12/Ⅹ.(金)2018 くもり 心理部門、ブログ記事いきなりの予告にざわめく。
前の記事で、「夢」について心理部門が記事を書くことを勝手に発表したことで、心理は困っている。
僕は、面白くなって来たと思っている。
困ったら僕の夢日記を題材に使ったら?と親切心で提案したのが、またさらなる圧力になってるようで。
そんなに難しく考えないで、普段、どんな風に「夢」について考え、取り扱うかを書けばいいだけだと思ったのに。
だから、カワクリスタッフ陣には、緊張と困惑が走り、それは受付にも伝染している。
もっとも、受付は、「心理の人達、ちゃんとやれるかしら?」と母性のようなまなざしで心配している。
そこで、夢日記「地獄寿司」に登場するキーワードから僕が連想することをここに書いてみる。ヒントにしてね。
この夢をみたのは、彼岸の頃。
僕は寺の坊主と喧嘩して墓参りにさっぱり行かないが、なんとなく時期は意識してたと思う。
人はそれを罰当たりというのかもしれないと思ったけど、僕は元々、悪いことすると地獄に落ちるぞ、と脅して、
善行を強いる発想が嫌いだ。そもそも死んだら、天国も地獄も知ったこっちゃない。
昔、前世を占える人に、「あなたの前世はヒマラヤの修行僧で、修行が辛くて逃げ出したから、この世で修行をやり直し」
と言われ、「だったら、来世で修行すればいいから、今世は勝手に生きる」と言い返してやった。
どうせ死んだら、おしまいだ。
そんな僕は落語の「黄金餅」が好きだ。なんとも登場人物がみんな出鱈目で、感心しない人物の出した店がたいそう繁盛した、
というオチで、そこには勧善懲悪のかけらもない。地獄なんかをチラつかせて、偽善的な行為を推奨したりしないのである。
誰があんなすごい話を考えたのだろう?
僕は幼稚園と小学校がキリスト教の教えだったから、聖書や賛美歌になじみがある。
でも、天国が良い人の集まりならつまらなそうである。魅力を感じない。
そう思ってるから、都合よく、母やキヨシや談志を地獄に送り込んだのかもしれないな。
僕の実家は茅ヶ崎で海のそばだった。だから食卓にはよく刺身が出てた。
母は貝類が好きで、僕が医者になって母を寿司屋に連れてくと、きまって貝の盛り合わせを頼んだ。
地獄寿司はこの辺の、彼岸に対する僕のスタンスが生み出した妥協点なのかもしれない。
僕が前に務めてた病院では、「MSさん」というケースワーカーの卵が医者の「秘書」みたいについてくれた。
僕の「MSさん」は帰国子女で、可愛い人で、母性的で、面倒見が良かった。
僕が書類をためてると、隣に座って、一つづつ書類を目の前に開いて出してくれ、僕が記載するのをみててくれた。
僕が書き上げると、誉めてくれて、次の書類を開いて出して、またみててくれる。
僕は誉められると伸びるので、いくらでも仕事が出来て、わずか1日で全部の書類を終らせた。
彼女は、その時、アンパンマンのファイルを持っていた。
同じ病院で彼女の彼氏と噂の男がいて、奴の好きな食べ物が、サンマルクのチョコクロワッサンだった。
東神奈川は、丁度、東京と茅ヶ崎の中間地点で、僕が中学受験で東京進出を決めた時の最初の塾があった場所。
僕は親戚に「茅ヶ崎と東京とどっちが好きだ?」と聞かれ、迷わず「東京」と答えてビックリされた思い出がある。
多分、大人たちは、子供らしく「茅ヶ崎」と答えて欲しかったのがミエミエだったから、わざとそう言ってやった。
クネクネした線路で思いつくのは、「進路」だ。
そして、クネクネした線路といえば、つげ義春のマンガ「ねじ式」も思い出す。↓。
主人公は、メメクラゲに左腕を噛まれて医者を探すが、何故かその町には、目医者、しかなくイラつく。↓。
僕の実家は眼科で、父は将来的には、兄と僕と3人で医院を大きくしたいという夢があった。それが僕の「線路」だった。
線路とは、文字通りレールで、「親の敷いたレールを歩きたくない」などと使うそれだ。
僕は茅ヶ崎から東京の中学に通うのだが、片道2時間くらいかかった。電車はサラリーマンでギュウギュウだった。
中1の時、音楽の授業で「ドナドナ」という歌を習った。
牛が市場へ輸送されてゆく様子を歌った歌で、子牛は悲しい瞳をして抵抗も主張もしないという変な歌だった。
僕は行き帰りの満員の東海道線で、サラリーマンや自分のことを「ドナドナみたいだな」と思ったものだ。
その直後、国鉄がストになって学校が数日休みになった。
ニュースでは、それでも会社を休めないサラリーマンが線路を歩いて通う映像を流していた。
その頃、「およげ!たいやきくん」がテレビで流れてた。
この歌は大ヒットするが、その要因は一説によると、国鉄ストで家にいたお父さんたちの耳にもこの歌は入り、
歌詞の「毎日、毎日、僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ」とたいやきくんが、
海に逃げ出す行動に共感したのではないかと解説された。
僕はこんな幼稚な歌より、東京に出て行き心が離れて行ってしまう恋人達の風景を歌った太田裕美の「木綿のハンカチーフ」
に夢中になっていた。
僕は中2から、東京へ兄と二人でマンション住まいをすることになったがそれはまた別の話。
父は僕が大学2年の時に死んだから、僕が精神科医になったことを知らない。
BGM. ザ・ローリング・ストーンズ「夜をぶっとばせ」