ヰタ・セクスアリス2

13/Ⅵ.(日)2010 はれ
学生時代に出席番号の近かった友人が、
奥さんに浮気がバレばい秘訣とは「嘘に事実を少し混ぜて喋ることだ」と自慢していたのを何故か思い出した。
彼の説によると、
「人間は嘘をつくと表情に出る。
だから、本当のエピソードを少し挿入すれば、事実を話す時には表情に変化が出ないから、‘
相対的に’表情の変化が薄まり、嘘がバレにくくなるのだ」と言う。
なるほどと感心したが、数年後に彼は離婚していた。
僕に初恋というものがあるなら、小学校の時のクラスメートの娘だろう。
彼女は当時流行っていたテレビの魔法少女に似た名前で、広い松林のすぐ脇に住んでいた。
彼女の家に遊びに行くと、彼女は親に見つからないように僕を押入れの中に誘い、
押入れの上の段の狭く暗い空間に2人並んでしゃがむと、
息を殺し頃合を見計らっては僕の手をギュっと黙って握るのだった。妙にドキドキした。
これは顕かに‘悪い’ことだった。
なぜなら彼女が母親に
「まさか押し入れに入っていないでしょうね?」と咎められてるのを見たことがあるからだ。
彼女は平然と「入ってないわ」と嘘をついていた。
魔女っ子だ。
彼女の家では犬を飼っていて、彼女は
「犬は嘘をつくと目が動くのよ。人間も同じだと思うの。
だから、私はお母さんに何か聞かれても、じっと目を動かさないようにしているの」と告白した。
僕らは何度も押入れに入ったが、この方法でついに一回もバレなかった。
ある日、いつものように押入れの上の段に並んで座り、いつもは彼女が手を握ってくるのを待つのだが、
はじめて僕から手を握ってみた。
すると彼女は怒って「駄目!手は、私から握るの!」と手を振りほどいた。
僕は「女って、勝手だなぁ」と呆れて、それ以来、彼女の家に寄るのを止めた。
次第に僕らは疎遠になり、僕の初恋は自然消滅した。
上に紹介した2つのツールは結構、実用的だと思う。
もし、やむなく嘘をつかなければならない時にお役に立てば幸いである。
BGM. 憂歌団「嘘は罪」


ヰタ・セクスアリス

13/Ⅵ.(日)2010 はれ
山口百恵の『百恵白書』というLPに「いた・せくすありす」という曲がある。 
『百恵白書』は、全曲宇崎竜童作曲・阿木耀子作詞の当時のアイドルのLPとしては異例の、
シングルカット曲なし、というトータル・アルバムだった。トータル・アルバムなんて言い方も古いが、
要は一つのコンセプトを持った作品集という意味だ。
フィル・スペクターの「クリスマス・アルバム」や、
ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」、
ビートルズの「サージェント・ペパーズ」などが代表と言えば理解るだろうか。 
当時の歌謡界はシングル・レコードに重きを置いていて、
特にアイドルのLPなんてシングルが溜まったらベスト・アルバムみたいにして出すか、
洋楽や人の歌を歌う(カバーなどという概念はない)手抜き感が満載だった。
ポール・モーリアの曲に適当な歌詞をつけて歌っている人もいた。天地真理だ。持ってる。
話を戻す。
日本の歌謡曲でトータル・アルバムと言ったら、
フォークルの「紀元弐阡年」とタイガースの「ヒューマン・ルネッサンス」くらいではないか。
フォークルは歌謡曲じゃないか。そんな中、『百恵白書』は突然変異みたいにポンと世に出た。
帯には、
「このアルバムは私の分身、この中に18歳の、そう制服をぬいだわたしのすべてが入っています」と書いてあったが、
その煽情的な文句でさえが生ぬるく感じた、その内容は赤裸々で中学生だった僕には衝撃的だった。
まさに‘赤い衝撃’だ。
僕は薄幸そうな百恵のファンで、かねてから百恵が「私」という言葉を「アタシ」と発言するのがアバズレみたいで好きだったが、
『百恵白書』は何もそこまでお話していただかなくてもけっこうなのでございますが…、という「重さ」があった。
山口百恵は、まだ中3トリオの一番地味な子、っていう括りからやっと抜けたかどうかが僕のイメージだった。
ここから山口百恵は大きく軌道を修正して‘神話’や‘伝説’というおかしな方向に進むのだが、
『百恵白書』はその第一歩みたいなもので、僕は悪い予感がしたんだ。
このアルバムの中には、ファイナル・コンサートの異様なクライマックスで迎えるラストの
「さよならの向こう側」の前に歌われた「歌い継がれてゆく歌のように」が収録されていて、
この曲も名曲なのは判るが、初めて聴いた時、何か得体のしれない不安が脳裏をよぎったんだよなぁ。
山口百恵、守護霊、入れ替わったか?と少しマジで思ったりした、友達には言わなかったけど。
中でも一番、食あたりしたのは「いた・せくすありす」という、A面の3曲目の歌だ。
やっと、書き出しと繋がった。
タイトルは森鴎外の性欲史みたいな小説をモジったことからもわかるよに、
百恵の性的なことに関する告白みたいなものが録音されていた。 
あの下品な鶴光のオールナイト・ニッポンよりも、聴いてるところを母親に聞かれたくなかった。
後にも先にもない。畑中葉子の「後から前から」の方がまだマシだ。何を言ってるんだ?
今、あらためて歌詞を見ると別に大したことは書いてないのである。
その後の百恵を知っているから驚愕しないのか、感性が鈍ったか、これを成長と言うのか、
これを老いというのか。
しかし、あらためて聴く勇気はない。
BGM. 西城秀樹「勇気があれば」


徳田先生の思ひ出

13/Ⅵ.(日)2010 ハレ晴れ
行きつけの美容院の美容師さんが腰椎ヘルニアになって、
しばらくお休みすると電話があった。
早く良くなって下さい。
10年くらい昔、髪の毛を青色に染めた時、絵画療法の大御所である徳田良仁先生にものすごく感心されたことがある。
「素晴らしい青だ!まさに青春の青だ。それは若者の哀しみを表現する青だ。ムンクの愛した青だ!」
と髪の毛を色んな角度から見られてベタ褒めされた。
食堂中に響き渡る声だった。
恥ずかしいから、やめて欲しかった。
世間では「ホメ殺し」という言葉が流行っていた。
当時、徳田良仁先生は僕の勤める病院の副院長でもあられたから、新手の風紀指導かとも疑った。
ちなみにウチの心理の徳田さんは、
たまに「娘さんですか?」と聞かれることがあるらしいが、血縁関係にはないらしい。
徳田、豆情報でした。
BGM. 杉本哲太「青くてごめん」


夏まで乗り切れ!お疲れサマーの会

12/Ⅵ.(土)2010 はれ
クリニックのお疲れ様会をやる。
こないだと同じ店。
前回我々が指摘したメニューの、
「カ」が抜けて「カマンベール」が「マンベール」になっていた箇所は
手書きで「カ」の字が書き足され修正されていた。
その「カ」の字だが、きっと芯の強いボールペンで筆圧の強い人間が力を込めて書いたのだろう、
心が逸ったか、右上方から左下方に流れる線の勢いが付き過ぎ、
結果「カ」の字の、上に突き出る部分が不十分となり「刀」という字に見えた。
刀マンベール、である。
恐ろしい。
実は親切心で教えたことが逆恨みされ、
バカにされたと勘違いし腹を立てた献立係に背後から刀で斬り付けられるのではないか…
と一同恐怖に怯えた…。うそ。
そのお店には、大きな水槽がありグッピーなどが泳いでいた。
一般的に居酒屋では、活きの良さをアピールしたりその視覚的効果から食欲を煽るために
食材となるべき魚介類を泳がせることが多いと思うのだが、100パー観賞用だった。
ちなみにメニューにグッピー料理はなかった。
昨日の東スポ社会面に、
いけすの掃除の仕方をたびたび怒られていた北海道函館市の34歳の男が
腹を立て報復にいけすに洗剤を入れイカやカニやホタテやアワビなどを全滅させ器物破損の疑いで逮捕された、
という記事が載っていた。
人を雇うのは大変だ。そういう話か?
ワインを飲みすぎた。二日酔いで頭痛が痛い。
BGM. 岩崎宏美「熱帯魚」


しみじみとした会話

11/Ⅵ.(金)2010 はれ
その店の常連は‘70年代を超えられない男で、僕のことを‘センセー’と呼ぶ。
「センセーは森山良子を聞きますか?」
「センセーは唱歌は何が好きですか?」
「センセーは東横線の古い車両に乗ったことはありますか?」
「センセーは子守唄はどんなのが好きですか?お母さんに歌ってもらいましたか?」
質問攻めである。
僕は思い出せなかった。
子守唄?
誰も歌ってくれなかったのでは…などと急に不安で胸がいっぱいになり、 
<あなたはそういう記憶はありますか?>と訊き返した。
すると彼にあっさり
「そんな小さい頃の記憶、ある訳ないじゃないですか!」と呆れられた。
なんでだろう、理不尽なのにホッとした。
子供時分、茅ヶ崎の「ナンデモ屋」のちょっと先に大きな木があって、そこがカラスの巣だ、
と意地の悪いお手伝いさんに教えられ怖くなった思い出がある。
BGM. はしだのりひことシューベルツ「さすらい人の子守唄」


ゴマスリ行進曲

10/Ⅵ.(木)2010 はれ
突然、何の前ぶれもなく僕の部屋に植木等がやってきた。
僕はディスコグラフィーをめくりながら、
と軽い気持ちで聞いてみると、
何と!
その場で僕一人のために植木等が「ゴマスリ行進曲」を大熱演で歌ってくれたのだ。
映画『日本一のゴマスリ男』のテーマ曲だ。
クレージーの曲は劇中歌でさえ全曲知ってるつもりだったが、
この曲だけは細かい部分の歌詞がうる覚えでせっかく目の前で植木等が歌ってくれるのに
一緒に口ずさめないのはファン失格か…。
一瞬、そう思ったがそんなことは小さい小さい、現に目の前で僕のためだけに植木等が歌ってくれている、
この幸せな瞬間だけでいいじゃないか、と心底思った。
植木はまるでチャップリンのようなイデタチでシルクハットに付け髭をつけ、手拍子を、
♪パン!パン!パン!パパ~ン・パン!♪、
と打ちながら部屋にいっぱいの風船をアグレッシブに蹴りながら体全体で「ゴマスリ行進曲」を歌ってくれた。
僕はナンって幸せなんだろう~。
そんな夢を見た。
先日、爆笑レッド・カーペットで、
「みなさん、こんにちわ。浅倉南~、39才です。アハハハ~。
こないだ『イヤッーホー!』という自分の声で目が覚めたの~。
なんの夢を見ていたのか思い出せないけど~。
夢の世界に戻りたい!
飲むユンケルの値段が~ドンドン高くなる~!OK~!」という、
いとうあさこのリボンの演技にシンパシーを感じた。
BGM. ハナ肇とクレージー・キャッツ「ゴマスリ行進曲」


18禁

9/Ⅵ.(水)2010 曇りのち雨
今日のお題は「18禁」である。
「18禁」について語る、のではなく今日の内容自体が18禁なのである。
つまり、18歳未満の人には有害と判断され自主規制するという申告であります。
俗に言う、下ネタに該当します。
18歳以上の人でも、
不快感を抱いたり、抗議をするクセがあったり、アレルギー反応を起こす人はこの時点で読むのをやめてもらいたい。
あとになって、不愉快である、とか好感度が下がったなどとクレームをつけられても一切、受け付けられません。
ここから先は自己責任で。  ソコントコ、4649。
それでは、スタートです。
僕の後輩にエフ(仮名)という男がいる。
一見してマジメで、その実、礼儀正しく親切で義理堅い。
毎年、年賀状は送ってくるしお歳暮も贈ってくる。
話も面白く、頭も切れる。
かと言って出しゃばらず、タンタンとしている。
毒もあり、エロスもあるが、決して表には顕さない。
チクリとしている。
中々、憎い男である。
ある日、エフ(仮名)が寿司屋で‘魚片’のつく漢字がいっぱい書いてある湯呑みを見ながら、
「川原センセー、魚片に69と書いて何と読むか知ってますか?」と訊いてきた。
なぞなぞである。
ロックゥ?ウォロッキュー?
思案すれど答は出ず。
奴は横でお新香巻きか何かをポリポリさせてニヤニヤ楽しんでいる。
ついにギブアップ。
すると、エフ(仮名)は飄々と正解発表。
「こたえは、‘あいなめ’です」。
‘69’とはシックスナインと発音する性行為におけるバリエーションの1つで、
お互いの陰部とお互いの顔面が向き合う体位のことである。
数字の‘69’を象形文字的に‘〇’の部分を顔面に、‘|’の部分を体幹に見立てた訳である。
その状態から繰り広げられるだろう性行為と、‘魚片’が担当するだろう魚類の名称をひっかけて、
「あいなめ」とした訳である。
…やられた。
ま、どこかに出典はあるのだろうが。オリジナルとは思えない。
後日、エフ(仮名)に、以前、恩師に連れて行ってもらった中華街の店の名を知りたくメールした。
すると、戻ってきた返信が「萬珍楼、ではないでしょうか?」。
どうしても、エフ(仮名)を相手にすると、‘あいなめ’で一本取られた弱味が消せない。
マンチンロウと聞き、反射的に、
<それはマジメに答えてるのか?それとも、ふざけてイヤラシイ店名を言ってるのか?どっちだ!?>
と怒ってメールをしてしまった。
すぐさま、「ふざけていません、すみません」と律儀な後輩から返信が来た。
6月9日、という数字の並びを見ると、そんなことを思い出す。
僕の別の友人は、村上龍の「69sixty nine」をエロ小説だと思って買って読んだのに
1969年の佐世保を舞台にした学生運動やらの話で騙されたけど感動をした、
と何を言ってるのかよくわからない読後感想を述べていた。
村上龍の確信犯的なしたり顔が目に浮かぶ。チッ。
BGM. ビル・へイリーと彼のコメッツ「ロック・アラウンド・ザ・クロック」


サティスファクション

8/Ⅵ.(火)2010 くもり
古いビデオの整理をしていたら、ストーンズのハイド・パーク・コンサートが出てきた。
コントキのミック・ジャガーはカッコE 。
髪型といい、白いパンツといい、ドレスみたいなシャツといい。
サティスファクションの映像はとくにカッコE 。
途中あぐらをかいたりする。
「二人でお酒を」の梓みちよ、以前である。
ハイド・パークは、ブライアン・ジョーンズの追悼コンサートだ。
ブライアンはストーンズのリーダーでR&B色の濃い人だったが、
ミックとキースが台頭しオリジナル色が強くなって、主導権とアイデンティティイを奪われ、
酒とドラッグに溺れて、プールで溺れて死んだ。
中学時分、そういうのに詳しい友人は「ミックとキースがイジメて死に追いやった」と吹聴した。
その追悼コンサートのオープニング、何万羽の白い蝶がステージから飛び立った。
「その一羽づつを丁寧に踏み潰して、ミックが歌った」そんな映像の記憶があるが、
今、ビデオを観返すと決してそんなことはしていない。
普通に歌っている。
先入観とは怖ろしいものだ。
実際は、猛暑のために飛び立つ前に大部分が死んだらしいが。
「サティスファクション」に関するミック・ジャガーのインタビューはカッコよかった。
以下のごとく。
<詞には満足してますか?> 「性的に?思想的に?」
<両方です> 「性的には満足さ」
<思想と金銭上は?> 「金銭的には不満さ。思想的には努力中さ」
中学生の僕らが、「努力」というコトバをカッコE と思った貴重な瞬間だ。
BGM. 遠藤賢司「満足できるかな」


ジューンにやられないように

7/Ⅵ.(月)2010 はれ
ジューンも7日目。
ジューンは降雨や気圧を操って僕らに襲いかかってくる。
去年はA.がやられた。
スタミナのつく物を食べるように心掛けよう。
昨日は馬刺しとレバ刺しとテール・スープ、今夜はホルモンを食した。
今日は校医のあと、中野へ。
ブロードウェイの地下でソフトクリーム4色を食べ、
タコシェという本屋でマンガを買う。著者のサイン入り。
その後、フジヤというアニメ専門の中古CD&DVD販売店で
「地獄少女 二龍」の全巻セット、全箱購入者特典・『憂鬱えほん 地獄少女』付き、を購入。
良い買い物が出来た。
BGM. じゅんとネネ「愛するってこわい」


情熱大陸600回記念・爆笑問題

6/Ⅵ.(日)2010 はれ
6月6日はロールケーキの日だそうだ。
6・6を横から見るとロールケーキに見えるからだそうだ。
「ポケモン・サンデー」でショコタンがそう言ってた。
ブルーレイに録り貯めた番組を観る。
「情熱大陸600回記念」は2回に渡り爆笑問題にスポットを当てた。
爆笑問題は1988年結成。
1998年4月「情熱大陸」第4回に爆笑問題は出演している。人気が出始めた頃だ。
太田光は天才・鬼才と世間をにぎわしていた。
田中祐二は飄々とその傍らに寄り添う「普通の男」。
デビュー間もない頃、ある大物芸人から2人はこんな言葉を贈られた。
「お前ら天下、取っちゃえよ。田中は切るなよ」。
立川談志だった。
太田の値打ちを発揮するために、田中を切るな、とそう言ったのだ。
友人の伊集院光は田中を
「超普通です。もはや異常の域の普通」と評して、田中の普通さを
「何でも切れる刀を入れとくサヤってすごいな」と最大限の賛辞で表現した。
田中あっての爆笑問題だという声である。
そういえば、昔、コント55号にも似たような議論があったな。
二郎さんは欽ちゃん以外ともコンビを組めるが、欽ちゃんの良さは二郎さんにしか出せないと、
坂上二郎が評価されていた。
番組に話を戻す。
売れない頃、田中はコンビニのバイトに励んだ。
太田は読書とゲームに耽った。
田中は売れ残りの弁当を太田に差し入れていた。
<太田に働けよと思わなかった?>というインタビューに田中は
「それは思わないんですね。働けるワケがない!、とオレが思ってましたからね。
毎日、時間どおりに行くとか普通の仕事ってできないですからね。
興味のあることしか、ちゃんとできないんですよ、太田は。
僕は出来ますよ。
たとえば明日から生花店で働きなさいと言われたら、そこで一生懸命やる自信があります。
僕、そういうの出来るんです。太田は絶対!できない」。
才気走った小学生、
10歳「殺人事件」11歳「刑事と泥棒」、作・演出・主演、こんな題目の劇を学芸会で発表した太田は、
高校に上がると一転して友達も出来ず、言葉を交わす相手さえなく3年間1人自分の殻に閉じこもった。
インタビューに答え太田は
「それはもうホント、絶望してましたよ。ホントに何にも感動できなくなってしまった。
色も失われているような感じで、最終的にはね、飯がまずかった。
で、そん時はもういい、オレ、生きててもしょうがないと思ってた」と述懐する。
その頃、太田の孤独を癒したのは1人の喜劇人だった。
チャールズ・チャップリン。
哀しみの中にも怒りの中にも笑いがある。
笑いながら全てをくるんで表現することを彼が教えてくれた。
それが一筋の光となり、道も決まった。
17歳の太田が書いた詩が紹介される。
「笑わすために努力をつんだ芸こそ その研究されつくした滑稽な体の動きこそ感動的なのだ」。
爆笑問題の漫才は一切、アドリブなし。
番組は
「相方の一言半句にまでこだわり指示する太田の才能も、
それを受け容れる大きな器がなければ無駄にこぼれて人の目には届かなかったこましれない」
と語り、田中祐二のネタ帳を映し出す。
静止画像にして見てみると、
「そんなワケねーだろ」を消して「無理にきまってんだろ」に、
「そこまでいくとね、ヤワラちゃんが強いっていうより、」を消して「そこまでいくと、まわりが弱いんじゃないか、」に、
「確かにね」を消して「そうそう」に。
素人の僕には違いがワカラナイ。
番組の最後に2人に広辞苑を渡し『情熱』から連想するコトバを選ばせる。
田中祐二は「松岡修造しか思い浮かばない」と笑いながら『走る』を選ぶ。
太田光は迷わなかった。
1つの言葉にまっしぐら。
『爆笑』を選んだ。大勢が大声でドッと笑う、爆笑の渦につつみこまれる。
太田は「爆発させたいんだよ、木端微塵に」と言った。
余談だが、ショコタンの新しい猫の名前は田中が命名したらしい。
ショコタンがコンサートのMCで発表していた。
名前は「ねぎ」。理由はよくわからない、と。さすものしょこたんも苦笑するしかなかった。
爆笑問題&中川翔子、豆情報でした。
BGM. チャック・ベリー「ロックン・ロール・ミュージック」