3部作-①アイデンティティーを考える

22/Ⅶ.(土)2017 18日連続の真夏日
アイデンティティーと言えば、みうらじゅん、のマンガ「アイデン&ティティ」が面白いですね。
1.でボブ・ディラン、2.でジョン・レノンが主人公の前にあらわれて、メッセージ(彼らの歌詞の引用)を送り、
主人公(バンドマン)が商業主義的な「ロック」の流れに抗って、社会にプロテスト・ソングを発表してゆく成長物語。
バンドマンを自分の職業(立場)に置き換えてみると良い。
ちなみに、ディランとジョン&ヨーコは主人公にしか見えないし、その声は彼にしか届かない設定。
裸の王様、の逆パターンですね。あれ、同じかな?
下が、みうらじゅん、の「アイデン&ティティ」の載ってた雑誌。↓。

カワクリでは、今、アイデンティティーを考えるキャンペーンをやっています。
しあわせの基準がわからない現代、不幸の基準もわからない。
高学歴の人がバカなことをやっているニュースが毎日、聞こえる。
勉強だけ出来てもダメなことは、もはや国民に啓蒙されたのではないか。それなのに、勉強しろ、と言う。
わけがわからない。青春はどうなる?
利口の基準もバカの基準もわからない。
自分が利口かバカかもはっきりしない。中途半端もつらいぞ。
いっそのこと、ぐうの音も出ない理論で、お前はバカだ、と納得させられたら、むしろ楽に生きられそうだ。
自分はバカだと思っても、バカの考えだから反対なのかも。じゃ、自分は利口か!やったー。
こんなことを毎日考えている。多かれ少なかれ、みんなも同じじゃないか?
自分とは何物か?それを、ここではアイデンティティーと呼んでみる。
イジメやハラスメントなどの外的なストレスは、耐えたり、逃げたり、工夫してしのぐのだが、
内面的なアイデンティティーは、外的なストレスと同じくらいやっかいだ。
アイデンティティーには身分証明の意味もあるが、
自分が所属する準拠集団(学校・会社・家族・都会・男/女役割etc.)
の求めるものと己の価値観に差がありすぎて、しっくりこない。
昨日や今日に始まったことでもない。
そういう意味では、逆説的だが、アイデンティティーがわからない人生こそが自分のアイデンティティーだ。
これじゃ、禅問答か言葉遊びで、まるで答えになってない。世間はそんなに甘くない。
そこで、お待たせしました、今回のキャンペーン!
自分の歴史やルーツや生い立ちや風土や文化を専門家と一緒に見つめ直し、アイデンティティーを考える。
そういう作業がカウンセリングなのだと考えている。
※詳しく知りたい人は受付に。カワクリ心理部門が作ったパンフレットあります。
BGM. さくら学院「アイデンティティ」


3部作-②リベンジ・カウンセリングの提案

22/Ⅶ.(土)2017 本格的な猛暑日
過去にカウンセリングを受けたが、「効果がなかった」「ただ一週間の報告をするだけだった」「話すことがなくなった」
という理由で中断したというカウンセリングへの不満を聞くことがある。
彼らの言い分は、事前に心理テストを受けたり、自分史まで用意して、一大決心して、やる気まんまんだったのに、
もうカウンセリングはこりごりだと言う。
言わんとしてる意味は痛いほど判る。
しかし、だからこそ、そんな人に、言ってみたい。リベンジ・カウンセリングの提案、を。
言いたかないけど、「相性」や「カウンセラーの技量不足」だったのかもしれないから。
人によって傷ついた心は、人でしか癒されないように、カウンセリングで負った心の傷はカウンセリンが請け負いたい。
昔、診察とカウンセリンのちがい、という記事を書き、心理部門のコンクールをしたことがあります。
参考に見てみてくれないですか?
そして、良かったら、別の治療者、とやり直してみませんか?
診察とカウンセリングのちがい
コンテスト・ファンファーレ
コンテスト1枠
コンテスト2枠
コンテスト4枠
心理個別インタビュー4枠
心理個別インタビュー2枠
心理個別インタビュー1枠
※詳しく知りたい人は受付に。カワクリ心理部門が作ったパンフレットあります。
BGM. 千賀かほる「真夜中のギター」


3部作-③もう一人の自分に出会うための心理テストのすすめ

22/Ⅶ.(土)2017 朝から番犬に吠えられる。セミの鳴き声が聞こえた。

心理テストには質問紙法と投影法があります。
前者は自分の自覚症状や性格傾向を数値化して目でみれるようにしてくれて便利です。
一方、後者は深層心理をみますから、質問紙と違って何をテストされてるのかわからず誤魔化しが効きません。
心の奥底を心理テストに映し出すのが、投影法たる由縁です。まさに、もう一人の自分に出会うチャンスです。
カワクリ心理部門ではマニアックな心理テストも取り揃えてあります。
カウンセリングには抵抗あるけど、もう少し自分のことを知りたい、という人にはおすすめのコースを作りました。
たとえば以下のものが代表です。
現物を出すのは後のお楽しみが減るので、受付の大平さんに類似品「なんちゃって心理テスト」を作ってもらいました。
①ロールシャハテスト
元々、ヨーロッパの子供の遊びだったみたいです。左右対称のインクの染みをみせて何にみえるか聞くテストです。
あいまいな物を無理矢理何にみえるか答えなければなりません。「インクの染み」という答えはNGです。↓。


これは、「逆さまにした方が皆さん、想像しやすそう」との作者の提案で、ひっくり返してみました。
何にみえますか?。↓。


②P-Fスタディ
Pはピクチャー、Fはフラストレーション。ムカつく場面のひとコママンガの吹き出しにセリフを書きます。
自分の内面を投影させるため、テストのマンガは表情や髪型などがあいまいで限定しにくくなっています。
主に、怒りの矛先や怒るとどんな対応をするかとか、
始めは我慢してるが最後に切れる、とか、始めは抗議するが疲れるとあきらめる、などのパターンもみれます。
スタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」でも登場しました。
下が、大平さん版P-Fスタディ。↓。


③SCT(sentence completion technique:文章完成法テスト)
書き出ししかない不完全な文章の続きを書いて文章を完成させます。
これが何故、投影法かというと、この質問に対しては色んな答えが出来るはずです。
それを一つだけ書くことで、その人が何に囚われてるとか執着してるとか固着してるかをみます。
逆に、答えにつまる、なんてのも意味がありますね。国会答弁の「記憶にありません」みたいで怪しいですね。
下が、大平さん版SCT。↓。


④TAT(Thematic Apperception Test:絵画統覚検査)
意味ありげな絵画をみて、物語を作ります。
こども版もあって、その中の一枚はRCサクセションのシングルマンのレコードジャケットになっています。↓。


シングルマン、は名盤なのですが、一時期は廃盤でした。ファンの再販運動があってレコード会社がわびて復刻されました。
まさに日本の音楽業界の本質をみる目をテストした結果になった訳です。
下が、大平さん版TAT。皆さんもやってみましょう。出来るだけ想像力を働かせてドラマチックな物語作家になって下さい。
過去にどんなことが起きていたのか?そしてこの絵の場面では何が起きているのか?
登場人物達は何を考え、どう感じているのか?さらに今後物語りはどう展開して行くのか?
その辺の紙片にでも書き留めてみましょう。↓。


どうですか?意外と難しそうじゃないですか?興味のある人は、受付に。カワクリ心理部門が作ったパンフレットあります。
己を知り敵を知れば百戦危うからず、です。まずは順番通りに、己から。

BGM. 中山千夏「あなたの心に」


5月相談室だより(仮)

こんにちは、とくだです。
久々にお邪魔します。
10年経つと、変わるところも出てくるもので、ソファーがだいぶくたびれてきていました。
そこで今週から、相談室に新ソファーが届きました。

こんな感じです。
今、院内には、先生直筆メッセージ、アイデンティティや、リベンジカウンセリングについても貼ってあります。
川原クリニックの相談室をすでにご存知の方も、知らなかったという方、一度(もう一度)試してみたい、という場合にはご連絡お待ちしております。
診察で直接お話いただくか、
受付でご希望の旨お伝えください。
追ってご連絡いたします。
今週のお花もお届けします。

ひとまずご報告ということで、タイトル、(仮)
としました。
未完。


ファンファーレ

こんにちは、受付の大平です。
最近暑くなってきましたね。もうすぐ5月だし、ゴールデンウィークも始まるし
クリニックがお休みになってしまう前に、先生が予告していた
心理の皆さんの記事が完成したそうです。
タイトルは『カワクリ下克上・心理コンテスト

私は上の写真のカウンセリングルームでどんな事をしているのか
臨床心理士とは何をするのか、今だに謎なところが多く、
以前、先生がブログでカウンセリングと診察の違いを説明していましたが
それでも私にはよく分からず、その謎が少しでも解ければいいなと、
今回の心理の皆さんの記事を待っていたうちの1人です。
なので心理の4人がどんな記事を書くのかこれから読むのがすごく楽しみです。

カワクリのカウンセリングルームは診察室より奥にあります。

部屋の中はこんな感じです。
さて、ここで1つだけお伝えしておきたいのですが、
今回の心理の4人の記事へのコメントは大歓迎なのですが
臨床心理という職業上の理由からコメントを個別に
お返事を返すことができないのでご理解くださいね。
BGM. お好きな「ファンファーレ」を聴きながら記事をお読みください


カワクリ下克上・心理コンテスト 第1枠

心理部門のコンテスト、告知があって楽しみにしてくださっていた方々もいらっしゃる中、更新が遅れまして、すみません。
お久しぶりです。とくだです。
クリニックの開院当初からカウンセリングを担当させてもらっています。
私は学生時代に精神分析、それを実践している人たちに触れ、心理臨床家(カウンセラー)の仕事に魅力を感じ、
今自分も心理の仕事をやっています。
心理の仕事と一言にいっても幅広いのです。カウンセリングもやり方がたくさんあります。
その中でも、精神分析の理解を中心に、私はカウンセリングをしています。 
精神分析では、無意識の心の活動を仮定します。
今困っていること、意識にのぼっている問題は、無意識の葛藤が影響しているかもしれません。
そういう視点を持って、今ある問題をみつめていきます。
診察とカウンセリングって何がちがうか?
例えば、こういう症状があります、といった時に、診察では、先生から診断について説明があったり、お薬が出たりしますよね。
カウンセリングでは、それをふまえた上で、どういうところから自分の症状がきているのだろうか?
その症状って自分にとってどういう意味があるんだろうか?そういったことを考えたり、感情的に体験したり。
そういうことを通して、その症状をよく理解したり、
似たようなことが起こったら対処できるようになっていく自分になったりすることを目指していくのだろうと思います。
それは再発予防になることもあると思います。
 
ちなみに、診察とカウンセリングの違い、一般的な説明もちょっとしてみます。
精神科医は、精神医学的な疾病論(生物学的、記述的、といった)に立ちます。
医学的な診断は、客観的な病状を中心になされます。お薬も処方ができます。
カウンセリングで臨床心理士は、臨床心理学的な理解に立ちます。
その人の心の中にある生活史や、時には心理検査という客観的な指標を使って、
心の問題を、主観的にも客観的にも理解しようとします。
お薬の処方はできず、お話をうかがいます。
治療態度も精神科医は、管理的立場でチームワークのリーダー的役割を担います。
心理士は、共感的、非指示的傾向が強く、チームワークでは調整的役割を取ることが多いとされます。
これはどちらが良いかといったことではなくて、一長一短がそれぞれの役割にあるものだろうと思います。
 
ところで、日本の武道や茶道、その道を究める修行においては、守・破・離(しゅはり)という考え方があるそうです。
まずは型を覚える、型を「守」る。
次にその身につけた型を「破」る。
そして、初めて型から「離」れ、自分の中にその道を修めることができる。
サッカーでもそうらしいです。
元日本代表監督の岡ちゃんこと、岡田監督が言っていましたが、
ヨーロッパの強豪チームには、そのチーム毎のメソッド(戦術)が確立しているそうです。
それをジュニアクラスから叩き込まれる。
向こうのチームは育成制度がしっかりしているので、一貫したメソッドを確立しやすいようです。
そして、プロになる頃には、そこから少しオリジナルなやり方を試しながら、型を破るわけですね。
これは、心理療法においても似ているところがあるんだろうと思います。
その基本の型があるからこそ、型を崩していくことができるという。
型がない中で、崩しているとそれはそれで自分が何をしているのか、迷ってしまう、見えなくなってしまうと思うのです。
そういう中ではカウンセラーもクライエントも迷ってしまいかねないと思うのです。
私たちのこころは常に動いているし、その動きをみていくには、一つの型を自分の中に持ち、
守ることは大切なことだと思っています。
川原クリニックでは開院当初はカウンセリングもまだ今のような形ではなく、
15分〜20分程、診察の前にお話をうかがうことから始まりました。
そこから少しずつ、心理面接の設定をさせてもらえるようになりました。
面接を設定できる、というところはカウンセリングにおいて大切なところです。
精神分析では治療構造という考え方があり、どのように面接を設定するかで、
その治療関係も大きく影響を受けるからです。
意識も無意識も含めて、じっくりと心の中を探求するには、まずは安心してのぞむための環境が必要です。
その素地を作っていくことを大切にしてきました。
治療構造という考え方は、外的にも内的にも構造を作り、カウンセラーとクライエント、双方がそれを守る努力をしていきます。
外的な要素には、時間や料金や頻度といったものが含まれるし、部屋の広さや座る位置や角度も含まれます。
内的な要素というのは、面接をしていく上での約束ごとや、守秘義務についてなどが含まれます。
同じ曜日、同じ時間の設定を維持していくことで心の中に一定のリズムを作るというか、
心理療法のスペースを作るというか、そういったイメージ。
そうすることで初めてそのリズムとずれてくる部分が出てきたり、
それについて検討することができたり、と意味を持ってくるのです。
診療補助であっても、その指針を自分の中に一つ持ちながらやっていました。
そういった視点をもって関係性をみていくことで、関わりを続けていくことで、
少しずつその関係性も変化していきます。
ここはこういった時間なのだ、という感覚というか体験が重なっていくことで、診察とはまた違った、
カウンセリングでの治療関係ができていきます。
関係性ができてくるに伴って、少しずつ時間の設定が変わり、
今は50分、有料といった形で設定することができるようになりました。
そして、この変遷には、やはり共にその関係性を築いてきてくれた人たちがいたことで、
心理面接のスタンダードな基準と同じようにやれるようになってきたところがあります。
じっくりと自分の心と向き合うにはやはり50分というのはちょうど良い時間のようです。
 
今、心理のメンバーは4人います。
相談室は一つしかないので、曜日によっている人が違います。
月に一度、心理のメンバーで顔をあわせる定例会があり、このクリニックでの心理はどういったものなのか?
案内やホームページを作成していこうとディスカッションを重ねているところです。
私たちそれぞれが考えるカウンセリングはベースの部分は共通しているとはいえ、
人が違えばもちろん大切にするところも違ってくるものです。
案内やホームページではそれぞれの色は分かりにくいかもしれないですが、
こうして各メンバーが書いたものをみるとなんとなくわかってもらえる部分もあるかもしれません。
次は、土曜の担当、谷田さんにバトンを渡そうと思います。
谷田さん、よろしくおねがいします


カワクリ下克上・心理コンテスト 第2枠

はじめまして。
土曜日担当のやつだです。
心理のメンバー4人はそれぞれ来ている曜日は違うのですが、4人でも何を目指しているのか、話し合いながら、
書きたいことを書こう!ということにしました。
大変お待たせしました。では、ブログ上でバトンを受け取って走っていきますね。
私が思うカウンセリングについて思うことを書いてみます。
川原先生は「診察とカウンセリングの違い」というテーマの中で、「魚の獲り方」をあげていましたが、
「自転車の乗り方を身につけること」で考えてみました。
自転車に乗る練習で、初めは補助輪を付けてやっていて、次には補助輪をはずして、
でも最初は怖いから後ろでそっと支えてもらって、転んだりと繰り返す中で、だんだん一人で走ることを学んでいく。
ある日、後ろには手を添えてもらっていると思いながら実は一人ですいすいと乗れるようになった・・・
後ろにいる人が自分を支えてくれると思う関係性があるから、一つペダルを踏んで、前に行ける。
自転車に乗るスキルを教えてもらうことではなく、転んで痛かったときの気持ちをきいてもらったり、
走り出した時の感覚を言葉にしたり、テンポをお互いに合わせたり、時には合わない感じを確認しながら、進んでいく・・・
カウンセリングでも同じようなことがあるのではと思います。
「百聞は一見に如かず」ということわざがありますが、英語だと“Seeing is believing”ですけど、
逆の、“Believing is seeing”「信じることは見ること」の方がしっくりくる感じがします。
あと、もう一つ。
生きていく上でさまざまな「こころの痛み」があって、あまりにそれが重いと苦しくなって生きづらくなるのではと思います。
その人個人というよりは、環境であったり、人との出会いや死、天災や事故であったり、
人生には一人ではどうしようもないことがあります。
見たくないことはないことにして(最近の言葉で言えば、スルーして)、自分の人生から消してしまえればいいですけど、
なかなかそうはいきません。
生きることはタフなことですが、一度落ちたところから、「再び」生きようとすることの方が、パワーが必要だと思います。
そこから生まれるものは、きれいなものではないかもしれませんが、自分の手で掴んだ実感があるのではないでしょうか。
カウンセリングは、時間や曜日が決まっていたり、当日休んでも料金が発生したり・・・と約束事があるからこそ、
守られた場となると思います。日常生活から離れることで少し自由になり、パワーを溜めていけるのかもしれません。
カウンセリングには100以上のやり方があるそうです。
川原クリニックでは、その中でも精神分析の考え方を大切にやっていこうと、言っています。
心理士も曜日が違ってなかなか会えないのですが、同じような考えを共有できることも、
私の支えになっているなと感じるこの頃です。
次は高橋さんです。バトンを渡します!


カワクリ下克上・心理コンテスト 第3枠

心理のブログ、ずいぶんとお待たせしてしまいましたね。
私の思う心理療法について、ですね。
挑むにしては恐れ多いテーマではありますが
今考えうる限りで書いてみます。
私たちは臨床心理士という者で
こころの専門家なわけですが、
こころというのはおそらく人間に固有のものです。
(人間以外の生き物にこころがあるかという議論は置いておきます)
「生きる意味」を考えるのは人間くらいのものでしょう。
すると、人間にとって、「生きる」というのは2つの面があると思います。
身体的に生きているということと
心理的に生きているということです。
つまり、心臓が動いていて、ご飯を食べて、寝る、お風呂に入る、とか、
生きていても「生きている」ことになるかは人それぞれなのではないかと思います。
仕事をして、家庭を持って、
他人から見たらいわゆる成功した人生を送っているような人であっても
こころの中はひどくからっぽで、
なぜ自分は生きているのかと
問い続けている人も在るかもしれません。
ここはクリニックという場所ではありますが、
明確な症状がなければ心理療法は受けられない、
というものではないと私は思います。
“自分が病気かどうかを知りたい”と初診でおっしゃる方によくお会いしますが、
こころの問題では正常と異常のラインは必ずしも明確でないこともあります。
悲しいことを悲しいと感じること
嬉しいことを嬉しいと感じること
生き生きと生きることができるようになることを望むとするならば
心理療法は多くの人に開かれているのかもしれません。
とはいえ、何らかの症状に困っている人がいるのもまた事実です。
そして、何をもって「なおる」「よくなる」と言うかも
また一つの考えどころだろうと考えていたりします。
が、それはまた次の機会に譲るとして
ひとまずこれで私は終わります。
さて、ラストはいつも素敵なあの方です。


カワクリ下克上・心理コンテスト 第4枠

はじめまして。
カワクリ心理部門の原です。
待合室と、カウンセリングを行う相談室を行ったり来たりしています。
見かけたら気軽に声をかけてくださいな。
カワクリに来ている以外の日に、私は学校で講師をしています。
ある日のできごと。その日はテストでした。
私は学生たちに「テストを受けさえすれば、何とか単位をあげられるかもしれないから、
とにかくテストだけ、テストだけは受けてね」と伝えていました。
それにもかかわらず、テスト当日、ある学生が遅刻してきたのでした。
「すいません、最寄り駅まで来たんですけどー、家にスマホを忘れたんでー、取りに帰ってましたー」とペコリ。
うーーん、気持ちはわかるけど、学生課では決して納得してもらえないこの理由。
テストは受けることができませんでした。
そうか・・・。単位よりも、卒業よりも、君はスマホが大事だったんだよね。
いまや多くの人にとって日常生活に欠かせないモノ。
携帯電話やスマートフォンの人口普及率は約140%だそうです。
この数字のからくりは、ひとり2台以上の携帯端末を持つ人が増えていること。
小中学生やシニア世代にも、かなりケータイやスマホが普及していることも考えられるかな。
今後は、犬や猫などペット用にも携帯端末が普及するかもしれませんね。
ケータイやスマホはもちろんのこと、インターネットを使って私たちの生活は信じられないぐらい手軽で
便利になりました。
探しものをするときにはインターネットはとても便利ですよね。
「○○○ってどういう意味?」
「欲しかった△△、オークションで見つけたんだよね」
「次の女子会、どこのお店にする?」
「この部屋の間取り、よさそうだね」とか。
そして共有する。
友人が食べたおいしそうなランチや新しく飼い始めたペットに「いいね」。
自分と同じような意見や考えを表現している人に「いいね」。
海の向こうの悲しいニュースや遠い国で起こった痛ましい事件もインターネットで共有する。
そうそう、東日本大震災では、被災地からのツイッターを共有したことで救われた命もあったそうですね。
もはやインターネットのない生活なんて考えられない。
インターネットを全く使わない1日、なんて私はムリ、たぶんムリ。
そうそう、これを書いているブログも、インターネットを使って、より多くの人たちに、
カワクリ心理部門を知ってもらいたいから、であるわけだし。
私たちの生活は、「いつでも」「どこでも」「誰とでも」つながるインターネットなしでは、
もう考えられない時代になりつつあるのかもしれません。
思い出の「写真」も、
心に残る「音楽」も、
懐かしい「映画」も、
年末年始の「買い物」も、
新しい「仕事」も、海の向こうの「友だち」も、
まだ見ぬ「結婚相手」も。
私たちの生活に必要なものは、みんなすべてインターネットで見つかる、のかもしれない。
そんなインターネット全盛の流れとは一線を画している場所。
それがここ、カワクリのカウンセリングだと思っています。
クリックひとつで、「いつでも」「どこでも」「誰とでも」つながるインターネットから、
すこしだけ、離れてみませんか。
そう、ここは「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」の空間です。
カウンセリングは「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」の時間です。
カウンセリングには様々なやり方があります。
精神分析的な心理療法では、人の心には、表面に現れていること(意識)だけでなく、
その下に無意識の水準があると考えます。
「学校・会社に行きたくない」「人間関係が苦手」「自分が好きになれない」などの
「困りごと」をとらえるのは意識レベルですが、その原因や背景になっているものは
無意識レベルに眠っていることも多くあります。
それをたったひとりで探していくのは時には困難なこともあるでしょう。
カワクリ心理部門では、困っていることや悩みごとを単にお聴きするということだけではなく、
あなたの困りごとはどこから生じてきたことなのかを一緒に探します。
その過程で「今」「ここ」で起こってくる様々なことについても一緒に話します。
「もしかしたら、こういうことなのかな」という気づきに出会うことを期待して、
あなたと一緒にカウンセリングをすすめていけたらと思っています。
「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」。
私は今、ここでブログを書いています。
そして、「あなただけ」をお待ちしています。
それでは、また。
追伸:
スマホを取りに帰って遅刻してテストを受けられなかった君へ。
よかったらカワクリに相談に来ませんか。
忘れ物をしたり、遅刻したり、きっと困ってると思うんだけどな。


相談室だより~ひまわりの季節~

こんにちは。とくだです。
お久しぶりです。
お盆も過ぎて、急に涼しいですね。
タイトルにもしたひまわりの季節、ですが、ここ最近の気候だと、
ひまわりの旬な時を逃した感があります。
お盆休み明けの相談室のお花、ひまわりでした。

お盆休みには、ひまわりという映画を見ました。
内容をざっと、ネタバレしない程度にご紹介すると、
第二次大戦中のイタリア、主人公のナポリ娘と海で出会った男。
2人は、彼ががなんとか戦地に行かずにすむように策を練る。結婚もその一つ。
しかし、結局出征することになってしまった彼。帰りを信じて待つ主人公。
しかし彼は終戦後も戦地から戻らず…帰りを待ち続けた主人公だが、ついに彼を探しに戦地であった場所に自ら出向く。
そこで直面した現実。。その後の2人の運命は…
2人の悲恋が描かれているイタリア映画。
感想の一つは、イタリアのお国柄?なのか感情表現豊か、、、
というか、激しいなと。
ちなみに、ジャケットにもなっているひまわり畑がきれいです。
クリニックにもポスターが貼ってありますよね。
先生にもきいてみたところ、喫煙室に今あります。
ちなみに、今週のお花はバラでした。