水の泡

15/Ⅲ.(火)2016 はれ 暖かい
高1の教室は校舎の1番上の階で、僕の席は窓際の1番後ろだったから、
授業中にぼんやりと眺める無人の校庭は殺風景だった。
僕は、ある日、その風景が白黒に見えて、体育の授業で走ってる生徒達もカラクリ人形みたいに見えた。
今思うと、「離人症(りじん・しょう)」だったのだと思う。
離人症は、精神科の症状の中で唯一と言っていいのではないか、自己申告の症状なので、誰からも気付かれなかった。
むしろ、僕は明るく騒がしい人気者だったし。
そんな頃、僕が考えたのは、この世はひょっとすると、猿山のちょっと頭の良い一匹の猿がみている夢で、
その猿が目を覚ますと、僕も友人も家族も総理大臣も、みんないっぺんにこの世から消えてしまう、
人類とは猿の夢の中の登場人物で、猿が目を覚ますと、跡形もなく消えてしまう世の中かもしれない、
などと考えたりしていた。
そんな時代の話である。
僕は離人症を抱えてはいたが、授業中はうるさかったから、担任は僕の席を教壇の真ん前に配置した。
僕は授業中、<それとは別の解き方があるよ>とか<字が違うよ>とか<今、噛んだでしょう>とつっこみを入れるから、
教師達が参ってしまい、僕は島流しのように、教室の1番後ろの廊下側に移された。右側には真っ白い壁があった。
僕は、授業は半分上の空で聞いていて、ふと頭によぎった考えや、思いついた発想を、その白い壁に書いて行った。
ポエムや4コマ漫画や不条理な絵で、クラスメートからは「面白い!」(多分、本当に面白かったのだと思う)とか、
「もっと書いて!」(多分、本当のリクエストだったと思う)と言われ、休み時間には皆が僕の周りに集まって、
授業が始まると、皆は席について前を向き、僕1人、横を向いて壁にずっと何かを書いていた。
これは他のクラスの生徒の間でも評判になって、見学に来る人も増えた。
僕の学校は中高一貫校で、僕の中学の時の担任が噂を聞きつけ様子をみに来た。
例のサングラスの似合わない担任だ。
奴はうちの母を苦手としていたが、高1ともなると男子は母親と心理的な距離をとってるだろうという読みで、
強気に出て来た。
そして、「次の授業中、川原は授業を聞かなくていいから、落書きを全部、消すように」と砂消しゴムを2個渡した。
仕方ないので、僕は言われた通り、消していたのだが、折角書いたのに、勿体ないなと思った。
今みたいに携帯電話がある時代なら、写メとかに記念に撮っておけたのに。
授業では、何とか文明の遺跡が発掘されたとか、パピルスがどうとかで、当時の古代人の生活ぶりを解説していた。
僕は壁の落書きを消しながら、たった今、隕石が地球にぶつかって一瞬で、人類が滅亡して、
偶然、僕の書いた白い壁だけが何億年後かまで残って、未来の歴史学者に発見されて、
「当時の地球人はこんな生活や思想だったらしい」
と推理され、未来人の歴史の教科書に僕の絵が載って、学校で教えられるようになったらいいな、と空想して、
そうして、今、ここで一生懸命、勉強しているクラスの連中の努力も水の泡になればいいのにと思ったものです。
病んでたなぁ。
BGM. ダニエル・ビダル「天使のらくがき」


8 Replies to “水の泡”

  1. 先生、こんにちは。
    自分が離人症ぽいな…と自分で思ったことは時々ありますが、「〜ぽい」と離人症では随分違うのだなぁと思いました。
    消してしまった落書き、勿体無いですね。見てみたいです。
    今朝、「現実」が突然襲いかかって来まして、次回の診察日を含め沢山のスケジュールを変更しなくてはならず、何故、いま?!と思っているところです。

    1. トモトモさん、大丈夫ですか??
      僕の離人症は、放っておいたらそのうち自然に良くなりましたが、一般的には重病の前兆だったり場合もあるから、医者にかかった方が良いですね。
      ところで、「現実」とは何事ですか??
      まさか、ここで聞く内容でもないようですから、次回詳しく聞きますね。
      色々とスケジュールの変更とか大変ですね。
      こちらはいかようにも対応しますから、無理しないようにして下さいね。

  2. 最後に離人症ぽい感じがあったのは、カワクリの2回目か3回目の診察の前夜です。
    それからはありません。
    その時や、それ以前に離人症ぽい感じの時は、「疲れていると誰でもそうなることがある」と何かに書いてあるのを読んだり、極端な違和感、たとえば壁が湾曲して来る感じとかは全くなかったことから、あまり気にしていませんでした。
    コメントいただいただけで、凄く安心感を持ちました。
    ありがとうございます。
    私はむしろ「水の泡」というタイトルを見て、先生の事が心配です…

    1. トモトモさん、こんにちは。
      まさかのお昼コメント返しです。
      離人症は、あまりに現実が大変だと脳(心)がパンクしちゃうから、脳(心)を守るために「バリア」を張るイメージですね。
      だから、症状というより病気を防ぐための防衛で、病気にならないために出来る最後の砦みたいなものです。
      水の泡、というフレーズは最近、頭に浮かんで気になっていたから、<これで一本書こう>と思ったのですが、
      確かに心配になるタイトルですね(笑)
      色々と大変ですが、お互いに支え合って生きて行きましょう。
      「さくら学院」のスケジュールは大丈夫そうですか?
      ではまた~

  3. 川原先生、こんにちは。
    今回のブログのテーマ「水の泡」は、ボリス・ヴィアンの「日々の泡」(全く読んだことはありません)みたいでカッコイイですね。さて、私も先生と同じような空想をしていました。宇宙の始まりと言われているビッグバンは実は水槽みたいなところで起きていて、なんだか分からない生物がその観察日記をつけている。銀河系を作ってみたり恒星を作ってみたり惑星という何やら不思議な場所で有機生命体を作ってみたらホモ・サピエンスなどというものが殺し合いをしている。ふむふむなどと、現実逃避を一瞬するのですが、私たちの生きている「現在」は存在し私はそこで「どうでもいいこと」と他人が思っているようなことをいつまでも悩んでいる水の泡です。病んでいます。

    1. やられメカさん、こんばんは。
      やられメカさん、も同じ様なことを考えていたのですね(笑)
      面白い理屈ですね~
      僕の恩師は、家で酒を禁止されてるから、帰り道にあるラーメン屋で、毎日、ビールを1本呑んで帰る、習慣でした。
      その時の言い草がふるってて、「川原君、日々の泡を、ビールの泡と一緒に呑み込んでいるよ」でした。
      哀愁が漂いますね。
      ではまた~

  4. 先生こんにちは。
    良く思うんですが、先生は昔の事をよく覚えてますよね。
    私はそんなに鮮明には覚えてないかなぁ。
    思い出す時間も取ってないし。
    思い出そうとすれば思い出してくるのかしら?

    1. sinさん、こんばんは。
      僕は仕事柄、毎日、皆さんのお話を、<自分はどうだったかな?>と僕の過去と照らし合わせながら聴くから、
      自然と思い出すクセがついているようです。
      コツは、出来事、で検索するのではなく、フィーリング、で辿ることですかね。
      しかし、よく考えたら、「昔の事をよく思えてる」って「思い出が少ない人」みたいで、ちょっぴり淋しいフィーリングがしますね(笑)
      ではまた~

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