心の護美箱(45)~ヒーローは、敗北からスタートしている

23/Ⅹ.(土)2021くもり 眞子さま&磯山さやかの誕生日、眞子さま30才&磯山さやか38才。

僕は六星占術でいう「大殺界」の3年間が今年でやっと抜けるらしくホッとしたのも束の間、来年からは「厄年」らしい。もう何を信じたら良い物か。結局、自分に都合の良い物しか信じないという大方の人と同じ結論になる。我慢した「3年間」を返せと言いたい。

しかし、重なる時は重なるもので、色んな方面からストレスは一度に来るもので、そんな時、僕は、ガッツ石松、を思い出す。ガッツ石松は若い頃、繁華街で10人組のチンピラとケンカになった。いくらガッツが腕自慢でも10人相手では、かなうまい。そこでガッツがとった戦略とは?ガッツは、行き止まりの細い路地をみつけ、そこは大人1人くらいしか通れない狭さで、ガッツはそこに入り、突き当たりのカベに背を向け臨戦態勢。相手は1人づつしか入って来れないから、1人づつ順繰りにぶんなぐって、全員、倒したという武勇伝。
ガッツ石松と聞くと、世間の人は「バカ」と誤解しているが、なかなかの策士だ。問題山積とは、辞書で調べたら、片付けるべき問題が山積みにたくさんあることを言う。昔の人は、分散して1年中悩まされるくらいなら、少々大変でもいっぺんに来てもらった方が気が楽だ、と強がったと聞く。たくさん色んな方面のストレスからキャパシティーオーバーになった時や、スケジュール帳が真っ黒になった時は、脇見をせず、目の前のことを一つづつ、ガッツ石松方式でがんばることにしている。

心の護美箱(44がいっぱいになったので、(45)を作りました。今回は、緊急にお伝えしたいメッセージ、それは、僕の知っているサクセス・ストーリーは、皆、黒星スタートだ、である。プロの洗礼、とでも言うべきか。
アントニオ猪木のデビュー戦は、大木金太郎に頭突きでフォール負け。同日デビューのジャイアント馬場は田中米太郎に「股割き」で勝っている。
新人・長嶋茂雄の開幕戦は、国鉄スワローズの金田正一の前に4打席4連続三振。金田は3三振を奪った後の4打席目でも臆せずブンブンとバットを振り回してくる新人・長嶋茂雄に恐怖を抱いたと言う。世界のホームラン王・王貞治は、デビューから26打数ノーヒット。長いスランプからのスタートで、27打席目の安打がホームランであった。

私事ではあるが、僕も研修医に成り立ての頃、無断欠勤がバレて、ペナルティーで「2週間連続当直」の刑になった。今でもそうだが、医者の当直は、翌日も勤務である。当直は当直室で仮眠して、呼ばれたらすぐ病棟や救急外来に行くのが仕事。だから、運が悪ければ、2週間まともに寝れないのだ。でも僕は、へこたれなかった。勿論、自業自得だと反省した、のではない。2週間、当直室から家に帰れない泊り込みという状況が、「日本一のホラ吹き男」の植木等みたいだと思ったからで。映画「日本一のホラ吹き男」で、臨時雇いで会社に入った植木等が配属された部署は、会社にとって何の関係もない古い書類の整理。皆、やる気がない。「ここじゃ、いくら頑張っても出世はないよ」と先輩から言われる。すると、植木等は、底抜けに明るいテンションで、張り切って、荷物をまとめて会社に泊まり込み、仕事をする。「そんなにまでして残業代が欲しいのか」という皮肉にも、「いいえ、残業代はビタ一文、いりません」と1人で、書類を全部、片付けてしまう。労働組合は残業して残業代を取らないことを問題視し、同じ職場の人間達は「仕事がなくなってしまった」と不満を言う。そうして、会社は仕方なく、植木等を他の部署に係長待遇で異動させる。ここからホップ・ステップ・ジャンプ!東京オリンピックの直後の映画で元・三段跳びの選手だったという設定の植木等は、三段跳びの様に出世して行く。高度経済成長の時代のサラリーマンに元気を与えたと言われる映画だが、今、観ても色褪せないパワーだ。なので、僕も植木等のマネをして、家から色んな物を当直室に持ち込んだ。浅草のマルベル堂で、クレージーキャッツのブロマイドをオーダーメイドで引き伸ばし、それを当直室の壁に貼った。陰気な当直室が、まるで僕の1人暮らしの部屋みたいに衣替えした。評判を聞いて、何人もの看護婦さんや他科の研修医も覗きに来た。皆、「お~」って言ってた。今思うと、カワクリの空間作りのルーツは、この当直室に起源があったのかも。クレージーの特注ブロマイドは、今もカワクリの待合室のテレビ側のソファの方に貼ってあります。↓。

丁度、半分の1週間が終った時点で、調子に乗った僕は、「トニー谷」のブロマイドの特注も発注した。そのニュースに異常に反応した人たちがいた。それは病棟のナース達でした。女性には、つらそうな姿をアピールするより、平気の平左、で明るく振舞った方が母性本能をくすぐるみたいで、ナースは一丸となって、僕の味方をした。彼女らのナイチンゲール精神は組織立って、医者や教授や医局長に「いくら何でも可愛そうだ」と意義を申し立てた。
「過重労働でミスが起きたらどうするつもり?」
「川原先生だから笑って仕事が出来ているのよ」
「いえ、ああ見えて、顔で笑って心で泣いているのよ」
「あぁ、いじらしい」
「それに比べて、他の医者は川原先生に仕事を押し付けて、楽をしてるのよ」
「他の医者は、ズルイわ」
などと、本来、僕が無断欠勤したのが問題なのに、矛先が他の医者に向いた。実際は、僕は研修医だったから、当直には必ず上級医の先生が日替わりで付いていて「2週間当直」というのは、半分、洒落だった。つまり、学生気分の抜けない僕に社会人の厳しさを教え込ませるための親心であり、問題を大きくしない配慮だった。そして、2週間、毎日、日替わりで色んな先輩から、生の知識を吸収できるチャンスを用意してくれたのだった。僕は、ゴールデン・ルーキーで、精神科医として期待されていたのだ。そんな内輪な洒落は、ナースには通じない。
彼女らは、川原先生を守るためにはストライキも辞さず、の構えだ。病棟でナースにストなどされたら、大変だ。医者が、検温や配膳や採血や保清など、駈けずり回らなければならなくなる。ナース・コールも医者がとる事態になる。これには上層部もあわて、急遽、僕のペナルティーは1週間で解除された。そして、医局長はナースの前で、僕を労う為の1席を自腹でもうける約束までさせられた。憎憎しげに、医局長が、「川原君、何を食べたいんだい?」と僕にだけ見える角度で恐ろしい顔をして質問した。僕は、「●●のうなぎ」と高級な鰻屋の名前を告げ、「個室で、コースにしてね」と答えた。ナースを納得させるには、それが最善の策だった。そして、僕と医局長は週末、本当に二人きりで、鰻屋の個室でコースを食べたのでした。さすが、名店!、うまかったです。
何を言いたいかと言うと、「始めから上手く行く人はいない!」、ということで、ヒーローでさえ最初は皆、黒星スタートなんだから、仮にそうだとしても腐らずに頑張ろう!、というエールです。

BGM. 植木等「スーダラ伝説」


心の護美箱(42)~よくある質問

16/Ⅸ.(木)2021 はれ ゲレロが45号、大谷を抜く。ペレスも44号。本塁打王争い1差で3人の大混戦。

知り合いの風俗嬢は友人と食事に行く時、割り勘でも「少し多め」にお金を出すという。彼女は自分のお金は「綺麗なお金じゃないから負い目がある」と泣く。綺麗じゃないか。

僕は中学の頃、借りてもないお金を友人に「返して」いた。友人は「貸したっけ?」と不思議な反応をするが、こちらが強く「返す」と大抵の人は受け取った。後に岸田秀という心理学者の本に似たような体験が書いてあって、「それは親に借りを作りたくないから、別の場所で借りを返してるのだ」という解説で妙に納得した。

前の病院で「芸術療法」を専門にしてる先生がいてその人に教えてもらった話。「智恵子抄」で有名な智恵子はその晩年は高村光太郎と会話が出来なかったそうだ。しかし智恵子が切絵に興味を示すのを発見した高村光太郎は智恵子の為に毎日、綺麗な千代紙を買って帰ったそうだ。智恵子は夢中で切絵をする。光太郎はそれに答えるように違う千代紙を探しては買って帰る。これは高村光太郎が智恵子の為に買ってるようにみえるが、実は智恵子が光太郎が喜ぶから切絵をしてあげていた、という逆転現象がいつしか起きていたのだという。「愛」ってよくわからないけど素敵な話ですね。

医学部の科目の中に「精神科」があるのはよく考えると不思議だ。「精神」って特定の臓器ではないし「脳」とも違うし解剖しても見当たらない。「こころ」を扱う学問やジャンルは他にもある。哲学や宗教学や芸術や文学の方がより的確に「こころ」の本質をとらえているかもしれない。だけどあえて「こころ」を医学に置こうとした人の発想が興味深い。

心の護美箱(41)がいっぱいになったので、(42)を作りました。よくあるご質問への回答です。

幼稚園の頃、ブツブツと独り言を言いながら近所を徘徊している老婆がいた。乳母車に古い赤ん坊の人形を乗せて、その人形を本当の赤ん坊だと思っているという。「すずめ」を捕まえて食べてるという。「タッちゃん、あの人に話しかけてはダメですよ」と教えられていた。
ある日、狭い路地で、乳母車の老婆と鉢合わせになった。
僕は思わず、「すずめ、って食べれるの?」と聞いた。
すると、老婆は「坊や、そんな可哀想なことをしてはいけないよ」とビックリするほど優しい声でそう言った。やがて僕らは仲良くなり、老婆は乳母車から赤ん坊を抱え上げて、「ほら、こうするとお日様が透けて見えて綺麗なんだよ」と教えてくれた。セルロイドの人形に夕陽が差し込んでキラキラ反射して輝いて虹のように見えた。
同じ頃、家に時々、「乞食」(←これは不適切な表現なのでしょうが、差別を助長する意図ではないので使用します)が来た。「タッちゃん、乞食が来たら、食べ物をあげちゃダメですよ。クセになってまた来るから」と言われた。
ある日、僕しか家にいない時に勝手口から女の乞食が、「何か恵んで下さい」と入って来た。僕は、「お前に、何かあげるとクセになるから、やらない」とピシャリと言い放った。すると女の乞食は、「坊ちゃん、もう何日も何も食べてないのです。約束します。今日だけですから」と懇願した。この人が嘘をつくようには見えなかった。僕は台所に置いてあった塩むすびを持って来てあげた。女乞食は何度も何度もお礼を言い、約束は守る、と言って帰って行った。毎日、「ねぇ、今日、乞食、来なかった?」と聞くのが日課になった。大人達は、「変な事を気にするのね」と笑っていた。女乞食は約束を守ったのだ。
僕はこれらの事を通じて、大人達の言う事はかなりいい加減なものだぞと思った。そして、それ以来、この世の「常識」とか「普通」とか「規則」とか「一般」などを疑ってかかるようにした。
将来は、「常識」や「普通」で不当に差別や誤解を受けてる人達を助ける人になりたいと思った。そのためには「パワー」が必要だ。僕の父は医者だから「精神科」というものがあることを知っていた。それだ。僕は精神科医になって医者と言う権威を武器に、差別や誤解で苦しんでる人や不自由に生きている人達の心の味方であろう。それが僕が精神科医を志した初心で、よくある皆さんからの質問への答えで、今でもそう思っている。

BGM.ムーンライダーズ「九月の海はクラゲの海」


心の護美箱(41)~柔道とスケボー、1977

6/Ⅷ.(金)2021 はれ 名古屋市長・河村たかし(気さくな72才)「金メダル嚙みつき事件」は「最大の愛情表現だ」と。

7月の連休、開会式の数日前の東京MXでやってた番組で「オリンピックに反対が8割」というアンケートをみて、「明後日なのに?」とビックリしました。僕はあまのじゃくだから、「それなら俺は2割になってやる!」とオリンピック肯定派宣言。ファミマで「アシックス」の応援ユニフォームを買い反骨精神をみせるつもりでした。


やるならテッテ的にと、ネイルもオリンピック仕様。フットネイルはビタミンカラーで活力を表現。

ところがどっこいいざ開会式が始まると開会式の視聴率は56.4%と驚異的。僕はオリンピックで浮かれるバカ代表みたいになってしまいました。トホホ。

心の護美箱(40)がいっぱいになったので、(41)を作りました。今回は「東京オリンピック2020」も終盤戦に向けて盛り上がって来たので、私の中高時代の思い出のスポーツ「柔道とスケボー」の記事にします。この二つの競技の性格は全然違い、柔道は「体育の必須科目」でスケボーはおしゃれの最先端。スケボーは我々の上の世代では輸入されていなかったナウい未知のボクらのファッションでした。それでは、1977年にタイムスリップ!

それはアウェーのような大ブーイングだった。
僕は一瞬、気圧されしたが、覚悟をきめて、拍手を送り、<いいぞー、よくやったぞー、惜しかったー>と声をかけた。

 

 

イジメもなければ、ハブられることもなかった。どちらかと言えば、親切な人ばかりだった。きっかけは新年度に体調をくずし、数週間学校を休んで、新しいクラスに行ったら、もうグループが出来上がっていたことだ。班分けをする時も入れてもらえたが、特別に仲良くしたい人達でもなかったし、話題も合わなかった。僕には友達がいなかった。

今、大人になるとどうってことないことが思春期には気になることがある。友達がいない、というのは、その代表選手だ。友達がいないというのは、さびしい奴と憐れに思われたり、自分はそうなりたくない、と思ってる奴からは批判の対象になったりもする。そいつの自己正当化のために。親は心配するだろうし、教師はしゃしゃり出そうだから、なるべく顕在化しないように気を回した。

万有引力とは引き合う孤独の力だ、と寺山修司は言っていたが、僕と同じように友達のいない男と万有引力のように引かれあってつるむようになった。そいつはガタイがデカく乱暴者でリアル・ジャイアンみたいな奴で加減を知らないから、皆から恐れられ敬遠されていた。

どういうきっかけでそうなったのかサッパリ覚えていないのだが、僕らは学校が終ると彼の家まで遊びに行った。彼の家の近くには神田川が流れていて、彼は当時の流行の最先端のスケートボードを持っていた。僕らはスケートボードに最適な坂まで通い、一人が坂の下で見張りをし、もう一人が坂の上からすべった。もし車や自転車が来たら合図を送り、衝突しないように、途中で降りれるためである。坂の下には神田川。僕らは何度もスケートボードを神田川に落としては、長い棒で突っついて拾い上げ、またすべっては落としてを繰り返した。何日も何日もひたすら同じことをやった。

そのうち、僕とジャイアンが仲良くなったことが学校で知れ渡り、僕の学校でのカーストは上がった。用心棒がついたから。

学内で柔道大会があり、ジャイアンは柔道部でもないし、最上級生でもないクセに、破竹の勢いでトーナメントを勝ち上がり、決勝戦まで行った。決勝の相手は柔道部のキャプテンで最上級生の男だった。体格はジャイアンがまさったが、キャプテンにもメンツはある。試合は力と意地の攻防で、結局、足技か何かで、我・ジャイアンがよろけてポイントをとられ、逃げ切られ、準優勝だった。

表彰式。優勝者は圧倒的な声援を受けた。その半分は、よくぞ生意気な怪物を退治した、という判官贔屓な賞賛だった。準優勝者も表彰されたが、それはアウェーのような大ブーイングだった。僕は一瞬、気圧されしたが、覚悟をきめて、拍手を送り、<いいぞー、よくやったぞー、惜しかったー>と声をかけた。

周りの上級生は、「なんだ、あのチビ」「誰だあいつ?」といぶかしい顔をしてこっちをにらみ、クラスメートは空気を読んで、「おいやめとけよ」、と制止する者もいたが、僕はまるでシカト。拍手を送った。
「ともだち」は、僕の方を振り返って、はにかんで笑った。

その異様な光景を興味深そうにみてた奴が3人いて、彼らもやがて合流して、僕らは5人組のグループになった。皆クラスはバラバラだったが、夏休みには海に行ったり、放課後は誰かの家に集まったり遊びに行ったり、冬にはスキーにも行ったことがある。僕は旅館で一人寝てて、旅館のおばさんに、「あんたも若いんだからすべって来なさい」と小言を言われた。山口百恵が「初恋草紙」を歌ってる頃で僕はゲレンデに出ないで、旅館でラジオから流れてくるそれを聞いていた。

BGM.山口百恵「初恋草紙」


心の護美箱(40)~明日に向かって走れ

18/Ⅶ.(日)2021 はれ 「クイックジャパン」の小山田圭吾イジメ発言ネットで話題になるのは3回目?

心の護美箱(39)がいっぱいになったので、(40)を作りました。はじめて、このブログを読まれた方は何のことだか、判りませんね。とりあえず、グチを書き込めるページなのです。「王様の耳はロバの耳」という話を覚えてますか?王様はロバの耳をしてして、それをひた隠にしてます。しかし、いつも王様の髪を切る床屋だけは「王様はロバの耳である」ことを知っていて、口止めされていました。でも、床屋はどうしてもそんな重要なことを一人で抱えてることが出来ず、井戸の奥に向かって「王様の耳はロバの耳」と 大声で叫びます。すると、その声があらゆる井戸を伝わって井戸と言う井戸から「王様の耳はロバの耳~」 と響き、皆にその秘密が知れ渡ってしまうのです。だから秘密を打ち明けるのは、危険ですね。でも、精神科&カウンセリングには守秘義務があります。安心ですね。ここでも、非公開を希望の人は、そう書いてくれればアップしませんし、こちらが判断して「不適切」なものはアップを控えます。溜め込むのは良くないです。安全な場所で、「王様の耳はロバの耳」と言いましょう。最短でも通院間隔は1週間に1回ですね。1週間という単位は、色々ある時はありますからね。ですから、酔った勢いでも、ネガティブになった時でも、送って下さい。身元がバレるようなことはしませんから。まぁ、グチに限らず、要望や苦情やエールやラブレターでも構いません。この記事に関する感想コメントなら、尚結構!

 

僕が生涯で1番カッコ良かった話をしましょう。自分で自分のカッコ良い話をするほどカッコ悪いこともありませんが、そういうことを分かった上であえて記事にすることが、「心のゴミ箱」主催者としての男気というものです。

僕の家は地元では名士で昔の金持ちはそれを社会にも還元していたものです。僕の父は僕の通う小学校にブラスバンドを作るべくあらゆる楽器を人数分寄贈しました。うちの親の世代は「音楽」などという教養はないから音痴な人が多かったですが我々の世代からはピアノやエレクトーンやバイオリンを習う子が多くなり音楽は教育の一環でした。僕が小学校4年の時、父が楽器を寄付したきっかけで全生徒は「ブラスバンド」か「合唱部」に入部が必須となりました。僕は父のそういう行為があまり好きではなかったので、クラスの仲の良い女子と二人で相談して一緒に合唱部に入ることにしました。

そうしたら学校は大慌てです。父が楽器を贈ったブラスバンド部に僕が入らないなんて当時の村社会では考えれなかったのでしょう。僕は教師から「ブラスバンドに入るように」説得というよりお願いをされました。そういう大人の事情というのを子供は余計嫌う訳ではないですか。だから僕も頑なに拒否して、教師の言う事なんかシカトして彼女といそいそと一緒に合唱部に入る約束を強固に固めて行ったのです。彼女は色んな合唱曲を知っていて、僕がどんな歌を歌っても「ハモれる」才能の持ち主でした。

しかし大人と言うのは恐ろしい。到底、子どもでは歯が立ちません。教師は彼女をブラスバンドに入れさせたのです。彼女は泣いていました。「私、ブラバンに入るからタッちゃんも一緒に入ろう」。あきらかに言わされてるセリフでした。

僕は頭に来て、僕はブラバンに入るが君は合唱部に入れ、と言って、別々の道を歩むことにしたのです。僕はトロンボーンをやることにしました。当時、何かの歯磨き粉を買うと、おもちゃのトロンボーン(笛を小さくしたサイズで息を吹き込み先っぽのレバーを前後させると、ヒュ~ユ~ヒュ~、と音が変化します)が当たるコマーシャルを堺正章がやってたからです。

ブラバンは茅ヶ崎市の大岡祭でもパレードに参加して市内を闊歩しました。トロンボーンは吹かない時は朝顔(楽器の先っぽ)を下に向けて行進するのですが、僕は開き直ったら強いタイプなので、もうやる気満々、戦闘態勢で行進時も一人、楽器の朝顔を平行に持ち、まるで敵に突入する勇敢な兵士のような構えで人生と向き合う覚悟を付けたのでした。↓。

今はその時の覚悟の「利子」で人生を送っているようなものでそのくらい僕にとっては重要な年齢の出来事でした。

BGM. 吉田拓郎「明日に向かって走れ」


見ないふり

17/Ⅵ.(木)2021 時々激しい通り雨 7月からの新ウルトラマンの敵役のボスに上坂すみれ。

ワクチン接種後から体調が悪い。体がだるく調子が出ないのだ。もう1週間以上たつから医者たちは「副反応ではない」と口をそろえる。ひどい奴は「仕事したくない病だ」という(笑)。

こないだの日曜の総合格闘技「RIZIN」の東京ドームマッチは後日録画でみた。しょこたん(36)がユーチューブでコラボした人気の朝倉兄弟の弟・朝倉海(27)の試合のリングアナウンサー役をやってたからビックリした。総合格闘技は潜在的なプロレスファンで占められてる世界だから迂闊に入って来ない方がいいぞ。全盛期のビートたけしでさえ物を投げられたし、下手すりゃ山田邦子の二の舞だ。そんな人気の朝倉兄弟の兄は、柔術家に失神負け。日本の総合格闘技がグルっと一回りして柔術にスポットが当たりそうな予感。それは中量級のタイトルマッチの決まり手も「三角締め」だったから。とは言え、この試合はチャンピオンがアゼルバイジャンの選手でこないだまで志願して兵役に出てた選手。対するチャレンジャーは日系人で浜松に拠点を構えて練習を積んでいた。今はコロナだから外人は来日後2週間隔離生活でアゼルバイジャンのチャンピオンはそんなハンディを背負って試合に挑み負けた。そしてそういう裏事情をテレビでは言わないのだ。卑怯だと思った。

女の子が親戚が死んだけど「なんとも思わない」という。対象喪失の直後はそういうものだ、と諭すが、「それとは違う」という。「自分には人間的な感情が欠落してるのだ」と淡々と言う。そこで僕は大学2年の時に、父が死んだ時のエピソードを話した。棺桶に花などを入れた後、釘を打つのだが、僕はたまたま台所に「イトーヨーカ堂」の商品券があるのをみつけ、茅ケ崎の北口にあるイトーヨーカ堂へ行き、別にすぐ必要でもない靴下を何足か買い、大事な儀式に遅刻した。女の子はそれを聞いたら大笑いして、「なんで靴下?センセーはサイコパスですね」と2度笑った。精神分析の祖・フロイトも自分の父親の葬式に床屋に行って待たされたために遅刻したというエピソードがある。フロイトはこのことから、「無意識に父の死を認めたくない気持ちが行動をコントロールしてしまう」失錯行為と言う無意識の作用を発見した。でもあの子に言わせりゃ「フロイトもサイコパス」だ。

僕のおじさんが先日、死んだ。コロナ禍だから葬儀は簡素に。参加しなくても良い。僕はそのおじさんには親しみを持っていたから、お通夜に行こうと思っていた。告別式だとちゃんとした格好をしないといけないが、お通夜ならフダンのTシャツ&ジーパンでも良いはずだから。でも知らせを聞いた土曜の夜、睡眠薬を規定量の倍飲んだら、二日間寝続けてしまい、お通夜も告別式も出れないどころか寝て過ごした。おじさんは僕が子供の頃に宮前平のペットショップで「ワニ」を買ってくれた。うちの家族は僕以外は皆、爬虫類や両生類が嫌いなので、おじさんくらいしか買ってくれる人はいなかった。僕が池にワニを放したら、父が池で飼ってる鯉が食べられてしまう、と大騒ぎして怒っていた。僕は子供の頃、俊足だったがそれは同年代の中でのこと。父は結核で足を悪くしてるから走るどころかビッコをひいてたから相手にならない。だからおじさんが遊びに来るとかけっこの相手をしてもらった。おじさんは足が速かった。何度やっても勝てなかった。「タッちゃんには無理だよ」と余裕で笑っていた。子供相手に手を抜かなかった。僕は大人げないなと思ったが、大人ってそうあるべきなんだと教わった気もする。

母の日ばかりが母に感謝すべき日ではないように、通夜や告別式以外の日に弔いに行っても良いことにさせてもらおう。しかし、体調がすぐれない。患者に心配されるほどだ。困ったものだ。おじさんのせいかもしれない。迷惑な話だ。合掌。


精神療法各論

13/Ⅴ.(木)2021 霧雨。医師会会長、マンボウの中会食を謝罪。

精神療法といっても色々と流派があって、アメリカではカウンセラーの数だけカウンセリングがある、とか、400種類のカウンセリングがある、などと言われてるそうです。今日はその代表をいくつか、カワクリ視点で独断と偏見で紹介します。

①精神分析(精神分析的精神療法、力動的精神療法)

…治療構造をしっかり作り、転移(患者さんが過去に体験した様々な対人関係を治療に、無意識に、持ち込んでくること)を取り扱うことを中心に行うもの。19世紀末にフロイトが提唱しました。イエス・キリストとフロイトとカール・マルクスは人間存在に大きな影響を与えた3人のユダヤ人だと並べて語られることがあります。

フォークトリオだったRCサクセションの清志郎はバンド編成の新生RCを作るために当時の人気フォークデュオ・古井戸(ふるいど)の仲井戸麗市・チャボを引き抜きたいと思いました。そこに古井戸のもうひとりの加奈﨑がソロアルバムを出すというので楽曲を何曲か提供しました。キヨシローはどんな時よりも本気を出して「売れる曲」を作りました。これでヒットすれば、古井戸が解散してチャボが自分のところに来てくれるから。結果、チャボはRCに参加してその後の成功は皆さんご承知の通り。出会った頃のキヨシとチャボはどっちも人見知り。当時は合同でリサイタルをすることが多く、ミュージシャンが楽屋でワイワイやる輪に入れなかった者同士でした。2人がはじめてコンタクトしたエピソードが僕は好きです。楽屋のすみっこでキヨシがチャボにポケットからチョコレートを出して、「チョコ、食う?」と声掛けると、チャボが「食う!食う!」と答えたそうです。これが二人の友情の始まりです。フロイトの話をしようとしてたら、すっかり古井戸(ふるいど)の話になってしまいました。

②実存分析(ロゴテラピー)

…ユダヤ人のため強制収容所に収監されて生き延びたフランクルが提唱した実存をテーマにしたもの。フランクル著の「夜と霧(よる、と、きり)」はベストセラー。

僕は生のフランクルにあったことがあります。講演会を聞いたのです。印象的だったエピソードを話しましょう。フランクルはある神学校に呼ばれて講演会をしたそうです。司会進行は学長がしたそうです。学生から事前に集ったアンケートを学長が1枚づつ見ながら質問を選別するそうですが、ある質問紙を学長が「くだらない」と捨てようとした時、フランクルは「ちょっと待った。それを見せて下さい」と言いました。学長は「?」な顔をして「600、とは何ですか?なんて質問は下らない」と言いますが、フランクルは「いや、これは大変、重要な質問だ。神(GOD)とは何ですか?と書いてある」と言います。きっとこんなくせ字だったのでしょう。↓。

ここで重要なのは、神学校の学長には見えなかった「GOD」が自分にはみえた、というアピールでした。すごくないですか?僕はちょっと引きました。

帰りに偉い先生に「君はフランクル先生は知っているかね?」と聞かれ、「はい。夜と霜(よる、と、しも)を読みました」とジョーク(霧を霜と読み間違えた体)を言ったらカンカンに怒ってました。ジョークの通用しない人は困ったものですが、僕にも責任はあり、やはりTPOを考えるべきですね。

③森田療法

…僕の指導教官が「森田療法」の専門家だったから大学病院の病棟に畳部屋がありました。全部で50床の病棟に特別室みたいな個室があるのは異様です。入院森田療法は「絶対臥褥(がじょく)」と言ってまず最初の1週間は寝たきりで部屋から出れません。そして次のステップで日記が許され、次で散歩・軽作業と行動の自由を広げて行きます。「不安」を行動で紛らわさず、正面から向き合うためです。しかし、考えてみて下さい。うちの病棟は50床あって、様々な病気の人がいて、皆、決まった時間に食堂に行って、薬も列に並んだりします。用件があればナースステーションに自分で行きます。しかし、森田療法は絶対臥褥、部屋から出られないので看護婦さんが食事や薬を届け、ナースコールで部屋に来てくれます。畳部屋は一つしかないから、超VIP待遇ですよね。これは自己愛が満たされるというか、お殿様みたいな気分に浸れます。だから僕の感想は「うちの病棟の森田療法の効果は、自分を特別扱いされることで満足するから」だと思ってました。森田療法は森田正馬(まさたけ)先生が考案した禅の思想を取り入れた日本発の精神療法です。僕は研修医の頃にやってたせいで古臭いものだと思っていたら、最近、またブームのようです。何故でしょう?不思議だ。

④内観療法

…大学病院に勤めてる頃、夏休みの2週間を利用して地方の精神病院に行った。無医村みたいなところで、医者の頭数を必要とする病院が当時はあって長期休みには出稼ぎに行った。その土地は治安が悪く入院時に記載する問診票(当てはまるものに丸をする)の「態度」の欄に「入れ墨をみせて脅す」という項目があり、こんなものが印刷されてるということはそういう人が多いという意味なのでしょう。そこで出会った心理士の先生(60さいくらい、男)は「東京から来た若い医者」に興味を抱き、「東京の精神療法事情」を聞いて来ました。代わりに彼は自分が考案した「ロール・レタリング」という精神療法を教えてくれました。誰かに向けてお詫びの手紙を書くという指導でした。何せ入れ墨ゴロゴロですから、普通のカウンセリングじゃダメなんでしょう。「母に向かって詫びなさい」と言ってローレ(ロール・レタリングの略)。「次は父に向って、ローレ」とローレ攻めにしてくそうです。

こないだ、「23歳シングルマザー小6男子にわいせつ行為で有罪」という記事に「こういう人には罰じゃなく治療を」と書いてありましたが、僕は「こんな美人が来院しても何をすればいいかわからんな」と思いましたが、その時に、ローレのことを思い出しました。あの先生、生きてるかな?

⑤認知行動療法

…これも犯罪者の更生に役立つそうですね。しょこたんがストーカー被害にあったというニュースでも「犯人には治療を」というコメントがあって、その時に弁護士が認知行動療法は再犯防止のエビデンスがあると言い切ってました。

その真偽はともかくとして、認知行動療法とはある状況で生じる気分や行動には、その人特有の「方程式」が稼働するのだという考えです。つまり、y=f(x)、という公式を持ってる人のそれを、y=f’(x)、に換えれば、条件ⅹでも結果yの値が変わってくるという算段ですね。でも、僕に言わせれば、その方程式って結局どうやってつくられたかってその人の人生の積み重ねで出来上がった訳だから、そこを掘り下げて行くのは精神分析だから、結局、認知行動療法って精神分析の短期&焦点づけ療法じゃんって思うのですが、違うの?

⑥箱庭療法

…昔、えらい先生に「箱庭をどう思いますか?」と聞いたら、「あれは、こちらが寄り添って見守ってる中で作ることに意味があり、それは風景構成法も同じことで、だから箱庭は決して一人で作っても駄目だよ。こちらが見ていて、それがきちんと患者さんに意識として伝わっていることが大事で、それがあればバウムテストだって治療になりうるよ」だって。分かったような分からぬような。

⑦アンガーマネージメント

…「怒り」をコントロールする方法をラジオビバリー昼ズで松村邦洋が言ってました。腹が立ったら「怒」という字を思い出し、「女の股にこころ~」、「女の股にこころ~」、「女の股にこころ~」、「女の股にこころ~」、「女の股にこころ~」、「女の股にこころ~」と10回言うと、腹が立たず、別のところが立つ、という下ネタ。高田文夫に怒られてました。

 

以上、精神療法あれこれ、でした。


カワクリ緊急事態宣言解除

8/Ⅴ.(土)2021 はれ。石原さとみ聖火リレーランナー、物議をかもす?緊急事態宣言延長。

川原はスランプだった。みんなも同じだろうな。長引く自粛、コロナ鬱、天候の寒暖差、気圧、趣味ができない・・・などで寄る年波、体力の低下を痛感していた。カワクリの緊急事態宣言は、コロナを防ぐことよりも川原の体調を考慮したものであった。

そして、ゴールデンウィーク。ステイホームのため一升瓶を買い込んだ。
1本目は楽器正宗。↓。

楽器正宗は福島の酒。酒は酔うと結局味はよく分からないから、復興をなんとかしたいというその気持ちで好んでのんでいる。そういう偽善者だという自覚があるぼくがスキ。なんて。

2本目は、花陽浴。↓。

日本酒ランキング上位の人気の酒です。甘い。これを買ったのは、昔好きだった子の好きな酒がこの酒だったからです。歳を取ると懐かしくなって、あの子とのんでいるような気持になるかなと思ったから。
いい酒に、高級なあてをつけると酒の味がわかんなくなるもの。質素なつまみをと、セブンの金のウインナーとヤゲン軟骨で美味しくいただく。

だけど、家に居てラジオを聞いて酒をのんでるだけだから、昔のことばっか考えてしまう。昔の患者さんのことを考えてしまい、2,30年もすると精神医学の考えも変わるもので、仕方ないんだけど「あの患者さんにこうしてあげとけばよかった」と後悔もする。そろそろ現役も終わり、残りの時間を考えたりしていた。
そしたら、普段口をきかない息子が「”親鸞”って何歳まで生きたか知ってる?」と聞いてきた。(浄土真宗の宗祖で、植木等「スーダラ節」のルーツにもなっている人が”親鸞”)「わかんない」と答えると「90才」との事。当時の平均年齢は30才、単純計算で300才まで生きたことになる。息子は続けて「だから、まだこれからだから頑張れよ」だって。あと200年くらい働けと・・よし、後ろばっか見てても仕方ないと立ち直る。

ゴールデンウィーク最終日、形から気合を入れようと美容室に行った。

ハーフ&ハーフ?白黒つけろ?それは前回までの僕。
今回のテーマはブラックジャック↓

僕は忌野清志郎が死んだことを認めてないのだが、一応5月が命日。清志郎が尊敬していたのが「ブラックジャック」「子連れ狼」「オーティス・レディング」の三人。その中の「ブラックジャック」の白黒にした。

去年、コロナで江の島の密が問題視されていたが、今年の夏もみんな海水浴に行けないだろうと思い気分だけでもと、海をモチーフにネイルをしました。

題して「雨男は海水浴に来るな」
ハンドは、初夏のイメージ。↓。

足の親指についてるのはターコイズ。海に似合う石でつけたそう。↓。

というわけで、元気になり、身なりも整い、魂も入り、診療を元に戻すようにしました。

 

と、川原先生なりすましスーでした。先生が忙しいため代わりにお知らせしました。今回は分かりやすかったんではないでしょうか?でも全部本当の先生のエピソードなのでご安心くださいね。

先生もそうだったように、コロナ鬱、巣ごもりによる夫婦喧嘩、ひきこもり、天候による自律神経の乱れ、不眠、コロナ禍で知らないうちに流行って来た”病名たち”(ADHD,ASD,HSP,カサンドラ症候群など)、それにそもそも五月は「五月病」の季節。精神科・カウンセリングは不要不急ですね。
おまたせしました。新患受付再開です。

また受付時間や何か変更があればカワクリホームページでお知らせしていますので、ご覧いただければと思います。
なにはともあれ、先生が元気になってよかったです。おわり。


心の護美箱(35)~今さらわかった

1/Ⅴ.(土)2021 はれ、地震があった、雷雨も。マッチ退所。

僕がうんと子供の時に、ウルトラマンをみた。ソントンジャムという会社の提供で、滝のような川のようなせせらぎの中に「ソントンジャム」が並んで映ってるコマーシャルが番組の間に流れてたが、うちの食卓にはソントンジャムはなかった。ウルトラマンのオープニングは白黒のマーブルみたいなうねうねが「ウルトラQ」とタイトルを映し出すのだが、これは前番組の「ウルトラQ」そのままで、それが勢いよく吹き飛んで真っ赤な背景に白抜きの文字で「ウルトラマン」と出る衝撃。まだテレビは白黒放送とカラー放送が半々の時代で、「ウルトラマン」は新しい時代の幕開けの象徴のようにもみえた。僕の一個上の学年の友人が「ウルトラセブンはみたが、ウルトラマンはリアルタイムでみてない」と言ってたから(上に兄弟がいるいないとか)で随分、文化背景は変わるものだと思う。僕は「ウルトラセブン」には飽き出していた。それはウルトラセブンはロボットとか乗り物が多くて、僕は怪獣とか動物が好きで機械は嫌いなせいもある。ちなみに僕は「仮面ライダー」もみたことがない。裏番組で「巨泉のお笑い頭の体操(クイズダービーの前身番組、円鏡がこれで売れた)」をみてたから。当時は一家に一台しかテレビがなくビデオもなかったから、視聴率というのが今より信用できたと思う。

特撮ものから卒業した僕が夢中になったのは芸能界だった。月刊「明星」とか「平凡」を毎月買ってみていた。天地真理・南沙織・小柳ルミ子の三人娘が売り出し、五木ひろしがデビューし、グループサウンズを解散してソロになった堺正章や井上順が歌にお笑いに大活躍。ジュリーこと沢田研二とショーケンこと萩原健一は二枚目の代表。小学校3-4年の頃、「帰って来たウルトラマン」が放送されるというニュースが流れた。僕はもうその頃にはそんな子供っぽいものに関心がなくなりつつあったが、当時人気の「仮面ライダースナック」などのブームに乗れなかったから(テレビをみてないので)ウルトラマンならわかるぞ、という色気がなかったとも言えない。「帰って来たウルトラマン」の特集を「テレビガイド」が巻頭カラーで特集するというから買ってみたが、今でも覚えているがその号の表紙は、黒いタキシードを着て並んでいる(かくし芸大会の宣伝か?)マチャアキとドリフのカトちゃんのツーショットだった。

この二人はとても面白かった。まだ志村けんは付き人だったからテレビではみなかった。確か、4チャンで「第1回喜劇人大賞」なるものを授ける番組をみた記憶がある。由利徹や伴淳三郎などの重鎮がそろって若い芸人の話をしながら雑談の延長で大賞が決まるという訳のわからないシステムだった。大賞には「マチャアキ」が選ばれた。マチャアキのお父さん・堺俊二は笑芸人で舞台の最中に舞台で死んだことで有名だ。「お父さんの分まで頑張りな」ということを誰かが言っていた。多分、みんな同じ思いだったのだろう。僕は子供でマチャアキは好きだったから賞をもらったのは良かったと思ったがこの偉そうなおじさんが何者なのか当時はその有難味がわからなかったから退屈な番組であったが、そのせいかどうか知らないが「喜劇人大賞」は僕の知る限り第2回以降をやってないと思う。すごいぞ、マチャアキ、唯一無二のチャンピオン。

マチャアキと順之(井上順は、いのうえ・じゅんじ、と名乗っていた)はグループサウンズのスパイダースのメンバーだった。ジュリーはタイガース、ショーケンはテンプターズだった。僕は彼らがGSで活躍する姿を実際にみた記憶はない。きっとウルトラマンをみてたせいなのだろう。GSの生き残り組の人気はすごかった。新御三家が出ても、お笑いや芝居や歌で存在感見せ続けた。エンゼルハットをかぶってデビューした当時の桜田淳子がフルーチェのCMで歌を歌うのだが、それはフルーチェに色んな味があって迷っちゃうというのと自分で簡単に作れる商品で誰にあげようかな、と恋に恋する乙女感をミックスした傑作CMで、僕は今でも歌えるのだが、♪ジュリーにショーケン、マチャアキ、ジュンジ、私の私の好きな人♪、と歌うのである。ここに出てくる名前が当時の人気者ランキング上位で全員GS出身者だった。ちなみにこのCMは最後に、桜田淳子がスプーンを握りしめ空をみて、「ひろし~」というオチである。迷った挙句、桜田淳子が決めたのは「ひろし」だったのである。これは五木ひろし、とか、ど根性ガエルのひろし、という意味ではなく、当時、日本人男子で1番多い名前が「ひろし」だったからと何かで読んだ。きっと、明星か平凡であろう。

さてここで問題になることが数年後に起きる。

日本の歌謡シーンにフォークのブームが起きる。よしだたくろうの登場だ。拓郎についての細かい記述はここでは避けるが、たくろうのデビュー曲は「青春の詩(うた)」である(所説あり)。ここで豆知識。日活映画がロマンポルノに方向転換する直前、「女子学園ヤバい卒業」という夏純子が主演する青春ズべ公路線がヒットした。この映画で夏純子は敵対する不良グループと競技場でタイマンを張り、度胸を見せつけるため、そこでストリップよろしく制服を脱ぎ、まぶしいような純白のブラジャーとパンティ姿を披露した。この無軌道な若者の青春群像を描く映画に何故か突然、公園の噴水近くにギターを抱えた男が登場し歌を歌い出すのである。それが、よしだたくろうであり、歌が「青春の詩」である。音は後からかぶせたのだろう、エレキの音がするから、これはエレックレコードのファーストアルバムからの音源ではなく、シングル盤の音源だろう。この詩は♪喫茶店に入って彼女の手を握ること、あ~それが青春♪というように「~な、こと、あ~それが青春」というフレーズを重ねて行く手法でいくらでも長く出来るのが初期のよしだたくろうの作風の特徴です。その中で今回皆さんと共有したいのがこのフレーズです。それは、♪ジュリー、ショーケーン、キンちゃん~、あ~それが青春♪です。前述の如く、ジュリーは沢田研二、ショーケンは萩原健一、どちらもGSです。しかし、そうなると「キンちゃん」は誰でしょう?僕はこれを中2の頃からずっと悩んでいます。色々調べたし、ラジオにも投書したし、書籍も読み漁ったが、回答はありません。ちょっと音楽に詳しい奴にきいても、「キンちゃん?欽ちゃんだろう。萩本欽一」と答える始末。でも、ディメンジョンが違うじゃないですか。そこで僕が当たりをつけたのは、ザ・フォーク・クルセダーズの北山修。フォークルは京都のライブハウスでジュリーたちと同じステージに立っていた。一足先にジュリーたちがスカウトされ東京に向かう時、ジュリーが北山修に「先に東京に行って待ってる」と言ったセリフは有名。フォークルの当時のライブ音源を聞くと黄色い声で一色。北山修は普段は「サム(おさむ、の、さむ)」と呼ばれていますが、覆面バンド「ザ・ズートルビー(山田隆夫がいた、ずうとるび、とは別物)」では足柄金太と名乗っていたから、「キンちゃん」という呼ばれ方もしています。北山修のソロコンサートのライブ音源を聞くと、「サム~」「キンちゃん~」と二つの掛け声が聞こえます。そこで僕が出した説は、よしだたくろうの「青春の詩」の「ジュリー、ショーケン、キンちゃん~」のキンちゃんは北山修・説でした。

話は変わりますが、4月からメンバーチェンジとなったEテレの「ゴーゴーキッチン戦隊クックルン」の新メンバーは「タイゾウ」という男の子を中心に男子2、女子1、大人の女子1という構成です。ここで私がふれておきたいのは「タイゾウ」という男の子です。この子が若い頃のよしだたくろうにそっくりなのです。一人だけ年長なので背が高く、手足も長い。ノリが良くて、自分のことを「俺」と呼ぶくせにどこかしら育ちが良さそう。茶目っ気があって笑うと、眉が下がり、目がタヌキみたいにタレ目になり、肉厚のある唇がニコチャンみたいに半円を描き、まるで顔の輪郭の丸の中にもう一つ丸が出来て「◎」みたいな表情が記号になります。かぶってる帽子も拓郎がかぐや姫と一緒につま恋でやった時のオールナイトコンサートの時のバンダナを連想させます。ちょっとボンボンな不良っぽさだけど笑顔が可愛い男の子。こういう子が女性に人気が出るのは良いことだが、幼い男児が好きな変質者の目にとまらないかと心配になります。今は男の子を持つお母さんがベビーシッダーは「男はあぶない」と偏見めいた不安を抱いている世の中だからです。

さて話を元に戻しましょう。皆さんは「WOWOW」を申し込んでいますか?あれは契約してないと妨害電波みたいのでみれないシステムになってますが、中には無料でみれる番組があります。松村邦洋と松本明子のやってる「電波少年W」は無料でみれます。主にテレビの歴史を振り返るみたいな懐かしく、かつ資料的な側面のある番組です。そこで驚いたのですが、こないだゲストに萩本欽一が出演しました。欽ちゃんは元気でしたが、もうさすがに年寄りでしたね。活舌も悪いし、間も悪い、ツッコミが古くて、本人は毒気と面白みがあると思ってるんだろうけどしつこいだけ。ま、欽ちゃんを生でみれるだけで貴重なのだからそんなことは全然気にならないのだが、先に挙げた特徴はなぜかビートたけしにも共通してて、若い頃はあれだけ芸風の違った二人が同じようにみえてしまのは、年取ると人間はみな同じようにみえる仮説が出来上がりました。他のサンプルも集めてみます。と、そんなことはどうでもよくて、この番組で衝撃だったのは全盛期の「コント55号」の頃の異常な欽ちゃん人気の紹介です。「まるでアイドル」で出待ち&入り待ちは当たり前、マンションにまで女性ファンが駆けつけていたというのです。つまり、よしだたくろうの「青春の詩」の「ジュリー、ショーケン、キンちゃん~」のキンちゃんは、みんなの言う通り萩本欽一でした。俺は何を何年間も悩み続けていたのだろうか。0度と360度が同じ座標軸を示すようにグルっと考えすぎて何も考えない奴と同じ結果に辿り着く。

心の護美箱(34)がいっぱいになったから(35)を作りました。始めてこのブログを読む人は「何のこっちゃ?」ですね。そんな人はこちらを。→心の護美箱(34)。

BGM.  よしだたくろう「青春の詩」


心の護美箱(31)~ABC

13/Ⅱ.(土)2021 はれ 呪われた東京オリンピック、失言の森会長の後釜に暴言の豊田真由子、急浮上?

女性蔑視の森さんが辞任してまるで世論の勝利のように勝ち誇るマスメディアを横目に久しぶりに東京スポーツは良い一面を持ってきた。それがこれ。↓。

東京五輪の会長を辞めたら「プロレス協会の会長に」と蝶野が推してるのだ。森会長がかつてプロレス観戦をした時の写真を引用し、パイプ椅子を持ち今にも臨戦態勢とあおる。ページをめくるとこんな記事も。「あつまれ どうぶつの森」のパロディか。↓。

差別用語・放送禁止用語についていろんな意見がある。たとえば「つんぼ」「おし」「めくら」などはNGで吉田拓郎の「ペニーレーンでバーボンを」という曲は歌詞に「つんぼ桟敷」というフレーズがあるという理由で音源化されないままだ。地上波ではクレージーキャッツの映画で植木等の言うセリフ「あわてる乞食はもらいが少ない」の「乞食」の部分が不自然にカットされる。そもそも障害者のハンディキャップを露骨にさらすのは良くないという配慮からさりげなく「つんぼ」や「めくら」という表現にしたのに、それを差別用語としてわざわざ「耳が不自由な人」「目が不自由な人」と言い換えるのは本末転倒かえって無神経だと立川談志は言っていた。こういう話をする時の談志の落としどころは「俺が暴言を吐くのは、口が不自由だから。同情してもらいたい」だった。今回の森さんの女性蔑視宣言はそんな談志の漫談を思い出す、「森さん、口が不自由な人」説。志らくあたりが言っても良かったのではないか。もうどうせ、グッとラック終わりだし。

誰にでも得手不得手はあり、僕の不自由は人間関係だ。でもそれは長くなるからまた別の機会に。

心の護美箱(30)がいっぱいになったから(31)を作りました。始めてこのブログを読む人は「何のこっちゃ?」ですね。そんな人はこちらを。→心の護美箱(30)

BGM. 沖田浩之「E気持ち」


欲しい物

19/Ⅰ.(火)2021 寒い 共通テストで失格のマスク鼻出し男トイレに立てこもり逮捕、49才だった。

昨日コンビニで「干し芋」をみた。今は旬なのか何種類もあった。それで思い出したのは、アポロが月に行った頃。「天才バカボン」で宇宙ロケットをタリラリラーン星に打ち上げたが全員帰還しない。国際学会は「これ以上、有能なパイロットを失えない」と議決して、次のページをめくると「そういう訳で君たちが選ばれた」という解説に「アイアイサー」と敬礼するバカボンとパパの姿。二人は最後のロケットに乗ってタリラリラーン星に向かった。実はタリラリラーン星人は人食い人種でこれまでのパイロットは全員食べられていた。しかしバカボンとパパはとんちで切り返し無事地球に戻って来た。その記者会見でインタビュアーが「感想は?」とマイクを差し出すと、パパが「感想は乾燥芋です」と答えた。僕は「乾燥芋」というものを知らず、母に乾燥芋を食べたいとねだった。母は料理が好きだったから「なんとか金時」という高級な食材を用意して焼き芋やふかし芋、そしてその時代には珍しかったスィートポテトもこさえてくれた。しかし僕の興味はバカボンの「乾燥芋」で、まるで「目黒のさんま」みたいなやりとりが続いた。学校でも国語の授業であてられて「この詩の感想をいいなさい」と言われても僕は「感想は乾燥芋です」と答えた。クラスのみんなは僕と同い年だから「乾燥芋」がわからず皆ポカンとしていた。きっと「天才バカボン」を読んでなかったのだろう。僕はクラスで「受けるかどうか」などどうでもよくて、とにかく「感想は乾燥芋です」と言いたくてしょうがなかったのだ。

そんなことを思い出して今日クリニックに来たら患者さんから「干し芋」を頂いた。僕は以心伝心に驚いて、乾燥芋を一かじり。鳥のくちばしのようにしてみた。↓。

僕の好きなテレビ番組「ゴーゴーキッチン戦隊クックルン」でこないだおならをするプープー怪人が出てきた。クックルンは怪人を地球から守るためお料理を作りそれを食べると「満腹ビーム」が出せて、怪人を宇宙に吹きとばせるのだ。プープー怪人をやっつける回では、クックルンの3人がサツマイモをくりぬいて皮を残しそこにこして甘く味付けしたお芋を戻して焼くスィートポテトを作ってた。クックルンに出てくる、コムギ、は可愛いなぁ。誰かに似てるんだけどそれが誰だか思い出せないのが最近の悩み。

今日のBGMはキヨシロー。サビの歌詞の「欲しい物はたった一つだけさ」の「欲しい物」が「干し芋」に聞こえるという理由だけでチョイスしてみました。

BGM. 忌野清志郎 & 2・3’S – プライベート