が元ではありますが、日々の話の文脈があって出て来たものだなと思っているところでもあります。

その日々の話のうちの一つには、精神分析の理論は、無意識を意識化することや、転移や逆転移を言語化していくことに重きが置かれるけれど、実際には言語で表しきれないノンバーバルな部分も重要で。そういうノンバーバルにも注意を向けながら、文脈をつないでいく作業、言葉にしていく作業を繰り返していくことを大切にしていきたいということを話していたり。。

そんな中で、ご案内を、言葉よりも絵で伝えるという今回のポスター案が。。きっと先生の中でそんな回路がつながったのではないか、という私なりの解釈。それもなかなかいいのかもしれないと思いました。でも、ポスターの絵、って、ノンバーバル?なのか?バーバル?なのか?というところもありますね。

それはさておき・・・
今回の作者の松井さんの声をまず聞いてみようと思います。

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心理の松井です。この度、僭越ながらカウンセリングポスターを描かせて頂きました。
子どもの頃から絵を描くのは好きですが、先生から「カウンセリングのポスター描いて!」と言われた時はなかなか悩みました。
“絵を描く”のと”ポスターを描く”のは全く別の作業だからです。
“診察を受ける”のと”カウンセリングを受ける”くらい違うかもしれません。
病院の診察、症状を話す、先生と話す、というのは想像できても、カウンセリングと聞くと身構えてしまう。実体がよくわからないし、イメージが湧かないし、正解もわからないぞ、となると、カウンセリングがとても意を決していよいよどうにもならなくなった時に始める、最終手段のように思えてしまうかもしれません。
そんな”入りにくさ”を少しでも減らしたく、ポスターには”あるある”な悩める人々に登場してもらいました。
どうでしょうか。自分の”あるある”は居ますでしょうか。
カウンセリングを始める理由は、”あるある”からでいいのです。困ったらカウンセリングという手もあるしな!くらい身近に感じてもらえたいいなと思っています。
というわけで、不慣れなカウンセリングというものを知ってもらいたく、不慣れなポスター作りをしてみました。

私事ですが、今年の目標は”気になっていることをやってみる”です。ずっと登山に興味があったので、年明けに小さな山ですが登ってみました。おかげでポスターの山登りのテイデアが浮かびました。
全く別のものが繋がることってありますね。
カウンセリングにも、そういう発見がたくさんあると思います。
いつでもお待ちしています。
心理士と漫画家の二刀流…?ちょっと何のことだか…先生が二刀流”あるある”ポスターを作ってくれたら、やる気になるかもしれません。

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松井さんの制作秘話でした。

せっかくだから(?)心理の原さんにも、久々にインタビューしてみます!

それは次回にお届けします!

 


達春砲・第二弾!

7/Ⅱ.(水)2024 昨日よりはましの寒さ 佳子さま、あざとかわいい「婚活の戦闘服」ご着用

日頃の憂さ晴らしと、他人の悪事を暴く、独善的記事、週刊文春にヒントを得て、その爆弾投下を、「達春砲」と名付けました。今回は前回に続いた第2弾。●●病院の件は大多数が、「センセーのお気持ちは察しますが、あちらにも事情があるのでしょう」ときわめて中立的というか調和的。案外、僕以外の人は成熟しているのかもしれない。

しかし、思考と感情は別物だから昨日も腹の虫がおさまらず、勧善懲悪の象徴であるインド映画「RRR」をイメージしてインドカレー屋に寄る。

バーベキューセットを頼む。

カレーはいつものようにサーグマトン。羊のほうれん草味カレー。

会計の際に、クリニックに財布を忘れて来て、無一文だということに気付いた。それを店の人に言ったら、「明日でいいですよ」と何と親切。もうこうなったら封印していた呪術を使って●●病院の管理職をみんなインド人にしてやる、インド化計画を妄想する。

BGM. 吉田拓郎「我が身可愛く」

ま、恨み言はこのくらいにして、カウンセリングのお知らせです。入り口の「おしらせ」を心理スタッフがリニューアルするというから、川原作マンガの配置を変える。これが今まで。

カウンセリングマンガを元はここに移動。

従って、「中二病フリスク」はブースカ兄弟に。

 

新しい記事は次回に。心理の徳田さんが書くのか、イラスト担当の松井さんが心理士と漫画家の二刀流宣言をするのか。乞うご期待。

 

最後に徳田さんのこぼれ話を。

近所のハンバーグ屋に行った時、この店は元々、下北沢にあり、店舗&スタッフともに大岡山に引っ越してきた。だから、ちょっと大岡山にしては異色にしてオシャレ。

たとえばこんな籠がいきなり出て来て、

今日の野菜ジュースです、だって。

サラダ。

僕と原さんは、季節のハンバーグ。韓国風味。

これにお味噌汁と、

ご飯はお代わり無料です。

新人っぽい店員がいたから、徳田さんを「こいつは大岡山で有名な‘ハンバーグ食い‘なんだ。この店が下北にある頃から知ってるんだぞ」とウソをついて相手が感心するのを徳田さんは否定せず笑ってて、むしろ照れてないか?

僕の好きな徳田さんのハンバーグ・エピソードを。

それは、ある冬の寒い日です。
徳田さんは、テレビで大岡山の特集番組を観たらしく、そこで紹介されていたレストラン林の「牡蠣グラタン」がとても美味しそうだったから、今度、時間のあるお昼に食べに行きましょう、と誘って来ました。
林は、ハヤシライスが有名ですが、冬だけの限定メニューだそうです。
そして、数日後、時間のあるお昼休みが出来たから、「牡蠣グラタンを食べに、林に行こう!」となりました。レストラン林は、大岡山のマックを駅を背に左手方向に下って行って、最初の路地を右に折れると看板が出ています。(㊟今はない)「牡蠣グラタン」は普通のメニューには載っていませんが、おすすめメニューが書いてある黒板の一番上に書いてありました。
オーダーを取りにお店の人が来て、僕が「牡蠣グラタンを、2つ…」と言いかけたら、彼女はそれを左手で制止しました。そして、右手でメニューを見ながら、「私、ハンバーグにします」と宣言するなり、パタンと両手でメニューを閉じました。僕が唖然としていると、彼女はその様子に気付き、「私、デミグラス・ソースが好きなんです」と照れたように告白しました。いや、照れるところじゃないんだが。僕は、気を取り直し、「あっ、そう。じゃぁ、牡蠣グラタンを1つとハンバーグを1つ」とお店の人に伝えました。
その時、僕は、数日前に見たテレビ番組のワンシーンを思い返しました。
それは、徳光さんが、ミスターこと長嶋茂雄にまつわるエピソードを紹介していた場面です。徳光さんは、ミスターをあるソバ屋さんに案内したことがあるそうです。そこのソバはとても美味しいらしく、また店主がミスターの大ファンらしいのです。そこで徳光さんは、ミスターをそこのソバ屋に連れて行き、店主は大喜びしたそうです。店主は、張り切って、ソバを手打ちする様子を実演して、ミスターは「なるほど、なるほど」とうなづいて見学してたそうです。徳光さんは、人情家らしく、その姿を見守っていたそうです。そして、ソバが打ち上がり、店主が「何を召し上がりますか?」とメニューを見せると、ミスターは「う~ん」としばらく考えて、「カレーライス!」と答えたそうです。
徳光さんは、苦笑しながら、「店主はガッカリしてたよ。でも、そこが、やはりミスターだよね」と言ってスタジオを笑わせました。
僕らのテーブルに、牡蠣グラタンとハンバーグが運ばれて来た時、僕には、そのソバ屋の気持ちが判る気がしました。僕は、思わず、心の中で叫びました。
「徳田さん!、ミスターかよ!」って。

 

僕は元気がない時にこのエピソードを思い出すと、少し持ち直します。

という訳で次回は心理の記事。


2023オオトリ 言葉にならないもの?

こんにちは。とくだです。

 

今年も終盤、ブログもオオトリです。

ウィニコットという精神分析家がいたのですが、その人の言っていた『可能性空間』とか『中間領域』という考え方があります。

私たちが体験している外的な現実と、主観の内的世界、その間にある領域のことで、芸術とか遊びとかを通して外的な現実と主観的な内的世界を繋いでいるような空間です。

小さな子がお気に入りの毛布やお人形を肌身離さず持っていて、どこに行くにもそれがあれば安心するようなものがあります。そういうお人形や毛布は、この内的世界と外的な現実との移行対象、と言われています。

大人になってずっと中間領域に没頭してしまうと外的現実との折り合いがつかなさ過ぎてしまう可能性もあると言われますが、大人もその『中間領域』を大切にしたいですね。

芸術やお笑い、音楽、なんでもいいと思うのですが、そこに私たちがうまく言葉にならないものが詰まっていることで、心が浄化されたりします。心理療法は言葉を使うことが多いけれど、言葉にならないものもたくさんあるので。夢なんかもいいですね。

ある先生は、夢分析について、その夢を見た夢主が、この夢って一体どういうことだろう?と、自由連想的に考えるということ、そうやって関わり始めるということが最も治療的だと言っていたらしいです。夢の内容の解釈を誰かにしてもらう事よりも、そうやって自分と向き合いだすことが大きいそう。なるほどな、と思います。

もちろんカウンセリングでもそういう夢の話、OKです。

フロイトは心の構造をイド、自我、超自我といった理解で捉えようとしましたが、前田先生という人がそこから連想した図があります。心のエネルギー、欲動の取り入れ口が下方にあって、身体に近いのだと北山先生が言っていたのですが、その入り口入ってすぐは、「心の沼」があると。未分化なものがたくさんあるんでしょうね。生/性と死と原始的なエネルギーが沼に潜んでいるのでしょうね。


【前田重治著『続図説臨床精神分析学』より引用】

言葉になるもの、ならないもの、について思いを馳せた2023年だったかなと思います。

 

みなさま、良いお年をお迎えください。


ブラボー2022オオトリ 相談室だより

お久しぶりです。とくだです。

今年はW杯の年でした。初の11月開催(カタールが暑いので冬開催)。今大会は、人権問題も話題になったり、複雑な思いを抱く大会の始まり。なんとも言えない気分になりながらも、やっぱりW杯、お祭り感が個人的にはありました。森保ジャパンも大健闘で楽しかったです。

日本代表はベスト16以上にはなかなか進めない、壁があると言われてきました。

森保ジャパンは、ベスト8以上を目標に、『新しい景色』を見に行くということを掲げて挑んだ今大会。

残念ながら、最後はベスト8を前に、クロアチアにPKで負けるという結果に終わりました。

でも、『新しい景色』は、ベスト8という形では見られなかったけれど、選手たちが見せてくれたものがあると森保監督はいいます。

グループリーグでは死の組と言われていた日本。ドイツ、スペイン、コスタリカと同組になったわけですが、なんと結果は、ドイツとスペインに逆転勝利。               コスタリカには負けたけど、グループリーグ1位で突破。

ドイツとスペインに勝利、こんなこと今までありましたか?!

これを観ていた現代の子どもたちは、日本は、ドイツやスペインに勝てるというのを目の当たりにしているわけです。

欧州には勝てない、という思い込みがない世代が育っていくというのは、きっと大きいことでしょう。こうやって少しずつ歴史って塗り替えられていくのかもしれないですね。

ところで、2022ブラボーW杯、森保ジャパン、『新しい景色』からの連想で、2022カワクリにも『新しい景色』がありました。

以前にも少しふれましたが、                      かつての喫煙所が第二相談室になり(以前と比べると、それはそれでちょっと寂しさもありますが)、心理の相談室、2部屋体制が2022年4月から本格スタートしました。

ちなみに、第一相談室の功労者(?)の壁時計も止まってしまったのも今年。今は、新たな時計が各部屋に導入され、新しい時を刻み始めています。

相談室は、原さん、松井さん、私の三人で心理担当をしていますので、少しご挨拶をしたいと思います。

まずは松井さんにバトンを渡しますね。

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徳田さんからバトンを受け取りました。松井です。

爽やかな記事から一転して…今年を振り返って、自分にとっての『新しい景色』について、ローテンションで書いてみたいと思います。

去年の年末、夜中眠れずふとテレビをつけたら、何やら不穏な韓国ドラマがやっていて、怖いなと思いながらも一話分観て夜を明かした日がありました。

その後どうにも気になり、タイトルを調べ、アマゾンプライムで配信していると知りました。大晦日は紅白も観ましたが、結局その怖い韓国ドラマ漬けで年末年始を過ごしました。気まぐれに途中で映画「ミッドサマー」も挟んだので、年明けからサイコホラー全開の、恐怖の2022年の幕開けでした。

私の2022年の“怖い”はじまり方は、まさにこの一年を予期していたかのようだなと、振り返ると思います。

今年は自分にしてはよく本を読みました。幼少期から活字が苦手で極力避けていたのに、今年は本がスラスラ読める。でも、ジャンルはミステリー、サスペンス、サイコホラー、どれも犯罪小説ばかり、大変心理的に追い詰められる作品ばかりでした。実録物も数冊読みましたが、これはさすがに度々挫折し、読み終えていないものもあります。

一年を通して“怖い”世界はどんどん広がりをみせ、考えてみると、下半期はほとんどずっと恐怖と隣り合わせだった気がします。

人間、何がきっかけでどんな世界に足を踏み入れるかわからないと思わされました。怖い活字だらけの世界に、突然引き込まれた2022年は、自分にとって間違いなく『新しい景色』だったと思います。

来年はもう少し、穏やかな1年を送りたいと思っています。

ちなみに、夜中に出会った韓国ドラマのタイトルは「他人は地獄だ」です。

全くおススメしません。

では、原さんにバトンを渡します。

 

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松井さんからバトンを受け取りました、原です。

2022年よりすこし前の話。

臨床心理士をめざしていた学生の頃、「カウンセリング(心理療法)」の授業でよくロールプレイをやりました。

ロールプレイとは、カウンセリングを学ぶ者どうしが、お互いにカウンセラー役やクライアント役になりカウンセリング場面を体験的に学習する方法です。

ある日のロールプレイは、昔話や童話の登場人物がカウンセリングを受けたら、という設定でした。

私の相手役は、「かぐや姫」のおばあさん。不眠と気分の落ち込みを訴えてこんなふうに話しだしました。

「かぐや姫ですか?本当に勝手な娘なんですよ。私たちがずっと親代わりになって手塩にかけて大事に育ててきたんですよ。まぁ、ええ、年ごろになってやっといい縁談がまとまりかけたんです。それなのにあの娘は求婚を全部ことわって、あげくのはてに『ここは自分の世界と違う』と言ってとっとと月に行ってしまって…勝手なもんですよ。えっ、夫ですか?もう、おじいさんは最近は竹取りも行かないで家でゴロゴロして…」

えっー!私の知ってるかぐや姫と違うんだけど……カウンセラー役だった私は、あわててしまいました。そのあと、どう切り抜けたか覚えていません。

自分の知っている物語、自分の聞きたいストーリーを求めてしまう、そんな自分に気づいたロールプレイでした。

 

2022年の話。

人類史上に類をみないほど、家にいる時間の長い状況が続いています。川クリではいろいろな人と出会います。「息子をかわいいと思えない」「夫のことが嫌い」「家に居場所がない」「親ガチャ外れた」

家にいると息苦しい、家族と一緒にいるのに孤独。そんなあなた、そろそろカウンセリングをはじめてみませんか。

 

今年は初めて座禅をやってみました。動くことがストレス解消になっている今までの私にとって、動かない時間を味わう座禅は新鮮な体験でした。鎌倉の自然の中でおこなう座禅は「新しい景色」といえるでしょう。

そういえばサッカー選手など座禅をするアスリートもいるそうです。

最後は徳田さんにクロスをあげてパスを送ります。

 

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松井さん、原さん、それぞれの2022年でしたね。

はじめにブラボー2022と題した時は、まだW杯も開催中で、お祭り気分が強かったのですが、祭りの後、ですかね。さらに、こう、年の瀬になると、少し寂しくもあり。

W杯は、またこれから4年後を楽しみに、というところです。そうやって続いていくといいなという思いです。

何かが終わって、次が始まる、そういうサイクルが少し見通せると、ある意味では安心して寂しさも感じられる気がします。

でも、人生何が起こるか分からない。見通しが持てるとも限らず、ハプニングが続くことも。

未知、というのは良くも悪くも心が揺さぶられるものですね。

心があまりに大揺れしてしまうと立っていられないけれど、何も起きない、感じない、というのも、また別の苦しさがあります。

未知なる要素を、ほどほどに恐れながら、踏み出していけるといいのかもしれない。

心理療法にも、未知なるもの、といった要素が多々あります。そこに一歩踏み出してみるのは、とても勇気のいることです。

その人それぞれのバランスのとり方があって、ペースもあって。心理士としては、どのように関わっていけるだろうか、という日々の問いです。

 

ハプニング、で思い出しましたが、ハプニングhappeningは、幸せhappiness/happyの語源らしいですね。川原先生から聞いた受け売りですけど。

そう聞くと、なんだかハプニングも悪いことばかりでもないかもしれないな、・・・というか、そうであってほしい、という気になりますね。


男心と秋の空

25/Ⅹ.(火)2022 寒い。山際大臣(事実上更迭)とナイツ塙、そっくりだと思うかアンケート、「3958票、対、591票」で似てるが多数。

佳子さまのイチゴ色のワンピース写真が載ってる「女性セブン」と迷った挙句、コンビニで「FRIDAY」を買いました。色っぽいエロ本みたいな表紙ですが、お目当ては、「ロコソラーレ・藤澤五月の独占インタビュー&巻頭カラーグラビア」です。

五月が笑顔で日本酒飲んでるショットに癒されます。水着の女には見向きもしません。

これを裏のロッカーの「カー娘」コーナーに(なぜかポプテピピックもあり)配置しました。

最近の「カワイ子ちゃんランキング」は熾烈で、佳子さま(KK、おめでとう!)、須崎優衣(東京オリンピック レスリング 女子フリースタイル50kg級 金メダリスト)、小川さゆり(仮)に藤澤五月が台頭してきました。戦国時代です。金曜ビバリーの磯山さやかも黙ってないぞ。

先日の「羽鳥慎一モーニングショー」に上祐史浩がVTR出演してまして「統一教会の解散命令への団体活動への影響」を語っていました。「(信教の自由への)影響はまったくない」と。画面の端には鈴木エイト氏がいるというミラクルショットで、私はテレビにくぎ付けで遅刻してしまいました。

そもそも統一教会問題は当初テレビは及び腰だったのですが、先陣を切ったのはこの番組で有田芳生が「統一教会の問題をやらなくなったのは、政治の力だ」と暴露し、コメンテーターの玉川さんが「は~」と天を仰ぎ、司会の羽鳥慎一が無言で「一旦、コマーシャルに行きます」と言って画面を切り替えてからです。あまりテレビには出ませんがネットで江川紹子が爆笑問題・太田光を批判したり、旧オウム事件の主役たちが勢ぞろいしたところに、いよいよ上祐さんの登場ですよ。そりゃ、テレビ見るでしょ。遅刻もしますよ。

こうなったら飯干景子の出番か。かつての恩を返すべく(脱会に成功させた父・飯干晃一が娘に向かって諭した親心。お前はたけしの番組にだけ出てればいいんだ)「たけしのTVタックル」に出演はどうだろうか。確か「第12回たけしのお笑いウルトラクイズ」にアシスタントで出演した飯干景子は統一教会の家紋入りの巨大なツボと印鑑を持参し、オープニングでたけしが「優勝者には飯干さんから、記念にツボがもらえます」と紹介され、禊が終了しました。確かこの回の優勝者は、林家ぺー、でした。

しかし、こないだのテッシーの会見はビックリしましたね。2世信者を地区リーダーにするとゾロゾロと17人の信者が登場した時です。白いマスクに同じ黒のスーツで男ばかり。その無個性に統一された統一感には既視感がありました。それは1980年代半ば、もう新日本プロレスの勢いが衰えだした頃、将軍KY若松によって生み出され増殖された同じ覆面を被ったストロングマシーンで、1号、2号と試合ごとに増えて行きました。当時の実況アナウンサーである古舘伊知郎は「戦う金太郎飴軍団」と形容しましたが、この表現ひとつからわかるように、もう親日にストロングスタイルはなくなっていた。時代はUWFでした。皮肉にもストロングマシーン1号は藤波に試合後のマイクパフォーマンスで「お前は平田だろ」と公然と正体を暴露される場面が名場面ですが、当時毎週、週刊ファイト&週刊プロレス&週刊ゴングを購読してる「プロのファン」にはわかり切った事実だったから、藤波が発言したことは「この茶番に終止符を打つ」という意気込みをみました。何が皮肉かというと平田と、UWFの若きエース・前田明(のちの日明)は、親日の道場三羽烏と期待されてた実力派だったから、その末路の差で、ちなみに三羽烏のもう一人は、初代タイガーマスク引退のあと、ジュニア路線を託されたコブラの正体・ジョージ高野でした。コブラの不幸は天才・佐山と比較される不運で、デビュー戦が前代未聞の切り貼りのダイジェスト版でした。3人中二人がギミックに走るとは…。

 

猪木が死んでもう3週間以上経つ。猪木追悼号も出そろった感じだ。すぐに動いたのは「日刊スポーツ」だった。「力道山との師弟関係」と「馬場とのライバル関係」を二つの軸にして、異種格闘技戦を織り込み、読みやすかった。

遅れて出たのは「スポニチ」。後から出したアドヴァンテージがありながら内容的には「日刊」と変わらず。むしろ読みにくい。前田日明のインタビューを見開きページで載せたのが唯一の手柄か。

そしてしんがりにお出まししたのが「東スポ」。さすが、歴史が違う。猪木と石原裕次郎のツーショットや猪木の「死神酋長」の写真、全裸で全身泡だらけの入浴中の猪木などオフショット満載。名勝負の紹介も前2紙と同様のランキングだが、国際はぐれ軍団との1対3のハンディキャップマッチや幻のローランボック戦(シュツットガルトの惨劇)やパキスタンのアクラム・ペールワンとの戦いの写真も掲載してあったのはさすがだ。

 

プロレスのことばかり書いたのでつまらなかったと思いますが僕は書きたいことが書けて良かったです。

最後に、相談室に入った新しい仲間を。これは僕が自由が丘の雑貨屋をウロウロしててみつけたものです。

第1心理室には、くも。今までの物と一緒に。

第2心理室には、やまあらし。

 

くも、は「11」と「12」が続けて川原クリニックの「川」に見えて面白いですね。

BGM. わらべ「時計をとめて」


あんた誰?

29/Ⅰ.(土)2022 佳子さま’’私も愛に生きる‘‘宣言。

少し前の話だが、木曜日に仕事を終えて駅まで歩く道すがら、飲食店を覗いて帰るのだがどこもすし詰め状態。餃子の王将、なんて行列。何かと思った。翌日、同じ時間にクリニックを出たら「ココイチ」の電気が消えていて、まるでゴーストタウン。何ごと?…そうです。金曜日から、「マンボー」だったのです。だから木曜日は「飲める最後の日だ~」と言った群集心理が働いたのでしょう。しかし、よく飼いならされた国民ですね。いつ軍国主義に舞い戻ってもおかしくない、と末恐ろしくなります。

良いも悪いもこういう同調圧力が「ファクターX」の正体だとしたら、共通テストで「成績が悪いから絶望して」受験生を切りつける「モンスター」を生む土壌も同じ根っこなのかもしれぬ。「自己責任」という意識は皆が持つべきなのは前提として、それとは別座標で人間は社会的動物であるから「政治が腐敗すると少年犯罪が増える」ように、その準拠集団で1番「敏感」かつ「弱者」が「集合的表現」としてアクションを起こすことは、家庭内暴力と同じメカニズム。川が汚染されるとメダカが消え、川が浄化されるとメダカが姿をみせるようなこと。自然破壊のメルクマールに、メダカ、がなるように、子どもたちを世の中の荒廃のメルクマール=「加害者」にしないようにするのも大人の責任だ。

うちの心理の松井さんは「加害者研究」をしていて簡単に教えてもらったら、どの事件にも共通するのは、「誰かが気づけなかったのか?」という「声」の後出しジャンケン感で、つまり事件が起きてからそう言うのは簡単だが、現実にはなかなか難しかろう。うすうす気づいててもどうしていいやらわからぬし。

そこで我々の仕事である。教育現場や家庭で「あれ?何かおかしいぞ」と思う子がいる。「それが何かはわからないが」教師や親の勘である。名探偵の「あやしい。何か匂うぞ」という嗅覚に近いのかもしれない。「骨相学」という人相学のようなもののように、「顔つきの異常」かもしれぬ。とりあえず受診しろ、とやってくる子供と会う。

そんな子たちの中に「自分もジョーカーみたいになると思う」と未来を予見するものは少なくない。凶悪事件が起きると「自分も人を殺すのではないか?」と騒ぐ子がいる。ほとんどの子はそんなことはせず、ただ単に深層心理にある集合無意識としての反社会性のスイッチが押されて、強迫観念が発動してるだけなのだが、でも何%かは本当にそうなる。誰がいつ犯罪者になってもおかしくない、ロシアンルーレットみたいな時代は、まるでいつ誰がコロナに感染してもおかしくないというオミクロンの猛威とシンクロしてる。

そんな「狭義の精神疾患」ではない人のメンタルヘルスを担当するのがうちの3人のカウンセラーで精鋭部隊です。まだカウンセリングを受けてない人はいいが、もう何回か受けてる人へ。うちの心理士は名札をしてないから名前が見えないですね。最初に自己紹介や契約書を渡していますが、忘れたり放っぽっている人も多いでしょう。でも、今さら名前を聴くのは失礼ですね。そんなあなたに、今回は心理士の名前をあらためて紹介しました。僕がチラシを書き、クリニックの玄関に貼っておいたのでもうこれで安心ですね。固有名詞って単なる識別記号だから覚えづらいですものね。「風呂桶のアカを舐める妖怪だから、あかなめ」とか「蟻を捕食する動物だから、アリクイ」みたいに意味があれば覚えられますが、「愛知県出身、鈴木イチローです」なんて言われても丸暗記するしかないから、まるで学校の「勉強」と同じで頭の良さと関係なくないですか?ちなみに僕の好きな名前を扱った題材は、「シベールの日曜日」という映画です。フランソワーズ(本名はシベール)という少女が美少女です。

BGM. ゴダイゴ「ビューティフルネーム」


オオトリ相談室だより 2021

こんにちは、とくだです。今年も残り数日です。

 

年の瀬といっても、なんだか実感がわかないでおります。

 

先日、寄せ書きを贈るという機会がありました。ただ、このご時世、なかなか寄せ書きを書くにも集まれない、そこに着目したビジネスってあるんですね。オンライン寄せ書きというものがありました。手書きにはできないけれど、オンラインでたくさんの人からのメッセージを集めることができました。

 

オンライン、というのもお馴染みになってきましたね。毎月の定例会で、私たちもオンラインの心理療法についての文献を講読したり、事例を検討した1年でした。

 

オンラインや録画、デジタルなものは繰り返し振り返ることができるなど、便利さがあります。

 

その一方で、対面は一回、その場限りの一回性、ということが際立ちます。

 

どちらにも長所、短所がありますよね。私はやはり、その場の一回、ノンバーバルな面も含めた情報量の多さ、その空間にいるというところを大切にしたいという思いがあります。

 

でも、このブログもデジタルで、こうして皆さんにお伝えする術もあるというわけですね。現代を生き抜くには二刀流でいけるといいのかな。大谷選手みたいに。今年すごかったですね、大谷選手。野球に詳しくないですが、かっこいいなーと。

 

さて、来年はどんな1年になるでしょうか。来週にはもう年明けているんですよね。

 

2022年、心理部門としては、なるべく多くの方に心理相談も活用していただけるよう、2部屋体制を本格的に始動していく予定です。

来年も、よろしくお願いいたします。