8/Ⅹ.(土)2022 急に寒い、なのに来週にはまた暑いと。まるで女のようだぜ。
寒いし暗いニュースばかりで、「死にたい」という人は多いですが、その意味内容は様々です。
積極的に「自殺したい」という意味以外にも、消極的に「死ねるものなら死にたい」「死にたいくらいつらい」「死んだ方がマシだ」「死んでやる(こりゃ迷惑だ)」まで。中には「消えたい」という人もいる。この世から消滅したい。もっと考えてる人は、すべての人の記憶から自分を消したいなどと出来っこないことを口にします。「死にたい」というのは必ずしも後ろ向きではなく、たとえば、タロットカードのⅩⅢカードは「DEATH(死神)」で、「死」や「ゲームオーバー」を意味しますが、これが逆位置に置かれると「再生」「起死回生」になるから、古い自分が死んで新しい自分に生まれ変わりたい、という願望が「死にたい」の中に内包してる気がします。
自殺の方法でその人の葛藤を探る研究もありますが、たとえば夜中の海に入水自殺するのは胎内回帰願望だとか、高いところから飛び降りる人は「産み落とされた」という恨みがある人(アジャセコンプレックス)など諸説ありますが、あまり趣味が良くないので僕はあまり信じてません。
つらさを誰かがわかってくれたら「生きててもいいか」と思える場合もありますね。
だから不謹慎だけど、「すごく不幸な人」って羨ましいですね、みんながつらいと同情してくれるし、「ああ、そりゃ死にたくなるね」とわかってくれるから。
つらいのは、はたからはまぁまぁ幸せそうに見える場合です。「あんた、ぜいたくだよ。そんなに恵まれてるのに」って言われるから。
心の中のことなんてわからないくせに。境遇だけで判断されてもね。隣の芝生だから青くみえてるだけなのに。バカが多くて困るよ。そっちの方が、「死にたく」なりますね。
人間は不平等だし、人生は運不運があります。
唯一、「人間が平等だ」とするなら、それは死んだ一年以内には、「リンとカルシウムになっている」ということくらいでしょうか。
そういう僕の立場は「なるべく自殺はよしましょう」です。自殺が何故いけないのか?納得の行く説明は有史以来、誰も言えてない。ひとに迷惑をかけない自殺はないから、なんて言ったって、自殺をする人には「知ったこっちゃない」でしょうし。通り魔に刺されて殺された人の命が報われない、と言っても「私が刺されりゃ良かった」と言う始末。難病で苦しみながら一生懸命闘病してる人もいると言ってもどこか遠い国の物語。
そう言えば僕は偏食で給食など食べれなかったが担任に「たっちゃん、アフリカでは飢え死にする人もいるのよ」と諭されたが「じゃ、僕が給食を残さなかったらアフリカの子供は満腹になるんですか?」と屁理屈を返して教師を困らせました。それと同じかな。
心の護美箱(62)がいっぱいになったので、(63)を作りました。心の護美箱がなんだかわからない人はバックナンバーを見て下さい。ま、簡単にいうと愚痴を書き込めるページです。「非公開」希望の人はそう書いてくれれば内容はアップしません。みんながどんな相談をしてるのか、これから受診される方には必見です。ただ、その性質上、「コメントは非公開」が多いから、僕の回答しかのってない例が多いです。そんな時は、答えから「コメント」を想像してみて下さい。
9月にスプラツゥーン3というゲームが出てすごく流行っていますが、僕はゲームをしないのでやってる人に教えてもらったら、あれは人を廃人に追い込むようなゲームですね。当然、大人たちはゲームをやめさせようとあの手この手。でも子供は堂々とゲームを続けます。何か強い後ろ盾があるかのように。
新宿や秋葉原など歩いていると新しいゲームが出ると壁一面に広告が出てて、テレビCMでもゲームを流します。あきらかに日本の経済を回しているようで大人たちが知恵を絞っていかにヒットさせるか考えていて、時には「クールジャパン」なんて日本発の文化だと自慢したりします。生前、立川談志は「良い悪いは別にして、今の親は子供に小遣いを10万円あげないといけないです」と言ってました。大人の作る世の中で子供が生きるにはそのくらいの金がかかるということです。
今を生きろ、と言う人がいます。しかし、今ほど大変な時代もありません。コロナが2年半、戦争をやってて、暗殺があって、宗教の問題、聖職者たちが破廉恥なことをして、子供の見本になるべく大人がブレブレです。子供はそれをじっと見ています。
日本の文化は本音と建前の文化で、大人は清濁併せ吞むものなのでしょうが、そんなことするのが大人の条件なら子供のままでいいやと思う人もいるかもしれません。
電車に乗ってる人はみんな疲れ切った顔をしてますね。義務教育が終わっても高校は出とけと言われ、一流大学・一流企業に入っても、そこに栄光がみえません。まるで学校とは社会に奉仕するロボット量産工場のようだと子供たちは嘆きます。それに何と答えたら良いのでしょう。
僕が思うのは子供たちは大人をみています。「こいつは信用できるのか?」「ただ若者に迎合してる物分かりの良い偽物じゃないか?」とか。おためごかしは通用しません。
世の中がそんなに簡単に行かないことは子供もわかっています。だからこそ、真剣にこの惨状と向き合って嘘をつかず、一緒に悩み生き抜く大人の後姿を求めているのだと思います。
BGM. クレージーキャッツ「ホンダラ行進曲」