中川翔子のコンサートに行く。

23/Ⅴ.(日) 2010 豪雨
中川翔子「Prism Tour 2010」を観にパシフィコ横浜国立大ホールに行く。
今日はツアーのオーラス。
僕個人的にはコンサートは、去年の12月30日・横アリの「けいおん!ライブイベント~レッツ・ゴー」以来である。
観客は男女半々くらい、コスプレをしている客が圧倒的に多く、ざっと見渡してランカが70人、
アスカが60人、ハルヒが60人、ローソンの店員が約2名、猫耳が千人いた。
なんだか自分はこんな普通の格好で来てしまってマズかったのではないかと思った。
しかし、全然そんなことはなく、客も皆いい人達だった。人を見た目で判断してはイケナイ。
たとえヲタクでもコスプレでもアニオタでも貧乳でも。
ちなみにしょこたんがよく使う「バッカルコーン!」という一発ギャグみたいな奴、
あれは爆発する火の流れる魂、と書くらしい。
爆火流魂=バッカルコーン。
「Prism Tour 2010」に話を戻す。
しょこたんの解説によると今回のツアーは「No rain no rainbow」を旗印にやってきて、
それはハワイかどこかの言葉で、
雨が降らないと虹が出ない、という前向きな姿勢を表す意味だそうだ。
その甲斐あってか、
今回のツアーはたとえ天気予報で雨だと言われても全公演が「ハレ晴れユカイ」で来たという。
だが最後の最後で豪雨。
しょこたんMC
「さすが地球!一筋縄では行きませんね。でも地球よ宇宙よ、よく聞け!我々を誰だと思っている?
雨よ、お前の水分も我々の貪欲パワーできっと虹にしてみせる」
とアジって観客を扇動した。
コンサート前半はアニソン・カバー。
「魔女っ子メグちゃん」も歌われたのだが、「魔女っ子メグちゃん」の歌詞に
「二つの胸の~ふくらみは~何でも出来る~証拠なの!」
というフレーズがあるのだが、その「証拠なの!」が「翔子なの!」にも聞こえるから、
大変よろしいと思った。
後半はオリジナル曲中心。
僕が好きなのは「綺麗ア・ラ・モード」。
筒見京平の作曲なのでどこか懐かしいにおいがするのだ。
印象的だったのは、
「鋼の錬金術師」のエンディング・テーマでもある新曲「RAY OF LIGHT」のMC。
この歌はしょこたん初の単独作詞楽曲で、
今は亡き父親との葛藤をオーバーラップさせて作ったと言っていた。
彼女は父親が苦手で嫌いでどう付き合っていいかわからいままだったこと。
しかし一度も忘れたことはないこと。
今回のツアーでは父親が立ったこともあるCCレモン・ホールでもコンサートがやれて感慨深かったこと。
父親が死んだ日に出ていた虹は忘れないこと。
それは新聞記事になるほどの大きな虹だったということ。
そんなことが語られて、
今回のツアーのキーワードに「No rain no rainbow」を持ってきた背景が明かされた場面だ。
アンコールでしょこたんを呼び出す時は、
「空色デイズ」のサビの部分を観客が男女混声合唱しエールを送る。
再登場したしょこたんはステージ中央に土下座して感謝感激の体で
「ありがとう~みんな~、やった~!一夫多妻制~!一妻多夫制~!」
と絶叫して会場を笑わせた。
しかし、これも父親との和解という文脈で聞くとなかなか深い発言だ。考えすぎか?
しょこたんは、今日で「Prism Tour」が終わるのでさびしい、と何度も何度も言っていた。
最後は「また皆と会えるために、その架け橋に虹を作るために、
今日は雨にしてくれたんだね」と自分に言いきかせるように、
あるいは彼女にしか見えない誰かに語りかけるようにそう言って幕を閉じた。
全体を通して、パワフルで明るくて楽しくてカオスみたいなコンサートで面白かった。
おかげで元気をもらえた。行って良かったと思った。また行きたいと思った。
帰りの電車の中で、ジャニス・ジョップリンが
「ライブでは私は何千人とも寝るのよ。でも、部屋に帰ったらひとりで寝るのよ」
みたいなことを死ぬ直前のインタビューで答えてたのを、何故か思い出したりした。
BGM. 中川翔子「RAY OF LIGHT」


昔の名前で出ています

21/Ⅴ.(金)2010 はれ
昔のアイドルが今頃、TVに出てきて
「当時はキレイゴトでした~」とか「あの時、実は○×でした~」みたいな暴露話をする番組がある。
こういうのはやめて欲しい。面白がる人がいるから番組として成立するのだろうが、悪趣味である。

上の写真は、浅香唯の16歳のバースデー・イベントの投稿写真。
誕生日ケーキを吹き消す浅香唯の横にたまたま僕が写ってる。
左から3人目、スタッフの隣で折り畳んだ東スポを抱えている。
この記事は友人代表のF.が見つけ教えてくれたもの。
想い出はモノクローム、色をつけてくれ。

もう一枚は、その会に出たお礼に後日、浅香唯から送られて来たサイン入り生写真。
この数カ月後、浅香唯は「スケバン刑事Ⅲ」の主役・三代目麻宮サキに抜擢され大ブレイクを果たし、
僕は彼女を見失ってしまった。
昨今のアイドルはブログで熱愛を報告しても、人気が翳ることは少ない。
しかし、昔のアイドルは虚像を売ってファンと共有してたのだから、
そこは最後まで自覚と責任を持って欲しい。
数年前、
「あの人は今?」みたいなTVショウで往年のアイドルの天地真理が悪ノリして
汚れたキャラで登場したのを観たことがある。
観客もお茶の間も一斉に引いた。
司会の島田紳助が天地真理に「お願いだから死んで下さい」と頭を下げて笑いに転換させた。
多くの人が紳助に救われた。
思い出は美しいままがいい。
BGM. シルヴィー・ヴァルタン「アイドルを探せ」


カラスの飼育

18/Ⅴ.(火)2010 はれ
自動車免許の取り直しをするため、朝から中庭で猛特訓を続けるカラスを見つめる男の目はあたたかい。
鳥が空を飛ばずに、ずっと中庭を歩いているのはかなり根気が必要だろう。
男がこっそり木からピアノ線を張り餌を地面ギリギリに吊るした工夫の効果もあるようだが、
男はソッと僕に打ち明ける。
「字も読めないカラスにテストを受けろ、というのがどだい無理な相談ですよ」。
まったくだ。そんな夢を見た。
スペインのことわざに「カラスの飼育」というのがあって、あっもう夢の話ではないです、
カラスにいくら愛情を注いで育てても目玉をくり抜かれてしまう非道い仕打ちを受けるという意味らしい。
僕はあまり映画には詳しくないが、昔「カラスの飼育」という超能力が身についたと思い込む少女の映画を観たことがある。
アナ・トレントという天才子役がすばらしい演技をしていた。
アナ・トレントは「ミツバチのささやき」という映画でフランケンシュタインを信じ込む自然児みたいな幼女の役をやっていて、
「エル・ニド」という映画では美少女に成長し少女の気まぐれさや攻撃性を見事に表現していた。
「カラスの飼育」は年代的にその間くらいの作品ではなかろうか。
アナ・トレントをせっかく思い出したので、もう一度、観てみよう。全然、記憶と違うかもしれないし。
BGM. ザ・ブルーハーツ「トレイン・トレイン」


ハルヒ豆情報・続

16/Ⅴ.(日)2010 はれ
西宮在住の有希さん(仮名)から訂正のおしらせ。

北口駅近くのジュンク堂には、ハルヒのミニコーナーがあるそうです。
そして、「消失」5/1~TOHOシネマズ西宮OS公開、珈琲屋ドリームさんでも
ハルヒのフィギュアがお待ちしておりますーというポップもあるそうです。
ちなみに珈琲屋ドリームとは、SOS団が第一回不思議探索ツアーの時にクジ引きをした
喫茶店のモデルになったお店だそうです。
BGM. シリア・ポール「夢で逢えたら」


涼宮ハルヒの驚愕

14/Ⅴ.(金)2010 はれ

「ザ・スニーカー6月号」で、「涼宮ハルヒの驚愕」一部先行掲載!を読む。
長門が倒れたため朝倉涼子が復活したり喜緑さんが活躍したり驚愕の連続。
しかしそれより何より一番の驚愕は周防九曜がメチャクチャ可愛くなってることだ。
やばい!(何が?)

西宮在住の有希さん(仮名)の情報によると、
ハルヒのお膝元の西宮ではこの町とハルヒの関連性はまったく表に出されていないらしい。
書店にコーナーを設ける訳でもなく、今年の2月に封切りされた劇場版「涼宮ハルヒの消失」も今頃になって
やっと西宮の映画館に上陸したのだという。ハルヒ豆情報でした。
BGM. エリック・サティ「ジムノぺディ第2番」


NAUGHTY BOY


9/Ⅴ.(日)2010 はれ
シーゲルH.氏にタダ券をいただいたので
「有賀幹夫写真展 KING  OF ROCK’N  ROLL 忌野清志郎 NAUGHTY  BOY」を渋谷東急本店まで
「馬」と「鳥」を誘ってみにいく。自分の好きなことをとりあえず公表しておくといいこともある。
この有賀という人物は、日本人唯一のローリング・ストーンズのオフィシャル・フォトグラファーらしく、
だからか写真展にはミック・ジャガーと清志郎のツーショット写真があった。
帰りに寄った焼肉屋に帽子を忘れてしまった。
BGM. 仲井戸麗市「打破」


Angel Beats!

8/Ⅴ.(土)2010  はれ
‘お疲れさま会’を自由が丘のお店で。
メニューの「カマンベールチーズ」が「マンベールチーズ」になっているのを指摘したら、
「気付きませんでした」と礼を言われる。
〆に釜飯を食べようという時に、「まめし」と注文してみようかと思ったが、子供じみてるのでやめた。
家に帰り、アニメ「Angel Beats!」を観る。
舞台は死後の世界。
現世で死んだ者はこの世界に送られ、あらかじめ用意されたエキストラの生徒たちと共に
学園生活を過ごす内に消滅し転生する。
しかし、転生を拒む生徒たちがいた。
少女ゆりをリーダーとする『死んだ世界戦線SSS』は神への復讐を目的とし、
学校の秩序を守る「天使」と戦いを繰り広げる、というお話。
SSSは独自に制服を用意していて、酔ってるせいかゆりの制服が北高の制服に見えた。
番組終了後、学生服、白衣、ナース服、警察官、軍服、サンタクロース、アンナミラーズなど制服を思い浮かべ、
制服の意味を考えてみた。
ツービートのギャグで、「桃太郎侍は、なぜ『許せん!』と怒りがこみあげているのにすぐに悪人のところへ行かないのか。
必ず家に帰ってハデな衣装に着がえてくるのはどうしてなのか」というのがあったが、
多分、きっとそれなりの意味があるのだろうと結論づけて眠ることにした。
BGM. 松田聖子「制服」


喪の仕事

6/Ⅴ.(木)2010 はれ
今日から仕事。診察で「忌野清志郎さん、亡くなって1年ですね」と言われた。
当時、泉谷しげるは「アイツの死は絶対に受け入れない。通夜も行かない。告別もしない。冥福も祈らない」との名言を
はいた。
それを聞き僕も「訃報を信じません」という同じ立場をとろうと考えた。
元々僕は「別れ」に弱く、アントニオ猪木の引退試合もトイレに行ってて見逃した。
父が死んだ時も靴下を買いに行ってて、棺桶に釘を打つのにあやうく間に合わなくなりそうになった。
そういえば、フロイトも自分の父親の葬式に、行き付けの理髪店に行き待たされたために、遅刻してしまったという。
こういうのは失錯行為と言って無意識の作用らしい。
去年の5月9日に青山ロックンロールショーと銘打たれたファンのための清志郎のお別れ会が行われた。
本来なら僕はここには参列しないのだが、当日、僕の息子に「行ったら?」とすすめられ急遽行くことにした。
その日は土曜日だが外来が終わったのが8時すぎでそこから青山に直行した。
下の写真は会場でもらった記念のもの。息子には感謝している。
BGM. 忌野清志郎「Baby#1」


気分はパラダイス

5/Ⅴ.(水)2010 はれ
古いβのビデオを保存目的でブルーレイにダビングして過ごす。
中でも、面白かったのは「気分はパラダイス」。
MANZAIブームの終わり頃で、多分今から30年くらい前の番組。
若かりしビートたけしと島田紳助が「どうやって芸能界に生き残るか?自分たちは生き残れるか?」
ということを公共の電波でずっと相談してる内容だった。
たけしも紳助も未来を知らない。答えを僕は知っている。
「君たちは大丈夫だよ」とブラビアに向かって話しかけてみた。
たけしは丁度、足立区バンドというコミックバンドを作った頃で番組の中で「紳助の影響でバンドをやったんだよ」と告白した。
紳助は今後について「8ミリ映画に挑戦する」と語っていた。
たけしは「映画?」と言ってポカンとしていた。
勿論まだこの時点でたけしは自分が映画を撮るとか「世界の北野」になることを知らない。
ついでに言うとフライデー襲撃事件もバイク事故で顔面麻痺になることも知らないのだ。
だから紳助の影響でバンドをやったように、この会話をきっかけにたけしの頭の中に、
「映画かぁ」なんて選択肢が増えたのなら面白いな、と思った。
さばの塩焼き、行者にんにくのおひたし、たけのこの味噌汁を食す。
BGM. ザ・ジャガーズ「君に会いたい」


らくだ


4/Ⅴ.(火)2010 はれ
よみうりホール「立川志らく 25周年記念公演 独演会 スペシャルゲスト:立川談志」に行く。
談志は「昔は師匠がいいと、いい弟子は育たないと思っていた。でも、志の輔、志らく、はる(談春のこと)、
最近では談笑あたりが出てきて、これだけの弟子を育てたことで己の存在意義はある」という趣旨のことを言っていた。
数日前、談志はたけし、太田(爆笑問題)と3人で鰻屋の離れで呑んだらしい。
その時、太田が若い頃、談志に「お前はこのスタイルでやってていい」と言われて非常に安心した、という話をしていたという。
志らくは、談志に「人情噺はするな」と言われて言われた通り、「人情噺はしません」と言って「らくだ」を演じた。
話は全然変わるが、日本に初めて「らくだ」が来た時はつがいで来たらしい。
大変、珍しい動物で話題になったから、当時はアベックで出かけると
「おっ、今日はらくだかい?」などとからかわれたと何かで読んだ記憶がある。
BGM. ザ・フォーククルセダーズ「コブのない駱駝」