31/Ⅹ.(水)2018 くもり 前々回の記事をみて「何か私に出来ることがあれば」と言ってくれる患者さん多数。感謝。
母が生きてる頃、大きな病院に肝炎で入院してて、退院する時、お世話になった病棟の看護婦さんたちにお礼の品物を、
買いに行くのを付き合った。
横浜元町の近沢レースという店でタオル生地にレースの刺繍が施されたものを人数分と、皆で食べる洋菓子と、
医者には現金を包んでた。
そういう時代だった。
しかし、時は流れ、ある日から「患者さん」を「患者様」と呼ぶようになり、その頃からだろうか、
「患者様からのお届け物は一切ご遠慮いたします」という貼り紙がナースステーションに貼られるようになった。
いつも言うが、この世は振り子の単振動で、極端から極端に振れる。
陰きわまれば陽にいたり、陽きわまれば陰にいたる、陰陽論。デカルト的二元論だ。
今の古い体質(スポーツ界や医学部や役所のハラスメントなど)が次々と事例化してるのは、
何も今になってそれが増えてるのではなく、今まで大目にみられ過ぎていたからの反動で、その証拠に、
やり玉にあげられた当人は「罪の意識」に欠ける。
本音を言えば、「今まで良かったじゃん」とか「皆だって、そうじゃん」みたいな感じなんだろう。
そこでプレゼントである。
今、冒頭の母のようにプレゼントを病院に持って行ったら、100%断られる。もし、もらったら上から怒られる。
こんな話がある。
病院に長期に入院してて、なんとか修学旅行に行けた中学生が病棟でお世話になった看護婦さんに「赤福」をお土産に
買ってきたら、バカナースはマニュアル通り、「そういうものはお受取出来ません」と断った。
その子はしょんぼりしてた。自分のお小遣いでやりくりして買って来たのだろうに。
僕はみるにみかねて、「それは俺がもらう」と赤福をひきとって、「後で皆で食べるから」とその子に言ったら嬉しそうに笑った。
僕は杓子定規は嫌いだ。
だから、ワイロはよくないが患者さんの気持ちは有り難くもらうようにしていた。
しかし、ここにも陰陽論が当てはまり、もらい過ぎると、弊害も出る。
何しろ時代が時代でそういうのに厳しいし、「指導」もある。
だから皆さん、すみません。
これからお歳暮やクリスマスのシーズンですが、贈り物は気持ちだけにして、品物はご遠慮下さい。
全然話は変わるが、昨日、仕事を終え、大岡山北口商店街入口の、新源、によって、つけ麺を食べてたら、
「ちわーっす」と声をかけられ、誰かと思ったら、東工大の方にある、やきとん屋「三鶴(みつる)、の若旦那。
新源のおやじは、「あれ?知り合い?」と言い、あらためて僕の髪をみて、「お店、やってるの?」と言ったら、
三鶴が、「お医者さんだよ」って言ってその場にいた一同、ビックリ。
ラーメン屋の帰り道、暗い曲がり角に、新米のおまわりさんが立っていた。きっと、ねずみ取りでもしてるのだろう。
こんな車も通らない道で。僕は「大変だなぁ」と思って軽く会釈して通り過ぎた。
急に肌寒くなったから、立ち止まって、リュックから、豹柄のカーディガンを出して羽織って歩いて行くと、
ふいに背後から自転車の気配がして、何かと思ったら、さっきのポリ公だ。
奴が言うには、
「さっき目があったら目を伏せましたよね。身分証明書、見せてもらえますか?」とぬかしやがった。
俺は頭に来て、
「ふざけんな!暇そうにしてたから、(ご苦労様)って挨拶してやったんじゃねぇか。
大体、大岡山界隈でこんな髪色してる人間を知らねぇのか!さては、てめぇ、もぐりだな。
交番に戻って上役に聞いて来い!」と言ってやった。
最近の僕はちょっと余裕がない。
今朝になって、ちょっと言い過ぎたかな、と反省してる。
BGM. 忌野清志郎「赤い原付」